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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第5節 学連本部 ーー国際テロ組織・TEBESーー

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学連本部

無灯火仕様の搬送車は、東都研究都市の北棟上層を滑るように進んだ。


窓の外に見える夜景は整いすぎていた。高架歩廊、研究区画の白い外壁、物流レーンの誘導灯、上空を巡る監視ドローン。二〇三〇年代の日本で、崩壊のあとに再設計された研究都市は、安心を美しく配置することで成り立っている。東都はその中心だ。五研究都市の中枢として、情報も治安も人の流れも、すべてを管理するように作られている。


だからこそ志乃には、その整然さが今は逃げ場のなさに見えた。


車内の向かいでは、フード付きの青年が目を閉じたまま座っていた。網走連に半ば支えられて乗り込んでから、ほとんど動いていない。だが眠っているわけでもなさそうだった。呼吸は浅く、肩のあたりにだけ、不自然な緊張が残っている。


平間飛鳥は端末を操作し続けていた。時折、短い通知音が鳴るたびに画面を切り替え、どこかへ報告を返している。淡々とした横顔だったが、その指の動きはいつもより速い。現場がひとつ終わったのではなく、別の局面へ移っただけなのだと、それだけでわかった。


「まもなく到着します」


飛鳥が顔を上げずに言った。


志乃はうなずきかけて、返事をしなかった。返事をしたところで何かが軽くなるわけではない。保護されている。たしかにそうなのだろう。けれど、扉の開かない車内に座っていると、その言葉は収容とほとんど区別がつかなかった。


やがて車が減速し、重い認証ゲートの前で止まる。


正面の隔壁には、学区施設には見えない種類の警備表示が並んでいた。指紋や虹彩認証ではなく、霊気力波形と所持端末の多重照合。災害対応、武装介入、対外脅威、各区画の遮断状態。学生自治組織の本部というには、あまりにも軍事施設に近い。


隔壁が左右へ開いた。


その奥に広がっていたのは、静かな光に満ちた長い搬入通路だった。コンクリートと金属の匂い、天井を走る補助レール、壁面に埋め込まれた監視レンズ。無機質なのに、使われていない空間の冷え方ではない。常に何かへ備えている場所の温度だった。


「降りて」


飛鳥が後部扉を開ける。


先に網走が青年を立たせた。青年は舌打ちもせず立ち上がったが、足元は明らかに不安定だった。壁へ手をつきかけて、そこでふっと力が抜ける。網走は何も言わず、その腕を強めに支える。


「一人で歩けるか」


網走の問いは乱暴に聞こえるのに、放り出す感じはなかった。


「……触るな」


青年が低く答える。


それでも腕は振りほどけない。体力が残っていないのだと、志乃にもはっきりわかった。


「歩けないやつほどそう言う」


網走は短く返し、そのまま青年を通路の奥へ促した。


志乃も車を降りる。床はひどく固く、白い照明は影を薄くしていた。ここでは人の気配より先に、管理の気配が立っている。霊気力の色を見ようとすると、あちこちに均された防護の層があった。誰か一人の力ではなく、設備そのものに織り込まれた抑制と監視。学連本部は建物自体がひとつの檻であり、結界でもあるのだと感じた。


通路の先で、二人の隊員がすでに待機していた。どちらも学区の学生とは違う着方の制服を着ている。徽章は学連のものだが、姿勢に隙がない。年齢は若いのに、目だけが現場慣れしていた。


「搬送対象二名、到着」


飛鳥が告げる。


「保護対象・綾崎志乃。未確認一名、戦闘行為あり。ただし現時点では敵性未確定」


書類の読み上げに近い口調だった。


その言葉が、志乃の胸へ重く落ちる。


保護対象。


未確認一名。


言葉にされると、急に自分が人ではなく案件のひとつみたいに思えた。


「上へ通します」


待機していた隊員のひとりが応じる。


短いやりとりのあいだにも、壁面の表示は忙しく切り替わっていた。東都全域の警戒度、湾岸第二倉庫区画の封鎖、学区周辺の巡回強化。そして、その下に赤字で固定された警告が流れている。


《TEBES監視優先度最大》


志乃はその文字を目で追った。


知らない名前なのに、なぜか見た瞬間に嫌な重さがあった。街の内側だけで起きている話では済まないものが、もうここに持ち込まれている。そんな気がした。


「そっちを見るのはあとでいい」


網走が振り返らずに言う。


志乃ははっとして視線を戻した。


案内されたのは、搬入通路のさらに奥にある上行きエレベーターだった。通常の学区棟にあるものよりひと回り広く、壁面には衝撃吸収材が埋め込まれている。人を運ぶ箱というより、異常事態ごと上層へ上げるための設備に見えた。


乗り込むと、扉が閉まり、外界の音が断たれる。


数秒の無音。


それから上昇。


体がわずかに沈む感覚のなかで、志乃は自分の端末が沈黙したままだと気づいた。圏外ではない。けれど通信が自由に通っていないような、不自然な静けさがある。


「ここ、外と切ってるんですか」


思わず口にすると、飛鳥が答えた。


「完全遮断ではありません」


そこで一度言葉を切る。


「ただし、今夜は制限が入ります」


やはり、と志乃は思った。


守るための制限。


そう説明されれば、きっと筋は通っている。けれど、自分の意志とは別のところで行動範囲も連絡も切り分けられる感覚は、どうしても息苦しかった。


エレベーターが止まる。


扉が開いた先は、下の搬入区画とは違う静けさを持ったフロアだった。床は暗い灰色、壁面は白、照明は必要以上に明るくない。その代わり、通路の要所ごとに見えない圧がある。警備員が立っていなくても、どこを通っても観測されているとわかる空間だった。


「綾崎さんは保護区画へ」


飛鳥が志乃へ向き直る。


「医療確認と聞き取りを先にします」


次に、網走が青年のほうを見る。


「お前は別室だ」


青年の肩がわずかに強張る。


「断る」


「却下だ」


網走は即答した。


「今のお前に選択肢は多くない」


青年はフードの陰から志乃を一度だけ見た。


その視線に、志乃の胸がまた少し冷えた。何かを言いたげなのに、飲み込まれたままの視線だった。


「……話はまだだ」


志乃は気づけばそう言っていた。


青年は一瞬だけ目を細める。


だが答えは返さない。


代わりに、網走が短く言った。


「逃がさなければ、話す時間は作れる」


その言葉は半分は青年に、半分は志乃に向けたものだった。


通路の分岐で、進行方向が分かれる。


左は保護区画。


右は警戒付き隔離室。


名前こそ違うが、どちらも簡単には外へ出られない場所だと一目でわかった。


志乃は立ち止まりそうになる足を、どうにか前へ出した。


青年もまた、別の方向へ連れていかれる。


背中越しに見えるフードの輪郭は、夜の回廊で見たときよりずっと人間らしく、そしてずっと遠く見えた。


学連本部に入った瞬間、守られることと閉じ込められることの境目が、ひどく曖昧になった。


志乃はその感覚を胸に抱えたまま、白く静かな保護区画の奥へ歩いていった。

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