表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第11節 終焉と始発

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
118/155

戻りかけたとき

白い光は、爆発ではなかった。

むしろ逆だった。

無理やりひとつに縫い止められていたものが、ようやく本来の場所へ還っていくような、静かで、それでいて抗いようのない奔流だった。


魔泉道の胸元から噴き上がった霊気は、白塔中枢の空間を一気に満たす。

白。

濁りを飲み込みながら広がる光。

黒ずんだ霊気を押しのけ、床下の霊脈へ逆流し、ひび割れた壁面の紋様を次々に塗り替えていく。

それまで赤黒く脈打っていた紋様は強く明滅したあと、何かを吐き出すみたいに震え、徐々に本来の白い輝きを取り戻し始めた。


「――ッ、下がれ!」


白神教授の声が飛ぶ。

だがその声には、今までのような切迫した防御命令とは別の色が混じっていた。

警戒と、確認と、そして信じ切れないものを目の当たりにしたときの硬さだ。


吾妻が反射的に一歩退き、刀を構えたまま舌打ちする。


「なんだ、こりゃ……」


冷花は腕を上げて氷陣を展開しかけ、けれど次の瞬間、その必要がないと悟ったように目を細めた。

氷色の術式光が、白い奔流に飲まれて静かに薄れていく。

相殺されたのではない。

押し潰されたのでもない。

ただ、塔そのものの流れが正常へ戻り始めたことで、戦場を覆っていた歪みが役目を失っていくのだと分かった。


コウは志乃に支えられながら、その変化を見ていた。

頭の奥はいまだ熱を持ち、使徒再生の反動が鈍い痛みとなって残っている。

それでも見える。

白塔を這っていた濁流が、逆向きにほどけていく。

魔泉道へ集約されていた霊気が、もう彼を支えようとはしない。

白塔の霊脈へ戻り、塔の深部へ、さらに外の東都へと、本来あるべき流れを取り戻していく。


「戻ってる……」


志乃が呟く。

それは願望ではなく、確信だった。

肌で分かる。

今まで肺の奥にまとわりついていた濁った気配が、少しずつ薄くなっていく。

白塔を満たしていた圧そのものが抜け始めていた。


異変は半屍人たちにも現れた。


最前列で吾妻に斬りかかろうとしていた個体が、不意に動きを止める。

続いて、胸元に浮いていた小さな白い核が明滅し、ひび割れるような音を立てた。

次の瞬間、その身体全体に亀裂が走る。

皮膚でも骨でもない、霊気で無理やり縫われていた器そのものが、支えを失って崩れていく。


「……!」


吾妻が眉をひそめる間もなく、半屍人は白い灰に似た粒子となって足元へ崩れ落ちた。

立ち上がる気配はない。

再生もしない。

崩れた肉片がまた形を取ることもない。


それが一体では終わらなかった。


左右通路。

崩れた床の裂け目。

天井近くのひびの奥。

白塔の各所で蠢いていた半屍人たちが、一斉に輪郭を失い始める。

白く濁った腕が途中で霧散する。

床を這っていた肉塊が形を保てず崩れる。

うめき声は次第に細くなり、やがて音そのものが消えていった。


「消えてる……」


冷花が息を吐く。

その声には安堵もある。

だがそれ以上に、目の前の現象を見届けようとする冷静さがあった。


「魔泉道の循環が切れたことで、半屍人を保てなくなったのね」


「白塔側が拒絶を始めた」


白神教授が低く言う。

その眼鏡の奥の目は、興奮に近い鋭さを帯びていた。


「いや……違うな。拒絶ではない。修復だ。白塔そのものが、異物を排して本来の位相へ戻ろうとしている」


教授の術式陣が、足元でひとつ、またひとつと静かに消えていく。

無理やり維持していた接続妨害も、防壁も、必要を失っている。

それはつまり、白塔の暴走も、防衛機構の誤作動も、すでに魔泉道と切り離され始めているということだった。


左右通路では、月砂の戦闘員たちが呆然と立ち尽くしていた。

つい今しがたまで死に物狂いで抑えていた敵が、何も残さず崩れ去っていく。

足元には白い灰のような残滓だけが積もり、血と腐臭に満ちていた空気から、少しずつ濁りが抜けていく。


相模だけは、すぐには気を緩めなかった。

剣を下ろさず、魔泉道を見据えたまま短く言う。


「全員、警戒は解くな。まだ終わっていない」


声はいつも通り冷静だった。

だがその横顔にも、わずかな緊張の揺れがあった。

完全に予想していた反応ではないのだろう。

魔泉道を崩せば状況が変わるとは読んでいたとしても、ここまで明確に“世界が戻る”とは思っていなかったのかもしれない。


その外側では、クリスが静かに銃口を下げる。

撃つべき敵が消えたから、引き金を止めただけ。

そういう動きだった。

足元には撃ち抜かれた半屍人の残骸が積み上がっている。

それすらも次々に崩れて灰じみた粒子へ変わっていくのを見て、クリスは眉ひとつ動かさない。


虺竜文もまた、いつの間にか武器を止めていた。

白い残滓の中で、ただ魔泉道だけを見ている。

周囲の敵が消えた以上、次に斬るべきものはあれしかない。

そんな獣じみた静けさがあった。


白塔の深部から、低い唸りが走る。

だがそれは今までのような不吉な軋みではなかった。

過剰に膨れ上がっていた霊脈が、呼吸を整え直すような振動。

塔そのものが、自分の輪郭を取り戻していく音だった。


コウはその流れを、使徒再生の残響越しに見ていた。

東都へ伸びていた霊気の歪んだ枝が、一本ずつ元の流路へ戻っていく。

中枢を介して吸い上げられていた力がほどけ、遠く離れた街の気配まで少しずつ静まっていくのが分かる。


「東都も……」


コウの掠れた声に、志乃が顔を向ける。


「分かるの?」


「うん。完全じゃないけど……流れが、戻ってる」


志乃は息を呑む。

白塔だけじゃない。

東都の異常そのものが収束へ向かっている。

ひばりと俵屋が残してくれたもの。

ここまで命を削って道を繋いだ皆。

その全部が、今やっと報われ始めている。


だがその中心にいる魔泉道だけは、違った。


彼の胸元からあふれる白い光は、もう再生の兆しではない。

維持できなくなった力が、制御を失って漏れ出しているだけだった。

背から生えていた白い突起は次々にしぼみ、触手は支えを失った蔓のように床へ垂れ下がっていく。

肩口の裂傷は塞がらない。

胸元の肉は核を覆いきれず、不安定に痙攣している。


魔泉道は、ゆっくりと後退った。

一歩。

また一歩。

足元が揺れる。

今までならあり得なかったことだ。

白塔と一体になったように立っていた男が、いまはただ自分の身体ひとつを支えることすら難しくなっている。


「なぜだ……」


声が、かすれる。

その顔には初めて、理解できないという生身の動揺が浮かんでいた。


「なぜ……戻る……」


誰に向けた問いでもない。

自分自身へ向けたものだった。

魔泉道にとって、白塔を呑み込み、東都の霊気を取り込み、不死の循環を完成させることこそが正しい進化だった。

それが崩れ、元へ戻るという現実そのものが、理論の外にあるのだ。


「あり得ない……」


胸元を押さえる。

手の隙間から白光が漏れる。

押さえ込もうとしても無駄だ。

再生の流れはもう戻らない。

彼の内側から零れた霊気は、白塔の本来の流れに吸収されていくばかりだった。


「私の不死は……完成のはずだ……」


その呟きに、コウは静かに首を振った。


「違う」


魔泉道が顔を上げる。

その目には怒りも殺意もなかった。

あるのはただ、否定された者の空白だった。


コウは一歩、前へ出る。

志乃もその隣に立つ。

もう半屍人はいない。

白塔の濁流も引いている。

だからこそ、二人は逃げずにその姿を見届けられた。


「お前は、終わるべきものを終わらせなかっただけだ」


コウの声は静かだった。

糾弾というより、使徒再生で見た結果をそのまま告げているような声だった。


「それを進化とか不死とか呼んで、他人まで巻き込んで繋いできただけだ」


志乃もまた魔泉道を見つめる。

ひばりの顔が脳裏に浮かぶ。

俵屋の最後の残響も。

そして腕の中で沈んでいたコウの重さも。

全部、この男が生み出した連鎖の果てにあった。


「ひばりさんも、俵屋も、みんな……あんたの都合で歪められた」


志乃の声は震えていなかった。

怒りはある。

悲しみもある。

けれど今は、それをぶつけるというより、きっぱりと拒絶するための声だった。


「もう終わりだよ、魔泉道」


その言葉と同時に、白塔中枢を満たしていた白い光がさらに広がる。

壁のひびが静かに閉じていく。

赤黒く染まっていた紋様は完全に白へ戻り、床下の霊脈も落ち着いた拍動を取り戻しつつあった。

崩れかけていた隔壁が途中で止まり、誤作動していた術式灯も一つずつ本来の明るさへ戻る。


白神教授はその変化を見届けながら、深く息を吐いた。

もう防壁を維持していない。

印を切る手も下ろしている。

それでもすぐに気を抜く様子はない。


「中枢構造、正常化を確認……東都側との過剰接続も急速に減衰中……」


それは独り言のようでもあり、確認の報告でもあった。

教授自身、ようやく現実として受け止め始めているのだろう。


吾妻が刀を肩に担ぎ直す。

呼吸は荒い。

全身に傷はある。

だが目だけは、まだ鋭かった。


「はっ……ほんとにひっくり返したな」


冷花も小さく息をつき、術式を完全に解いた。

浮かんでいた氷陣が薄れて消える。

その表情には疲労が濃い。

けれど目の奥には、わずかな安堵が宿っていた。


「これで……終わりね」


その問いに、誰もすぐには答えなかった。


魔泉道が、よろめく。

膝が床につく。

次いでもう片方も。

白塔と一体化しかけていた異形が、今はただのひとりの敗者みたいに瓦礫の上へ崩れ落ちる。


その様子を見て、志乃は息を止めた。

怒りは消えない。

許せるわけでもない。

それでも、目の前で起きていることが“敵の消滅”ではなく、“連鎖の終焉”であることは分かった。


魔泉道は床に手をつき、顔を上げる。

そこにあったのは信じられないという表情だった。

傲慢さも、冷淡さも、もう残っていない。

ただ、自分が敗れたことそのものを理解しきれないまま、空白の目で世界を見ている。


白塔は、戻った。

東都もまた、戻り始めている。

半屍人は消えた。

魔泉道の不死は崩れた。


戦いは終わった。

少なくとも、そう見えた。


そして、その静まり返った中で。


相模が、ゆっくりと口を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ