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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第2章 絵札戦 prologue

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学連の長はそれでも貫く

「ふん」


学連の総長である吾妻は、自身の総長室で剣の素振りを行っていた。


その勇ましい姿。 汗水を垂らしながら刃を振るう彼の姿は、見る者が見れば微笑ましく映るかもしれない。


だが、彼自身にそんなつもりはない。


己の限界を見極めるため。 そして東都という巨大な都市を守る学連の長として、誰よりも前に立ち続けるため。


吾妻は今日も額に汗を滲ませ、獅子奮迅の勢いで鍛錬に励んでいた。


そんな時だった。


呼び出しのインターフォンが鳴り、来訪者を告げる電子音が室内に響く。


壁面のホログラムモニターに浮かび上がったのは、彼の側近にあたる鷹取シズクの顔だった。


吾妻は素振りを止めると、画面越しの彼女へ声をかける。


「どうした?」


「総長、少しお話が」


特に深く考えず、吾妻は「入れ」とだけ返した。


次いで、頭の“思考”で解除ボタンを押す。


自動ドアが静かに開き、ほどなくして鷹取本人が姿を見せた。


「総長」


鷹取はいつも通りきちんとした姿勢で立っていた。


だが、どこか少しばかり恭しい。


「どうした?」


インターフォン越しでも聞いた問いを、吾妻はもう一度投げかける。


「総長、実は……」


そこで鷹取は言い淀んだ。


それが、吾妻には少し意外だった。


彼女はもともと実直で、無駄な逡巡をあまり見せない性格だ。


そんな鷹取が、こんなにも言いづらそうにしている。


「どうしたんだ。らしくないぞ。はっきり言え」


吾妻が少し語調を強めると、鷹取はようやく重たそうに口を開いた。


「実は、休暇をいただきたくて……」


その一言を聞いた途端、吾妻はぽかんとした顔になる。


色々と逡巡した末に出てきた言葉がそれなのか、と。


鷹取の働きぶりを考えれば、むしろこちらから休めと言うべきくらいだ。


それなのに、こうして申し訳なさそうに切り出してくるのは、彼女の性分なのだろう。


「なんだ、そんなことか」


吾妻は肩の力を抜く。


「で、何日間の休暇が欲しいんだ?」


「三日間です」


鷹取はなお申し訳なさそうに答えた。


そこで吾妻は、またしてもずりこけそうになる。


たった三日。


言い出しづらそうにしていた割には、ずいぶん控えめな申請だった。


なぜそこまで済まなそうにするのか、吾妻にはよく分からない。


「たったそれだけでいいのか? もっと休んだっていいんだぞ?」


口にしてから、少しだけ吾妻は気にした。


これでは皮肉に聞こえなくもない。


だが鷹取は首を横に振った。


「いいえ、期間はこれで十分なのですが……」


どうやら、まだ何かあるらしい。


「なんだ。この際だから遠慮せず言ってみろ」


吾妻の言葉に、鷹取は珍しくもじもじした様子を見せた。


それから、意を決したように口を開く。


「吾妻総長。総長は、もし女性の方と外に出て遊び回るときに、どのような格好をしてもらいたいでしょうか?」


予想外の質問だった。


吾妻は心の中で再びこけそうになる。


どうしてそういう質問が自分に飛んでくるのか。


「珍しい質問をするものだな」


そう返すと、鷹取ははっとしたように顔を伏せた。


「すいません、やっぱり忘れてください」


そう言って、今の発言そのものをなかったことにしようとする。


どうやら彼女にとっては、あまり踏み込まれたくない領域らしい。


「ん、まあ、そういうなら……」


吾妻は一度言葉を切る。


だがここで何も返さないのも、かえって不自然な気がした。


少し考えてから、吾妻は答える。


「ま、普通の格好じゃないか?」


「特別着飾ってほしいわけじゃない」


「どちらかといえば、あまり派手すぎない、目立ちすぎない、おとなしい服がいいんじゃないか?」


なぜか最後だけ疑問形になってしまった。


自分でも妙な答え方だと思ったが、鷹取は真面目にその言葉を受け止めていた。


「おとなしめの服……」


彼女は吾妻の言葉をなぞるように呟く。


そして、少しだけ頷いた。


「ありがとうございます」


礼を言われるようなことを言った覚えはなかったが、鷹取にとっては十分意味のある答えだったらしい。


吾妻はそこで、ひとつ素朴な疑問を抱く。


ここまでの流れで聞かない方が不自然だろう。


そう思って、率直に口にした。


「どうした? 誰かと出かけるのか?」


鷹取は一瞬、言葉に詰まった。


それから、少しばつが悪そうに視線を逸らす。


「まあ、そのような感じです」


曖昧な返しだった。


だが、それ以上は追及されたくないのだということだけはよく分かる。


吾妻はそれを察し、深くは踏み込まないことにした。


「そうか」


短くそれだけ返す。


鷹取はほっとしたようにいつもの表情へ戻り、姿勢を正した。


「それでは総長、失礼いたしました」


最後は普段通りの礼儀正しい彼女だった。


深々と一礼すると、そのまま部屋を後にしていく。


自動ドアが閉まる。


静かになった総長室の中で、吾妻はひとり剣を握り直した。


「女性に着てほしい服……か」


独り言のように呟く。


考えたこともない話だった。


だからこそ妙に新鮮で、そして妙に引っかかる。


鷹取にしては、あまりに珍しい話題だった。


休暇を取ることも。


服装について相談してくることも。


そのすべてが、どこか彼の胸に小さな違和感として残る。


だが、今はそれを掘り下げるべきではないのだろう。


吾妻は一度深く息を吐いた。


「仕切り直しだ」


そう言って、再び剣を構える。


総長室の空気が張る。


先ほどまでの雑念を振り払うように、刃が真っ直ぐ振り下ろされる。


風が鳴る。


足運びに迷いはない。


彼は彼で、貫くしかないのだ。


学連の長として。 東都を守る者として。 そして、誰よりも強くあろうとする一人の男として。


先の白塔の一件で、彼もまた敗北を知らされた側だった。


捕縛よりも勝利を優先した自分の判断。


振るい切れなかった刃。


届かなかった結末。


それらは今もなお、胸の内に引っかかっている。


だが吾妻は、虺竜文のように沈まない。


レイシアのように荒れもしない。


納得できずとも。 割り切れずとも。 それでも前へ進むために、己の筋を通し続ける。


それが学連の長である彼の戦い方だった。


剣が振られるたび、迷いが少しずつ削ぎ落とされていく。


鍛錬とは、力を増すためだけのものではない。


揺れを断ち切るためのものでもある。


誰かを守ると決めた以上、立ち止まってはいられない。


たとえ次に待つのが、四天王同士の衝突だろうと。 東都全体を巻き込む更なる動乱だろうと。


彼は貫く。


折れず。 逸れず。 己の信じる正しさごと、真っ向から前へ出る。


その刃が次に向く先を、まだ彼自身も知らないままに。

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