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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第5節 学連本部 ーー国際テロ組織・TEBESーー

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誰が外へ出した

中央制御ホールに隣接した小会議室は、深夜に入っても明るかった。


東都学連本部の上層では、夜の遅さは休息の理由にならない。外周警備、内部照合、湾岸封鎖、白塔周辺の監視強化。すべてが同時に動き続けている。会議室の壁面モニタには、本部内の認証ログと東都全域の警戒図が並び、数字と記号だけが淡々と更新されていた。


「もう一度整理する」


吾妻が卓の前に立ったまま言った。


椅子へ深く座る者は誰もいない。網走連は腕を組み、鷹取シズクは姫鶴一文字の鞘へ手を添え、平間飛鳥は端末画面を細かく切り替えている。


「紅叉は綾崎志乃へ接触した。月砂系の痕跡が本部内に出た。TEBESは一か月後の東都への予告を出した。しかも、名前のない青年はそれを予告ではなく“もう始まっているもの”として見ている」


言葉に並べると、状況はひどく悪かった。


「一番まずいのは、本部の内側が読まれてることです」


飛鳥が静かに言う。


「保護対象の移動経路、監視の切り替え、旧保守回線の穴。偶然ではありません」


「誰が外へ出した」


吾妻の声が低く落ちる。


それは単純な情報漏洩を指しているわけではなかった。綾崎志乃という存在の重みを、誰が、どの段階で、どこへ渡したのか。そこまで含めた問いだった。


「内部の裏切りと決めるには早いです」


シズクが言う。


「でも、外の誰かがここを知りすぎてるのも事実です。しかも雑な覗き方じゃない。住んでたみたいな通り方でした」


「月砂ならやる」


網走が短く吐く。


「境界の使い方があいつらは上手い。正面から来ずに、こっちの中と外のあいだへ入り込む」


「紅叉と月砂が接触してる可能性も上がったな」


吾妻が言う。


飛鳥は別の画面を出した。湾岸の襲撃時刻、本部帰投時刻、保護区画の切り替えログ。ばらばらの数字が、ひとつの線へ見えてくる。


「綾崎さんを本部へ入れたこと自体が、こちらの手の内を示した可能性があります」


「なら外へ出すか?」


網走が問い返す。


「それこそ拾ってくれと言うようなものだ」


「出せば狙われる。置けば位置が固定される」


シズクが鞘に触れたまま言う。


「どっちも正解じゃないですね」


短い沈黙が落ちる。


その沈黙のあいだに、志乃の名はもう“学生”ではなく“案件”として卓上に置かれているのだと、誰もが自覚していた。


「綾崎は、もう普通の帰宅導線へ戻せない」


吾妻がはっきり言う。


言い切られた事実は冷たかった。


「少なくとも、今夜の段階では」


飛鳥が補足する。


「学区の寮も、通学路も、友人宅も、全部監視候補になります」


「本人にはきついな」


網走が低く言う。


「だが、戻した先でさらわれるよりはましだ」


その言葉は正しい。


正しいからこそ、重かった。


「外の情報線は」


吾妻が飛鳥へ視線を向ける。


飛鳥は一瞬だけ端末の操作を止める。


「中央図書館側へ照会は投げています」


「水島さんか」


「はい」


飛鳥の答えは簡潔だった。


「表へ出たがらない人ですが、潮目を読む精度は高い。今回の湾岸偏重も、先に気づいていた節があります」


「返事は」


「まだです」


シズクが小さく息を吐く。


「あの司書、必要な時しか喋らないんですよね」


「必要な時に喋るなら十分だ」


吾妻はそう言い、卓上の地図を見下ろした。


「綾崎は保護継続。ただし部屋は固定しない。移動ログは二重化、偽装も混ぜる。名前のない青年も同じだ」


「同室近接は危険じゃないですか」


網走が眉をひそめる。


「敵味方不明だぞ」


「だから近づけすぎない」


吾妻が返す。


「だが切り離しすぎても、片方を餌にもう片方を動かされる」


その判断に、飛鳥もシズクも異論は出さなかった。


一方、保護区画の個室では、志乃が貸与端末を見つめていた。アリサと美世から届いた短い返信が、画面の上で止まっている。


《無事でよかった》


《明日、絶対連絡して》


たったそれだけなのに、胸の奥が痛んだ。


自分の夜だけが、もう学区の日常から切り離されている。


帰る前提で扱われていない。


その事実が、紅叉に狙われたことより静かに堪えた。


しばらくして、扉の外で控えめなノックが鳴る。


「綾崎さん」


平間飛鳥の声だった。


志乃が返事をすると、扉が開く。


彼は部屋へ入らず、敷居の前で言った。


「今夜は部屋を移ります」


「……ずっと、ここにいるわけじゃないんですね」


「固定しないほうがいいと判断しました」


やはり案件として扱われているのだ、と志乃は思う。


「明日、帰れますか」


聞いてしまってから、その問いが幼いものに感じられた。


飛鳥はごまかさなかった。


「難しいです」


たった四文字で、いろいろなものが決まってしまう。


志乃はうなずくしかなかった。


「わかりました」


飛鳥はほんの少しだけ言葉を探し、それから低く続ける。


「戻すために止めています」


慰めにはならない。


けれど、嘘でもなかった。


志乃が部屋を出て、飛鳥と女性隊員に挟まれて通路を歩きはじめた、そのときだった。


ふっと、世界が薄くなる。


停電ではなかった。


照明は消えていない。警報も鳴らない。なのに、足音も空調音も、認証扉の待機音さえ、一瞬だけ遠のいた。音ではなく“つながり”が切れたみたいな、奇妙な空白だった。


「……っ」


志乃の足が止まる。


胸の奥に、あの冷たい感覚が走った。湾岸で弾が消えたとき。紅叉の手が届く直前。名前のない青年の近くで感じた、あの空白に似ている。


「今のは」


飛鳥が即座に壁面端末を見る。


表示は生きている。だが、一秒にも満たない短い記録欠落が、通路のログにだけ薄く走っていた。


「停電じゃない……」


女性隊員が息を呑む。


志乃は何も言えなかった。


ただ、その一瞬で、本部の中のどこかが静かに開いた気がした。誰かが通るために。あるいは、誰かを連れ出すために。


空白はすぐに埋まり、音も光も元へ戻る。


それでも、何かが戻っていないと、志乃にははっきりわかった。

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