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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第8節 不死の力

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東都実験計画

白塔の地下を満たしていた振動は、もはや錯覚ではなかった。


低く、重く、脈を打つような轟きが床下から伝わってくる。

それは地下施設の奥深くで何か巨大な機構が目を覚まし、ゆっくりと噛み合い始めている証のようだった。


志乃は思わず足元を見た。

古びた石床に刻まれた紋様の溝を、淡い光が流れていく。血管のように張り巡らされた術式回路が、塔の内部だけで完結していないことは、もはや見て取れた。


「……外にまで、つながってる」


かすれた声で呟くと、白神教授が短く頷いた。


「やはりそうか」


教授は装置の中心部、そして周辺に浮かび上がる複数の光輪をじっと見つめていた。

その目は学者のものだった。恐怖も緊張もあるはずなのに、それ以上に“構造を見抜こうとする意志”が前に出ている。


「この術式は白塔地下だけの閉鎖系ではない。むしろ逆だ。ここは中心点にすぎん」


吾妻が眉をひそめる。


「中心点、だと」


「東都全体を使っている」


その一言で、その場の空気がはっきりと変わった。


冷花が息を呑む気配がした。

学連の戦闘員たちもざわめきを押し殺し、互いの顔を見交わす。

志乃は胸の奥が冷えていくのを感じた。


東都全体。

それはつまり、この場の異常が白塔の中だけの問題ではないということだ。


魔泉道はそんな一同の反応を見て、満足げに口元を吊り上げた。


「ようやく辿り着いたか、白神教授」


「……お前たちの狙いは、白塔の起動そのものではないな」


「もちろんだとも」


魔泉道は両手を広げ、地下空間そのものを抱くように言った。


「白塔はただの器だ。古き時代に作られた、極めて優秀な変換装置にすぎぬ。真に価値があるのは、その器を通じて東都中の霊気力を一点に集め、再構成することにある」


志乃はその言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。


「……再構成?」


白神教授が代わりに答えるように低く言う。


「集積した霊気を用いて、新たな肉体を作るつもりだ。朽ちず、老いず、損耗しても補填され続ける肉体……そういうことだろう、魔泉道」


「その通り」


魔泉道の目が狂気じみた光を帯びる。


「不老不死の器。古来より誰もが夢見ながら、誰も完成させられなかった理論上の肉体だ。魂の器が壊れるから人は死ぬ。ならば壊れぬ器を作ればいい。実に単純な話だろう?」


単純――。


志乃は反射的に唇を噛んだ。

その単純さのために、どれだけのものを踏みにじるつもりなのか。

白塔の奥で聞こえた女性の苦しげな声が、胸の中によみがえる。


――終わらせて。


あれは、こんなもののために存在している声だったのか。


吾妻が一歩前へ出る。刀の切っ先がわずかに上がった。


「東都全体を巻き込む実験だと分かっていて、好きにやらせると思うな」


「好きにやらせるも何も、もう始まっている」


魔泉道の返答はあまりに静かだった。

その静けさが、かえって確信の深さを示していた。


次の瞬間、地下空間のどこかで鈍い共鳴音が鳴る。

それに呼応するように、壁面の紋様が一斉に脈打った。


白神教授が顔を上げる。


「地上の霊脈に接続したか……!」


「東都に張り巡らされた霊的な基盤。その多くは、長い年月をかけて人間たち自身が整えてきたものだ。結界網、観測系、封印術式、学連の管理領域、旧家の守護結節、失われた宗派の名残……実に便利だったよ」


魔泉道の言葉に、吾妻の表情が険しくなる。


「貴様……学連の管理網まで利用したのか」


「利用できるものは、すべて利用する。それだけの話だ」


白神教授は低く舌打ちした。


「最初から東都そのものを巨大な回路として見ていたわけか。白塔を核に、都市全域の霊気を循環・圧縮・転換する……」


「そう。ここは祭壇ではない。炉だ」


魔泉道はそう言い切った。


「東都を一つの巨大な実験場とし、そこに生きる者たちの霊気の流れまで含めて束ねる。必要なのは膨大な総量と、流れを乱さず制御する中枢。そして、その中枢を起動する鍵――虚西コウだ」


視線が一斉に虚西へ集まる。


虚西は光の中心で動かずにいた。

先ほどよりもさらに白塔の発する気配に呑まれているように見える。

その頬は青ざめているが、瞳の奥には奇妙な光が宿り始めていた。


「コウ……」


志乃が思わず名を呼ぶ。

虚西はゆっくりと視線だけを向けた。


「……聞こえるんだ」


その声は遠かった。


「塔の中に、ずっと流れてる。何か、すごく大きな流れが……東都中から、こっちへ集まってくるみたいに」


白神教授の表情が硬くなる。


「もう感知しているのか。やはりコウは単なる媒介ではない。回路の一部として扱われている」


「そんな……」


志乃の喉が詰まる。


魔泉道は愉快そうに肩を揺らした。


「“扱われている”のではない。彼は選ばれたのだ。白塔に認識され、接続を許されている。これほど名誉なこともあるまい」


「名誉なんかじゃない!」


志乃は思わず叫んでいた。


「コウは人です! 道具じゃない!」


声が地下に響く。

だが魔泉道の表情は崩れない。


「人であることと、道具であることは両立する。歴史は常にそうだった。価値あるものほど使われる。違うか?」


その言葉に、志乃は言い返せなかった。

怒りで頭が熱くなるのに、うまく言葉にならない。

その横で冷花が一歩前に出た。


「それでも、あたしたちは黙って見てるつもりはない」


短い言葉だったが、鋭かった。

冷花の視線はまっすぐ魔泉道に向けられている。


吾妻もまた周囲の戦闘員へ低く命じる。


「全員、地上との連絡を急げ。観測班に東都全域の霊圧変動を確認させろ。住民保護も含めて非常事態対応に移る」


「はい!」


学連の戦闘員たちが即座に動こうとした、その瞬間だった。


地下全体を貫くような光が一閃した。


床の紋様がさらに強く発光し、白塔そのものが拒絶反応を示すように唸りを上げる。

壁面から半透明の光の膜がせり上がり、通路の出口を次々と封鎖していった。


「くっ……!」


前に出た戦闘員の一人が、見えない壁に弾かれて床へ転がる。


吾妻が舌打ちする。


「封鎖結界か!」


魔泉道は淡々と言った。


「ここから先は起動準備段階だ。余計な干渉は困るのでね」


「貴様……!」


「心配するな。すぐに証明される。私の理論が、そしてこの塔の価値が」


俵屋はその隣で無言のままだった。

だがその目だけは、魔泉道ではなく装置の中心――そして、そのさらに先にある“完成の瞬間”を見据えているように志乃には見えた。


何かがおかしい。

魔泉道の狂気とも違う、もっと冷たい算段が俵屋の沈黙の奥に潜んでいる気がした。


だが、それを考える余裕すらすぐに消える。


白塔の奥から、またあの女性の声が響いたからだ。


――見て。


――始まってしまう。


志乃ははっとして奥を見た。

闇の向こうで、なにか巨大なものがゆっくりと回転し始める気配がある。

目には見えない。なのに、確かにそこにあると分かる。


「白神先生……あの声……苦しそうで……」


白神教授は険しい顔のまま答える。


「おそらく、あの女性こそ白塔の中枢に最も近い存在だ。あるいは、起動そのものに組み込まれている」


「組み込まれている……?」


「だからこそ願っているのかもしれん。止めてほしいと」


その一言で、志乃の胸に冷たいものが落ちた。


救いを求める声。

それなのに、自分はまだ何もできていない。


虚西がかすかに身じろぎする。

彼の腕に、白い光の筋が浮かび上がっていた。まるで血管に沿って紋様が伸びているようだった。


「っ……」


苦しそうに息を吐く虚西へ、志乃は思わず手を伸ばしかける。


しかし距離がある。

そしてその間には、術式の光が壁のように脈打っている。


「コウ!」


虚西は目を閉じ、低く呟いた。


「来る……」


「何が?」


返答の代わりに、地下のさらに外側――はるか上方から、無数の気配が重なるような震えが届く。

東都全体が、何かに応じている。


白神教授の顔色が変わった。


「まずい。地上の霊脈が同期を始めた」


「同期……?」


「集積の前段階だ。このまま行けば東都中の霊気が流れを変える。人為的に一本化されるぞ」


吾妻が低く罵声を漏らす。


「ふざけた真似を……都市そのものを生贄にする気か」


魔泉道は静かに首を振った。


「違う。生贄ではない。進化だ」


その言葉と同時に、地下空間の天井近くに幾筋もの光が立ち上った。

細い柱のようなそれは上へ、さらに上へと伸び、まるで地上と接続していくかのように消えていく。


志乃は震える息を吸った。


始まっている。

もう本当に、始まってしまっている。


東都のどこかで、何も知らずに生きている人々がいる。

その上で今、巨大な術式が動き出している。


そしてその中心に、コウがいる。


「……止めないと」


誰に言うでもなく、志乃は呟いた。


迷っている場合ではない。

声の意味がまだ完全に分からなくても、少なくともこのまま進ませてはいけない。


その決意が胸の奥で形になりかけた、そのとき。


白塔の奥から、女の声が先ほどよりもはるかにはっきりと響いた。


「志乃――まだ、間に合います」


同時に、地下全体が大きく揺れた。


装置の光輪が一段拡大し、東都の彼方から流れ込んでくる霊気の脈動が、誰にでも感じ取れるほど濃くなる。


魔泉道は恍惚とした笑みを浮かべた。


「さあ、実験を始めよう」


その声を合図にするかのように、白塔の起動は次の段階へ進み始めた。

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