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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第8節 不死の力

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不死の器

魔泉道の「成功だ」という叫びは、歓喜というより陶酔に近かった。


白塔の地下全体が、その声に応じるかのように激しく脈打つ。床下の儀式装置は限界を超えた速度で駆動し、幾重もの光輪は空中へ浮かび上がって幾何学的な層を形成していた。そこに東都全域から集積された霊気の奔流が流れ込み、地下空間はもはや現実の構造を保っているのが不思議なほどの密度に達している。


志乃は拘束されたまま、その光景を見上げていた。


眩しい。

苦しい。

立っているだけで肺の奥まで異物が入り込んでくるような圧迫感がある。


だが、それ以上に目を離せなかった。


白塔の最奥――長く閉ざされていた闇の中で、白い輪郭がついに形を持ち始めていたからだ。


それは最初、霧の塊のように見えた。

次に液体のように脈打ち、収縮と膨張を繰り返す。

やがて内部に骨格めいた光の線が走り、それを覆うように乳白色の膜が幾層にも重なっていく。


人の形に似ている。

だが、人ではない。


頭部。胴。腕。脚。

たしかに人体の輪郭をなぞってはいる。なのに、その比率も、質感も、そこに宿る気配も、すべてが人間のものから微妙にずれていた。あまりにも整いすぎ、あまりにも静かすぎる。生きている肉体というより、生命そのものを模して再構成した“概念の器”だった。


「……これが」


白神教授が息を呑む。


「不死の器……」


魔泉道は振り返りもせず、恍惚とした声で答えた。


「そうだ。見ろ。これが到達点だ」


彼の周囲で白く濁った霊気が歓喜に呼応するように揺れ、細かな粒子となって宙へ舞う。


「朽ちぬ器。老いぬ肉体。損耗を自己循環で補填し続ける、終わりなき生命基盤……理論では何度も組み上げた。だが理論では足りなかった。東都という炉と、白塔という変換機構と、虚西コウという鍵が揃って初めて、ここまで来れたのだ」


その言葉を聞くたび、志乃の胸には冷たいものが落ちていく。


あれが完成したもの。

あれが、魔泉道の目指した実験の果て。


だが白塔の奥から聞こえる女の声は、その出現に喜んではいなかった。


むしろ逆だった。


「……やめて」


掠れた、弱い声。

なのに、その一言には深い恐怖が滲んでいた。


志乃ははっと顔を上げる。


「あなた……!」


「もう……繰り返さないで……」


その声を聞いた瞬間、志乃の中で何かが繋がった。


これまでずっと分からなかった。

白塔の奥の女性が、何を願っているのか。

コウを呼んだ理由が何なのか。

“来て”と“終わらせて”が、どうして同時に存在していたのか。


答えは単純だった。


彼女は、生まれたいわけではなかった。

解放されたいのだ。


白塔の中で、何度も何度も同じ実験の核にされ、材料にされ、原型として利用され続けてきた。

だからこそコウを呼んだ。

次の器を生み出すためではなく、この循環そのものを終わらせるために。


「……そういうことだったんだ」


志乃の唇から、かすれた声が漏れる。


冷花が振り向く。


「志乃?」


「この人……生き返りたいんじゃない。ずっと終わらせてほしかったんだ」


その言葉に、白神教授の表情が険しくなる。


「やはりか……」


「白神先生、分かってたんですか」


「確証はなかった。だが、あの声には“起動を望む者”の響きがなかった」


魔泉道がそこで初めて、わずかに不快そうな顔をした。


「情緒的な解釈だな」


「情緒じゃない!」


志乃は叫んだ。


「人を材料みたいに扱って、苦しみ続けてる声を無視して、それで何が完成なんですか!」


だが魔泉道は、むしろ憐れむような視線を向けた。


「完成とは、願いをすべて叶えることではない。不要な苦痛を取り除き、必要な機能だけを残すことだ。核となる意識が残っていようと、いまさら本質ではない」


そのあまりの冷たさに、志乃は言葉を失った。


彼にとって、女性の苦しみは雑音でしかない。

不死の器という成果の前では、人間の感情も尊厳も、副次的なものにすぎないのだ。


白塔の最奥で、白い器がさらに輪郭を持ち始める。


肩の線が生まれ、胸郭めいた起伏が形成され、指先にあたる部分まで緻密に編まれていく。人体の構造を模しながら、そこには血も肉もない。流れているのは液化した霊気であり、脈打っているのは生命活動ではなく循環機構そのものだ。


それでも、その姿は異様なほど神聖で、美しかった。


「……きれいだな」


不意に、虚西が呟いた。


志乃は息を呑む。

虚西は光の中心で顔を上げ、その未完成の器を見つめていた。


瞳の中の光はさらに深くなっている。

白塔と接続された彼には、あの器の構造が“見えて”いるのだろう。


「きれいだけど……空っぽだ」


その一言に、白神教授が反応する。


「コウ、何が見える」


虚西は少し遅れて答えた。


「形だけある。流れは完璧に近い。でも……中が、空いてる」


「空いてる?」


「入れる場所があるんだ。誰かを、何かを……そこに落とし込める」


その言葉で、白神教授の表情が一変した。


「そうか……!」


「どういうことですか」


志乃が問うより早く、魔泉道が笑った。


「当然だろう。不死の器は肉体だけで完結しない。器である以上、そこに“核”が必要だ」


志乃の背筋を悪寒が走る。


核。

それはつまり、魂。

あるいは意識。

白塔の奥の女性が、まさにそれにされようとしているのではないか。


「やめて……」


女の声が、今度ははっきりと震えた。


「それに……入れないで」


その懇願に、志乃の胸が締めつけられる。


魔泉道はそれすら構わず、白い器へ向かって一歩踏み出した。


「長きにわたり白塔に保存され、劣化せず、なお核として機能しうる意識体。それがあるからこそ、この器は完成する」


「お前……最初からそのつもりで」


白神教授の声に怒気が混じる。


「当たり前だ」


魔泉道は振り返った。

その目にはもはや隠す気もない。


「原型だけでは足りない。肉体だけでは足りない。完成には核がいる。そして白塔の奥には、最良の核が残されていた。ならば使うしかあるまい」


「使う……?」


志乃の声は震えていた。


「この人を、ずっと閉じ込めて苦しませて、それでもまだ使うつもりなの……?」


「苦しみは結果ではない。過程だ」


魔泉道は平然と言う。


「完成の前では、過程の多寡に意味はない」


その瞬間、虚西が苦しげに顔を歪めた。


「違う……」


低い声だったが、地下によく響いた。


魔泉道が眉を動かす。


「何だ」


虚西は息を荒げながらも、白い器を見つめている。


「この塔の中で……ずっと、残ってた。苦しみも、叫びも、消えなかった。消えてないってことは、過程なんかじゃない」


その言葉は、白塔と接続している者にしか言えない重みを帯びていた。


この場の誰よりも、虚西は今、白塔の“記録”を受けている。

積み重なった実験。失敗。再構成。封印。苦痛。

それらが白塔の内部に痕跡として残り続けていることを、彼は直接感じているのだ。


「全部、ここにある……」


虚西の声は掠れているのに、妙にはっきりしていた。


「何回もやったんだろ。何回も失敗して、そのたびに残して、捨てて、それでも消えなくて……あんたは、それを見ないふりしてるだけだ」


魔泉道の表情が初めて強張った。


「黙れ」


だが虚西は止まらなかった。


「この人は部品じゃない」


それは志乃が言いたかった言葉でもあった。


「ここに残ってるのは、材料なんかじゃない。ずっと終わりたがってる、一人分の痛みだ」


志乃の目が熱くなる。

苦しいのはコウのはずなのに、その口から出てくるのは他人の痛みを見た言葉だった。


冷花も拳を握り締め、吾妻は黙ったまま刀を下げない。

白神教授は虚西を見て、ほんのわずかに目を伏せた。


魔泉道だけが、冷たく言い捨てる。


「だからこそ、完成によって意味を与えるのだ」


「意味なんかいらない!」


志乃の叫びが地下に響く。


「苦しみ続けた人に必要なのは、そんな都合のいい意味じゃない!」


拘束されたまま、それでも彼女は必死に前へ体重をかける。

光の帯が軋む。皮膚が焼けるように痛む。

それでも止められない。


「終わらせてほしいって、ずっと言ってた……! なのにどうして、誰も聞かないの……!」


その声に応えるように、白塔の奥で白い器が大きく脈動した。


地下全体が揺れる。

同時に、東都から流れ込む霊気の密度がさらに増した。


魔泉道の表情が歓喜へと戻る。


「核との共鳴が始まったか……!」


白神教授が鋭く叫ぶ。


「まずい、器が固定される!」


白い器の内部に、淡い人影のようなものが浮かび上がる。

それはまだ輪郭の曖昧な影でしかない。

だが志乃には分かった。あれは、あの女性の意識だ。


「やめて……!」


彼女の叫びと同時に、白塔の奥から苦鳴がほとばしる。


人のものとは思えぬほど長く、深い悲鳴だった。

それは耳で聞く音ではない。魂の芯に直接ひびくような悲鳴だった。


志乃は思わず目を閉じた。

冷花が顔をしかめ、吾妻も眉を寄せる。

白神教授は歯を食いしばっている。


そのただ中で、魔泉道だけが両手を広げ、完成の瞬間に酔っていた。


「いいぞ……そのままだ。核を定着させろ。器を満たせ。東都の霊気で、ついに不死を現実へ――」


そのときだった。


俵屋が、ようやくはっきりと一歩を踏み出した。


あまりにも自然な動きだった。

まるで最初からそこに立つ位置が決まっていたかのように、音もなく、迷いもなく、魔泉道の背後へ回り込む。


志乃の心臓が跳ねる。


白神教授の目が鋭く細まる。

吾妻が何かを察して身構える。

だが、誰も間に合わない。


俵屋の手には、いつの間にか短い刃が握られていた。

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