迷いの者たち
俵屋と魔泉道が、白塔の前に立つと同時に、全ての勢力の気配が、一瞬だけ静止した。
その二人の存在感は、複数の四天王と同等、あるいはそれ以上のものだった。
俵屋は、中年の男だ。その面構えは厳しく、その目には、何かの冷徹さが満ちている。彼の霊気力は、灰色に近い。古い、何かの本源的な力だ。
魔泉道は、別の初老の男。やや長身で、その顔には、知識人的な落ち着きがある。彼の霊気力は、白く濁ったような色をしていた。それは、何かを制御する力のような響きだ。
「TEBESか」
吾妻が、低く言った。その刀は、まだ抜かれたままだ。だが、その姿勢には、戦闘への準備が満ちている。
虺竜文は、その二人を見て、興奮の色を深めた。
「強いのか。お前ら」
虺竜文の勾玉が、激しく輝き始める。だが、その光は、先ほどよりも弱い。俵屋が張ったバリアの影響だ。
クリス・レイシアは、何も言わなかった。ただ、その空色の瞳が、二人の男を見つめていた。その瞳に、何かの認識がある。
相模は、その二人を見て、子どもっぽい口調で呟いた。
「君たちは。誰なんだ」
相模は、俵屋と魔泉道の姿を見ながら、何かを思い出そうとしていた。だが、その記憶は、曖昧だ。
俵屋が、白塔の前で、ゆっくりと動いた。
「複数の勢力が集結している。だが、我々の目的は、お前たちではない」
俵屋が言った。
その時、彼の目が、虚西に向けられた。
冷徹で、計算的な視線だ。
「虚西コウ。我々の目的は、お前だ」
虚西は、その言葉を聞いて、身体を硬くした。
志乃は、虚西の側に立ったまま、その二人の男を見つめていた。
その瞬間、彼女の脳裏に、何かが蘇り始めた。
白塔で迷い込んだ時のこと。
あの不可思議な経験。
その時に出会った一人の男。
俵屋だ。
志乃は、ゆっくりと、その男に向かって言った。
「あなたは……白塔で……」
志乃の声は、小さかった。だが、その一言で、複数の勢力が、反応した。
吾妻が、志乃の方を見た。
虺竜文が、その会話に注意を向けた。
クリス・レイシアの表情が、わずかに変わった。
相模は、志乃の言葉を聞いて、その子どもっぽい口調で呟いた。
「君は、白塔で、この男に会ったんだ」
俵屋が、志乃の方へ向き直った。
「そうだ。綾崎志乃。お前は、白塔の奥深くへ迷い込んだ。その時に、我々と出会った」
志乃は、その言葉に、微かに首を傾げた。
「我々。あなた以外に、もう一人いましたか」
志乃の質問は、自然だった。彼女は、白塔で俵屋には出会った。だが、この魔泉道という男には、出会った記憶がない。
俵屋は、その質問を聞いて、微かに笑った。
「お前の記憶は、不完全だ。白塔の奥では、多くのことが歪む。お前が覚えていないだけで、我々は、そこにいた」
魔泉道が、俵屋の言葉に続いた。
「綾崎志乃。お前は、白塔で何かを見た。何かを聞いた。だが、その大部分は、お前の記憶から消されている」
魔泉道の言葉には、事実性がある。だが、同時に、何かの不自然さもあった。
志乃は、その言葉を聞いて、ゆっくりと思い出し始めた。
白塔での記憶。確かに、曖昧だ。
だが、その時に聞いた女性の声だけは、覚えている。
あの声が、何か重大な意味を持っていることを、志乃は感じていた。
その時、俵屋が、白塔の周辺全体に、新たなバリアを張り始めた。
複数の勢力の霊気力が、さらに制限され始めた。
虺竜文の赤い光が、より弱くなり始める。
クリス・レイシアのケルト神話の魔物の影が、さらに揺らぎ始めた。
相模の古い力も、より大きく制御が乱れ始めた。
吾妻は、その制限の中でも、刀を抜く準備を整えていた。
だが、その時、志乃が、何かに気づいた。
白塔の奥から、かすかに、女性の声が聞こえた。
あの時と同じ声だ。
低く、優しく、何かの導きのような声。
その声は、志乃に呼びかけていた。
「志乃よ。白塔へ。白塔の奥へ」
その声の中には、何かの切実さがある。何かの待ち焦がれた感情。
志乃は、その声を聞いて、自分の内側で、何かが動き始めたのを感じた。
「コウ」
志乃が、虚西に向かって呟いた。
その声は、小さいが、明確だ。
「あなたは、白塔の奥にいくべき」
虚西は、志乃を見た。
その瞳には、確認がある。
だが、その瞬間、俵屋と魔泉道が、さらに前に出た。
「虚西コウ。お前を確保する」
俵屋が、低く言った。
複数の勢力が、その動きに反応した。
吾妻が、刀を抜こうとした。
虺竜文が、その勾玉の光を最大に高めようとした。
クリス・レイシアが、レイピアを構えた。
相模が、その古い力を展開させようとした。
だが、全てが、遅かった。
俵屋と魔泉道のバリアが、その全てを制限していたのだ。
複数の勢力は、その中で、完全に行動を制限されていた。
そして、白塔の前で、虚西コウが、ついに、俵屋と魔泉道に捕らえられようとしていた。
志乃は、その光景を見ながら、白塔から聞こえてくる、女性の声に耳を傾けていた。
その声が、彼女に告げていたのだ。
「白塔へ。白塔へ向かえ」
その声に、志乃は、何かの決意を感じていた。
白塔での不可思議な経験。
あの時に聞いた女性の声。
その声が、今、再び、志乃に呼びかけている。
そして、彼女は、その呼びかけに応じる決意をしていたのだ。




