二人の到来
部屋全体を揺るがす轟音が、連続して響き渡った。
月砂のアジト内で、複数の爆発が起きている。防衛ラインが、破られ始めたのだ。
相模と虚西の戦闘は、その音に反応した。二人は、その戦いを一瞬だけ中断し、部屋の外へ視線を向けた。
やがて、部屋の壁が、大きく崩れた。
鉄骨が落下し、コンクリートが砕ける。その混乱の中から、複数の人影が現れた。
紅叉だ。
その先頭に立つのは、獅子島隼人。彼は、部屋に入った瞬間、全体の状況を素早く把握した。そして、その観察力は、長年の戦闘経験から来るものであった。彼の目は、虚西を捉えた。そこには、敵意がある。だが、同時に、別の感情も混ざっていた。
獅子島の背後から、別の気配が現れた。
モッズコート姿の青年。虺竜文。紅叉王だ。
彼が部屋に入った瞬間、空気そのものが変わった。
虺竜文の勾玉が、激しく赤く輝き始めた。その光は、ただの霊気力ではなく、絶対的な支配力を持つ力だ。周囲の無機物——落下した鉄骨、床のコンクリート、壁面に埋め込まれた配管——が、次々と形を変え始める。それらは、刃へと変化し、矢へと変化し、あるいは枷へと変化していった。
「誰だてめーら」
虺竜文は、相模や虚西の名前を呼ばなかった。ただ、その敵意をむき出しにした問いを放った。その声には、戦いそのものへの渇望がある。何かを倒す喜び、何かと衝突する興奮。
虺竜文は、何も言わなかった。ただ、その力を展開させるだけだ。周囲の全ての無機物が、彼の手足となり、彼の意思を形にしていく。
相模は、その光景を見ても、動じなかった。彼は、虺竜文の出現を、既に予測していたのかもしれない。
だが、虚西は、違った。
彼の白い光が、一瞬だけ、揺らいだ。
虺竜文が、部屋の中央へ歩み出た。その一歩一歩に、周囲の空気が圧縮されていく。
「強いのか。お前ら」
虺竜文が言った。それは、問いかけというより、戦闘への招待だった。彼の勾玉の光が、さらに強くなる。
床に散らばっていた金属片が、全て、鋭い刃へと変化した。それらが、一斉に、虚西に向かって飛び始めた。
虚西は、その刃を避けるために、身体を動かした。だが、その動きは、相模を避けながらの移動だ。彼は、二つの脅威の間に挟まれていた。
相模の古い、練られた力と、虺竜文の圧倒的で、制御された力。
虚西の白い光が、それらに対抗していた。だが、その対抗は、次第に限界を見せ始めた。
鋭い金属の刃が、虚西のパーカーを裂いた。腕から、かすかに血が滲み始める。
相模は、その戦いを見つめながら、低く言った。
「君はどこから来たんだ」
その問いかけは、子どもっぽい口調だ。だが、その中には、深い意図がある。
「誰から、その力を受けたんだ」
虚西は、答えなかった。
代わりに、彼の霊気力が、さらに拡大しようとした。
その時、虺竜文の勾玉の光が、一段階強くなった。
複数の金属の刃が、より鋭く、より速く、虚西に向かって飛び始めた。
虚西は、その刃を避けるために、部屋の奥へ後退した。だが、その後退の先には、古い機械装置がある。彼の逃げ道は、次第に限定されていく。
虺竜文が、その戦いを見ながら、奇妙な笑みを浮かべた。
「もっと喚き散らせよ!」
その声には、純粋な興奮がある。戦闘狂的な喜びが、そこにはあった。
獅子島は、その光景を冷静に観察していた。彼は、虚西の敗色が、次第に濃くなっていくのを見ていた。そして、その事実を、動じないまま受け入れていた。
獅子島は、ゆっくりと志乃の方へ歩み始めた。
「申し訳ございませんが」
獅子島の言葉は、丁寧で、且つ余裕があった。大人の男が、子どもに話しかけるような響きだ。
「紅叉王の力にかかればひとたまりもありません。彼もどこまで持つか」
志乃は、その言葉に、答えなかった。
ただ、彼女の目は、虚西に向けられていた。虚西が、次々と追い込まれていく様子を、見つめていた。
相模の古い霊気力と、虺竜文の圧倒的な力が、虚西を包囲し始めた。
虚西の白い光も、次第に弱まり始めている。
相模は、その間に、虚西に何かを問いかけた。
「いいね。いい感じに面白くなってきた」
その言葉は、戦闘の最中であり、同時に、深い問いかけであった。
虺竜文は、答えを待たず、さらに攻撃を続けた。
「答えろ。お前に何ができんだ」
無機物の刃が、虚西の周囲を包囲し始める。彼の移動範囲が、次々と制限されていく。
虚西の身体が、部屋の壁に押し付けられた。
その瞬間、彼のパーカーから、かすかに、白い光が漏れ始めた。
その光は、制御されていない。むき出しの、生の力だ。
部屋全体が、白い光に染まり始める。
相模は、その反応を見て、子どもっぽい声で呟いた。
「やっぱり。君は、そういう存在なんだ」
虺竜文の赤い光が、その白い光に対抗し始めた。
二つの色が、部屋の中で、激しく衝突する。
獅子島は、その光景を見ながら、微かに目を細めた。
「なるほど。これは、興味深い」
彼の敬語口調の声は、その戦闘の激しさと対照的に、静かで冷静だった。
虚西は、完全に包囲されていた。
彼の白い光も、虺竜文の赤い光に、次第に圧倒され始めている。
だが、その瞬間、虚西の目が、志乃を捉えた。
フードの中から、その瞳だけが、明確に光った。
相模は、その視線を見て、さらに続けた。
「君たちに一体何ができる?」
その言葉が、部屋に響き渡った。




