紅き王は灰に佇む
強さ。
それを一概に表すことは、如何せん難しい。
何故ならばこの問いはあまりに抽象的すぎて、人によって答えがばらけるからである。
ある者は純粋な腕っぷしの強さだと言う。
またある者は、スポーツや勉学の順列こそが強さだと言う。
そして時には、生存し続けることこそが強さだと語る者もいる。
このように、強さというものは人によってその定義がてんでばらばらである。
だが共通して言えることがあるとすれば、それは他の者より抜きん出ているということだろう。
その特異性こそが、強さの核にある。
そういう意味で、紅叉王――東都四天王の一角である紅叉のリーダー、虺竜文は強かった。
彼の生まれ育ちを知る者は少ない。
その奇異な出生を聞いた者は、すでに死んでいるか、さもなくば彼の軍門に下るしかなかった。
そして彼の腕っぷしの強さは、東都四天王と呼ばれるにふさわしいものだった。
対人は言うに及ばず、対兵器と比べても遜色がない。
ただ強いというだけではない。
理不尽そのものが、人の形を取って歩いている。
そう言った方が正確だった。
さらに彼は、何者にも屈しなかった。
戦うことを誰よりも好み、そして誰よりも勝ちに貪欲だった。
四天王の中で、一人だけ戦いたくない者を挙げろと言われれば、真っ先に名が上がるのが彼だった。
次点は狐狼こと池面――ジャックである。
こちらは単純に、ナルシストで気持ち悪いからという、なんとも締まらない理由によるものだったが。
先の第三次世界恐慌によって生まれた孤児たちを束ね、自身もまたその恐慌の中で生まれた化物。
虺竜文は、ただ己の強さを証明することのみに行動理念を置き、四天王の座に君臨していた。
彼の考えていることは、おそらくシンプルだ。
それは彼の側近である獅子島隼人も認めている。
そして、シンプルであるがゆえに、彼には迷いがなかった。
戦って勝つこと。
それさえ達成されれば、彼は悦に浸り、すべてを包容していられた。
そのはずだった。
それが崩れたのは、ほんの少し前だった。
東都があと一歩で崩壊するかという危機の最中。
彼の力を、自他ともに疑う者はいなかった。
周囲の誰もが王として認め、恐れ、そして敬意を示していた。
しかし、先の動乱の一幕で、彼は敗れた。
正確には、一対一で腕っぷしで負けたわけではない。
霊気力を奪われ、特殊な防壁に阻まれた彼は、何もすることができなかった。
自分自身のその崇高なる理念を、実現させることができなかった。
さらに彼を貶めたのは、その何もできない状況の中で、新しく台頭した存在――彼自身も興味の的として見ていた“零”が、そのすべてを解決したことだった。
東都を動乱に導いた者も。
それを食い止めようとした者も。
そして零も。
本来なら、そのすべてを虺竜文の下に屈服させなければならなかった。
だが、先の戦争で彼はそれを成し得なかった。
見る人が見れば、ただそれだけのことだと思うかもしれない。
だが虺竜文にとって、それは死と同義だった。
自身の存在理由の欠落に等しかった。
そういうわけで彼は今、玉座にて怒ることも、吠えることも、悲しむことも、哀れむこともせず、ただただ息を潜めて黙したままであった。
「王……」
今日も獅子島は、彼の傍らに食事を置く。
時折ふと思い出したように手をつけているだけなのだろう。
前の食事は、ほとんど手つかずのままだった。
このままでは、いずれ餓死してしまう。
恐慌の時に味わったであろうその苦渋の経験すら霞むほどに、虺竜文には思うところがあったのかもしれない。
そんな様子の彼を見ているのがいたたまれなくなり、獅子島はすぐに玉座の間を後にした。
扉を閉めたところで、控えていた隊員の一人が不安げに訊ねる。
「王は、どうでした?」
獅子島は黙って首を横に振った。
それを見て、隊員たちも所在なさげに立ちすくむ。
いつもは味方でさえ恐怖する対象である虺竜文。
だが、うるさいやつはうるさいやつで、いなくなった時に妙な寂しさを残すように。
今の紅叉には、どこか物足りなさが漂っていた。
やはり紅叉という組織には、虺竜文という絶対的な王が必要なのだ。
それを彼らが痛感したのは、奇しくもその王が王らしくなくなった後だった。
玉座の奥。
灰色の薄闇の中で、虺竜文はなおも動かない。
敗北とは、傷ではない。
奪われるものでもない。
己が己であるための根そのものを、内側から腐らせるものだ。
戦えなかったこと。
勝てなかったこと。
屈服させるはずの相手に、手を届かせることすらできなかったこと。
そのすべてが、彼の中で黒い灰となって積もっていた。
紅き王は今、その灰の中に佇んでいる。
炎を失ったわけではない。
むしろその火種は、消えきれないまま奥底に沈んでいる。
だからこそ危うかった。
燃え尽きた者は終わる。
だが、燃え尽ききれない者は、いつか必ずその灰の下から再び牙を剥く。
そしてその時、彼が求めるのは慰めでも救済でもない。
ただ一つ。
己が最強であるという、絶対の証明だけだ。
その証明を与える舞台が現れた時。
紅き王は再び立ち上がる。
今度は、灰を踏みしめたまま。




