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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第2章 絵札戦 第3節 魔獣箱

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三つ巴

崩れた壁の向こうへ弾かれた冷花たちは、すぐに体勢を立て直していた。

薄暗い通路の奥。

割れた蛍光灯の明滅が、不規則に壁を照らしている。

その中で、月砂の霊気力者と思わしき連中が、無言のままじりじりと間合いを詰めてきていた。


志乃は息を整えながら、冷花の少し後ろへ下がる。

さっきの分断で、コウの気配はもう近くにない。

ヤスもいない。

代わりに隣にいるのは、札を指に挟んだ冷花と、いつになく静かな顔をした朝葉陸だけだった。


「コウとヤスは」

と、志乃が小さく言う。


「今は追えない」

冷花の声は短い。

「まずここを抜ける」


相手は三人。

いや、奥にもう二人いる。

気配を消しているつもりなのかもしれないが、完全ではない。

冷花は札を低く構えたまま、通路の幅と敵の立ち位置を測っていた。


「月砂にしては、揃いすぎてる」

と、陸が言う。

「寄せ集めというより、最初から配置されてる感じですね」


「今さら感想を言ってる余裕があるなら助かる」

冷花は視線を動かさずに返す。

「あなた戦えるの?」


陸は少しだけ目を細めた。

「それなりには」


次の瞬間、正面の男が一気に踏み込んできた。

合図も何もない。

ただ最短で急所を狙う、実戦慣れした踏み込みだった。

冷花の札が走り、足元へ術式を展開する。

白い光が床に広がり、先頭の一人の軸を一瞬だけ乱す。

そこへ志乃が符を投げ、横から回り込もうとした二人目の動きを止めにかかる。


だが、完全には止まらない。

相手も霊気の扱いに慣れていた。

強引に流れをねじ込み、術式の拘束を半歩だけ食い破ってくる。


「っ」

志乃が息を呑む。


その隙を狙って、右側の男が一気に距離を詰めた。

拳ではない。

短い刃物を握っている。

暗がりに紛れるように低く構え、志乃の脇腹めがけて突き込んでくる。


避けきれない。

そう思った瞬間だった。


陸の姿が、志乃の視界を横切った。


踏み込みは静かだった。

無駄な溜めがない。

細身の体が一気に沈み、そのまま鋭く跳ね上がる。

次の瞬間、陸の脚が、刃ごと男の腕を外へ弾き飛ばした。

乾いた衝突音。

しかもただの蹴りではなかった。

触れた瞬間に霊気が走り、男の体勢そのものを崩している。


「え」

と、志乃が目を見開く。


男は二歩、三歩と後ろへよろめき、そのまま壁へ叩きつけられた。

陸は着地と同時に半身を引き、次の攻撃に備える。

その動きには、最初から戦う気があった者の滑らかさがあった。


冷花の目が、初めてはっきり驚きに揺れた。

「……霊気力者だったの?」


陸は正面の敵から目を離さないまま、淡々と答える。

「霊気力者ではないと、一言も言ってません」


「いや、そういう問題?」

と、志乃が思わず言う。


「大事な問題です」

陸の声は妙に落ち着いていた。

「誤解されやすいだけで」


その軽いやり取りの間にも、敵は止まらない。

奥にいた二人が同時に動く。

冷花は舌打ち混じりに札を二枚切った。

細い術光が通路を横断し、敵の足元に連鎖陣を刻む。

陸はその間に、志乃を半歩後ろへ押しやった。


「下がってください」

「でも」

「今は」


その声に、妙な強さがあった。

静かなのに、有無を言わせない。

志乃は唇を噛み、術式の補助に意識を切り替える。

ここで意地を張って前に出ても足手まといになるだけだと、もう分かっていた。


一方その頃。

崩れた通路の奥で、コウとヤスは真正面からぶつかり合っていた。


バットが唸る。

コウはそれを紙一重で外し、懐へ入ろうとする。

だがヤスは距離の取り方が巧かった。

深く踏み込ませない。

一撃を振り抜くたびに、次の角度へ自然に繋げてくる。


「はは」

ヤスが笑う。

「いいっすねえ、やっぱその反応。白神のとこでおとなしく座ってるだけの人じゃない」


コウは返事の代わりに、低く踏み込んだ。

ヤスの脇腹へ拳を差し込む。

鈍い手応え。

だが浅い。

ヤスは打たれながらも腰を切り、返す軌道でバットを振り上げた。

コウは腕で受け、火花の散るような痛みに眉を寄せる。


「使徒再生の力、見せてくださいよ」

ヤスの目が愉快そうに細まる。

「せっかくなんだから。あんたの本気を」


コウの目が冷えた。

「てめーごときに使うまでもない」


空気が変わる。

ヤスの笑みが、少しだけ深くなった。

怒ったわけではない。

むしろ、その見下しを待っていたみたいだった。


「そう来ると思った」

ヤスはバットを握り直す。

「じゃあ、ちょっと本気出します」


次の瞬間、ギアが上がった。


速い。

さっきまでより明らかに速い。

ヤスの踏み込みが一段深くなり、バットの軌道も重さを増す。

横薙ぎ。

振り下ろし。

切り返し。

どれも殺意を隠していない。

コウはかわし、受け、弾く。

だが徐々に押され始める。

一撃ごとの圧が増し、防ぐたびに腕へ重さが残る。


「どうしたんすか?」

ヤスが笑う。

「余裕がなくなってきていないですか?」


コウは何も言わない。

言葉を返す余裕も削られていた。

ヤスは本気だ。

冗談ではなく、本当にこちらの能力を奪う気でいる。

その意志だけが、薄暗い空間の中で異様にはっきりしていた。


渾身の一撃が来る。

そう分かったのは、ヤスの肩と腰が同時に落ちた瞬間だった。

大振りではない。

むしろ、最短距離を潰すための一撃。

避ければ壁。

受ければ腕ごと持っていかれる。

コウの背筋に冷たいものが走る。


その時だった。


横から、別の影が飛び込んできた。


鈍い衝突音。

ヤスのバットが、コウではなく、その乱入者の腕へ叩きつけられる。

だが相手は止まらない。

そのまま体勢を殺さず、逆手でヤスへ突きを返した。

ヤスが舌打ちとともに飛び退く。


「……は?」

と、ヤスが低く言う。


コウも一歩下がり、乱入者を見る。

学連の制服。

見慣れた東都のそれだ。

だが様子がおかしい。

姿勢が硬い。

目が死んでいる。

二人を守るために割って入った動きではない。

むしろ、どちらへも敵意を向けているようにしか見えなかった。


男は何も言わなかった。

ただ、霊気をじわりと滲ませながら、コウとヤスの両方を視界に入れている。

その立ち位置が答えだった。

守る気はない。

止める気もない。

潰す気だ。


「次から次へと」

ヤスが吐き捨てるように笑う。

「東都ってほんと退屈しないな」


コウは男から目を離さないまま、低く息を吐いた。

月砂の待ち伏せ。

ヤスの裏切り。

そして今度は、異常な学連の男。

全部が一本の線で繋がっているようにも。

場当たり的にぶつかっているようにも見える。

だが少なくとも、もう一対一では終わらない。


薄暗い通路の中で、三人の重心がじりじりと動く。

ヤス。

コウ。

そして、学連の制服を着た正体不明の男。


三つ巴の戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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