表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第10節 使徒再生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/125

対峙

白塔は、限界を迎えつつあった。

床下を走る霊脈は痙攣するみたいに明滅し、壁面の紋様は何度もひび割れては赤黒く再生している。

崩落と再構成を同時に繰り返す塔の内部は、もはや建築物ではなく、生きながら腐り続ける巨大な臓腑そのものだった。

半屍人のうめきが絶え間なく響き、その中心に魔泉道が立っている。

白い核を脈打たせ、無数の断片を垂らし、白塔の歪みと一体化しながら。


だが、コウはもう目を逸らさなかった。


触れたときに見えた断片は、まだ頭の奥に焼きついている。

白い研究室。

積み上がる失敗。

不死という名の欠陥。

終わりを拒み続けた結果、自分自身すら終われなくなった存在。

魔泉道の力は、永遠の生なんかじゃない。

終われない破綻を継ぎ足し続けた、醜い連鎖だ。

そして今、その連鎖は白塔も、東都も、ここにいる全員も呑み込もうとしている。


「コウ」


隣から志乃の声がする。

短い呼びかけ。

けれど、それだけで十分だった。


コウは横を見る。

志乃の頬にも、肩にも傷がある。

服は裂け、血も滲んでいる。

それでもその目は真っ直ぐだった。

怯えていないわけじゃない。

怖くないわけでもない。

それでもここまで来た。

逃げないと決めて、隣に立っている。


「……うん」


コウは小さく頷いた。

その一言で、二人の間に余計な言葉はいらなかった。


前線では、なお戦いが続いていた。

吾妻が斬る。

冷花が凍らせる。

相模が月砂の戦闘員たちを支え、崩れかけた左右通路を辛うじて維持している。

白神教授の術式はすでに何枚も砕けていた。

それでも教授は印を切るのをやめない。

クリスは誰にも干渉せず、自分の射線に入る半屍人だけを淡々と撃ち抜き続ける。

虺竜文もまた別の側面で、自分の前に群がる敵をひたすら叩き割っていた。

皆が、自分の流儀のまま、最後の力を削っている。


そのすべてが、コウと志乃のためだけの戦いではない。

けれど今この瞬間だけは、確かに二人を魔泉道へ届かせるための時間になっていた。


白神教授が血の混じる息を吐きながら叫ぶ。


「コウ君! 今のうちだ! もう長くは持たん!」


「分かってる!」


コウは答え、足元に流れる霊気へ意識を向ける。

使徒再生の感覚が、白塔全体の軋みをなぞる。

魔泉道の核から流れ出る濁った力。

それが床下の霊脈へ入り込み、半屍人を通じて再び核へ還っていく循環。

歪みの道筋。

欠陥の縫い目。

そして、そのもっと奥。

魔泉道という存在そのものに刻まれた、終われない歴史の傷跡。


全部を読み切れるわけじゃない。

だが、もう十分だった。

どこを断てばいいのか。

何を終わらせなければならないのか。

それだけは見えている。


魔泉道が二人を見下ろし、静かに言う。


「来るか。ようやく、そこまで辿り着いたか」


その声は冷たい。

だが前までのような無関心ではない。

コウの変化を、本物の脅威として認識した響きがあった。


志乃は一歩前へ出る。

コウの少し斜め前。

庇うためではない。

並ぶための立ち位置だった。


「もう、あんたに奪わせない」


その声は震えていなかった。


「ひばりさんも。俵屋が最後に残したものも。コウも。全部、あんたの実験の材料なんかじゃない」


魔泉道はその言葉を聞いても、表情を大きくは変えない。

だが胸元の核だけが、わずかに不快そうに脈打った。


「感情論だな」


「そうだよ」


志乃は即座に返す。


「でも、その感情を踏み潰してきたから、あんたはこんなふうにしか残れなかったんでしょ」


その一言で、空気が変わる。

魔泉道の触手が一斉にざわめいた。

怒りではない。

だが、否定しがたい何かへ触れられた反応だった。


コウはその横顔を見ながら、ゆっくりと前へ出る。

志乃と肩が並ぶ。

二人で立つ。

それだけで、不思議なくらい身体の芯が定まった。


「お前の不死は、完成なんかじゃない」


コウははっきりと言った。


「終われない欠陥だ。壊れた器に壊れた術を継ぎ足して、白塔も半屍人も他人の命も食いながら延びてるだけだ」


魔泉道の目が細まる。

今度は明確な反応だった。


「見たか」


「一端だけ。でも十分だ」


コウの胸の奥で、使徒再生の感覚が静かに脈打つ。

触れた霊気の歴史と因果を視る力。

ひばりと俵屋から託されたもの。

ただ強くなるための力じゃない。

過去に積み上がった歪みを見抜き、その歴史ごと断つための力だ。


「お前はずっと終われなかった。だから周りを巻き込んで、循環って言い換えて、ごまかしてきた」


魔泉道の背後で、白塔の霊脈がひときわ大きくうねる。

半屍人たちが吼えた。

王の感情に引きずられるように、群れ全体の密度が跳ね上がる。


だが、その前へ吾妻が滑り込む。


「おい、よそ見してんじゃねえぞ」


一閃。

半屍人の前列がまとめて断たれる。

返す刃で二体、三体。

血飛沫の向こうで、吾妻は肩で息をしながらも笑っていた。


「そっちはそっちで決めろ。こっちはこっちで、道を持たせる」


冷花もまた、最後の氷陣を展開する。

淡く、ひび割れた氷色の壁が二人の左右へ立ち上がった。

長くは持たない。

けれど、今だけは十分だ。


「行きなさい!」


その声が背を押す。

相模の怒声も飛ぶ。

月砂の戦闘員たちが歯を食いしばり、左右通路を食い止める。

白神教授は咳き込みながらも術式の位相を上書きし、魔泉道と白塔の接続へ最後の妨害を差し込んでいた。


「今だ、コウ君……!」


戦場のすべてが、最後の一秒を捻り出している。


コウは深く息を吸う。

志乃もまた、隣で呼吸を合わせる。


ここまで来た。

巻き込まれる側では終わらない。

奪われるだけでも終わらない。

ひばりと俵屋から託されたものを、ただ受け取るだけで終わらせない。


二人は同時に踏み出した。


魔泉道の触手が襲いかかる。

志乃が一歩前へ出て、それを刃で弾く。

衝撃で腕が痺れる。

それでも退かない。

右から来る突起を避け、左の薙ぎ払いを紙一重でかわす。

完璧じゃない。

肩口が裂ける。

血が流れる。

それでも、コウの前を塞がせないために立ち続ける。


コウはその間に、さらに魔泉道へ近づく。

胸元の白い核。

そこへ至る霊気の流れ。

白塔との接続。

半屍人との還流。

そして、その奥にある歴史の傷。

全部が、一本の歪んだ糸で繋がっているように見えた。


魔泉道が腕を振り下ろす。

だがそこへ、横合いから銃声。

クリスの弾が節を穿ち、軌道をずらす。

別方向では虺竜文が群れの厚い場所を叩き割り、魔泉道の側面へ圧をかけていた。

誰も二人を守るために動いているわけじゃない。

それでも今この瞬間だけは、その孤高の戦い方すら追い風になる。


コウの手が、再び魔泉道の核へ届く間合いへ入る。


魔泉道は低く告げた。


「ならば見せてみろ。使徒再生の真価を」


その声に応じるみたいに、白塔全体が唸った。

床が裂ける。

壁が軋む。

半屍人の群れが雪崩れ、触手が奔る。

すべてが崩壊へ傾いていく。


それでも、コウは止まらなかった。


隣には志乃がいる。

背後には、まだ戦い続ける仲間たちがいる。

胸の奥には、消えていった二人の残響が確かに残っている。


使徒再生が脈打つ。

霊気の歴史が開く。

断ち切るべき歪みが、そこにある。


コウは魔泉道を真正面から見据え、はっきりと言い放った。


「お前の歴史ごと終わらせる」


崩れゆく白塔中枢を背に。

志乃とコウは、ついに魔泉道へ真正面から対峙した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ