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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第8節 不死の力

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東都の光

静止は、ほんの一瞬だった。


次の瞬間、白塔の地下を満たしていた沈黙は、世界そのものが軋むような轟音に塗り潰された。


床下の儀式装置が、これまでとは比べものにならない速度で回転を始める。幾重にも重なっていた光輪は一斉に拡大し、地下空間の壁も天井も床も、すべてが発光体へ変わったかのように白く染まっていく。白、赤、青、黄、緑――混在していた色彩は、今や互いを侵食し合いながら巨大な奔流となり、白塔の中枢へ収束し始めていた。


「始まった……!」


白神教授の声が、轟音の中で辛うじて響く。


その声を合図にしたわけでもないのに、誰もが理解した。

これがただの準備ではない。

いまこの瞬間、白塔は本当に起動したのだ。


虚西コウの足元に展開していた光輪が、さらに下へ、さらに上へと層を増やしていく。まるで彼を中心に見えない塔がもう一本組み上がっていくようだった。虚西の身体を走る白い紋様は首筋から頬、こめかみにまで達し、その瞳の奥にまで淡い光を宿している。


「っ……!」


彼は苦しげに息を呑んだ。

膨大な何かが、自分を通り抜けていく。

いや、自分を通り抜けるというより、自分を“経由”して白塔へ接続されていく。


東都全域から、無数の流れが来る。


川のようだった。

いや、河では足りない。

都市を巡る無数の見えざる水脈、風脈、血脈、霊脈、そのすべてが、たった一つの海へ吸い寄せられていくような圧倒的な流れだった。


「コウ!」


志乃が叫ぶ。

拘束された身体を無理やり前へ出そうとして、光の帯がさらにきしむ。


虚西は顔を上げた。

だが、その視線は志乃を見ているようで、同時にもっとずっと遠くを見ていた。


「見える……」


彼の声は震えていた。


「東都の全部が……光ってる……」


その言葉の意味を、地下にいる誰もすぐには視認できなかった。

だが次の瞬間、その現象は塔の内部にまで投影される。


壁面の紋様が、都市の地図めいた配置へ変わったのだ。


無数の点。

それをつなぐ線。

線は川のように合流し、いくつもの結節点で明るさを増しながら、最終的にただ一点――白塔へと向かっている。


「東都の霊脈図……!」


白神教授が呆然と呟く。


「白塔が、自分で現在の流れを投影しているのか」


吾妻の顔色が変わる。


「本当に、都市全体を回路にしてやがる……」


地下の空気が一層重くなる。

その瞬間、彼らは白塔の中にいながら、東都全体の異変を“見せられて”いた。


地上では夜空に細い光の柱が立ち始めていた。

一つではない。

東都のあちこちで、目には見えぬはずの霊気が可視化されるほど濃く集まり、淡い光の川となって空へ伸び、それが白塔の方向へ引かれていく。


市街地。

河川沿い。

古い社の跡地。

学連の管理区域。

封印地点。

忘れられた祭祀場。

人が知らずに暮らしているその足元に、長い年月をかけて蓄積されてきた霊的な流れが、いま強制的に起こされていた。


虚西の視界には、その全てが流れ込んでくる。


眠っていた術式。

街路の下を走る古い霊線。

人の営みが知らぬ間に作ってきた偏り。

生きた者の熱。

祈り。

恐れ。

願い。

無数の気配が、光として、痛みとして、情報として、彼の中を通っていく。


「う……あ……!」


膝が砕けるように震え、虚西は片手を床についた。

自分が自分でなくなっていく感覚に、胃の奥がねじれる。


多すぎる。

広すぎる。

こんなものを、人の頭で受け止められるはずがない。


だが白塔は容赦しなかった。

選ばれた鍵であることを理由に、彼へすべてを流し込む。


「コウ、しっかりして!」


志乃の声。

遠い。

それでも、その声だけは確かに虚西の中心へ届いた。


「……志乃」


彼はかすかにその名を返す。

その一言だけで、志乃は胸を締めつけられる。


まだいる。

苦しみの中でも、ちゃんとそこにコウがいる。


一方、魔泉道は目の前の光景に完全に魅了されていた。


彼の白く濁った霊気が、白塔から吹き上がる莫大な流れに煽られ、まるで祝福を受ける煙のように揺らめいている。

その目は見開かれ、頬は歓喜に紅潮していた。


「見ろ……見ろ、この流れを」


誰に向けたとも知れぬ声で、彼は呟く。


「理論は正しかった。白塔は応じる。東都は開く。集まる……すべてが、この一点へ!」


魔泉道は一歩、また一歩と前へ出る。

もはや周囲への警戒すら薄れていた。

彼の視界には、成功の兆ししか映っていない。


「不可能ではなかったのだ……! 都市全体の霊気力を制御し、一つの器へ再編する! ああ、なんという美しさだ!」


白神教授が低く吐き捨てる。


「狂っている……」


「違う」


魔泉道は振り返りもせずに言った。


「これは到達だ。人が長く夢想しながら、誰一人辿り着けなかった領域への到達だ」


その声には、恐ろしいほどの確信があった。

彼にとって、東都の混乱も、消耗も、犠牲も、すべてはこの瞬間のための踏み石にすぎないのだ。


地下に投影された霊脈図はなおも変化を続ける。

一本一本の線が、より濃く、より明るくなっていく。

集積は加速していた。


白神教授が鋭く叫ぶ。


「吾妻! 地上班へ念話を試みろ。今の流れを市民に感知させる術者がいれば、避難誘導だけでも――」


「やっている!」


吾妻は歯を食いしばりながら、通信と念話の両方を試みていた。

だが応答は乱れ、断片的だ。白塔の起動に伴う霊気の嵐が、通常の伝達系を著しく阻害している。


「……ノイズがひどい。観測班からも断続的な報告しか来ない。各地で“息苦しさ”“眩暈”“気分不良”が出始めてるらしい。敏感な術者はもう異変に気づいてる」


志乃の背筋に冷たいものが走る。


地下で起きていることは、もう地上にも影響している。

見えないだけで、白塔は東都から確かに何かを奪い始めているのだ。


「こんなの……」


言葉にならない。

止めなければならない。

その思いばかりが強くなる。


するとそのとき、白塔の奥から女の声が、これまでになく痛ましく響いた。


「……ああ……また……」


苦痛に満ちた声だった。

まるで白塔が起動すること自体が、その存在を引き裂いているかのように。


志乃ははっとする。


「あなた、苦しいの……?」


返事はない。

あるのは深い、長い呻きだけだった。


白神教授がその声に反応する。


「中枢が活性化したことで、奥の存在にも負荷がかかっているのか……」


「当然だ」


魔泉道が恍惚とした顔のまま言う。


「中枢が完全に目覚めれば、封じられていたものはすべて姿を現す。苦痛も、記録も、核も、素材もな」


「素材……?」


志乃が凍りついた声で聞き返す。


魔泉道はそこで初めて、ゆっくりと彼女を見た。


「そうだ。白塔の奥には、ただ声だけがあるのではない。長い時間をかけて保存され、精製され、封じられてきた“不死の原型”が眠っている」


その一言に、場の空気が変わる。


白神教授が険しく目を細めた。


「原型だと……?」


「完全な完成体ではない。だが、そこへ東都全域の霊気を流し込み、最適な回路で再編すれば――朽ちぬ器は現実になる」


魔泉道の目は、もはや人のそれではなかった。

理論への執着が、祈りにも似た熱を帯びている。


「あと少しだ。あと少しで証明される」


その言葉の直後、地下の最奥で重い音が響いた。

石扉が内側から押し開けられるような、鈍く巨大な軋み。


全員の視線が、白塔の奥へ向かう。


闇の向こうに、薄く白い輪郭が現れ始めていた。


まだ形にはなっていない。

霧のようで、液体のようで、骨のない肉塊のようでもある。

だが確かに、何かが“そこに出ようとしている”。


「……っ」


志乃は息を呑んだ。


あれが、不死の原型。

あの女性の苦しみと結びついているもの。

魔泉道が求め続けた実験の核心。


虚西もまた、それを見ていた。

いや、見せられていた。


白塔とつながった彼には分かる。

あの奥にあるものは、ただの物体ではない。

膨大な記録と願いと苦痛の凝縮体だ。

生きたい、死にたい、終わりたい、続きたい――矛盾した感情が幾重にも圧縮され、形になる直前で凍結されている。


「これが……」


虚西の唇が震える。


「白塔の中に、ずっとあったものなのか……」


その問いに答えるように、女の声が弱々しく響いた。


「そう……見て、コウ……」


声は掠れていた。

それでも、そこには確かな意志があった。


「これが、繰り返されてきたもの……」


志乃の胸が強く痛む。

女性はやはり、始まりを望んでいるのではない。

終わりを望んでいるのだ。

なのに、その願いとは裏腹に、白塔は今また同じことを繰り返そうとしている。


魔泉道はそんなことに一顧だにしない。


「集積率、上昇。変換効率、安定。やはり東都を使って正解だった」


彼は自分の理論だけを見つめていた。


「見ろ、俵屋。これが答えだ。人一人の霊気では届かぬ。旧式の術者の系譜でも届かぬ。都市そのものを一つの炉にして、初めてこの規模へ至る!」


俵屋はその言葉にも無表情だった。

ただ、わずかに目を細める。


「……確かに、面白い」


それだけ。

だが志乃には、その声が妙に冷たく聞こえた。


白神教授もまた、俵屋の反応を見逃していないようだった。

彼は一瞬だけ俵屋を見て、すぐに装置へ視線を戻す。


「まだだ……まだ、どこかに綻びがあるはずだ」


そう呟きながら、教授は白塔が投影する霊脈図の一部を凝視した。

東都から流れ込む線のうち、一本だけが不自然に脈打っている。まるで、意図的に遅延させられているかのように。


白神教授の目が見開かれる。


「……そういうことか」


「先生?」


志乃が振り向く。


「コウは単なる中継点じゃない。最終的な固定点だ。すべての流れがコウを経由して白塔の奥に入るなら、逆に言えば――最後の一段を閉じなければ完成しない」


「それって……」


「まだ完全成功じゃない。今見えているのは集積の過程だ。本当の起動は、このあとだ」


その直後だった。


白塔の最奥で、白い輪郭が一気に脈動する。

東都から集まる光の川が、目に見えて加速した。


地下の天井を突き抜けているかのような無数の光柱が、すべて白塔へ注ぎ込まれていく。


地上では、夜空を裂くように白い流星群めいた光が都市の各所から立ち上がり、人々はそれを見上げてざわめき、ある者は祈り、ある者は恐れ、ある者はただ訳も分からぬまま倒れ伏していた。


東都全ての霊気力が、いま白塔へ集積していた。


魔泉道は両腕を広げ、歓喜の声を上げる。


「成功だ!」


その声は地下だけでなく、白塔全体に反響した。

まるで塔そのものが、彼の宣言に応えるように震える。


「ついに届いた……! 東都は一つとなり、白塔は集積炉として完成した! 不死への門は開かれる!」


志乃は息を止めた。


本当に、間に合わなかったのか。

このまま、魔泉道の思う通りにすべてが進んでしまうのか。

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