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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第4節 もう一人の零

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学連から来た二人

朝のホームルームが終わっても、教室のざわめきはなかなか引かなかった。


外部調査協力者。


学連。


その二つの単語だけで、生徒たちの想像は勝手に広がっていく。東都研究都市に生きる者にとって、学連は遠いようで近い存在だった。表向きは研究都市間の学生自治と治安協力を担う連合組織。だが実際には、霊気力事件への初動対応や、各都市の武装集団への牽制まで行う半ば実働組織として知られている。


教師より先に危険地帯へ入り、警備隊より先に情報を押さえる。


そんな噂が、東都ではもう伝説ではなく日常の延長として扱われていた。


「ほんとに来てるんだって」


後ろの席の女子が、窓の外を見ながら言った。


志乃もつられて視線を向ける。


中庭を横切る二人の姿は、もうどこにもなかった。けれど、さっき見た歩き方だけが目に残っている。迷いがなかった。ただ学区へ来たのではなく、来るべき場所へ来た人間の歩き方だった。


「志乃」


隣の席から、アリサが小さく呼ぶ。


「顔、強張ってる」


「……見られた気がしただけ」


志乃はそう答えた。


実際には、見られたどころではない気がしていた。湾岸、屋上、保守通路。ここ数日で起きたことが、ばらばらではなく一本の線で結ばれ始めている。その線の先に学連まで来たのだとしたら、もうただの噂では済まない。


「大丈夫じゃなさそう」


今度は美世が静かに言った。


「もし呼ばれたら、一人で行かないほうがいい」


志乃は返事をしなかった。


呼ばれる。


その予感だけは、やけにはっきりしていた。


実際、三限目が始まる前に教室の前扉が開き、担任が少し困ったような顔で志乃の席を見た。


「綾崎、少しいいか」


教室の空気が一斉にこちらへ寄る。


志乃は椅子を引き、静かに立ち上がった。


「先生、どこへ」


アリサが口をはさむ。


担任は一瞬だけ言葉を選び、それから小さく咳払いした。


「外部協力者から事情確認だ。すぐ戻る」


すぐ戻る。


その言葉に根拠はないと、志乃にはわかった。


廊下へ出ると、担任は必要以上に何も言わなかった。ただ中央棟の奥にある面談室まで先導し、扉の前で立ち止まる。


「怖がらなくていい。学連の人たちだ」


その励ましは、逆に志乃の緊張を強めた。


担任がノックをし、扉を開ける。


室内には、二人がいた。


一人は、背筋のまっすぐな大柄な人物だった。学連の意匠が入った濃紺のジャケットを着ているが、制服というより戦闘服に近い着方をしている。肩幅が広く、立ち上がらなくても、そこにいるだけで部屋の重心が寄るような存在感があった。


もう一人は、その少し後ろに座る細身の人物だった。整った姿勢、無駄のない視線、指先ひとつまで静かすぎる。端末を開いたまま志乃を見上げる目には、感情より先に観察がある。


中庭で見た二人だ。


「綾崎志乃さんですね」


細身の人物が先に口を開いた。声は落ち着いていて、必要以上に低くも高くもない。


志乃は小さくうなずく。


「はい」


「座って」


今度は大柄なほうが言った。


短い言い方だったが、乱暴さより実務的な感じが強かった。


志乃が椅子へ腰を下ろすと、二人は改めて名乗った。


「学連、東都二区管轄の網走連です」


大柄な人物――網走はそう言って、軽く顎を引いた。


思っていたより若い。だが目つきには現場をいくつもくぐってきた人間の硬さがある。


「同じく、平間飛鳥」


細身の人物――飛鳥は端末を閉じ、机の上へ置いた。


その動作ひとつに迷いがなかった。丁寧なのに、こちらの呼吸の乱れまで記録されていそうな気配がある。


「今日は、最近の霊気力事案について確認に来ました」


飛鳥の説明は簡潔だった。


「湾岸連絡デッキでの発砲未遂、学区屋上への不法侵入、昨夜の保守通路での追跡。綾崎さん、あなたの周辺で起きています」


志乃の背中が冷えた。


昨夜のことまで、もう把握されている。


「……全部、知ってるんですか」


思わずそう聞くと、網走が腕を組んだ。


「全部じゃない。だから来た」


率直だった。


志乃はその言い方に少しだけ救われる。知っているふりをされるより、知らないから聞くと言われたほうがまだましだった。


「構えなくていい」


網走は続けた。


「取り調べに来たわけじゃない」


そこで、飛鳥が静かに言葉を継いだ。


「少なくとも、現時点では」


網走が一瞬だけそちらを見る。


軽く肩をすくめた飛鳥の様子から、そのやりとりがいつものものだと志乃にもわかった。片方が前へ出るなら、もう片方は必ず一歩引いたところから全体を測る。そんな役割分担らしかった。


「まず確認したい」


飛鳥が端末を操作し、昨日の湾岸デッキの静止画を表示する。


ぼやけた横顔。手を伸ばす自分。白いノイズ。消えた弾丸。


「これ、あなたですね」


「……たぶん」


志乃は否定しきれず、そう答えた。


網走はその返答に眉ひとつ動かさなかった。


「たぶん、でいい。今は断定より順番だ」


その言い方には、焦らせないための配慮が少しだけ混じっていた。


「綾崎さん」


飛鳥が志乃をまっすぐ見た。


「あなたは、誰かに追われていますか」


質問は静かだった。


けれど、あまりにも核心に近かった。


志乃は答えに詰まる。


追われている。


そう思う。


だが、誰に、どこまで、何のためにかはわからない。噂に追われているのか、組織に狙われているのか、それともあのフードの影のような“零に近い何か”に見定められているのか。


「……わかりません」


ようやく出たのは、その一言だけだった。


飛鳥は目を伏せ、網走は小さく息をついた。


「わからないのは当然だ」


網走の声は低いが、責める響きはなかった。


「問題は、向こうがもう君を見つけてることだ」


志乃の指先がこわばる。


「向こうって」


問い返すと、網走と飛鳥は一瞬だけ視線を交わした。


その短いやりとりで、二人が同じものを見てここへ来ていることが伝わる。


「その説明も含めて、これから話します」


飛鳥がそう言って、机上の端末画面を切り替えた。


東都研究都市の地図が表示される。湾岸、学区、中央図書館、そして白塔のある区画までが、薄い光で結ばれていた。


志乃は息を呑む。


そこに並んでいたのは、ただの地図ではなかった。


事件の発生地点。


目撃情報。


未確認の霊気力反応。


そして、彼女の行動記録に近い何か。


「結論から言います」


飛鳥の声が、卓上の光の中で静かに落ちた。


「綾崎志乃さん。あなたは現在、東都で発生している複数の霊気力事案の中心にいます」


その瞬間、志乃は自分がもう後戻りできない場所まで来ていると知った。


探していた名前に、とうとう追いつかれ始めている。

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