表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第6節 四天王の座

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/155

脱出

吾妻と虺竜文の戦闘が、部屋全体を支配している最中だった。


虚西は、志乃の手を握ったまま、相模が開いた通路へ向かった。


部屋の奥に、古い鉄製のドアがある。通常は封鎖されているはずのそれが、開かれていた。


その先には、暗い通路が広がっていた。かつての地下水路。古い施設の名残だ。


虚西と志乃は、その通路へ駆け込んだ。


背後では、吾妻と虺竜文の戦闘音が、次第に遠ざかっていく。


虚西は、志乃を導きながら、迷路のような地下通路を進んでいた。その足取りは、確実だ。彼は、この施設の構造を知っているのかもしれない。


やがて、彼らは、地下水路に到達した。


古い暗渠。コンクリート製の壁が、苔に覆われている。その上には、月明かりが、わずかに差し込んでいた。


志乃の呼吸は、荒くなっていた。彼女は、ここまでの出来事を、まだ完全には理解していなかった。


虚西は、地下水路を伝い、月砂の支配領域を離れていく方向へ歩み始めた。


その足取りは、迷いがない。


「ここから、どこへ」


志乃が、初めて、そう問うた。


虚西は、答えなかった。ただ、歩み続けた。


地下水路は、次第に広くなり始めた。古い東都の下水施設。その先には、より古い層が広がっているのかもしれない。


やがて、彼らは、別の地下施設に到達した。


古い管理室。機械装置の残骸。そして、窓からは、月砂の支配領域の外の夜景が見える。


虚西は、そこで、初めて足を止めた。


その瞬間の沈黙が、長かった。


志乃は、虚西の横顔を見つめていた。


フードを脱いだ彼の素顔。その瞳は、やはり、どこか別の次元を見ているようだった。


「あなたの名前」


志乃が、静かに言った。


「本当の名前は」


虚西は、その問いに、ゆっくりと答えた。


「虚西コウ」


その名前が、部屋に落ちた時、空気が変わった。


それは、単なる名前ではない。何かの定義であり、何かの選択であり、何かの覚悟だ。


「虚西……」


志乃が、その名前を繰り返した。


「コウ」


虚西が、続けた。


「それだけだ。前の名前は、もう、ない」


その言葉には、何かの終わりが込められていた。


志乃は、その重さを感じ取った。


「どうして」


志乃が、問うた。


「どうして、あなたは、ここにいるんですか」


虚西は、答えなかった。


ただ、志乃の方へ、ゆっくりと振り返った。


その瞳の中に、何かが映っていた。


志乃自身が。


「君を守るため」


虚西が、静かに言った。


その言葉は、完全な返答ではない。だが、その中には、何かの真実がある。


志乃は、その返答を受けた時、自分の胸が、何かに満たされるのを感じた。


「あなたは、何ですか」


志乃が、再び問うた。


「虚西コウ。あなたは何なんですか」


虚西は、その問いに、答えなかった。


代わりに、彼は、志乃の手を、しっかりと握った。


その握力は、弱くなかった。むしろ、何かの決意を示していた。


「俺は、俺だ」


虚西が、最後に言った。


「それ以上でも、以下でもない」


志乃は、その言葉を受けた時、何かを理解した。


虚西コウ。


この青年は、何かの完全な存在ではない。だが、同時に、何かの不完全な存在でもない。


彼は、ただ、ここにいる。


その存在そのものが、何かの意味を持つ。


地下管理室の外では、月砂の支配領域が広がっていた。


だが、彼らはもう、そこにはいない。


古い地下施設の奥へ。より古い層へ。


白塔へ通じるルートへ。


虚西は、志乃の手を握ったまま、前へ進んでいった。


その足取りは、確実であり、同時に、何かの運命へ向かっているようでもあった。


名前。


虚西コウ。


その名前は、志乃の心に、深く刻まれた。


それは、何かの始まりであり、何かの終わりであり、そして、何かの選択なのだ。


地下水路の暗闇の中で、二人の影が、ゆっくりと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ