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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第10節 使徒再生

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消耗戦

半屍人の波は、途切れなかった。

斬っても、凍らせても、撃ち抜いても、崩れた床や裂けた壁の奥から次が湧く。

白塔そのものが魔泉道の肉に変わり始めているかのようだった。

通路に満ちるのは血と腐臭と、濁った霊気の熱だった。

呼吸をするだけで肺の奥まで汚れていく気がする。

それでも誰一人、立ち止まることはできなかった。


「左、抑えろ!」


相模の声が飛ぶ。

月砂の戦闘員たちが応じ、左右の通路へ散る。

だが返ってくる動きは鈍い。

疲労はもう隠しようがなかった。

足が重い。

霊気の巡りも落ちている。

連携の呼吸も、戦闘開始時とは比べものにならないほど乱れていた。


壁際から這い出した半屍人が一人の月砂戦闘員に食らいつく。

喉元へ牙が届く寸前、相模の刃が閃いた。

半屍人の首が落ちる。

そのまま返す一閃で別の個体の腕を断つ。

けれど間髪入れず、さらに三体が床の裂け目から身を乗り出してきた。


「下がるな。列を崩すな」


声は冷静だった。

だが相模自身の肩口からも、すでに血が流れていた。

浅くはない。

右腕の動きも、わずかに鈍っている。

それでも彼は一度も後ろを振り返らなかった。


正面では吾妻が魔泉道に張り付いていた。

もはや斬撃というより、執念の連打だった。

踏み込み、斬り上げ、捻り込み、再び踏み込む。

白い触手を断ち、胸元を狙い、再生する肉をさらに削る。

だが決定打には届かない。

核へ届く前に触手が割り込み、肉が盛り上がり、傷が閉じる。

それでも吾妻は止まらなかった。


「どうした、魔泉道。さっきの威勢はその程度か!」


挑発と共に踏み込んだ瞬間、横合いから伸びた触手が吾妻の脇腹を薙いだ。

鈍い音が響く。

身体が壁へ叩きつけられ、石片が跳ねる。

志乃の喉がひやりと縮んだ。


「吾妻さん!」


だが次の瞬間、瓦礫の中から再び刃が閃く。

吾妻はすぐに立ち上がり、そのまま半歩で間合いを詰めた。

口元に血は滲んでいる。

脇腹の布も裂けている。

だが致命には遠い。

踏み込みも、刀筋も、まだ鈍ってはいなかった。


「構わん。まだ浅い」


低く吐き捨て、白い触手をまとめて斬り払う。

受け流し、潜り込み、さらに一閃。

魔泉道の胸元を庇う肉の盛り上がりを削り飛ばす。

前線に立ち続けているのは間違いない。

けれど吾妻は、他の者たちのように崩れそうな傷を抱えているわけではなかった。

格上だからこそ、危険な局面でも致命を外している。

それでも消耗そのものまでは消えない。

呼吸は荒くなり、踏み込みの重さは少しずつ増していた。


冷花も限界に近づいていた。

氷鎖と氷槍を同時に展開し、前衛支援と通路封鎖を一人で繋ぎ続けている。

彼女の周囲に浮かぶ陣は、すでに最初の鮮やかさを失っていた。

氷色の光はところどころくすみ、展開速度も落ちている。

それでも冷花は表情を崩さない。

半屍人の群れが押し寄せるたび、必要最小限の霊気で最大の制圧を叩き込んでいた。


「前、三歩下がって。詰めすぎると飲まれるわ」


短い指示と同時に、氷槍が五本。

半屍人の額、喉、胸を正確に貫く。

続けて足元へ氷陣。

通路の幅そのものを凍結させ、後続の動きを一瞬だけ止める。

その一瞬を吾妻と相模たちが拾って斬る。

それが今の戦線だった。

止めて、削って、辛うじて崩壊を先延ばしにしているだけの戦い。

勝ち筋とは呼べない。

ただ、まだ死んでいないだけだ。


「冷花!」


誰かの叫びと同時に、壁面から突き出した白い腕が冷花の足首を掴んだ。

体勢がぶれる。

そこへ正面から半屍人が飛びかかった。

だが横から走った霊弾が頭部を撃ち抜く。

白い肉が弾け、冷花は即座に足元を凍らせて拘束を砕いた。


「助かった」


「そこにいたから撃っただけ」


クリスはそれだけ言って、すぐに別の方角へ銃口を向けた。

左右の銃が交互に火を吹く。

無駄がない。

感情もない。

ただ、近づいた半屍人を撃ち抜き、邪魔な群れを削り、視界に入ったものを手際よく処理していく。

援護しているように見えても、実際には誰かを守るために動いているわけではない。

自分の射線に入った。

邪魔だった。

だから撃った。

その程度の温度だった。


頬には浅い裂傷。

左肩の外套にも細い裂け目がある。

だが傷と呼ぶほどのものではない。

動きもまるで落ちていなかった。

引き金を絞るたび、半屍人の額や喉が正確に穿たれる。

寄らせる前に落とす。

近づかれたなら撃ち抜く。

それだけを淡々と繰り返している。


その少し先では、虺竜文がほとんど別の戦場を作っていた。

群れの中心へ自分から踏み込み、道を開くでも守るでもなく、ただ目の前にいる半屍人を片端から斬り潰していく。

振るうたび、頭が飛ぶ。

胴が裂ける。

腕がまとめて宙を舞う。

まるで波の中を泳ぐみたいに、半屍人の群れを突っ切っていく。

誰かと呼吸を合わせる気は最初からない。

前線の穴を埋めるでもない。

ただ、自分の前に群れているから殺す。

それだけだった。


白い腕が何本も虺竜文へ伸びる。

そのうち一本が肩を掠めた。

もう一本が頬を裂く。

だがいずれも浅い。

致命から遠い。

それどころか、虺竜文は一度も歩調を乱さなかった。


「遅ぇ」


吐き捨てざま、横薙ぎの一撃。

半屍人がまとめて吹き飛ぶ。

続けて踏み込み、斜め下から切り上げる。

骨ごと裂かれた個体が壁へ叩きつけられ、その向こうにいた別の半屍人まで巻き込んで崩れた。


クリスも虺竜文も、他の者たちより明らかに余裕がある。

無傷ではない。

けれど傷は浅い。

戦い方そのものに無理がない。

無理をして誰かに合わせないからこそ、致命を避け続けている。

そういう強さだった。


その後方で、白神教授の術式が軋んでいた。

複数の防壁、霊気観測、中枢攪乱。

本来なら別々の術者が分担すべき処理を、一人で無理やり維持している。

教授の足元に浮かぶ術式陣は何重にも重なり、その一部はすでに明滅すら不安定になっていた。

眼鏡の奥の目は鋭いままだ。

だが呼吸は浅く、額の汗も止まらない。


「教授、防壁の出力が落ちています!」


「分かっている。騒ぐな。位相をずらして繋いでいる」


言葉通り、教授は結界を力任せに維持しているのではなかった。

破断しかけた層を捨て、別の層へ繋ぎ替え、崩れる前に角度を変えて保たせている。

綱渡りどころではない。

崩壊寸前の橋を、歩きながら組み直しているようなものだった。


「白塔側の反応がまた強まっている……」


教授は魔泉道を睨む。

中枢へ食い込んだ異物。

それでいて、すでに白塔の構造そのものと半ば癒着し始めている存在。

ただ傷つけるだけでは足りない。

核を断たねば終わらない。

だがその核へ届く前に、こちらが先に尽きる。

誰の目にも、それは明らかだった。


志乃はそのすべてを、コウの傍らで見ているしかなかった。

耳の奥で金属音と絶叫が混ざる。

床を伝って震動がくる。

誰かが倒れる音がする。

けれど最も恐ろしいのは、その喧騒の中心にいるはずのコウが、あまりにも静かなことだった。


「コウ……」


呼びかける。

返事はない。


志乃は彼の肩を抱き起こし、そっと霊気を流し込む。

何度目か分からない試みだった。

手のひらから、慎重に、少しずつ。

乱れた流れを刺激しないように。

閉じかけた霊気構造に触れられるように。

けれど、反応は弱い。

まるで深い水の底へ石を落としているようだった。

届いているのかすら分からない。


「お願い……戻ってきて……」


名を呼ぶ。

指を握る。

胸元へ耳を寄せる。

鼓動はある。

呼吸もある。

生きている。

なのに遠い。

手を伸ばしても届かない場所へ沈んでしまったみたいに、コウの意識だけがひたすら深く落ちていく。


志乃は歯を食いしばった。

泣いている場合じゃない。

分かっている。

今、自分がやるべきことは、戦えない焦りに飲まれることじゃない。

コウを戻す方法を探すことだ。

白塔の残響。

中枢の揺らぎ。

ひばりの痕跡。

俵屋が遺したもの。

どれでもいい。

何か。

何か一つでも、きっかけがあれば。


だが時間だけが削れていく。


魔泉道の胸の核が脈打つたび、半屍人は増えた。

通路の閉塞が解けるたび、戦線は押し込まれた。

一人、また一人と倒れていく。

月砂の戦闘員の一人が肩口を食いちぎられ、後方へ引きずられる。

別の一人は防壁の裂け目から伸びた腕に胸を貫かれ、その場に崩れ落ちた。

冷花の氷が遅れれば終わっていた。

相模の一閃が間に合わなければ終わっていた。

そんな場面が、数え切れないほど続いている。


「まだ立てる者は前へ! 崩すな!」


相模の怒声が飛ぶ。

だがその声にも、もう疲労は滲んでいた。


吾妻が再び魔泉道へ踏み込む。

触手を斬る。

肉を抉る。

胸元へ届きかけた刃を、魔泉道の腕が掴んだ。

軋む音。

次の瞬間、至近距離から放たれた衝撃で吾妻の身体が浮いた。


「っ、が……!」


床を滑り、血が散る。

それでも吾妻は片膝をつくだけで止まり、すぐに刀を支えに立ち上がった。

呼吸は荒い。

脇腹の傷は広がっている。

だが、まだ深くはない。

戦線を離れるほどではない。

目は死んでいなかった。


「まだだ……」


吐息に血が混じる。

だが視線だけはまっすぐ魔泉道を射抜いていた。


冷花の頬を汗が伝う。

術式を維持する指先が、かすかに震えている。

霊気切れが近い。

志乃にも分かった。

冷花ほどの術者が、ここまで露骨に消耗を見せるのは初めてだった。


「冷花さん……」


「平気。まだ落ちない」


言葉は短い。

だが強がりではなかった。

本当に、落ちるその瞬間まで役目を果たすつもりなのだと分かる声だった。


白神教授の術式陣が、一枚、砕けた。

乾いた音と共に光の破片が散る。

直後に別の陣が立ち上がる。

だが今度はその再構成に、明確な遅れが生じた。


「教授!」


「騒ぐなと言ったはずだ……!」


鋭く言い返した直後、教授の膝がわずかに折れる。

呼吸が乱れる。

唇の端には血が滲んでいた。

術式の酷使による反動だ。

それでも彼は立ったまま印を切り直し、防壁を繋ぎ続けた。


「まだだ……まだ……中枢の位相は、完全には閉じていない……」


それは仲間への説明というより、自分自身への確認に近かった。


魔泉道は、その消耗を見ていた。

無数の半屍人を従え、再生を繰り返しながら、静かに、着実にこちらを削っている。

追い詰められているのは向こうではない。

このまま時間が過ぎれば過ぎるほど、確実に終わるのはこちらだ。

その事実だけが、戦場全体を冷たく締めつけていた。


「見ろ」


魔泉道が言う。

声は大きくない。

それなのに、不思議なほどよく通った。


「削れているのは、私ではない。お前たちだ」


次の瞬間、半屍人の群れがさらに押し寄せた。

冷花の氷陣が二枚砕ける。

相模の列が半歩下がる。

吾妻が前へ出て、その穴を埋める。

それでも、止まらない。


クリスは言葉もなく引き金を引き続ける。

半屍人の群れの密度が高い場所へ、ただ機械のように弾を送り込む。

虺竜文は別の側面で、押し寄せる群れを真正面から叩き割る。

二人とも誰かを庇わない。

誰かを励まさない。

戦況を立て直そうともしない。

ただ自分の前にいる敵を、自分のやり方で減らし続けていた。

その孤立した強さだけが、かろうじて全体の圧力を分散させていた。


志乃はコウを抱き寄せた。

自分の手が震えているのが分かる。

怖い。

苦しい。

焦る。

みんなが削られていく。

このままでは本当に、コウが目を覚ます前に全部終わる。


「コウ……お願い……」


もう何度目かも分からない呼びかけだった。

頬に触れる。

手を握る。

霊気を流す。

返ってくる反応は、微かで、曖昧で、今にも消えそうだった。


そのときだった。


ふっと。

戦場の濁った霊気の中に、そこだけ違う気配が混じった。


冷たいわけではない。

熱いわけでもない。

けれど懐かしい。

白塔の底に沈んでいた、かすかな灯火のような感触だった。


志乃は顔を上げる。


視界の端。

砕けた柱の影。

揺れる霊気の薄膜の向こうに、白く淡い輪郭が立っていた。


長い髪。

静かな眼差し。

消えかけの光で形作られた、その姿。


「……ひばり、さん……?」


その名を口にした瞬間、淡い影がほんのわずかにこちらを見た。


戦場の喧騒が、遠のいた気がした。

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