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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第5節 学連本部 ーー国際テロ組織・TEBESーー

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一か月後の予告

「本部の中に、ひとつ知らない音があります」


鷹取シズクのその一言で、中央制御ホールの空気は完全に実戦のものへ切り替わった。


壁面いっぱいの監視表示が一斉に組み替えられ、北棟上層の連絡層が赤く縁取られる。東都学連本部は学生自治組織の建物を装っていても、その実態は霊気力事案への前線司令部だ。平時の静けさは、異常が出た瞬間にそのまま機能へ裏返る。


「封鎖は」


吾妻が短く問う。


「まだです」


飛鳥が端末を操作しながら答える。


「ですが、通常認証を使った通過痕があります。外部侵入というより、内部ログへ溶け込む形です」


「気持ち悪いな」


網走連が低く吐き捨てた。


シズクは姫鶴一文字へ触れたまま、視線を監視図から外さない。


「露骨に壊しに来る音じゃないです。知ってるふりをして、ここにいたみたいな通り方です」


吾妻が何かを言いかけた、そのときだった。


制御卓の中央に置かれた緊急回線が、鋭い電子音を鳴らした。


通常の学区警報とは違う。五研究都市の上位回線と、対外監視網を束ねる優先信号だった。


「外信監視室からです」


飛鳥がすぐに回線を開く。


壁面モニタが切り替わり、東都だけでなく、尾張、古都、新都市、ヤマトを結ぶ五都市共通の警戒表示が並ぶ。再建後の日本を支える研究都市群の名が、一斉に赤く点っていた。


志乃はそのころ、保護区画の個室で扉の外の慌ただしさに気づいていた。通路を急ぐ足音が増え、控えめだった警備の声に切迫が混じる。しばらくして扉が開き、女性隊員が短く告げる。


「綾崎さん。作戦室へ移動します」


「何があったんですか」


「説明は向こうで」


それだけだった。


保護対象であることを実感するのは、こういう時だった。状況を知る前に、まず動かされる。けれど今夜ばかりは、その理不尽さより先に嫌な予感のほうが強かった。


志乃が作戦室へ入ったとき、室内はすでに張りつめていた。吾妻、シズク、飛鳥、網走。全員の視線が正面の巨大モニタへ集まっている。部屋の中央卓には東都全域の地図が投影され、その外側を五研究都市の接続線が輪のように囲んでいた。


「来たか」


吾妻が振り返らずに言う。


「そこにいてくれ」


志乃は壁際で足を止めた。


モニタには、黒い背景に見慣れない紋様が浮かんでいる。円とも門ともつかない輪郭の内側に、古代文字のような線が絡み合っていた。次いで、機械で歪められた声が流れ出す。


『――東都研究都市に告ぐ』


作戦室の空気がさらに冷えた。


声は日本語だった。だが発音の奥に、複数言語を渡ってきた硬さがある。


『我々は一か月後、この都市において再演を行う』


志乃の喉がひりつく。


画面に、東都の簡略地図が表示された。湾岸物流線、白塔周辺、中央集積区画。その三か所へ赤い印が順番に打たれる。


『失われた技術は再び開かれる。霊気力は集められ、門は開く』


その言葉の意味を、志乃はまだ理解しきれなかった。


けれど“白塔”の位置へ赤い印が落ちた瞬間だけは、胸の奥がはっきり冷えた。


『阻止したければ、見つけろ。あるいは差し出せ。零へ至る鍵を』


そこで映像が乱れる。


最後に、画面下へ英字だけが短く刻まれた。


TEBES


回線はそこで途切れた。


作戦室に、数秒の沈黙が落ちる。


「……ふざけた声明だな」


網走が最初に口を開いた。


だが、その声音に軽さはなかった。


飛鳥が即座に解析結果を壁面へ展開する。


「送信元は分散偽装。新都市沿岸回線を踏み台にし、さらに海外衛星網を経由しています。ですが署名パターンは一致」


「TEBESで確定か」


吾妻の声は低い。


「はい」


飛鳥がうなずく。


「外信監視室の蓄積データとも一致しています」


志乃は耐えきれず、口を開いた。


「……TEBESって、何なんですか」


シズクが一度だけこちらを見た。


その目には気遣いがあったが、答えはやさしくなかった。


「国際テロ組織です」


彼は簡潔に言う。


「霊気力と、失われた技術を兵器にも儀式にも使う連中です。国境の外から来るくせに、壊す時だけはその土地の傷をよく知っている」


志乃はモニタを見上げた。


東都だけではない。尾張の工業区、古都の文化保全層、新都市の海上輸送網、ヤマトの医療研究区画。それぞれの都市の警戒線が連動している。東都で起きていたことが、東都だけの事件では済まないと、その表示だけでわかった。


「一か月後、って」


志乃の声は思ったより小さかった。


「本当にやるつもりなんですか」


「予告だけなら、わざわざ五都市回線へ乗せない」


吾妻が言う。


「見せる必要がある相手へ見せた。つまり、やる気だ」


飛鳥が別ウィンドウを展開する。


「声明文内の語句、過去のTEBES案件と照合。“再演”“門”“集積”の組み合わせは初出です。ですが、東都の霊気力集積施設と湾岸線、さらに白塔周辺を同時に指定している時点で、単純爆破ではありません」


「儀式めいた大規模事案か」


シズクが静かに呟く。


その手が、無意識に姫鶴一文字の鞘を押さえる。


「嫌な音ですね」


吾妻はしばらくモニタを見据えていたが、やがて低く言った。


「タイミングが良すぎる」


誰も返さない。


だが、全員が同じことを考えていた。


ついさっき、名前のない青年が言った。


東都は一か月以内に騒がしくなる、と。


「……あの人」


志乃は思わず漏らした。


吾妻がわずかに振り返る。


「心当たりがある顔だな」


「さっきの、青年です」


志乃は自分でも驚くほど早く答えていた。


「一か月以内に東都が騒がしくなるって、言ってたんですか」


吾妻は数秒だけ黙り、それから小さくうなずいた。


作戦室の空気がまた変わる。


ただの未確認保護対象ではない。少なくとも、この予告へ先に触れていた人間だという意味を、その場にいる全員が共有した。


「飛鳥」


吾妻が言う。


「青年の警戒を一段上げろ。ただし拘束はするな。話せるうちに話を聞く」


「了解」


「シズクは本部内の穴を継続確認。外からの侵入より、内側の綻びを優先する」


「はい」


「網走は湾岸と白塔周辺の現場班準備だ。学区の警備課とも繋げ」


「任せろ」


矢継ぎ早の指示が飛ぶ。


その一つ一つが、もう東都の夜を次の段階へ押し出していた。


志乃だけが、その流れの端で立ち尽くす。


一か月後。


TEBES。


白塔。


零へ至る鍵。


全部が自分の知らない言葉のまま、しかし自分と無関係では済まない形で並んでいた。


モニタの赤い印が、白塔の位置でまた明滅する。


まるで、遠い予告ではなく、すでに始まっている話の続きだとでも言うように。

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