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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第10節 使徒再生

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継ぐ者たち

崩れた通路を抜けた瞬間、戦場の熱が一気に押し寄せてきた。

血の臭い。

濁った霊気。

砕けた氷と石片。

半屍人のうめき。

白塔の奥底そのものが膿んでいるみたいな空気だった。


その中央で、魔泉道はまだ立っていた。

胸元の白い核を脈打たせ、背から無数の触手を揺らし、白塔の霊気そのものを自分の手足みたいに操っている。

その周囲では半屍人が絶え間なく生まれ、倒され、また湧き、戦線を削り続けていた。


吾妻が前で斬る。

冷花が凍らせる。

相模が月砂の戦闘員たちをまとめて左右通路を辛うじて支えている。

白神教授の術式は明らかに出力を落としていた。

それでも誰も下がっていない。

下がれる状況ではないことを、全員が分かっているからだ。


最初に気づいたのは冷花だった。

半屍人を氷槍で串刺しにした直後、こちらを振り向く。

その目が、わずかに見開かれた。


「……コウ?」


吾妻も、その声につられて横目を寄越す。

次の瞬間、口元を歪めた。


「はっ。やっと起きやがったか」


志乃はコウの隣へ並んだまま、強く息を吸う。

みんなの姿が見えた。

まだ戦っている。

まだ終わっていない。

ここへ戻ってこられた。

その事実だけで、胸の奥に熱が灯る。


白神教授が一瞬だけ視線を向ける。

眼鏡の奥に浮かんだのは安堵ではない。

確認と、計算と、そしてごくわずかな救いだった。


「戻ったか、コウ君」


「はい」


コウは短く答える。

その声はまだ万全ではない。

けれど、沈んでいたときの遠さはもうなかった。


「話はあとだ。動けるか」


「動けます」


即答だった。

教授はそれを聞いて一度だけ頷く。

余計な言葉はない。

それで十分だった。


そのとき、魔泉道がゆっくりとこちらを見た。

白い核の鼓動が、ひときわ強く脈打つ。

触手がざわめき、周囲の半屍人の動きまで一瞬だけ揃った。


「……戻ってきたか、鍵よ」


その声音には驚きよりも、観察に近い興味があった。

壊れたはずの器が動き出した。

ならば何が起きたのか。

まずそれを測ろうとする目だった。


志乃は反射的に一歩前へ出そうとして、けれど止まる。

今はコウが前へ出る番だと分かっていたからだ。


コウは魔泉道をまっすぐ見据える。

その姿に、前までの危うさは残っている。

だが同時に、以前にはなかった静けさもあった。

ひばりと俵屋の残響を通り抜けたことで、自分の中に確かな芯ができたような、そんな静けさだった。


「もう、お前の好きにはさせない」


魔泉道の口元がわずかに歪む。

笑ったのか、ただ反応しただけなのかは分からない。


「一度沈んだ者が、何を言う。お前は結局、白塔に呑まれる側の器だ」


その言葉と同時に、魔泉道の足元から白濁した霊気が噴き上がる。

半屍人がまた増える。

裂けた床から、壁の奥から、死に損ないの群れが這い出してくる。


だがコウは、そこで初めてはっきりと感じ取った。


見える。

霊気の流れが。

半屍人がただ無尽蔵に湧いているわけじゃない。

魔泉道の核から伸びた濁流が、白塔の霊脈へ入り込み、そこから各所の裂け目へ回り込み、再び魔泉道の再生へ還流している。

白塔。

半屍人。

中枢。

東都から吸い上げられた霊気。

それら全部を媒介にして、魔泉道は一つの循環を作っている。


「……そういうことか」


コウが低く呟く。


志乃が横目で見る。


「何か分かったの?」


「魔泉道は自分だけで再生してるんじゃない」


コウの視線は魔泉道から外れない。

その背後。

床下を走る霊脈。

壁に浮いた歪み。

天井近くの亀裂。

目に見えるすべてが、今は一本の流れとして繋がって見えていた。


「白塔と半屍人と、外から吸い上げた霊気を全部噛ませてる。あいつ自身が強いっていうより、塔ごと自分の再生装置にしてるんだ」


その声に、白神教授の目が鋭く細まる。


「見えているのか」


「断片ですけど。でも間違いないです」


教授はわずかに息を呑んだ。

今の一言で、コウに何が起きたかまでは分からなくても、戦況を変えるだけの認識能力を得たことは伝わったはずだった。


「なら言え。どこを断てばいい」


問われ、コウは一瞬だけ目を閉じる。

使徒再生。

触れた霊気の歴史と因果を視る力。

今はまだ、魔泉道そのものへ深く触れるには距離がある。

けれど白塔を巡る循環なら読める。

核へ至るまでに通っている要所。

再生の“つなぎ目”。

そこを断てば、少なくとも無限みたいな再生は鈍る。


コウは魔泉道の左後方、崩れた壁際を指した。


「そこ。床下の霊脈が一度あいつの核と噛み合ってる。そこを崩せば、再生の流れが一段ずれる」


白神教授が即座に応じる。


「冷花、聞いたな」


「ええ」


冷花は息を整えながらも即答し、術式陣の向きを切り替える。

同時に吾妻が笑った。


「ようやく斬る意味が見えてきたな」


そのまま踏み込む。

半屍人の群れを斬り裂き、魔泉道の正面へ。

相変わらず傷は増えている。

だが深くはない。

前線を張り続けるだけの鋭さは、まだ死んでいなかった。


「道、開けるわよ」


冷花の氷槍が一直線に走る。

魔泉道を直接狙うのではない。

コウが示した壁際の一点。

白塔の霊脈が床下で盛り上がっている箇所へ正確に突き刺さる。

次の瞬間、そこを中心に霊気の流れが軋んだ。

白い光と濁流がぶつかり合い、嫌な音を立てる。


魔泉道の眉が、ほんのわずかに動いた。


「……なるほど」


今度は本当に、興味を持った顔だった。


「ただの鍵ではなくなったか」


「お前のための鍵じゃない」


コウは言い返す。

その声は、思っていたよりずっと落ち着いていた。


「ひばりと俵屋が繋いだものを、お前みたいな奴に食わせる気はない」


その一言に、魔泉道の胸の核がびくりと脈打つ。

不快。

あるいは予測外。

少なくとも、無視できる情報ではないと判断した反応だった。


吾妻の斬撃が、その隙へ叩き込まれる。

触手が二本飛ぶ。

続けて踏み込み、今度は胸元を狙う。

魔泉道が腕で受ける。

硬質な衝撃音。

それでも今までとは違った。

一瞬だけ、再生の立ち上がりが遅れる。


「通ってる!」


吾妻が吼える。


冷花はそれを見逃さない。

氷鎖が左右から走り、足元の動きを束ねる。

完全には止まらない。

けれど鈍る。

その鈍りだけで十分だった。


白神教授が術式を上書きする。

今まで攪乱に回していた位相を、魔泉道と白塔の接続妨害へ切り替える。

教授の唇の端から血が伝う。

もう限界は近い。

だが、その一手を差し込むだけの気力はまだ残っていた。


「相模君! 左右通路の圧を下げないでくれ! 月砂はそのまま封鎖維持だ!」


「了解!」


相模が即答する。

月砂の戦闘員たちも消耗は激しい。

それでも副長である相模の声に引きずられるように、陣形を立て直す。

一人では支えきれない場所もある。

だが崩壊寸前だった均衡が、コウの指示を起点にわずかに持ち直し始めていた。


その外側で、クリスは相変わらず誰にも合わせない。

銃口の先にいる半屍人だけを正確に撃ち抜いている。

虺竜文もまた、別の側面で自分の前に群がる敵を叩き割り続けていた。

戦況の建て直しに協力しているわけではない。

ただ、結果として圧力が分散されている。

それで十分だった。


志乃はコウの隣で、その変化を肌で感じていた。

ほんの少し。

本当に少しだけ。

戦場が“押し潰されるだけの場所”ではなくなっている。


「コウ、もっと見える?」


「見える。でも……近づかないと、本体の核までは読めない」


コウは眉を寄せる。

今分かるのは、あくまで白塔と魔泉道の接続の流れだ。

魔泉道そのものの歴史と構造、その欠陥の核へ触れるにはもっと近く、もっと深く接触しなければならない。


「じゃあ近づこう」


志乃は即座に言った。

迷いがなかった。


コウが横を見る。

志乃の顔は真剣そのものだった。

怖くないわけがない。

それでも、もう逃げる顔ではない。

隣に立つと決めた者の目だった。


「志乃……」


「今度こそ一緒に行くって言ったでしょ」


短い言葉。

けれどそれだけで十分だった。

コウは小さく息を吐き、それから頷く。


「うん。行こう」


その瞬間、魔泉道の触手が大きくうねった。

こちらの会話を待つ気などない。

再生を乱され、流れを読まれた以上、次はより露骨に潰しにくる。

半屍人の群れが二人の進路を塞ぐように雪崩れ込んだ。


だが、その前へ吾妻が割り込む。


「前は任せろ」


言葉と同時に一閃。

真正面の個体がまとめて吹き飛ぶ。

呼吸は荒い。

それでも声にはまだ余裕があった。


「お前は見ろ、コウ。斬るのはこっちでやる」


冷花も、少し後ろから氷陣を展開する。


「志乃。コウを離さないで。あんたたちを中枢側へ通す」


「冷花さん……」


「ここまで来たのよ。今さら止めない」


白神教授がさらに術式を重ねた。

防壁の層が一枚、二枚と二人の進路へ滑り込む。

不完全だ。

長くは持たない。

だが突破口としては十分だった。


「コウ君」


教授が低く呼ぶ。


「君が見抜けるなら、勝ち筋はある。断て。あいつの歴史ごと」


その言葉に、コウの胸の奥で何かが静かに定まる。

ひばり。

俵屋。

志乃。

ここまで戦っている全員。

受け取ったものは、もう十分すぎるほど重い。

だからこそ、立ち止まる理由はなかった。


コウは志乃と並んで、一歩前へ出る。


魔泉道がその姿を見下ろし、薄く笑う。


「来るか、鍵」


コウはその視線を真正面から受け止めた。


「今度は壊されるためじゃない」


白塔の霊脈が唸る。

半屍人が吼える。

崩れかけた塔の中で、皆が最後の力を繋いでいる。


志乃はコウの隣で、強く息を吸った。

もう巻き込まれるだけでは終わらない。

ひばりと俵屋から託された想いも、ここへ戻ってきたコウの覚悟も、全部まとめて前へ進む。


その先で、魔泉道の核が不気味に明滅する。

白塔全体を背にした異形が、二人を本当の脅威として見始めていた。

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