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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第4節 もう一人の零

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学連介入

「そこまでだ」


その声と同時に、回廊の空気が変わった。


夜の歩廊の端、交差通路から二つの影が踏み込んでくる。ひとりは迷いなく前へ出る大柄な男。もうひとりは半歩遅れて周囲を見渡す細身の男。どちらも見覚えがあった。昼に面談室で志乃と向かい合っていた、学連の二人だ。


「網走……!」


志乃が息を呑む。


網走連は返事をしなかった。


その代わり、先頭の紅叉の男へ一直線に間合いを詰める。速い、というより、踏み込みに無駄がなかった。歩幅も重心も最短で、相手が刃を上げ切る前に懐へ入る。鈍い打撃音がひとつ鳴り、赤い霊気の刃があっけなく軌道を逸らされた。


「ぐっ――」


短髪の男が体勢を崩す。


網走は追撃を急がず、その手首だけを正確に叩き落とした。圧縮霊装器が床を跳ね、火花を散らして転がる。


「綾崎から離れろ」


低い声だった。


命令というより、決定だった。


「学連が……こんなに早く」


痩せた男が舌打ちする。


その横で、平間飛鳥はすでに別の仕事に入っていた。端末を手早く操作し、歩廊脇の防災シャッターを半分だけ降ろす。開けたまま周囲を遮蔽する、避難誘導用の設定だ。さらに上空へ向けて認証信号を飛ばし、近くを巡回していた警備ドローンの進路をこちらへ引き寄せる。


「一般人は左の避難通路へ」


飛鳥がよく通る声で告げる。


近くにいた住民たちが、ようやく状況を理解して動き始めた。子どもを抱えた女、買い物袋を持った研究員、帰宅途中の学生。悲鳴と戸惑いはある。だが飛鳥の指示は短く、迷わせない。


「立ち止まらないでください」


その一言で、人の流れがひとつの方向へまとまる。


志乃はその様子を見て、学連がただの自治組織ではないことを改めて思い知らされた。戦う者と、場を切り分ける者。その両方が、最初から役割として噛み合っている。


「西野アリサさん、古本美世さん、こちらへ」


飛鳥が半身だけ振り返って言う。


二人は案内柱の陰から飛び出し、志乃のほうへ駆け寄った。飛鳥は三人をシャッターの内側へ寄せると、素早く周囲を見回す。


「綾崎さん。無理に動かないで」


「でも――」


志乃が言いかける。


その間にも、網走は紅叉二人を相手に前線を保っていた。ひとりの蹴りを受け流し、別方向から伸びた赤い刃を腕ごと外へ払う。剣戟のような派手さはない。むしろ実務的な近接制圧で、相手の武器と体勢だけを順番に潰していく。


「ちっ、面倒なやつが来たな」


先頭の男が吐き捨てる。


「学連は引っ込んでろ」


網走の視線は冷えたままだった。


「それは無理だ」


次の瞬間、男が放った赤い弾を、網走は身を沈めてかわす。弾は背後の壁へ当たり、保守灯を砕いた。歩廊の一角が暗くなる。だが、その暗がりを利用しようとした紅叉の横移動を、飛鳥は逃さなかった。


「右へ回ります」


飛鳥の声が鋭くなる。


網走は応じる代わりに、踏み込みの角度だけを変えた。紅叉の進路が一瞬で塞がれる。連携だった。多くを喋らなくても、互いの見ている盤面が同じなのだとわかる。


「……殺す気じゃないですね」


飛鳥が、紅叉の動きを見ながら低く言う。


志乃は彼の横顔を見る。


「え」


「最初から急所を外している。目的は殺害ではなく、発現確認と確保です」


その分析は冷静だった。


けれど、内容はひどく生々しい。


志乃は唇を噛む。さっきの攻撃も、アリサへ向けられたようでいて、実際には自分の反応を引き出すためだった。友人を盾に使われたのだと、今さらはっきり理解する。


「……最低」


アリサが低く吐き捨てた。


美世は顔を青くしながらも、志乃の腕を強くつかんでいる。その手の震えが、かえって志乃を現実へ引き戻した。


「確認班、後退するな!」


紅叉の先頭の男が怒鳴る。


「反応は出た! ここで持っていけ!」


その号令で、残る二人が左右へ散った。正面から網走を引きつけ、その隙に横から志乃たちへ回り込むつもりだ。


「平間!」


網走が短く呼ぶ。


「わかっています」


飛鳥は一歩前へ出た。


細身の体が、驚くほどぶれずに止まる。端末を投げるように片手で操作すると、歩廊天井の非常照明が一斉に切り替わり、白い補助灯が横方向へ走った。眩しさに紅叉のひとりがわずかに目を細める。その隙に飛鳥は足を踏み込み、相手の腕を払って進路を外す。大きな動きではない。それでも十分だった。狙いを逸らされた赤い弾が床へ突き刺さり、火花だけを散らす。


「学連の副隊長気取りが……!」


男が歯を剥く。


飛鳥の表情はほとんど変わらない。


「気取りではなく、担当です」


淡々とした返答だった。


その間にも、網走は先頭の男を壁際まで押し込み、肩口へ一撃を入れる。鈍い音とともに男の手から武器が落ちた。だが制圧し切る寸前で、痩せた男が通信機へ何かを叫ぶ。


「候補女、発現確認! 学連介入、繰り返す――」


網走の拳がその横顔へ叩き込まれ、通信機が弾け飛ぶ。


それでも、もう十分だったのだろう。紅叉の面々の目に、焦りと同時に別の確信が混じる。


志乃はそれを見て、嫌な予感を覚えた。


引くつもりではない。


次の段階へ移るつもりだ。


「網走さん!」


志乃は思わず声を上げた。


その瞬間、先頭の男が笑った。


「やっと焦ったか」


男の視線は、志乃ではなく、そのさらに向こうへ向いていた。


歩廊の先、避難誘導の遅れた一般人が二人、まだ通路の端に取り残されている。小さな子どもを連れた母親だった。飛鳥のシャッターが完全に閉じ切るより、一歩だけ遅かった。


紅叉の男が、そちらへ銃口を向ける。


「やめ――」


志乃が叫ぶ。


男の指が、引き金へかかった。


飛鳥が振り返り、網走が地を蹴る。


けれど、わずかに距離が足りない。


その一瞬で、志乃の胸の奥にまたあの冷たい空白がひらきかけた。


狙いは、最初からそこだった。

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