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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第11節 終焉と始発

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ダブルフェイス

「ここからは、別の話だ」


相模のその一言で、戦いが終わったはずの場に、別種の緊張が走った。


「……別の話だと?」


最初に反応したのは吾妻だった。

刀はまだ肩に担いだまま。

血に濡れた姿勢も崩していない。

今さら油断するつもりはないという目だった。


相模は吾妻のほうを見ない。

視線はなお、足元に崩れた魔泉道へ落ちている。

その横顔には、勝利の安堵も、戦い抜いた疲労も浮かんでいなかった。

あるのは淡々とした確認だけだ。

まるで、ようやく自分の担当する工程が終わったことを見届けている実務者みたいに。


「言葉通りだ」


相模は静かに答える。


「白塔の件は、ここで区切りがついた。だが、僕の役目はまだ終わっていない」


その言い方に、白神教授の目が細くなる。

冷花もまた、疲労を押し殺すように呼吸を整えながら相模を見た。

月砂の戦闘員たちは互いに顔を見合わせている。

誰も相模の言葉の意味をまだ掴めていない。

だが、掴めていないからこそ不穏だった。


クリスは少し離れた瓦礫の上で、二挺の銃を下げたまま相模へ視線を向ける。

表情は薄い。

けれど、完全に無関心でもない。

虺竜文も肩に得物を預けたまま、何か面白いものが始まる前の獣みたいに目を細めた。


志乃はコウの隣で、小さく息を呑む。

相模のことは、月砂の副長だとしか認識していなかった。

冷静で、実務的で、現場を支える側の人間。

少なくとも今まではそう見えていた。

だが今の声は違う。

あまりにも自然に、“自分だけ別の盤面を見ている”声音だった。


白神教授が低く問う。


「何を言い出すつもりだ、相模君」


相模はそこでようやく顔を上げた。

教授を見る。

だがその目には敵意も挑発もない。

あるのはただ、必要な説明を始める前の静けさだった。


「隠し通す意味がなくなっただけです、教授」


一拍置いて、相模は言う。


「俺は月砂の副長であると同時に、TEBESの一員でもある」


その一言で、場の空気が凍りついた。


月砂の戦闘員たちがざわめく。

誰かが息を呑み、誰かが半歩退く。

その反応は当然だった。

月砂の副長。

それだけでも戦闘部隊の中核だ。

その男が、国際テロ組織の一員だと自ら名乗ったのだから。


「……は?」


吾妻が眉をひそめる。

理解するより先に、反射で吐き出した声だった。


冷花の目が鋭くなる。


「冗談のつもりなら、今じゃないわよ」


「冗談を言う趣味はない」


相模は淡々と返す。

その様子が、逆に場を冷やした。

からかっている空気が一切ない。

宣言しているだけだ。

自分の立場を。

まるで最初から、そうであることに何の矛盾もなかったように。


白神教授が短く息を吸う。

眼鏡の奥の目が、さらに細まった。


「……TEBES」


その単語の響き自体に、すでに嫌な重みがあった。

志乃には詳しい内情までは分からない。

けれどただのならず者集団ではないことくらいは、場の反応だけで分かる。

国際規模で動き、裏から情勢をひっくり返す類の組織。

少なくとも、正面から関わっていい相手ではない。


「どういうこと……?」


志乃の呟きは、ほとんど自分へ向けたものだった。

コウもまた、無言で相模を見ている。

使徒再生の反動はいまだ消えていない。

だが今のこの空気の変化は、霊気とは別の意味で神経を逆撫でしていた。


相模は志乃たちの戸惑いを意に介さない。

むしろ、想定通りの反応として受け流しているようだった。


「月砂の副長であることは事実だ。偽っていたわけじゃない」


その口調に感情はほとんどない。


「だが、それだけでもないという話だ」


「それで済む話かよ」


吾妻の声が低く落ちる。

怒鳴ってはいない。

だがそのほうがよほど危険だった。

刀を持つ手に力が入り、ほんのわずかに切っ先が持ち上がる。


「てめえ、自分が何言ってるか分かってんのか」


「分かっている」


相模は即答した。

躊躇がない。

弁明もしない。

その態度が、逆に吾妻の苛立ちを煽る。


「じゃあ説明しろ。月砂に入り、副長までやって、今さら国際テロ組織の一員でしたで済むと思ってんのか」


相模はようやく吾妻へ視線を向ける。

その目は冷たいというより、静かだった。


「済むとは思っていない。ただ、事実を述べているだけだ」


「ふざけるな」


低く噛みつくように言ったのは冷花だった。

疲労で顔色は悪い。

それでも声は鋭い。


「月砂の戦闘員たちは、あんたを副長として信じてここまで戦ってきたのよ」


「知っている」


「なら――」


「その信頼を利用した面もある」


相模は遮る。

言いにくそうにする気配すらない。


「だが同時に、月砂副長として戦ってきたこともまた事実だ。ここに至るまで手を抜いたことは一度もない」


その言葉に、月砂の戦闘員たちの表情が揺れる。

裏切りだと断じたいのに、実際に現場で相模が命を張っていたことも知っている。

何度も助けられてきた者もいるはずだ。

だからこそ、単純に敵だと切り捨てきれない。

その曖昧さが場をさらに不安定にしていた。


クリスが、そこで初めて口を開いた。


「月砂を足場にしてたってことか?」


声はいつも通り淡白だった。

怒りを剥き出しにしているわけではない。

ただ、確認している。

それだけの温度だ。


相模はクリスを見る。

副長と団員として向き合う目ではない。

同じ盤面に立つ別種の駒を見る目だった。


「それだけじゃない。月砂の中にいたからこそ得られたものもある。だが、俺の最終的な所属は最初から別だ」


クリスはしばらく黙る。

その顔には動揺も怒りも出ない。

ただ短く、乾いた息を吐いた。


「そう」


それだけだった。

失望なのか、納得なのか、そのどちらとも取れない声。

けれどその一言で、相模との距離ははっきり切り離された。


白神教授が口を開く。


「目的は何だ」


教授の声は低く、鋭い。

相模の告白そのものより、その先を問題にしている声だった。


「白塔への介入か。魔泉道の観察か。それとも、コウ君か」


最後の名に、相模の目がわずかに動く。

それは肯定とも否定ともつかない、小さな反応だった。


「全部、ではありません」


相模は答える。


「だが、無関係でもない」


志乃の背筋に冷たいものが走る。

コウもまた、ごくわずかに身構えたのが分かった。

白塔の決着がついた直後だというのに、もう次の標的の話が始まっている。

その事実がたまらなく不快だった。


「俺がここにいた理由は二つある」


相模は中枢を一瞥する。

すでに白へ戻りつつある壁。

静まり始めた霊脈。

崩れたまま動かない魔泉道。

すべてを確認するように見渡してから、続けた。


「一つは、魔泉道の処理に立ち会うこと。あれが白塔と東都に及ぼす影響を見極める必要があった」


魔泉道はその言葉に反応しない。

反応する余力すらないのか、あるいは意味を拾う気力も失ったのか。

白い光を漏らし続けながら、ただそこにいる。


「もう一つは――」


相模の視線が、コウへ向く。

その目に浮かぶのは敵意ではない。

もっと厄介なものだった。

観察。

評価。

確認。

まるで何かの結果を測るみたいな目だった。


「盤面を確認することだ」


「盤面……?」


志乃が眉をひそめる。

相模は頷きもしない。

ただ言葉を置いていく。


「魔泉道がどこまで進むか。白塔がどこまで保つか。そして鍵が、何を継ぐのか」


“継ぐ”という言葉に、コウの胸の奥でひばりと俵屋の残響がかすかに疼いた気がした。

相模は、それを知っているのか。

あるいは知らずとも、何かが起きると踏んでいたのか。

どちらにせよ、気味が悪かった。


「てめえ……」


吾妻の声がさらに低くなる。


「最初から全部、見物してたってわけか」


「見物ではない」


相模は即座に返す。


「必要な局面には介入した。現に、ここまで戦線を保たせもした。それも事実だ」


「だから許されるとでも?」


「許しを請うつもりはない」


それはあまりにも平坦な返答だった。

そこに申し訳なさはない。

開き直りとも少し違う。

最初から許される必要のない立場にいる者の声だった。


白神教授が静かに言う。


「君は自分をどこに置いている」


相模は少しだけ目を細めた。

その問いには、わずかに考える間があった。


「月砂でも、TEBESでもある」


答えは、曖昧ではなかった。


「どちらか一方に偽っていたつもりはない。ただ、優先順位が違うだけだ」


「ふざけた理屈ね」


冷花が吐き捨てる。

その言葉はもっともだった。

だが相模は眉ひとつ動かさない。


「そう聞こえるのは承知している」


「承知してるなら、なおさら最悪よ」


冷花の声には、疲労よりも怒りが勝っていた。

相模はそれにも反論しない。

まるで、その評価すら織り込み済みだというように。


そのときだった。


中枢の奥、白く戻りつつある空間の一角で、微かに霊気が揺れた。

志乃は思わずそちらへ目を向ける。

空気の密度が変わる。

新たに何かが現れようとしている気配。

白塔の正常化とは別の、意図を持った揺らぎだった。


相模がその方向へ、ほんの少しだけ顎を向ける。


「……潮時だな」


吾妻が眉を寄せる。


「何の話だ」


相模は答えず、代わりにその揺らぎへ向かって静かに言った。


「あなたも、出てきたらどうだ」


その言葉に応じるように、揺らいでいた気配が輪郭を持ち始める。


そして志乃は、次の瞬間、自分の知るはずの顔をそこに見て息を呑んだ。

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