表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第9節 夢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/125

死に損ないの逆襲

白塔の地下で、均衡はすでに完全に崩れていた。


俵屋が奪い取った不死の力は、彼の肉体に収まりきらぬまま暴れ狂い、白塔の中枢を巻き込み、東都全域から集積された霊気の流れすら歪めている。壁面を走る紋様は赤黒く脈打ち、床下の儀式装置は断続的に悲鳴のような駆動音を上げていた。空間そのものが軋み、白く輝く裂け目と、底の見えぬ黒い亀裂が同時に生まれては消えていく。


その中心で俵屋は立っていた。


全身に走る光のひび割れ。

裂けては塞がり、塞がってはまた裂ける皮膚。

人の姿を保ちながら、その内側ではすでに別の何かへと置き換わり始めている。


それでも俵屋の目は死んでいなかった。


「いい……」


低く漏れた声には、痛みよりも執着が滲んでいた。


「これほどの力か……」


その足元で黒い霊気が渦を巻き、白塔の奥にある白い器へ食い込んでいく。白と黒。生と死。再生と崩壊。あらゆる矛盾を抱えたまま、不死の力は彼の中で荒れ狂っていた。


志乃は拘束されたまま、その光景を見上げていた。


胸が苦しい。

白塔の暴走のせいだけではない。

俵屋が不死の力を奪ったはずなのに、何ひとつ終わっていないどころか、状況はさらに悪化している。その事実が、じわじわと恐怖になって腹の底に沈んでいく。


「白神先生……」


声は震えていた。


「もう……どうなるんですか」


白神教授は険しい顔のまま、俵屋と白塔中枢の流れを睨んでいた。


「最悪の形で固定される前に、俵屋を止めるしかない」


「止めるって、どうやって……」


「それを探しているところだ」


短い返答だったが、その声には焦りがあった。

教授にも、完全な答えはまだ見えていない。


吾妻と冷花は前線で俵屋を牽制していた。

刀が振るわれ、霊気の刃が飛び、白塔の暴走した防衛機構をかいくぐりながら、少しでも俵屋の行動を制限しようとしている。だが決定打にはならない。俵屋の肉体は壊れながら再生し、再生しながらさらに力を引き込んでいく。


虚西コウはなお光の中心で膝をついていた。

白塔との接続が深まりすぎているせいで、立ち上がることすらままならない。けれど意識は失っていない。その瞳には、地下だけではなく、東都全体の霊気の流れまでもが映っていた。


「……まだ、変だ」


虚西が掠れた声で言った。


志乃が振り向く。


「何が?」


虚西は苦しげに息を吸った。


「俵屋に集まってるだけじゃない……この流れ、まだどこかが残ってる」


「残ってる……?」


白神教授が反応する。


「どういう意味だ」


「切れてないんだ。主導権は俵屋に寄ってる。でも、最初の術式の根っこが……まだ、別のところにある」


その言葉に、白神教授の目が細くなる。


「魔泉道か」


名前が出た瞬間、志乃の背筋が冷えた。


床に倒れていたはずの魔泉道へ、全員の視線が一瞬だけ向く。


白い霊気と血に濡れたその身体は、たしかに先ほどまで動きを失っていた。胸を刺し貫かれた致命傷。呼吸も浅く、誰が見ても致死に近い状態だったはずだ。


なのに。


「……おかしい」


白神教授が低く呟く。


倒れている魔泉道の胸元、その傷口が、じわじわと閉じ始めていた。


完全ではない。

ぎこちない。

傷口の周囲だけ肉が歪に盛り上がり、血の滲んだまま不格好に繋がっていく。治癒というより、無理やり形を保とうとしているだけのような再生だった。


それでも、閉じている。


志乃の顔から血の気が引いた。


「そんな……」


冷花も気づいたらしく、息を呑む。


「嘘でしょ……」


俵屋が初めて、その異変に視線を向けた。


彼の表情は大きくは変わらない。

だが、その目の奥にかすかな警戒が走る。


「……ほう」


低く呟く。


「まだ生きていたか」


床に転がる魔泉道の指先が、ぴくりと動いた。


次に肩が震え、首が持ち上がる。

喉の奥から、血の絡んだ湿った呼吸音が漏れる。


地下にいる誰も、すぐには声を出せなかった。


あり得ないはずのものを見ていたからだ。


魔泉道は、自力で起き上がろうとしていた。


「ぐ、……ッ」


胸元を押さえ、血に濡れた手で床を掴みながら、彼はゆっくりと身を起こす。動きは鈍い。明らかに致命傷の後だ。普通の人間なら起き上がれるはずがない。


それでも魔泉道は立つ。


膝をつき、ぐらつき、なおも倒れず、ついには背筋を伸ばした。


その口元には、ひどく歪んだ笑みが浮かんでいた。


「……見事だったぞ、俵屋」


その声は掠れていたが、確かに魔泉道のものだった。


「一瞬、本当に死んだかと思った」


志乃は息を詰めた。


虚西が目を見開く。


「まさか……」


白神教授が険しい声で言う。


「人工不死……先行実装していたのか」


魔泉道は血に濡れた手を見下ろし、満足げに笑った。


「完全ではない。粗悪だ。不安定だ。長く保たん。だが――」


彼は俵屋を見る。


「一度殺される局面を越えるだけなら、十分だった」


その言葉に、俵屋の目がわずかに細くなった。


「最初から……想定していたか」


「当然だ」


魔泉道は静かに答える。


「お前が裏切ることもな」


地下の空気が凍りつく。


俵屋は無言のまま魔泉道を見つめていた。

その視線には動揺はない。だが読み違えを認めたときの、わずかな静けさがあった。


魔泉道は一歩、また一歩と前へ出る。

その傷はまだ完全には塞がっていない。歩くたびに血が落ちる。だがその歩みに迷いはなかった。


「お前は優秀だ、俵屋。執念もある。観察眼もある。だからこそ、いつか必ず私を出し抜こうとすると分かっていた」


「なら、なぜ近くに置いた」


「使えるからだ」


魔泉道は即答した。


「裏切りを計算に入れてなお、使う価値があった。実際、お前は私の研究を前進させた。そして今も、不安定な不死の力を無理やり引き出してくれている」


冷たい声だった。

人を人として見ていない。

俵屋の長年も、執念も、裏切りさえも、すべて“工程”に過ぎなかったと告げる声だ。


志乃はその残酷さに、ぞっとした。


俵屋は低く言う。


「……最初から、奪わせるつもりだったか」


「そうだ」


魔泉道は笑う。


「お前ほど分かりやすい欲も珍しい。完成の瞬間を待ち、最も甘い果実だけを摘もうとする。だから私は、お前が手を伸ばしたくなる位置へ、わざわざ実験を運んでやったのだ」


俵屋の周囲の黒い霊気が、わずかに揺れた。


怒りか、あるいは別の感情か。

だが俵屋は感情を露わにしない。ただ、白くひび割れた顔のまま、静かに魔泉道を見つめ返していた。


「……舐めるな」


「舐めてはいない。だから保険を用意した」


魔泉道は胸元へ手を当てた。

閉じかけた傷口の周囲で、白く濁った霊気が不気味に脈動している。


「あくまで人工的な代物だ。完全な不死には遠い。肉体の崩壊を一時的に遅らせ、死と生の境界を曖昧にするだけの応急措置に過ぎん。だが、その“わずかな時間”があれば十分だ」


そう言いながら、魔泉道は右手を持ち上げた。


その手の中に、いつの間にか細身の刃が握られていた。

術式で形成されたものではない。

古い金属を思わせる、実体を持った刃だ。


白神教授が息を呑む。


「まずい……!」


俵屋も同時に動いた。

黒い霊気を収束させ、白い器を介してさらに力を引き出そうとする。


だが、ほんのわずか遅い。


不死の力を取り込んだ代償として、俵屋の身体には崩壊と再生のずれが生まれていた。

一瞬の判断はできる。

だが、その一瞬の“動き出し”が、以前の彼より遅れていた。


魔泉道はそこを逃さない。


「――俵屋」


呼ぶように、その名を口にする。


次の瞬間、魔泉道の姿がぶれた。


人工不死によって無理やり繋がれた肉体とは思えない速さだった。

死に損なった人間の動きではない。死を一度踏み越えた者の、執念だけで作られた一歩だった。


刃が閃く。


「っ――」


鈍い音。


俵屋の身体が、わずかに震えた。


刃は、正確に彼の腹部を貫いていた。


志乃が息を呑む。

冷花が声を失い、吾妻が目を見開く。

虚西は苦しげなまま、その流れを“見て”いた。


魔泉道の刃はただ肉を刺したのではない。

俵屋が無理やり取り込んだ不死の力の回路、その乱れていた一点を正確に断ち切っていた。


「が……っ」


俵屋の喉から、初めて明確な苦鳴が漏れる。


その瞬間、彼の身体を走っていた白い亀裂が一斉に広がった。


再生が乱れる。

黒い霊気が吹き上がる。

白い器との接続が激しく明滅する。


魔泉道は刃をねじ込みながら、耳元で囁くように言った。


「お前の裏切りも、憎しみも、執着も――全部、計画の内だ」


俵屋の目が見開かれる。


志乃には、その顔が一瞬だけ、ひどく人間らしく見えた。


冷たく、計算高く、奪う側に立っていた男が、初めて“奪われた側”の表情を浮かべていた。


白塔の中枢が激しく脈打つ。

東都から流れ込む霊気の流れが揺らぎ、白い器の輪郭が大きく崩れる。


その震えは、ただの暴走ではなかった。


俵屋の中に無理やり押し込まれていた不死の力と、彼の奥底に沈められていた何かが、同時に揺さぶられたのだ。


虚西が顔を上げる。


「……来る」


「何が!?」


志乃が叫ぶ。


虚西は苦しげに、けれど確信を持って言った。


「記憶だ……俵屋の中に沈んでたものが、白塔に流れ込む……!」


俵屋の身体が大きくのけぞる。

魔泉道の刃が深く食い込み、白と黒の霊気が爆ぜる。


その瞬間だった。


地下を満たす光が、ふっと色を変えた。


白塔の奥から、遠い昔の空気が流れ込んでくる。

血の匂いではない。

暴走の熱でもない。

もっと古く、もっと静かな、失われた時間の気配。


志乃の視界が、大きく揺れた。


「え……」


立っている場所が分からなくなる。

白塔の地下にいるはずなのに、景色が遠ざかる。

俵屋の目に映っていた何かが、そのままこちらへ流れ込んでくる。


悲しみ。

怒り。

喪失。

どうしようもなく取り返しのつかない後悔。


その感情が、洪水のように志乃の胸へ押し寄せた。


「いや……っ」


白神教授が何かを叫んでいる。

冷花が志乃の名を呼ぶ。

だがもう遅い。


俵屋の封じていた過去が、白塔を通じて志乃へ接続されたのだ。


最後に見えたのは、魔泉道の冷たい笑みと、崩れ落ちかける俵屋の顔だった。


そして次の瞬間――

志乃の視界は、まったく別の時代の白塔へと引きずり込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ