表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第8節 不死の力

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/155

拒絶

光に満ちた地下空間は、もはや人が立ち入っていい場所には見えなかった。


白塔の壁面を走る紋様は脈打つ血管のように明滅し、床下の儀式装置は幾重もの光輪を展開したまま、不気味な低音を鳴らし続けている。白、赤、青、黄、緑――混ざり合った光は、ただ美しいのではない。そこにある者の感覚を狂わせ、距離感すら奪っていくような異様さを帯びていた。


その中心で、虚西コウの身体に接続された光の線が、ゆっくりと数を増やしていく。


「やめろ……!」


志乃の喉から、ほとんど反射的に声が迸った。


考えるより先に、身体が動く。

見えない壁に弾かれると分かっていても、止まれなかった。


彼女は床を蹴り、虚西へ向かって一気に駆け出す。


「志乃、待て!」


吾妻の制止が背後から飛ぶ。

だが、その声はもう届かない。


数歩。

たったそれだけの距離のはずだった。


しかし次の瞬間、空間そのものがひしゃげたような圧力が志乃を襲う。視界が歪み、空気が壁のように固まる。胸を正面から殴られたような衝撃に、志乃の身体は大きく弾かれた。


「っ、あ……!」


床に叩きつけられる寸前、横から冷花が腕を掴んで引き寄せる。


「無茶しないで!」


「離して、冷花! コウが――」


「分かってる!」


冷花の声にも焦りが滲んでいた。

彼女自身も飛び込みたいはずだった。それでも踏みとどまっているのは、今の空間がただの結界ではないと本能で悟っているからだ。


志乃は歯を食いしばり、なおも前を見た。

虚西は光の中で膝をつき、苦しげに肩を震わせている。腕や首筋に浮かんだ紋様はさらに広がり、白塔の壁面と同じ模様を彼の身体に刻み込むように侵食していた。


「コウ!」


虚西がわずかに顔を上げる。

その瞳はまだこちらを見ていた。だが焦点は揺れ、意識の半分以上が別の場所へ引きずられているように見える。


「志乃……来るな」


「そんなこと言わないで!」


「今、近づいたら……たぶん、お前まで……」


言い切る前に、彼の言葉は苦悶に途切れた。

床から伸びた光の糸が、さらに強く虚西の身体へ食い込んでいく。


白神教授が険しい声を上げる。


「白塔が防衛機構を起動している。侵入や干渉を、術式そのものが拒絶しているんだ」


「防衛機構だと」


吾妻は刀を握り直した。

目の前の現象を見据えながら、一歩前へ出る。


「なら斬る」


短く言い捨て、そのまま踏み込む。

無駄のない動きだった。刀身に霊気を通し、見えない壁の位置を見極めると、吾妻は横薙ぎに一閃した。


鋭い金属音にも似た衝撃が走る。


だが斬れたのは空気ではなく、空間に張られた半透明の膜だった。膜は一瞬だけひび割れるように波打ったものの、次の瞬間には周囲の光を吸い寄せて再生する。


「再生するのか……!」


吾妻が舌打ちする。


魔泉道はその様子を見て、静かに笑った。


「白塔は賢い。起動の妨げになるものを自律的に排除しているだけだ」


「黙れ!」


冷花が叫ぶ。

同時に彼女の周囲に集まった霊気が鋭い槍のように凝縮し、見えない壁へ撃ち込まれる。


衝撃。

火花に似た光の飛沫。

しかし結果は同じだった。壁はわずかに揺らいだだけで、破れない。


それどころか、反射するように光が逆流し、冷花の腕を弾く。


「くっ……!」


「冷花!」


志乃が支える。

冷花は悔しげに顔を歪めた。


「ただの結界じゃない……あれ、自分で形を変えてる」


「術式が生きているようなものだ」


白神教授が低く答える。


「相手の干渉の質を見て、最も効率的に弾いている。白塔全体が、一種の自律演算装置として働いているんだろう」


志乃は息を呑んだ。

まるで塔そのものが、自分の意思を持っているかのようだ。


いや、実際にそうなのかもしれない。

あの女性の声。白塔の奥にいる“何か”。そして、虚西を求め続けてきた意志。


そのすべてが、今この場でひとつにつながっている。


――来て。


――でも、急がないで。


不意に、また声が聞こえた。


志乃ははっとして顔を上げる。

耳ではなく、胸の内側へ直接落ちてくるような声音だった。


「……あなた?」


誰にも聞こえないほど小さく問い返す。


――無理に触れれば、彼も、あなたも壊れる。


「じゃあ、どうすればいいの……!」


思わず漏れた言葉に、冷花が怪訝そうに振り向く。

だが志乃は説明する余裕もなく、白塔の奥を見つめた。


答えはない。

あるのは、痛いほどの沈黙だけだった。


そのとき、虚西の身体が大きく震えた。


「がっ……!」


喉の奥から押し殺したような声が漏れる。

白い紋様が胸元まで達し、彼の足元の光輪が一段階大きく広がった。地下全体がそれに呼応するように鳴動する。


「コウ!」


志乃は再び駆け出しかけた。

今度は冷花が腕を掴んで止める。


「だめ!」


「でも――!」


「今行っても、助けられない!」


その言葉は、残酷なほど正しかった。


志乃自身、分かっている。

今飛び込んだところで、自分は弾かれるだけだ。あるいは虚西と同じように術式に取り込まれるだけかもしれない。


なのに、見ているしかない現実が、胸を掻きむしるほど苦しかった。


白神教授が前へ出る。

彼は懐から札のようなものを数枚取り出し、素早く術式を組み始めた。


「物理干渉では無理だ。構造に割り込む」


札が光り、幾何学的な陣が空中へ展開する。

教授は白塔の結界に対し、正面からではなく“術式の位相”を合わせるようにして接続を試みていた。


魔泉道の目が細くなる。


「ほう……そこまでできるか」


「古い術式だ。理屈さえ掴めば、綻びはある」


白神教授の額に汗が浮かぶ。

光の陣が見えない壁へ接触し、複数の文字列がぶつかり合うように明滅する。


一瞬だけ、壁の一部に裂け目が生まれた。


「今だ、吾妻!」


「分かっている!」


吾妻がその隙間へ踏み込み、刀を振り下ろす。


鋭い斬撃が結界の裂け目をさらに広げ――かけた、その瞬間だった。


地下全体に、鐘を打ち鳴らしたような重い音が響いた。


裂け目が閉じる。

それどころか結界の層がさらに厚くなり、白神教授の術式ごと押し返した。


「っ……!」


教授の身体がよろめく。

札は燃え尽きるように灰となって散った。


魔泉道が、わずかに嘲るように言う。


「惜しかったな。だが、もう遅い。白塔は起動の優先順位を最上位へ移した。外部干渉を許す段階ではない」


「外部干渉……だと」


白神教授は息を整えながら、苦々しく呟く。


「つまりコウだけは“内部”として認識されているのか」


「当然だ。彼は鍵なのだから」


その言葉に、志乃の中で何かが切れた。


「鍵、鍵って……!」


彼女は魔泉道へ振り向く。

怒りで、身体の震えが止まらない。


「コウは人だって言ってるでしょう! 何度も何度も、勝手に意味を押しつけて、使い方を決めて……そんなの、絶対に間違ってる!」


魔泉道は表情を変えない。


「間違いかどうかを決めるのは結果だ」


「違う!」


「では何だ。無価値のまま、何も成さず、誰にも使われずに終わることが正しいのか?」


その問いに、志乃は一瞬言葉を失った。

だが次の瞬間、胸の奥から別の感情が湧き上がる。


「使われるために生きてるんじゃない」


自分でも驚くほど、はっきりした声だった。


「誰かに意味を決められるためじゃない。コウが何者かは、コウが決めることです」


虚西が、その言葉に反応したように顔を上げた。


苦痛の中で揺れる瞳が、かすかに志乃を映す。


「……志乃」


それだけだった。

だがその呼び声は、まだ彼が完全には奪われていない証だった。


志乃は唇を噛みしめる。

届いている。まだ、完全に手遅れじゃない。


しかしその希望を嘲笑うように、白塔が再び脈打つ。


今度の鳴動は、これまでよりもはるかに大きかった。

天井の石片がぱらぱらと落ち、空気が震え、壁面の紋様が一斉に明滅する。


地下通路の奥から、半透明の光の壁が何枚もせり上がってきた。

出口だけではない。人の立てる位置、人の動ける範囲そのものを狭めるように、白塔は内部構造を変えていく。


「地形まで変えてるの……?」


冷花が息を呑む。


「拒絶してるんだ」


白神教授が答えた。


「起動の邪魔になる存在すべてを、“外側”へ押し出そうとしている」


「だったら、なおさら急がないと!」


志乃は再び身を乗り出した。

その刹那、床の紋様が足元で閃く。


見えない何かが足首へ巻きついた。

まるで床から伸びた手に掴まれたような感触だった。


「え――」


次の瞬間、志乃の身体はその場に縫い止められていた。


「っ、動け……ない……!」


足元だけではない。

薄い光の帯が膝、腰、腕へと這い上がり、拘束具のように身体を絡め取っていく。


「志乃!」


冷花が手を伸ばす。

だが冷花の腕もまた、別方向から伸びた光に弾かれた。


白神教授の声が鋭く飛ぶ。


「まずい、直接拘束だ! 白塔が志乃を認識した!」


「なんで……私を……!」


叫んだ瞬間、あの女の声がすぐ近くで囁いた。


――あなたは、彼のそばへ行こうとしたから。


志乃の目が見開かれる。


――でも、今はまだ駄目。

――今ここで壊れては、終わらせられない。


「何を……言って……」


意味が分からない。

助けたいのに。止めたいのに。どうして拒むのか。


その答えが得られる前に、虚西が苦しげに叫んだ。


「志乃に触るな!」


光が跳ねる。

彼の足元の光輪が激しく明滅し、地下全体の術式が一瞬だけ乱れた。


魔泉道が目を見開く。


「ほう……拘束下で干渉したか」


白神教授も驚きを隠せない。


「コウが白塔の術式へ逆方向に触れた……?」


志乃は拘束されたまま、必死に虚西を見た。


虚西は荒い息を吐きながら、こちらへ手を伸ばそうとしている。

その指先はわずかに震え、光に焼かれるように揺れていた。


「……ごめん」


彼はかすれた声で言った。


「俺……止められない」


その一言が、志乃の胸を深く刺した。


止められない。

コウ自身も、今の自分ではどうにもできないと分かっている。

それでも、志乃を守ろうとしてくれた。


「謝らないで……」


志乃は苦しげに首を振る。


「まだ終わってない。絶対、終わらせないから」


その言葉に応えるように、虚西の瞳がかすかに揺れた。


だが次の瞬間、白塔の奥で巨大な何かが回転を始める音が響く。

地下を満たす光が、ひときわ強く膨れ上がった。


白神教授が低く呟く。


「次の段階に入る……」


魔泉道は歓喜を押し隠そうともせず、両手を広げた。


「そうだ。拒絶しろ、白塔。起動のために不要なものをすべて排しろ」


俵屋は黙ったまま、その様子を見ている。

まるで今起きているすべてが、彼にとって想定の範囲内であるかのように。


志乃は拘束された身体のまま、ただ虚西を見つめた。

白塔は明らかに自分たちを拒絶している。

救おうとする手を、止めようとする意思を、何ひとつ受け入れない。


それでも。


その拒絶の奥に、かすかな矛盾があることを、志乃は感じ始めていた。


自分を拘束した白塔が、同時に「今はまだ駄目」と告げたこと。

虚西に触れようとするたびに弾かれるのに、彼の声だけは届くこと。

そして何より、あの女性の声は助けを求めているのに、白塔そのものは干渉を拒んでいること。


白塔の中には、複数の意志がある。


その確信が、志乃の胸に静かに落ちる。


地下空間はなおも脈打ち、光の束は虚西の身体へ流れ込み続けていた。

拒絶は終わっていない。

むしろ、これからが本番なのだと告げるように、塔の気配はますます強くなっていく。


そして志乃は、動けぬまま悟る。


今ここで無理に抗っても届かない。

けれど、この拒絶の構造を越えなければ、コウには辿り着けないのだと。


白塔は、まだ誰にもその中枢を許していなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ