TEBES
TEBESの声明映像が途切れたあとも、作戦室の空気はしばらく動かなかった。
巨大モニタには東都研究都市の地図が残り、湾岸物流線、白塔周辺、中央集積区画の三点だけが赤く明滅している。整然と再建された都市図の上に、その三つだけが傷口みたいに浮いて見えた。
「外信監視室、過去事例を出せ」
吾妻が低く言う。
平間飛鳥が即座に端末を操作し、壁面の表示を切り替えた。海外沿岸都市、旧中東圏、極東の海上研究施設、そして新都市の輸送網で起きた未遂案件。どれも表向きの報道では、爆破、事故、暴動、施設障害として処理されたものばかりだった。
「TEBESは、単純なテロ組織ではありません」
飛鳥の声は、記録を読むように静かだった。
「国境をまたいで動き、霊気力と失われた技術を結びつける事案に執着する集団です。破壊活動そのものが目的ではなく、破壊の過程で“何かを起こす”ことを目的にしている」
志乃はモニタへ映る記録群を見つめた。
壊すためではなく、起こすために壊す。
その言い方が、妙に白塔の気配と重なった。
「再演、門、集積」
鷹取シズクが、姫鶴一文字の鞘へ手を置いたまま呟く。
「東都でその言葉を使うなら、ただの爆破じゃ済みませんね」
「白塔が絡むからですか」
志乃が思わず聞くと、シズクは一度だけこちらを見た。
やわらかい顔立ちなのに、任務中の彼女の目は思ったより鋭い。
「白塔だけじゃない」
彼女はモニタの赤点を順に見た。
「湾岸物流線は東都の血流です。中央集積区画は霊気力制御と再配分の中枢。そこへ白塔が重なるなら、都市機能と霊気力の流れを同時に揺らすつもりなんでしょう」
「五大研究都市の均衡にも響く」
吾妻が言った。
東都、尾張、古都、新都市、ヤマト。
崩壊後の日本を支える五つの研究都市は、役割を分けながら辛うじて均衡している。東都が倒れれば、他の四都市も物流も情報も霊気力管理も巻き込まれるのだと、志乃にもようやく実感できた。
「どうして東都なんですか」
志乃の問いは、半分は独り言に近かった。
それでも吾妻は答える。
「都市規模だけじゃない」
彼は白塔の赤点を見据えた。
「東都には、他都市にない“古い蓋”がある。TEBESはそこを狙っている」
古い蓋。
その言い回しに、志乃の胸がざわつく。
白塔はやはり、ただの景観施設でも旧研究棟でもない。
「総隊長」
そのとき、作戦室の扉脇で待機していた隊員が短く声を上げた。
「保護室の対象が反応しています」
飛鳥が即座にサブモニタを開く。
映し出されたのは、名前のない青年の部屋だった。さっきまでベッドの端に座っていたはずの彼が、今は立ち上がっている。包帯の巻かれた腕を押さえたまま、壁面モニタへ映ったTEBESの紋様を睨んでいた。
その横顔には、初めてはっきりした感情が出ていた。
嫌悪。
それも、ただの警戒ではない。見たくもないものを、予想どおり見せられた時の嫌悪だった。
「……やっぱり知ってる」
志乃が小さく漏らす。
吾妻はそれを聞き流さなかった。
「綾崎、ここにいろ」
そう言って作戦室を出ようとしかけ、数歩で止まる。
考えを変えたらしかった。
「いや、来い」
飛鳥が一瞬だけ吾妻を見る。
だが止めなかった。志乃がいたほうが、青年の言葉が引き出せると判断したのだろう。
保護室の前まで来ると、空気が作戦室とは別の硬さを持っていた。外で待機する隊員たちの視線も、さっきまでより鋭い。中の青年が暴れたわけではない。だが、静かに動いたことそのものが警戒を強めているのがわかった。
「開ける」
吾妻が短く言う。
扉が開く。
青年は振り返らなかった。壁面モニタの残像を見ている。そこにもうTEBESの紋様は映っていない。それでも、目の前から消えたはずのものをまだ見ている顔だった。
「TEBESを知っているな」
吾妻が室内へ入ってすぐに言う。
青年の肩がわずかに動く。
それだけで十分だった。
「どこまで知っている」
今度の吾妻の声は、作戦室のときよりも低かった。脅しではない。ごまかしを切るための声だった。
青年はゆっくりこちらを見る。
志乃と目が合ったのは一瞬だけだったが、その目の底に、先ほどまでとは違う切迫があった。
「……遅い」
青年が言う。
掠れているのに、妙によく通る声だった。
「何がですか」
志乃が思わず聞く。
青年の視線が、今度は吾妻へ戻る。
「予告を聞いてから動くのが」
吾妻の目が細くなる。
「予告じゃない、と言いたいのか」
数秒の沈黙。
青年は包帯の上から傷口を押さえ、息を整える。
「……あいつらは、そういうふうに見せる」
低い声だった。
「未来の話みたいに言って、もう始まってることを隠す」
室内の空気が、さらに一段冷える。
飛鳥もシズクも今はここにいない。だが、作戦室と保護室の回線はつながっているはずだ。この言葉は全員に届いている。
「つまり」
吾妻が一歩だけ前へ出る。
「どこまで入っている」
青年はすぐには答えなかった。
代わりに、扉の向こうの廊下を一度だけ見た。見えないはずの何かを測るみたいな目だった。
「お前らの外じゃない」
その一言で、志乃の背筋に冷たいものが走る。
外じゃない。
それは東都の外縁部でも、湾岸の倉庫でも、遠い別都市でもない。
もっと近い場所を指している。
「……本部の中か」
吾妻が問う。
青年は視線を戻し、静かに言った。
「予告じゃない」
そして、息を吐くように続ける。
「あいつらは、もう中にいる」
その一言で、学連本部の夜は完全に別のものになった。




