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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第2節 霊気力

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学連介入

熱い橙が、夜のヤードへ乱暴に割り込んだ。


それは赤のように膨張しない。


深緑のように広がりもしない。


銀のように散らばらず、青紫のように鋭利でもない。ただ一本、拳の形をした熱が、一直線に空間を打ち抜いていく。


次の瞬間、旧物流ヤードの中央付近で、ひどく甲高い声が弾けた。


「はいはいはーい、そこまでそこまでえええっ!」


その声は、場違いなほど明るかった。


だが、同時に響いた衝撃は場違いではなかった。


赤の爆発が膨らむ直前、その中心へ橙の拳が突き刺さる。空気が歪み、膨張しかけた圧が横へ流される。爆ぜるはずだった熱が、真正面ではなく斜め上へ逃がされ、コンテナの屋根を削って火花を散らした。


綾崎志乃はフェンスにしがみついたまま、目を見開く。


遠いはずの戦場に、まったく別の色がねじ込まれたせいで、感覚の飽和が一瞬だけほどけた。


ヤード中央に立っていたのは、ひとりの男だった。


細身だ。


大柄ではない。


だが立ち姿だけが妙にうるさい。そこにいるだけで場のテンポを勝手に変えてしまうような、落ち着きのない熱がある。両手にはグラブ。姿勢は軽い。けれど前へ出る瞬間だけ、橙の色が一点に固まり、拳の輪郭を持つ。


「第三地区担当、学連の師崎宇連ちゃーん!」


男――宇連は、ひどく明るい声で名乗った。


「これ以上やるなら、まとめてめんどくさいよー!」


紅叉と月砂の双方が、同時に動きを止める。


完全に止まったわけではない。


だが、互いへ向けていた鋭さの一部が、新しく現れた橙へ向き直ったのが志乃にもわかった。


檀長吉が肩を揺らす。


その周囲では、まだ赤がぐずぐずと燻っている。


「学連のガキじゃあないのぉ」


間延びした声が、妙に湿って響いた。


「邪魔しに来たのかしらぁ」


宇連は大きく腕を回す。


橙の熱が、彼の拳の周囲でぱちぱちと鳴るように震えた。


「邪魔に決まってるでしょお」


その返しは軽い。


だが、次の一歩は軽くなかった。


長吉の赤が再び膨らむより早く、宇連が地面を蹴る。橙の軌道は真っ直ぐだった。火力で押し返すのではなく、爆ぜる“前”の一点を殴り抜く。圧縮しかけた赤が、真正面で割れず、横へ逸らされる。


轟音。


コンテナ列の一部が吹き飛び、外周フェンスまで振動が走る。


志乃の耳がきんと鳴った。


だが、さっきまでのように衝撃が真正面から一般区画へ向かってくることはない。宇連は壊しながらも、流れを外へ逸らしている。破壊そのものは大きいのに、被害の向きだけが明らかに制御されていた。


「一般人残ってんだから加減してよねえ!」


宇連の甲高い声が飛ぶ。


「毎回毎回、片づけるこっちの身にもなって!」


その瞬間、銀が走った。


チョウヤンだ。


小柄な影が、宇連の横腹を狙って低く潜り込む。速い。志乃の目では完全には追えない。ただ、銀の軌跡が橙の死角へ食い込んだことだけは、色の流れでわかる。


けれど宇連は引かない。


半身を切り、左のグラブでその軌道を雑に払った。金属がぶつかる甲高い音。銀の線が一瞬ぶれる。その隙に、橙の右拳がチョウヤンの進路のすぐ脇の地面を打つ。


爆発ではない。


だが地面が砕け、跳ね上がった破片が銀の足をわずかに狂わせた。


「ちっちゃくて速いのやめてくれるう?」


宇連は笑っているような声で言う。


「こっちは目が忙しいんだって!」


その足元へ、今度は深緑が這った。


宇都宮寿の蔓だ。


砕けたコンクリートの隙間から、黒ずんだ根が一気に伸びる。橙の足首を絡め取るつもりなのだろう。植物というより、濡れた神経の束みたいな気味の悪さがあった。


宇連は舌打ちひとつせず、それを見た。


見た、というより、踏んだ。


橙の熱が足元へ流れ、蔓の先端を押し潰す。完全には止まらない。深緑は別の裂け目からすぐ伸びる。だが、その一拍の遅れだけで十分だった。


青紫が落ちる。


千賀峰咲の三叉槍が、上段から冷たく振り下ろされた。


殺意に近い軌道だった。


志乃の喉がひゅっと鳴る。


だが宇連は、その瞬間だけ笑うのをやめた。


橙が一点へ固まる。


右拳が、三叉の落下点へ真正面から入る。


轟、と空気が唸った。


青紫の線が大きく跳ね、槍の軌道がわずかに外れる。完全に弾いたわけではない。ただ、致命の角度をずらした。その精度だけで、宇連がただ騒がしいだけの男ではないことがわかる。


「はいはい、あぶなーい!」


彼は一歩退きながら、今度は端末へ向かって怒鳴った。


「北ルートまだ残ってる人いるから、そっち先に流してえ!」


ヤード外周の別方向で、学連補助員たちが一斉に動き出すのが見えた。


反射ベスト、簡易シールド、誘導灯。


大学祭の警備みたいな装備に見えるのに、彼らの動きに迷いはない。住民や作業員らしき人々を短い声で誘導し、車両を切り返させ、路地を一つずつ空にしていく。何人かは外周フェンスの外で簡易遮蔽板まで展開していた。


学連介入。


その言葉が、ようやく志乃の中で現実の輪郭を持つ。


ここでは、こういう戦いに対処するための人間が最初から存在しているのだ。


信じられないことが起きているのに、それへ対応する仕組みまで、ちゃんと街の中に用意されている。


それが何より異様だった。


「そこの子!」


不意に、フェンスの外から声が飛んだ。


志乃はびくりと肩を震わせる。


学連の補助員らしい若い男が、路地の角からこちらを見ていた。


「危ないから下がって!」


怒鳴るでもなく、だが有無を言わせない声だった。


志乃は返事をしようとして、うまく声が出ない。代わりに頷き、フェンスから手を離す。膝がまだ少し笑っていた。


ヤードの中では、師崎宇連が四人の幹部の間へ無理やり立ち続けている。


勝っている、という感じではない。


むしろ、一人で四つの刃先をずらし続けている。


長吉の爆発を外へ向けさせない。


チョウヤンの軌道を限定する。


宇都宮の根を広げさせすぎない。


千賀の突き込み先を殺させない。


最悪を防ぐための戦い方だった。


派手だ。


目立つ。


うるさい。


だがその実、ものすごく地味で、ものすごく厄介な仕事をしているのだと、志乃にもわかった。


ヤードから少し離れた道路沿いには、いつの間にか人だかりができかけていた。


完全な野次馬ではない。


帰れなくなった住民、規制に巻き込まれた配送員、事情を知らずに足を止めた通行人。誰もが少しずつ距離を取りながら、それでも視線だけは戦場へ引かれている。


志乃もその流れへ混じるように、補助員に押されて一歩、また一歩と後ろへ下がった。


危ない。


関わるべきではない。


頭ではわかっている。


それでも、視界の端からヤードを外せない。


「学連が入ったぞ」


近くの男が、低い声で言った。


作業着姿の年配の男だった。


「第三の担当長だ」


別の誰かが答える。


「まだ総隊長は出てねえのか」


そのやりとりに、志乃は反応する。


総隊長。


吾妻。


学連のエース。


絵札に連なるかもしれない名が、こんなふうに地元の人間の口から当たり前みたいにこぼれることが、妙に生々しかった。


「ここで止まるなら、まだマシだ」


年配の男が吐き捨てるように言う。


その声には慣れがあった。


諦めと、経験と、嫌悪が混じった慣れだ。


「止まらなかったら?」


若い女の声がする。


一瞬の沈黙。


そのあと、誰かが小さく笑った。


笑ったというより、乾いた息を漏らしただけに近い。


「そんなの」


人だかりの奥、よく顔の見えない位置から、低い声が落ちてきた。


「零でもいなきゃ止まらねえよ」


志乃の背筋が、ぞくりと粟立つ。


零。


またその名前だ。


白塔の地下で男から刻まれた命令と、東都の現実の危機とが、その一言で急に同じ地平へ繋がった気がした。


ヤードではなお、爆音と金属音が夜気を切り裂いている。


学連は介入した。


最悪はまだ免れている。


けれど街の空気そのものは、もう完全に変わってしまっていた。


東都では、こんなことが日常の延長にある。


大学へ通い、学食で笑い、レポートを出し、帰り道に白塔を見上げる、そのすぐ隣で。


志乃は冷えた指先を握りしめた。


零という二文字だけが、また胸の奥で重く沈んでいく。

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