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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第11節 終焉と始発

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壮大なゲーム

「これで駒は揃った」


相模の声は低く、静かだった。

だがその一言は、白塔中枢に残っていた戦いの余韻を完全に切り裂いた。

魔泉道は消えた。

半屍人も消えた。

白塔も東都も、正常へ戻り始めている。

それなのに、今この場には、別の意味で戦いが始まる直前みたいな緊張があった。


志乃は白く崩れた魔泉道の残滓を見つめたあと、相模へ視線を戻す。

“駒”。

その言葉の不快さが、胸の奥にざらつきとして残る。

ここで消えたものも。

ここまで傷ついた人たちも。

ひばりも、俵屋も、コウも、自分も。

全部がこいつにとっては盤面の上の数に過ぎないのか。

そう思うだけで、吐き気がした。


「何様のつもり」


志乃の声は硬かった。

怒鳴る余力はない。

けれど、そのぶんだけはっきりと拒絶がこもっていた。


「さっきから盤面だの駒だの……人を何だと思ってるの」


相模はその問いに、少しも揺れない。


「人間だ」


「そんなふうに扱っておいて?」


「人間だからこそだ」


返答はあまりにも即座だった。

迷いも躊躇もなく、まるで最初から用意していたみたいに。


「意思があり、選択し、裏切り、継承し、壊し、守る。だから盤面になる。単なる物なら、最初から数える必要もない」


その理屈に、志乃はさらに顔をしかめる。

言葉の上では人を認めている。

だが認めたうえで、なお道具として配置している。

その冷たさは、魔泉道ともまた違う方向で気味が悪かった。


コウが一歩前へ出る。

まだ疲弊している。

使徒再生の反動で霊気も安定しきっていない。

それでも相模を見据える目だけは、はっきりしていた。


「その盤面って何なんだ」


相模はコウを見た。

ほんのわずかに、観察者の色が濃くなる。


「これから始まるものだ」


「答えになってない」


「そうだな」


相模は否定しない。

むしろ、その不足ごと認めたうえで言葉を継いだ。


「なら、少しだけ言い換えよう。白塔の件は前座に過ぎない。魔泉道も、白塔も、東都に眠る遺物群も、より大きな流れの一部だ」


白神教授の目が細くなる。

水島もまた無言でその先を待った。

この場にいる誰もが、相模がこれから何か大きな輪郭を示すことだけは察していた。


「ロストテクノロジーは遺物じゃない」


相模の声が、白い中枢に落ちる。


「ただの過去ではなく、今なお世界の在り方を決める“機構”だ。誰が掌握し、誰が解釈し、誰の論理で運用するかで、秩序そのものが変わる」


水島がそこで鼻で笑う。


「相変わらずだね。理屈だけなら立派だ」


相模は気にしない。


「東都研究都市。日本考古科学協会。白塔。アルカディアの遺産。月砂。紅叉。TEBES。名前は違っても、見ている場所は同じだ」


「一緒にしないでほしいね」


水島の声は穏やかだ。

だが今まででいちばん冷えていた。


「少なくとも僕は、君みたいに世界を盤上遊戯の玩具にはしない」


相模は水島へ視線を向ける。

そこに感情的な応酬はない。

ただ、意見の違いを確認するだけの目だ。


「だが、あなたも知っているはずだ。世界は、選ばれた者の解釈ひとつで大きく傾く」


「知っているよ」


水島は即答する。


「だからこそ、君みたいな人間を軽蔑している」


MCがその空気を少しだけなだめるように、けれど実際には油を注ぐような調子で口を挟む。


「まあまあ、二人とも。そのへんの思想談義はまた今度にしなさいな」


片手をひらひら振り、肩をすくめる。


「今ここで大事なのは、白塔編が綺麗に終わって、次の幕がちゃんと上がるってことなんだから」


「綺麗、だと?」


吾妻の声が低く落ちる。

MCはそちらを見て、少しだけ目を細めた。


「少なくとも、予定よりはねぇ。魔泉道は片づいた。白塔は戻る。東都の霊気異常も収束する。鍵ちゃんは起きて、新しい力まで手に入れた。十分すぎるくらいじゃない」


その言い方に、コウの奥で冷たいものが沈む。

やはり使徒再生の発現まで見られている。

どこまで知っているのかは分からない。

だが少なくとも、もう隠しようのない“事実”として向こうの盤面にも刻まれたのだろう。


「新しい力、ねえ」


MCはコウを見て、わずかに口元を上げる。


「使徒再生。なかなか厄介そうじゃない。想像よりずっと早かったわ」


志乃が反射的にコウの半歩前へ出る。

その動きに、MCは少しだけ楽しそうに笑った。


「あら、守るのね」


「当たり前でしょ」


志乃の声は強い。

疲れていても、そこだけは迷わない。


「それに、あんたたちに値踏みされる筋合いはない」


「筋合いはなくても、価値はあるのよ」


MCの返しは軽い。

だがその中身は露骨だった。


「それが分かっただけでも、今日は十分な収穫だわぁ」


「収穫、か」


コウは低く言う。

怒っているのに、声は不思議と静かだった。


「やっぱりお前たちも、人を道具としてしか見てない」


「少し違うわね」


MCは首を傾げる。


「道具っていうと雑すぎるのよ。可能性、とでも呼ぶべきかしら。危険な可能性。面白い可能性。放っておけない可能性」


「同じだよ」


コウは言う。


「呼び方を変えてるだけだ」


その言葉に、相模が初めてわずかに口元を歪めた。

笑いではない。

だが、何かを認めるような小さな反応だった。


「その通りだ」


場がわずかにざわつく。

志乃もコウも、相模を見る。

相模は平然と続けた。


「呼び方の問題だ。本質は変わらない。価値あるものは、いずれどこかの盤上に置かれる」


「ふざけるな」


冷花が吐き捨てる。

その目は相模を射抜いていた。

だがその奥にあるのは、まだキョウカから目を離しきれない者の色でもあった。


「全部を勝手にお前たちの物語に組み込むな」


相模は冷花を見る。

そしてその横に立つキョウカを一瞥する。

キョウカは相変わらず無言だった。

感情を見せない。

何も言わない。

だがその存在自体が、冷花にとっては何より強い異物だった。


「組み込むつもりはない」


相模は静かに言う。


「すでに組み込まれているだけだ」


「何が言いたいの」


「君たちは、もう元の場所には戻れないということだ」


その言葉に、志乃の胸がわずかに冷える。

否定したい。

けれど否定しきれない。

白塔を知った。

ひばりを見た。

俵屋の残響に触れた。

コウは使徒再生を得た。

自分たちが以前の“ただの日常”へ戻れるとは、もうどこかで思っていなかったのかもしれない。


水島がそこで、静かに口を開く。


「そこだけは訂正しておくよ」


相模とMCの視線が水島へ向く。


「彼らは君たちの盤上に乗る必要はない」


声は穏やかだ。

だが言葉は明確だった。


「世界の裏側を知ったからといって、必ずしも君たちのゲームに参加しなければならないわけじゃない。君たちのような連中がいるからこそ、むしろ別の立ち位置を選ぶ必要がある」


相模は水島をしばらく見たあと、短く言う。


「お前らしい」


「光栄だね」


水島は淡々と返す。


「少なくとも、君らしくなるくらいなら何度でも否定されたいよ」


その会話を聞きながら、志乃は少しだけ息をつけた。

水島は少なくともこちら側だ。

全部を話してくれるわけじゃない。

だが、相模やMCとは違う。

それだけは分かる。


白神教授もまた、水島の言葉を受けて静かに相模を見ていた。


「壮大なゲーム、だったか」


教授の声は低い。


「随分と安っぽい表現を使う」


MCがくすりと笑う。


「先生ってほんと、そういうところ容赦ないわよねぇ」


「事実を言っているだけだ」


教授は一切揺れない。


「大層な構図を語ろうと、それで踏み潰されるのが現場の人間である限り、下劣さは変わらん」


相模はその批判にも反発しない。

むしろ当然の反応として受け流すように、白塔中枢を見渡す。


「評価はどうでもいい。いずれ始まる」


「何が」


コウが問う。


相模の視線が、再びコウへ戻る。


「世界の解釈の奪い合いだ」


その言葉は静かだった。

だが妙に重い。

白塔の遺物。

東都。

アルカディア。

TEBES。

水島。

白神教授。

そしてコウの使徒再生。

全部が一本の線へ繋がってしまうような、そんな言い方だった。


「誰がロストテクノロジーを定義するのか。誰が過去を継ぎ、誰が未来を決めるのか。ここから先は、その争奪になる」


志乃は相模を睨み返す。


「そんなものに、私たちを勝手に巻き込まないで」


「巻き込まれたと思うか、選び取ったと思うかは君たち次第だ」


相模の返答はどこまでも静かだ。


「だが、白塔まで来た時点で、もう無縁ではいられない」


その断言に、誰もすぐには言い返せなかった。

悔しいほどに、完全な間違いではないからだ。


MCが空気を切り替えるみたいに手を打つ。


「はい、じゃあ説明はこのへんでいいかしら。長居してもしょうがないしねぇ」


そう言いながら、相模の横へ並ぶ。

その後ろでキョウカはなお無言のまま立っていた。

冷花の視線だけが、ずっとそこに刺さっている。


「相模」


水島が最後に呼ぶ。

相模が振り返る。


「君は本当に、戻る気がないんだね」


短い問いだった。

だがその重みは大きかった。

旧知の者にだけ許される、最後の確認みたいな声だった。


相模は少しだけ沈黙した。

その間に、白塔の霊脈が静かに鳴る。

戻りつつある世界の音が、かえってその沈黙を深くした。


やがて相模は答える。


「ない」


それだけだった。

迷いも、未練も、少なくとも表には出さない。


水島は小さく目を伏せる。

失望している。

だが驚いてはいない。

たぶんずっと前から、こういう答えしか返ってこないと知っていたのだろう。


「そう」


短く返す。

その声には、長い付き合いの終わりに近い冷たさがあった。


相模はそれ以上何も言わず、MCへ視線を送る。

MCが口元を上げた。


「じゃ、そろそろ退くとしましょ。十分すぎるくらい実りはあったもの」


そう言って、空間の裂け目へ手をかざす。

再び歪みが広がる。

白塔の白い空間に、黒い影のような移転の入口が開いていく。


冷花が一歩踏み出しかける。

だがキョウカはなお何も言わない。

こちらを見ても、呼びかけに応えるでもなく、ただ静かに立っているだけだ。

その距離の遠さが、冷花の足を縫い止めていた。


相模は最後に、コウと志乃を見る。

その視線に敵意はない。

けれど、それがかえって不気味だった。


「次に会うとき、お前たちがどこに立っているか……楽しみにしている」


「会いたくないよ」


コウは即座に返す。

相模はそれに対して、ほんのわずかに目を細めただけだった。


「そう願えるうちは、まだ幸福だ」


その言葉を最後に、相模は踵を返す。

MCが続く。

キョウカもまた、一切言葉を残さずその後ろへ回った。

冷花の目だけが、その背を追い続ける。


空間の歪みが三人を呑み込む。

次の瞬間、裂け目は音もなく閉じた。


白塔中枢には、静寂だけが残った。

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