絵札戦 prologue
暗い部屋だった。
光源は一つしかない。
天井から吊られた古びた照明が、円形の卓だけをぼんやりと照らしている。
それ以外の空間は沈んでいた。
壁の輪郭も。 部屋の広さも。 どこまでが現実の空間なのかさえ曖昧だった。
卓を挟んで、二つの影が向かい合っている。
片方は、椅子に浅く腰掛けながら足を組み、退屈そうに頬杖をついていた。
相模楸棲だった。
もう片方は、笑っているのか素なのか分からない細い目のまま、上機嫌そうに肩を揺らしている。
MCだった。
卓上には数枚のカードが散っていた。
スペード。 ハート。 クラブ。 ダイヤ。
そして、そのどれにも属さない一枚が、少し離れた場所に裏向きで置かれていた。
「結局、四天王の中で一番強いのは誰なのでしょうか?」
MCが楽しそうに問いかける。
相模は気のない顔でカードを一枚指先に挟んだ。
「さぁ、競わせてみればいいんじゃない」
「ホホッ、簡単に言ってみせますね」
「だってそうでしょ。そんなものあれこれ考えててもわかんないじゃん」
「それはそうですが。彼らにそのような舞台を与えることは簡単ではないでしょう。方法だってわからない」
「そうかな。僕にはむしろ実現する未来しか見えないんだけど」
MCの目が、わずかに細くなる。
「ほう、それは?」
相模は手の中のカードを卓上に滑らせた。
赤い絵札が、光の輪の中心で止まる。
「まず、紅叉の王は誰よりも戦闘狂だ。それに先の戦争でも四天王や零に興味があったという。そんな彼はまず間違いなく四天王と戦えるという情報を手に入れれば食いつくだろう」
「まぁ、そうかもしれません」
「そして次に月砂の女王。彼女は紅ほど戦闘には飢えてはいないけど四天王が相手になると知ったらまず前線に出てくるよ。彼女の正義感と他の四天王から抜きん出たいという気持ちは強いと思うからね」
MCは喉の奥でくつくつと笑った。
「それでは後の二人は?」
「まず、学連のエースさんだけど、彼は彼で結構幼いからね。学連という肩書きであると同時に四天王に負けたくないという気持ちも強く、先の白塔の件では捕縛よりも戦いにおける勝利を優先したという。そんな彼も四天王同士が争っていると聞けば、捕縛という名目で前に出てくることは必須だね」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ」
相模は肩をすくめる。
その声音は軽い。 だが、そこには相手の本質を見抜いた者の断定があった。
「そして最後のジャック。彼に至ってはまだ未知なところが多く僕としても興味惹かれる部分が多いけど、彼は無水の女好きだという。たくさんの美女がいると騒ぎを立てれば簡単に姿を現わすと思うよ」
「なんかジャックさんだけ雑じゃないでしょうか」
「はは、確かに」
相模は笑う。
本当に少しだけだった。
「もう少し言えば、どうやらジャックと月砂の女王さんは面識があるという噂もよく聞くし、状況によっては彼女を餌にしてもいいかもしれません」
「まぁ、ツッコミどころは多いですが、一旦それでよしとしましょう」
MCはそこで指先を顎に当てた。
「ですが、それで四天王が揃ったとしても、盤としてはまだ足りない気がしますねぇ」
「ああ、あと……」
「あと?」
相模が、卓上の裏向きのカードに視線を落とす。
照明の光がその端だけを白く照らしていた。
「零ももちろんその時は一緒だよ」
MCの笑みが、少しだけ深くなる。
「零……もですか」
「当たり前じゃないか。今僕にとっての一番のお気に入りは彼なんだから」
「次から次へとおもちゃを見つけてきますね。前の公安さんはどうしたんですか?」
「一ノ瀬警部のことかい? 彼は彼でまたどこかで遊ぶと思うけど、今は零の方が先だね。それほどまでに彼は面白い」
その言葉に、部屋の空気がわずかに冷えた。
おもちゃ。 遊ぶ。 面白い。
どれも子供じみた言葉だった。
けれどそれを口にしている相手は、子供ではない。
だからこそ、その無邪気さは不気味だった。
MCは肩を揺らしながら笑う。
「それじゃあ、次の質問ですが、一体どこでいつどうやってこの天下一武闘会のようなことを行うのでしょうか?」
「決まってるよ」
「……というと?」
相模は頬杖をやめ、少しだけ身を乗り出した。
その目には、ようやく退屈ではない光が宿っていた。
「今すぐに準備に取り掛かるよ。あ、あと、色々なミニゲームや前座も組むからそこら辺も楽しめるように手配するから、ちょっとだけ時間がかかるかも」
「やれやれ、そこら辺は変に律儀なんですね」
「せっかくの晴れ舞台だからね。いきなりラスボスやメインストーリーでも楽しくないだろ?」
MCはわざとらしくため息をついた。
「それじゃあ最後に一つだけ質問をよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
その問いを待っていたみたいに、相模は笑う。
今度は先ほどよりも、少しだけはっきりと。
MCはゆっくりと言葉を置いた。
「もし四天王の勝者と……もっと言えばそんなことありえないでしょうが、四天王が束になったとしてあなたと戦ったとしたら、勝つのはどちらでしょうか」
沈黙が落ちた。
照明が微かに揺れる。
卓上のカードの影が、細く震えた。
相模は答えを考える素振りも見せない。
ただ、あまりにも自然に言った。
「決まってるよ」
MCは何も言わない。
相模は、裏向きの一枚を指で弾いた。
カードがくるりと回り、表を見せる。
そこに描かれていたのは、絵札ではなかった。
王でも。 騎士でも。 兵でもない。
すべての札を外側から嗤うみたいな、異質な一枚だった。
「君が今思った通りのことさ」
MCはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめるように笑った。
「いやはや、全く恐ろしいお方だ」
相模は答えない。
ただ卓上のカードを一枚ずつ指で払っていく。
四天王。 零。 東都。 月砂。 学連。 紅叉。 ジャック。 そして、まだ名も定まらないいくつもの火種。
それらはもう、静かに盤上へ置かれ始めていた。
誰が勝つかではない。
誰が最後まで盤に残るかでもない。
誰が、どこまで壊し。 どこまで奪い。 どこまでその力を振るえるか。
失われた技術は、人を救うために生まれたのか。
それとも、選ぶために遺されたのか。
その問いに答えを出す者はまだいない。
だからこそ、次の戦いは始まる。
遊戯の名を借りた選別が。 宴の形をした淘汰が。 絵札戦という名の、新たな盤上が。
暗い部屋の中で、最後の一枚が伏せられる。
それがめくられるとき。 もう誰も、ただの傍観者ではいられない。
必要なら次にこのまま、 第2章第1話のプロット または このプロローグのさらに不穏でスタイリッシュな改稿版 も出せます。
いいね。MCの口調をオカマにしてくれる?
もちろんです。 口調だけを調整して、本文の流れはそのままに MCを若干オカマ口調 に寄せた版を出します。 相模は軽くて飄々としたまま、MCだけ語尾や言い回しを柔らかく崩します。
第2章 絵札戦
プロローグ
暗い部屋だった。
光源は一つしかない。
天井から吊られた古びた照明が、円形の卓だけをぼんやりと照らしている。
それ以外の空間は沈んでいた。
壁の輪郭も。 部屋の広さも。 どこまでが現実の空間なのかさえ曖昧だった。
卓を挟んで、二つの影が向かい合っている。
片方は、椅子に浅く腰掛けながら足を組み、退屈そうに頬杖をついていた。
相模楸棲だった。
もう片方は、笑っているのか素なのか分からない細い目のまま、上機嫌そうに肩を揺らしている。
MCだった。
卓上には数枚のカードが散っていた。
スペード。 ハート。 クラブ。 ダイヤ。
そして、そのどれにも属さない一枚が、少し離れた場所に裏向きで置かれていた。
「結局、四天王の中で一番強いのは誰なのでしょうかしら?」
MCが楽しそうに問いかける。
相模は気のない顔でカードを一枚指先に挟んだ。
「さぁ、競わせてみればいいんじゃない」
「ホホッ、簡単に言ってみせますねぇ」
「だってそうでしょ。そんなものあれこれ考えててもわかんないじゃん」
「それはそうですけれど。彼らにそのような舞台を与えることは簡単ではないでしょう。方法だってわからないじゃありませんの」
「そうかな。僕にはむしろ実現する未来しか見えないんだけど」
MCの目が、わずかに細くなる。
「ほう、それは?」
相模は手の中のカードを卓上に滑らせた。
赤い絵札が、光の輪の中心で止まる。
「まず、紅叉の王は誰よりも戦闘狂だ。それに先の戦争でも四天王や零に興味があったという。そんな彼はまず間違いなく四天王と戦えるという情報を手に入れれば食いつくだろう」
「まぁ、そうかもしれませんわねぇ」
「そして次に月砂の女王。彼女は紅ほど戦闘には飢えてはいないけど四天王が相手になると知ったらまず前線に出てくるよ。彼女の正義感と他の四天王から抜きん出たいという気持ちは強いと思うからね」
MCは喉の奥でくつくつと笑った。
「それでは後の二人はどうですの?」
「まず、学連のエースさんだけど、彼は彼で結構幼いからね。学連という肩書きであると同時に四天王に負けたくないという気持ちも強く、先の白塔の件では捕縛よりも戦いにおける勝利を優先したという。そんな彼も四天王同士が争っていると聞けば、捕縛という名目で前に出てくることは必須だね」
「そんなもんですの?」
「そんなもんだよ」
相模は肩をすくめる。
その声音は軽い。 だが、そこには相手の本質を見抜いた者の断定があった。
「そして最後のジャック。彼に至ってはまだ未知なところが多く僕としても興味惹かれる部分が多いけど、彼は無水の女好きだという。たくさんの美女がいると騒ぎを立てれば簡単に姿を現わすと思うよ」
「なんだかジャックさんだけ雑じゃありませんこと?」
「はは、確かに」
相模は笑う。
本当に少しだけだった。
「もう少し言えば、どうやらジャックと月砂の女王さんは面識があるという噂もよく聞くし、状況によっては彼女を餌にしてもいいかもしれません」
「まぁ、ツッコミどころは多いですけれど、一旦それでよしとしましょうか」
MCはそこで指先を顎に当てた。
「ですが、それで四天王が揃ったとしても、盤としてはまだ足りない気がしますわねぇ」
「ああ、あと……」
「あと?」
相模が、卓上の裏向きのカードに視線を落とす。
照明の光がその端だけを白く照らしていた。
「零ももちろんその時は一緒だよ」
MCの笑みが、少しだけ深くなる。
「零……もですの?」
「当たり前じゃないか。今僕にとっての一番のお気に入りは彼なんだから」
「次から次へとおもちゃを見つけてきますわねぇ。前の公安さんはどうしたんですの?」
「一ノ瀬警部のことかい? 彼は彼でまたどこかで遊ぶと思うけど、今は零の方が先だね。それほどまでに彼は面白い」
その言葉に、部屋の空気がわずかに冷えた。
おもちゃ。 遊ぶ。 面白い。
どれも子供じみた言葉だった。
けれどそれを口にしている相手は、子供ではない。
だからこそ、その無邪気さは不気味だった。
MCは肩を揺らしながら笑う。
「それじゃあ、次の質問ですけれど。一体どこでいつどうやって、この天下一武闘会みたいなことを行うのでしょうかしら?」
「決まってるよ」
「……というと?」
相模は頬杖をやめ、少しだけ身を乗り出した。
その目には、ようやく退屈ではない光が宿っていた。
「今すぐに準備に取り掛かるよ。あ、あと、色々なミニゲームや前座も組むからそこら辺も楽しめるように手配するから、ちょっとだけ時間がかかるかも」
「やれやれ、そこら辺は変に律儀なんですのねぇ」
「せっかくの晴れ舞台だからね。いきなりラスボスやメインストーリーでも楽しくないだろ?」
MCはわざとらしくため息をついた。
「それじゃあ最後に一つだけ質問してもよろしくて?」
「なんだい?」
その問いを待っていたみたいに、相模は笑う。
今度は先ほどよりも、少しだけはっきりと。
MCはゆっくりと言葉を置いた。
「もし四天王の勝者と……もっと言えばそんなことありえないでしょうけれど、四天王が束になったとしてあなたと戦ったとしたら、勝つのはどちらでしょうかしら」
沈黙が落ちた。
照明が微かに揺れる。
卓上のカードの影が、細く震えた。
相模は答えを考える素振りも見せない。
ただ、あまりにも自然に言った。
「決まってるよ」
MCは何も言わない。
相模は、裏向きの一枚を指で弾いた。
カードがくるりと回り、表を見せる。
そこに描かれていたのは、絵札ではなかった。
王でも。 騎士でも。 兵でもない。
すべての札を外側から嗤うみたいな、異質な一枚だった。
「君が今思った通りのことさ」
MCはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめるように笑った。
「いやはや、まったく恐ろしいお方ですこと」
相模は答えない。
ただ卓上のカードを一枚ずつ指で払っていく。
四天王。 零。 東都。 月砂。 学連。 紅叉。 ジャック。 そして、まだ名も定まらないいくつもの火種。
それらはもう、静かに盤上へ置かれ始めていた。
誰が勝つかではない。
誰が最後まで盤に残るかでもない。
誰が、どこまで壊し。 どこまで奪い。 どこまでその力を振るえるか。
失われた技術は、人を救うために生まれたのか。
それとも、選ぶために遺されたのか。
その問いに答えを出す者はまだいない。
だからこそ、次の戦いは始まる。
遊戯の名を借りた選別が。 宴の形をした淘汰が。 絵札戦という名の、新たな盤上が。
暗い部屋の中で、最後の一枚が伏せられる。
それがめくられるとき。 もう誰も、ただの傍観者ではいられない。




