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第15話 満月天頂

 舞は終焉に近づいていた。

 扇が描く炎の弧と剣の蒼光は海へ。天と地を繋ぐ二つの動きが交わり、結界は音を立てるように輝きを増していった。


 神楽の舞。

 それはただの儀式ではない。

 満月の夜にのみ現れる、神と人を繋ぐ「祈りそのもの」だった。


 舞は、最高潮へと達する。


「白鴉、今よ!」


 咲紀が名を呼ぶと、上空を回遊していた白鴉がひときわ大きく、炎をまとった。

 咲紀の扇が翻るたび、白炎の華が空に舞い散る。それは花弁のように散っては消え、次の拍子でまた新たに咲き誇る。彼女の足拍子と鈴の音が重なり、天地を縫うリズムを刻む。


 そして、綾がその拍子に合わせるように蒼嶺を振り抜くと、蒼嶺の刀身から放たれた青白い蒼光は、徐々に蒼から白へ、月光と同じ色に変わりはじめ、月龍の姿を象った白い光の龍は、舞台を巡りながら徐々に上空へと昇り始めた。


 月光と白炎。


 二つの祈りが交錯し、二つの光の軌跡が形を取り始める。天へ伸びる光の束が、海と島々を覆う見えざる結界の骨格を編んでいく。


「蒼き潮よ、月を戴きし龍よ。

 常世の闇を払い、永劫の水鏡を清めよ。

 波は環を描き、風は調べを紡ぎ、

 大地と空とを結ぶ鎖となれ。


 幾千の嘆きを鎮め、

 幾万の怨嗟を眠らせよ。

 いまここに示す

 我が祈りは刃となり、

 蒼き剣は光の楔となる。

 結界・蒼天之環そうてんのわ。」


 次の瞬間、彼女は力強く刀を突き上げた。


「蒼嶺――天へ!」


 綾は瞳を閉じ、深く息を吸った。


「龍よ。母の願いと、この身の祈りを受けて。」


 ゴウッ、と大気が震えた。

 蒼嶺から放たれた光は一直線に天空を貫き、満月を包み込むように拡がっていく。厳島神社、八海神の加護、月と海、蒼と白が絡み合い、夜空に巨大な光輪を描いた。

 それはまるで、海と空を結ぶ「神の結び目」。

 満月を背に煌めく光輪は、厳島、ひいては広島一帯を覆う強靭な結界となり、静かに降り注ぐ光の雨で社殿と海を浄めていく。

 颯月は思わず声を上げた。


「すごい!これが、厳島の神楽!」


 義久は腕を組み、低く唸る。


「こいつは、まるで神話の光景だな。」


 悠幻は口笛を吹くように笑った。


「派手すぎる。だけど……悪くない。」


 静はただ目を細め、氷の珠を握りしめながら光を見上げていた。


「相変わらず、いつ見てもすごいな。」


 光と炎が織りなす神秘の舞は、ついに完成を迎えた。

 天へ突き上げられた蒼光は、夜空に揺るぎない結界を築き――瀬戸内の海を再び守るくさびとなる。綾の声が収束し、蒼嶺が天を突いた。刃先から奔る蒼光は、夜空を貫き、煌々と輝く満月を射抜く。

 結界の光は島を包み込み、海と社殿を一体に結ぶ、、、はずだった。


「……ん? あれ、月、欠けてない?」


 最初に気づいたのは汐音だった。彼女は首を傾げ、指を伸ばして夜空を指す。


「なっ!?うそでしょ?」


 颯月の声がすぐに震える。満月の白い輪郭に、じわりと影がかかっていた。まるで夜空そのものが喰らいついたように。


「うそっ。そんな……今日は満月のはずじゃ……ありえない。月が欠けるってどういうこと?」


 綾の表情から、凛とした気配が一瞬で消えた。


「でも…。だって…、そんな…。」


 汐音が震えながら泣きそうになる。義久が低い声で呟いた。


「これは……月食か。」

「え?月食?でも、そんなの…。」


 汐音が今起こっている事を打ち消そうと振り絞って反論しかけるが、咲紀が息を呑んで言葉を挟んだ。


「簡単に起こるわけない。」


 綾の掌に握られた蒼嶺は、怯えるように脈動し、震えるように光を明滅させる。


「いや。満月であることに間違いはない。」


 義久は空を睨み、低く続けた。


「だが、実際に光が欠けている。これは、月食としか考えられない。」


 その言葉に、一同の空気がわずかに揺れる。


「でも、おかしくない?」


 気を取り直した汐音が眉を寄せ、空と義久を交互に見上げる。


「そ、そんな予報、月食なんて話、聞いてないよ。ネットニュースにも出てなかった……。」


 彼女の困惑に、咲紀がゆっくりと首を振った。


「そう。満月は結界を維持する上で重要な日。今時、普通ならわかるはずなのに、今回は何も情報はなかったわ。」


 ひと呼吸置いて、動揺を隠すようにぽつりと続けた。


「もしかして、“普通の月食”じゃないんじゃ…。」


 神田が低く苦笑いし、拳をぎりりと鳴らした。


「普通の月食じゃないだと?じゃぁ、なんなんだよ!やばい匂いがプンプンしやがる。」


 悠幻が式札で口元を隠しながら、皮肉に口角を引き上げる。


「できすぎ、だな。むしろ、こうなるように仕組んでいたと考えるべきじゃないか?妖どもがこの夜に目をつけ、結界が最も脆くなる一瞬を待ち続けていた、そうとしか考えられないね。俺らが集結するこの日を選ぶとは、いささか無謀だがね。」

「そんな余裕かましてる場合かよ!」

剛志が叫ぶ。


 空に浮かぶ月は、満ちているはずなのにどこか歪み、その影は、まるで何かに“喰われ”ているかのようだった。

 蒼嶺の光は乱れ、結界の環は閉じきらない。光の柱が揺らぎ、天空に描かれるはずの守護結界は、月の欠けと共に崩れ落ちていく。


「ダメ……このままじゃ……!」


 綾の声が震えた。それは戦士ではなく、一人の少女としての叫びに近かった。剛志が前に出て、重い声で告げる。


「綾。うろたえるな。まだ舞は続けられる!」

「でも……!」


 綾の瞳に焦りと恐怖が滲む。


「どうしてこんなことに。今夜は、いつもより強く光り輝き、すべてが…。」


 綾の声がかすれた。


「月龍の力だって、以前よりずっと応えてくれていたのに。」


 蒼嶺が綾の手の中で脈打つように震える。それは、主の動揺を映すかのようだった。


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