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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第3節 ロストテクノロジーは誰のためにあるの?

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図書館へ

翌朝、綾崎志乃はいつもより少し早く大学へ来ていた。


秋の朝の空気は薄く冷たく、吐いた息が白くなるほどではないにしても、頬の表面を軽く引き締める。キャンパスの歩道には、まだ一限前の余裕が残っていた。研究棟へ急ぐ職員、眠そうな顔の学生、端末を見ながらコーヒーを飲む院生。東都研究都市の朝は整っている。整いすぎていて、時々それが怖いと志乃は思う。


その整った街の中に、白塔だけが異物みたいに立っている。


今日も遠くに白い輪郭が見えた。


志乃は一瞬だけそちらを見て、すぐに視線を外した。


白塔のことを考えれば、喉の奥の冷たい感触まで思い出してしまう。あの地下で刻まれた呪いは、表面には何も残していないくせに、考えの筋道だけを選別するみたいに志乃の中へ居座り続けていた。


けれど、もう逃げるつもりもなかった。


噂を追っても、零の輪郭は見えない。


都市伝説をいくつ集めても、白塔の中で見たものの正体には届かない。


なら、記録を当たるしかない。


志乃は鞄の肩紐を握り直し、中央図書館のほうへ歩いた。


東都研究都市大学の中央図書館は、建物そのものがいかにもこの街らしかった。ガラス壁面を多く使った新しい外観なのに、内部には旧自治体時代の資料や、再編前の研究史、考古科学関連の原本保管室まで抱えている。未来の都市に見えて、その実、過去の残骸を大量に収めた箱でもあるのだ。


自動扉を抜けると、温度の均された空気が志乃を包んだ。


紙と機械の匂いが混ざっている。


新刊のインクではなく、長く棚に置かれた本の乾いた匂い。


端末の熱と、清掃された床のわずかな洗剤臭。


それらが混じるこの空間は、不思議と落ち着く一方で、少しだけ地下施設に似た静けさも持っていた。


志乃は受付を通り、まず検索端末の並ぶエリアへ向かった。


座席の半分ほどはもう埋まっている。課題の資料を探す学生、論文を開いたまま難しい顔をしている院生、新聞アーカイブを読んでいるらしい年配の研究員。誰もが自分の調べものに沈んでいて、他人にはほとんど関心を向けない。


その空気がありがたかった。


いまの志乃には、余計な会話をする余裕がない。


検索端末の前に座り、深く息をひとつ吸う。


持ってきたノートを開く。


昨夜書いた単語が並んでいる。


白塔。


霊気力。


東都初期研究。


考古科学。


零。


最後の二文字へ視線が行きかけて、志乃はそっとページを押さえた。


零は最後だ。


まずは白塔から。


端末へ文字を打ち込む。


白塔。


検索結果はすぐに表示された。


ゼロではない。


むしろそれが、少しだけ意外だった。


東都景観保存概説。


再整備区域における象徴建築一覧。


東都研究都市案内・初版。


そんなタイトルが数件並ぶ。だが件数は少ない。驚くほど少ない。大学のランドマークに近い建物のはずなのに、検索結果の量があまりにも薄かった。


志乃は最初の一冊の情報を開いた。


景観保存対象。


都市象徴施設。


由来には諸説あり。


現在は一般公開なし。


そこまでだった。


「……薄い」


思わず小さく呟く。


まるで、触れてはいるのに何も触れていない説明だ。東都に立つ白い塔であることは誰もが知っている。だが何のために建てられ、何に使われ、どういう経緯で保存対象になったのか、その肝心なところだけが綺麗に抜けている。


志乃は別の検索語を入れた。


東都研究都市 白塔。


件数は少し増える。


だが内容は同じだった。観光案内、都市設計の概観、景観資料。そこに写っているのは外側の白い姿だけで、中身に触れた資料は見当たらない。


次に霊気力と打ち込む。


画面が一気に埋まった。


件数表示の桁が違う。


入門書、研究史、適性論、古代文明との比較研究、考古科学との接続、医療応用、軍事転用史、霊気力制御工学。東都がどれだけこの分野へ膨大な情報を蓄積してきたのか、その一端だけでも十分に伝わってくる量だった。


志乃はその落差に、かえって息を呑んだ。


霊気力については、ここまで開かれている。


なのに白塔だけが、妙に薄い。


これでは、知られていないのではなく、そこだけ意図的に情報の層が削られているみたいだった。


志乃は端末から所在情報を控え、書架のほうへ向かった。


図書館の奥は静かだ。


新刊や学習参考書の並ぶエリアを抜けると、一気に空気が古くなる。専門書の背表紙がびっしりと並び、分類番号ごとに世界が細かく切り分けられている。紙の匂いもここでは少し重い。古い本ほど、その重さは増していく。


霊気力関連の棚は、思っていた以上に広かった。


志乃は何冊か背表紙を追う。


霊気力概論。


霊気力史入門。


霊気力発現の地域差。


古代ローマにおける霊気力様現象の再考。


君の霊気力を開花させるには?


最後の一冊だけ、明らかに一般向けの軽い本だった。そんなものまで混じっているあたりが、東都らしいと思う。最先端の研究史も、胡散臭い自己啓発も、同じ棚の近くへ押し込まれてしまう。


志乃は何冊か抜き取ってみた。


ぱらぱらとめくる。


古代文明との接続を論じるもの、感知系能力の分類、開発特区成立前後の研究移管をまとめたもの。拾える情報は多い。多いはずなのに、白塔へ直接繋がる記述だけがどうしても出てこない。


もっと奥だろうかと思い、考古科学の棚も見に行く。


こちらはさらに雑多だった。遺物保存、オーパーツ研究、古代技術論、文明断絶仮説。どれも白塔と無関係ではなさそうに見えるのに、肝心の名前がない。


志乃は棚の端から端まで視線を走らせた。


分類の途中に、妙な空きがあるようにも見える。


気のせいかもしれない。


けれど、背表紙が詰まっている列の中で、そこだけ不自然に隙間が空いていた。貸出中なのか、もともと欠番なのか、外からではわからない。だが、ひどく気にかかる。


少し離れた棚から、学生が本を抜く音がした。


誰かが咳払いをして、すぐに静けさが戻る。


その静かな図書館の奥で、志乃だけが妙に落ち着かなかった。


白塔は、この街のランドマークだ。


見知らぬ地下施設や呪いの話を抜きにしても、もっと資料があっていいはずなのだ。写真集でも、建築史でも、開発年表でも、何かしらのまとまった記述が残っていておかしくない。なのに、出てくるのは薄い紹介ばかり。


志乃は手に取った本を抱えたまま、もう一度棚を見上げた。


霊気力に関する本はいくらでもある。


東都開発史に関する資料もそれなりにある。


それなのに、白塔に関するものだけが、不自然なくらい見当たらなかった。

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