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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第10節 使徒再生

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半屍人の王

魔泉道の胸の核が、低く脈打った。

それは心臓の鼓動というより、白塔そのものへ命令を流し込む信号に近かった。

次の瞬間、床下を走る霊脈が一斉に赤黒く明滅し、壁の裂け目という裂け目から濁った霊気が噴き上がる。


半屍人たちの動きが変わった。

それまでのような無秩序な殺到ではない。

群れの圧が揃う。

うめき声が重なる。

一体一体が別の怪物なのではなく、ひとつの巨大な意思に引かれて動き始めたみたいに、波が意思を持つ。


「……来るわよ」


冷花が低く言う。

その氷陣はすでに何枚も砕け、光も薄い。

それでも指先は止まらない。

通路の幅、半屍人の密度、味方の位置。

すべてを見極めながら、残り少ない霊気で最適の制圧を組み続けている。


魔泉道は、ゆっくりと両腕を広げた。

背から伸びる白い突起がさらに増える。

肩口から脇腹へ。

腰から脚へ。

それはもはや触手ですらなく、半屍人そのものの未完成な肉塊が寄生するように貼りついている姿だった。

胸元の核を中心に、無数の白い脈が全身を巡る。

その姿は、ただの不死者ではない。

白塔に湧く半屍人すべての起点が、人の形を辛うじて保っているだけのものだった。


「見せてやろう」


魔泉道の声が、白塔の奥まで響く。


「こいつらはただの失敗作ではない。私からこぼれた断片だ」


その一言と同時に、最前列の半屍人たちの胸や喉に、淡い白い核が瞬いた。

小さい。

未完成だ。

けれど確かに、魔泉道の胸元にあるものと同じ質の光だった。


コウの背筋に冷たいものが走る。

使徒再生の感覚が、嫌でも反応した。

見える。

半屍人の濁った霊気の奥に、魔泉道と同じ流れの欠片が通っている。

切り離された眷属ではない。

もっと近い。

あれらは魔泉道の再生と増幅の断片そのものだ。

だから倒しても倒しても、白塔と繋がる限り何度でも湧く。

こぼれ落ちた力を塔が拾い、歪んだ形で再生している。


「……半屍人の王、ってことか」


コウの呟きに、魔泉道は薄く笑った。


「王? 違うな」


胸の核がひときわ強く光る。


「これは循環だ。私が満ちれば、こいつらは生まれる。こいつらが喰らえば、私が満ちる」


その瞬間、半屍人の群れが一斉に押し寄せた。

前より速い。

前より揃っている。

濁流そのものが牙を剥いて雪崩れ込んでくる。


「総員、防げ!」


白神教授の声が飛ぶ。

同時に、戦場全体が最後の踏ん張りへ入った。


吾妻が真っ先に前へ出る。

踏み込み一つで間合いを潰し、最前列の半屍人三体をまとめて斬り飛ばす。

返す刃で二体目、三体目。

正面から飛びかかってきた異形の腕を切断し、そのまま胴を両断。

血と濁った霊気が飛び散る。

浅い裂傷は増えている。

肩口も脇腹も血で濡れている。

それでも刃の勢いは衰えない。


「数が揃ったところで、斬る手間が減るだけだ!」


吼える。

その声に応じるように、一歩後ろから冷花の氷槍が走った。

吾妻の斬撃で体勢を崩した群れの中心を、正確に穿つ。

続けて床面に氷陣。

通路ごと凍らせ、後続の足を止める。

だが止まるのは一瞬だ。

氷の上へ半屍人が折り重なり、砕けた肉の上をさらに別の個体が這ってくる。


「ほんとにきりがないわね……!」


冷花は吐き捨てるように言いながら、術式を重ねる。

額の汗が頬を伝う。

呼吸は荒い。

指先も震えている。

それでも彼女は氷を止めない。

今止めれば、全体が一気に潰れる。


左右通路では相模が月砂の戦闘員たちを立て直していた。

崩れかけた列を蹴り戻し、前へ出す。

半屍人の噛みつきを避けきれなかった一人を引き戻し、代わりに自分が前へ立つ。

刃を振るうたび、白い腕が飛ぶ。

肩口の傷は開いている。

それでも副長としての声は死んでいない。


「月砂、詰めろ! 入口を飲ませるな!」


消耗しきった戦闘員たちも、その声に押されて歯を食いしばる。

崩れたくても崩れられない。

相模が立っている限り、自分たちも立つしかない。

そんな意地だけで繋がっている陣形だった。


その外縁で、クリスは相変わらず一人で戦っていた。

誰かを庇うわけでも、誰かに合わせるわけでもない。

ただ、自分の射線に入り込んだ半屍人を無感情に撃ち抜いていく。

額。

喉。

胸の浅い核。

魔泉道の断片が濃い個体ほど優先して落としているのか、銃声のたびに群れの密度が歪む。

彼女自身の足元にも死体が積み上がっていくが、クリスは振り返らない。

裂傷はある。

外套の裾も血で汚れている。

だがいずれも浅い。

足運びも照準も、まだまるでぶれていなかった。


少し離れた場所では、虺竜文が半屍人の波へ正面から突っ込んでいた。

援護も連携もない。

ただ、自分の前にいる群れをひたすら叩き潰していく。

振り下ろす。

裂ける。

踏み込む。

砕ける。

その繰り返しだけで、一つの通路が別の戦場になる。

半屍人が何体噛みつこうと、肩や頬を掠める程度なら意に介さない。

浅く流れる血すら、前へ出る勢いの邪魔にはならなかった。


「遅ぇんだよ!」


吐き捨てると同時に、横薙ぎの一撃。

群れがまとめて壁へ叩きつけられる。

返しに飛びかかった個体の頭蓋を踏み砕き、その向こうへまた踏み込む。

誰かの道を開けるためではない。

自分の前にいたから斬る。

それだけだ。

だがその孤立した暴力が、結果として半屍人の圧を分散させていた。


白神教授はその全体を見ながら、なお術式を組み替えていた。

防壁。

接続妨害。

霊脈の偏向。

どれも限界寸前だ。

術式陣は何枚も砕け、再構成の遅れも隠せない。

それでも教授は印を切り続ける。

崩れた戦線を一秒でも長く保たせるためだけに。


「コウ君!」


声が飛ぶ。

コウは志乃と並んだまま、半屍人の波と魔泉道の核を同時に見ていた。

使徒再生の感覚が、戦場の濁流の中で軋んでいる。

情報が多すぎる。

近くの半屍人に触れれば、その歪んだ流れと因果が断片的に見える。

だが今必要なのはそこじゃない。

魔泉道本体。

あれの核へ触れ、構造のもっと深いところを読むこと。

そのためには、道を開かなければならない。


「志乃、行ける?」


「行く」


間髪入れない返事だった。

もう迷いはない。

コウが見て、志乃が支える。

二人で前へ出る。

その形は、戦場へ戻ってから自然に固まり始めていた。


だが次の瞬間、魔泉道の周囲にいた半屍人たちが一斉に二人へ向き直る。

王の目前へ進ませないために。

いや、王の意志そのものとして。

群れが壁になって雪崩れ込む。


「させるかよ!」


吾妻が横から飛び込んだ。

斬撃一閃。

最前列が吹き飛ぶ。

さらに一歩、二歩。

魔泉道を睨んだまま、通路の中心へ割って入る。


「コウ! 見るなら今だ! こっちが持たせる!」


冷花も、残った霊気を絞るように両手を打ち合わせた。

通路いっぱいに氷の壁が立ち上がる。

完全な封鎖ではない。

すぐに砕かれる。

それでも半屍人の波を一拍遅らせるには十分だった。


「志乃、コウを通して!」


「うん!」


志乃はコウの腕を引く。

二人は氷壁と斬撃の隙間を縫って前へ出た。

半屍人の爪が頬を掠める。

避けきれない腕を、志乃が拾った刃で弾く。

コウは足元へ転がった半屍人の肩へ触れ、その流れを一瞬だけ読む。

どこで魔泉道の核と接続しているか。

どの向きに白塔の霊脈が流れているか。

断片を拾いながら、さらに前へ。


魔泉道がそれを見下ろしている。

その顔に初めて、明確な不快が浮かんでいた。


「不愉快だな」


触手がうねり、二人めがけて突き出される。

だがその横から銃声が走った。

クリスだ。

触手の節へ正確に二発。

完全には止まらない。

それでも軌道がずれる。

その隙を使ってコウと志乃が潜り抜ける。


クリスは二人を見もしない。

別の群れへ銃口を向けたまま、淡々と次弾を撃ち込んでいく。

助けたのではない。

邪魔な線を消しただけだ。

そういう温度だった。


反対側では虺竜文が、魔泉道の眷属化した半屍人の群れへ単独で斬り込んでいる。

濃い断片を持つ個体ほど異形が強い。

なら強い個体から叩き割る。

理屈はそれだけだった。

白い核を喉に埋め込んだ半屍人が飛びかかる。

虺竜文は正面から叩き割る。

返り血を浴びた顔で獰猛に笑い、次の個体へ踏み込む。

そこにあるのは支援ではなく、ただの暴威だ。

けれどその暴威が、側面から押し寄せる群れを削り取っていた。


「コウ!」


志乃の声。

もう魔泉道は目の前だった。

胸元の白い核が、嫌なほどはっきり見える。

触手が蠢く。

肉が再生し続ける。

白塔の霊気が床下から吸い上げられ、核へ流れ込み、また周囲へ零れて半屍人を生む。

循環。

欠陥。

終われない増殖。

その全体像が、以前よりずっと近くに見えた。


「触る」


コウが短く言う。

志乃は頷いた。

守る。

その一瞬のために。


次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。

志乃が横から伸びた触手を刃で弾く。

完全には逸らせない。

肩口を掠める。

痛みが走る。

それでも志乃は下がらない。

その間にコウが、一歩、さらに半歩、魔泉道の懐へ入る。


魔泉道の目が見開かれた。

遅い。

だが完全ではない。

胸元の核を覆う白い肉が盛り上がる前に、コウの手がその表層へ触れた。


触れた瞬間、使徒再生が発動した。


世界が軋む。


白塔の崩壊音が遠ざかる。

代わりに流れ込んできたのは、冷たい記録の断片だった。

白い研究室。

無機質な術式陣。

記録書。

失敗した器。

積み上がる死。

その中心で、まだ人の形をしていた魔泉道が何かを書き留めている。

眼差しには熱がない。

憐れみもない。

ただ、永続する器を求める執念だけがある。


さらに別の断片。

東都の地下。

白塔以前の実験。

壊れていく霊気構造。

終われない命への執着。

死を拒み、生を延ばし、その果てに“終われないこと”そのものへ囚われていく意識。

研究ではない。

もはや呪いの自己増殖だった。


コウは息を呑む。

ほんの一端だ。

それでも分かった。

魔泉道の不死は完成された永遠なんかじゃない。

終われない欠陥の連鎖だ。

壊れた器に壊れた術を継ぎ足し、白塔と他者を喰らいながら無理やり延命しているだけの、歪んだ持続だ。


「……っ!」


反動でコウの視界がぶれる。

魔泉道の触手が一斉に跳ねた。

だがその前に、志乃がコウを引き戻す。

間一髪だった。

白い突起が頬を掠め、血が散る。

それでも二人は後方へ飛び退る。


「コウ!」


「見えた……!」


着地と同時に膝が揺れる。

頭の奥が焼けるみたいに痛い。

たった一瞬触れただけでこれだ。

魔泉道本体の因果は、半屍人や白塔の残響とは比べものにならないほど重い。

それでも、得たものは大きかった。


魔泉道は胸元を押さえるでもなく、ただコウを見ていた。

その視線には、今までの観察ではない色が混じっている。

警戒。

初めて、自分の内側へ踏み込まれたことへの明確な認識だった。


「……なるほど」


低い声が落ちる。

白い核が不気味に明滅する。


「それが、新しい力か」


コウは荒い息のまま、魔泉道を睨み返した。

まだ全部じゃない。

過去の一端に触れただけだ。

けれど足りる。

少なくとも、何と戦っているのかは見え始めた。


魔泉道の不死は絶対じゃない。

あれは欠陥だ。

終われないまま循環を食い続ける、破綻した歴史そのものだ。


志乃が隣で肩を支える。

その手は震えていない。


前線ではなお、吾妻が斬り、冷花が凍らせ、相模が持たせ、月砂の戦闘員たちが踏みとどまっている。

クリスは群れを撃ち抜き、虺竜文は別の波を叩き潰し続けている。

皆が、たった一瞬を繋ぐために戦っている。


その一瞬で、コウは魔泉道の奥へ触れた。


崩れゆく白塔の中。

半屍人の王が立つその前で。

コウは自分の掌を見つめ、そして再び顔を上げる。

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