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ロストテクノロジーは誰のためにあるのか  作者: 維岡 真
第1章 ”零を探せ” 第10節 使徒再生

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崩壊の塔

白塔は、内側から壊れ始めていた。


半屍人が生まれたことで混乱が広がっている――そんな生易しい段階では、もうない。

塔そのものの構造が、不死の暴走と中枢の歪みに耐えきれず、少しずつ“本来の役割”を忘れ始めているのだ。


志乃は気を失ったコウを支えながら、その異常を肌で感じていた。


床が揺れる。

だがただの振動ではない。

一瞬前までそこにあった段差が消え、逆に何もなかったところから光の壁が立ち上がる。

通路の奥行きが歪み、広かったはずの空間が急に狭く感じられ、次の瞬間には遠くなる。


「空間が……おかしい」


冷花が半屍人を蹴り飛ばしながら叫ぶ。


「さっきから構造が変わってる!」


「変わっているんじゃない」


白神教授が、術式の陣を展開しながら低く答えた。


「保てなくなっているんだ。白塔の内的構造そのものが、魔泉道の力と中枢の歪みに引きずられて不安定化している」


教授の声にも余裕はなかった。

半屍人の波を捌くだけでなく、常に変化する白塔の構造を観測し、仲間たちへ指示を飛ばし続けている。明らかに酷使だった。


吾妻が刀を振るい、飛びかかってきた半屍人の首と胴を同時に断つ。

切断面から再生の光が伸びるより早く、返す刃でその霊気核を貫き、ようやく動きを止めた。


「数が減らん!」


その怒声の直後、地下通路の奥でまた別の咆哮が上がる。


増えている。

間違いなく。


魔泉道の足元から直接生まれているものもあれば、白塔に蓄積された霊気と、過去の実験で残された“何か”が反応し、各所で勝手に変質しているものもある。

死体があった場所だけではない。瀕死の術者、砕けた霊気回路、断絶した防衛機構、そのすべてが半屍人の発生源になりかけていた。


「こんなの、塔の中全部が培養槽じゃない……!」


冷花の吐き捨てるような言葉に、誰も反論できない。


クリス・レイシアがレイピアで半屍人の胸を貫き、背後の影がそれを喰らう。

だが彼女も眉を寄せたまま、低く言う。


「このままだとジリ貧だな」


その言葉に月砂の副長・相模が反応する。


「ええ、この場を離れるべきですが――」


「離れられない」


少し離れたところで白神教授が否定する。


その声音があまりにも断定的で、志乃は顔を上げた。


「先生……」


白神教授は地下空間を見渡す。

浮かび上がる光の壁。

閉じていく通路。

不規則に噛み合い始めた防衛機構。

中枢に近いほど濃くなる魔泉道の霊気。


「脱出経路はほぼ死んだ」


教授は短く言った。


「通常ルートは構造変異で閉じられている。非常用導線も、中枢側の主導権が魔泉道へ寄ったことで機能保証が消えた。運よく上へ出られても、途中で塔ごと折り畳まれる可能性がある」


その言葉が、場に重く落ちる。


脱出できない。


それは誰もが薄々感じていたことだった。

だが、白神教授の口から明言されたことで、現実として突きつけられる。


吾妻が低く問う。


「つまり」


「魔泉道を止めない限り、ここから生きて出る道はない」


志乃の背筋を冷たいものが走る。


目の前の半屍人。

崩壊し続ける白塔。

気を失ったコウ。

そして、白塔の主であるかのように立つ魔泉道。


逃げるという選択肢が、本当に消えたのだ。


魔泉道はその会話を聞いていたのか、わずかに笑った。


「ようやく理解したか」


彼の周囲ではなお、白い器と白塔中枢、不死の力が混ざり合い、不気味な循環を生み出している。

安定しきっているわけではない。

だが、その不安定さごと支配下へ置こうとしているのが、何より恐ろしかった。


「この塔はもはや建造物ではない」


魔泉道は静かに告げる。


「私の霊気と中枢が繋がった以上、白塔そのものが私の延長となる。通路も、壁も、防衛機構も、集積系も、すべて私の意思の影響下へ入る」


「ふざけないで」


志乃はコウを支えたまま、鋭く睨む。


「白塔は、あんたのものじゃない」


「今はそうなりつつある」


魔泉道の返答はあまりにも落ち着いていた。


それが、逆に現実味を持ってしまう。


白塔の変異は、偶然の崩壊ではない。

中枢の主導権が再編され、塔の各機能が魔泉道の霊気構造へ同期し始めている。

このまま進めば、塔全体が本当に“魔泉道の身体の延長”のようなものになるかもしれない。


白神教授も、それを理解していたのだろう。


「まずいな……」


その呟きに、志乃は反応する。


「何がですか」


「魔泉道が強くなっている、というだけならまだ対処の余地はある」


教授は険しい目で中枢と壁面の紋様を見比べながら続けた。


「だが、白塔そのものが“彼の霊気の器官”へ変わり始めているなら話は別だ。そうなれば、我々は塔の中で魔泉道一人を相手にしているのではなく、塔全体を相手にすることになる」


塔全体。


志乃は思わず周囲を見る。


歪む壁。

生まれ続ける半屍人。

通路を封じる光。

足場すら信用できない床。


それはもう十分、敵だった。


そのとき、志乃の腕の中でコウの身体が小さく震えた。


「コウ!」


だが、目は開かない。


呼吸はある。

命はまだつながっている。

それでも明らかに、霊気が薄い。

白塔と深く接続しすぎた反動で、彼自身の“輪郭”が希薄になっているようだった。


白神教授が素早く膝をつき、コウの額へ手を当てる。

その表情がさらに険しくなる。


「……よくない」


「助かるんですよね!?」


志乃の声が震える。


教授は即答しなかった。

そのわずかな沈黙が、何より怖い。


「命の火は残っている」


やがて、白神教授は慎重に言った。


「だが、このままでは霊気構造が閉じる。白塔との接続で開かれすぎた状態から、今度は逆に自己保存のために内側へ閉じてしまうんだ」


「閉じるって……」


「目を覚まさなくなる可能性がある」


志乃の頭が一瞬真っ白になる。


覚まさなくなる。


それがどれほど恐ろしい言葉か、説明されなくても分かる。

死んではいない。

でも戻ってこない。

呼びかけても届かない。

そういう意味だ。


「そんなの……」


志乃はコウの肩を強く抱き寄せた。


「絶対、だめ」


返事はない。

コウはただ静かに目を閉じている。


さっきまで、あんなに苦しそうでも立っていたのに。

志乃の名を呼んでいたのに。

それが今は、白塔の騒音から切り離されたみたいに静かすぎて、余計に不安を煽った。


その瞬間、通路の奥から新たな半屍人の群れがなだれ込んでくる。


「来るぞ!」


吾妻が叫び、前へ出る。

冷花も続き、クリスと虺竜文がそれぞれ別方向の侵入路を潰しに動く。


戦線が押し広げられる。


白神教授は志乃へ低く言った。


「今のコウを連れて無理に移動すれば、かえって危険だ。この場で最低限の防壁を作る」


「でも、ここも危ない!」


「どこへ行っても危ない」


その言葉は残酷だったが、正しかった。


白塔の内部はもう、どこにも安全地帯がない。

逃げた先の通路が次の瞬間に消え、遮断され、半屍人の発生源になる可能性すらある。


つまり、今できることは限られている。


耐えること。

見極めること。

そして、魔泉道を止める方法を探すこと。


冷花が半屍人の頭部を吹き飛ばしながら叫ぶ。


「白神先生! これ、マジでキリがない!」


「分かっている!」


白神教授も術式を放ちながら応じる。


「中枢との接続を断つか、魔泉道の循環を止めるしかない!」


「要するに本人を止めろってことでしょ!」


その通りだった。


脱出は不可能。

防衛だけでは消耗する。

半屍人は増え続ける。

コウは意識を失った。


残る答えは、一つしかない。


志乃はコウの髪に触れながら、ゆっくりと顔を上げた。


魔泉道は、半屍人の向こうでなお静かに立っている。

周囲の混乱すら、彼にとっては実験の延長にすぎないのだろう。


「……倒すしかないんだ」


自分でも驚くほど、静かな声だった。


白神教授がちらりと志乃を見る。

その目に、わずかな確認の色があった。


「そうだ」


「逃げるんじゃなくて」


「もう、それでは遅い」


志乃は小さく息を吐く。


怖い。

怖くないわけがない。

コウは眠ったまま。

白塔は崩れていく。

仲間たちもいつまで持つか分からない。


それでも、ここで決めるしかない。


「……分かりました」


その一言を口にした瞬間、自分の中で何かが定まるのを感じた。


もう巻き込まれる側ではいられない。

魔泉道が作り出したこの崩壊を止める側に立たなければならない。


そのとき、白塔の奥から、ひばりの声がまた微かに響いた。


「志乃……」


弱い。

今にも消えそうだ。

けれど、その声だけが唯一、今の白塔の中で人間の願いを保っているように感じられた。


「まだ……選べます」


志乃は目を閉じ、短く頷いた。


選ぶ。

逃げるのではなく、止めることを。

守るのではなく、倒すことを。


目を開けたとき、彼女の表情はもう少しだけ硬くなっていた。


「先生」


「何だ」


「コウは、私が守ります」


白神教授は一瞬だけ志乃を見て、それから短く頷く。


「なら私は、魔泉道を止めるための筋道を探る」


吾妻が前線から低く言う。


「話はまとまったか」


「はい」


志乃はコウを抱え直し、魔泉道を見据える。


「ここで、あいつを倒します」


その言葉を聞いた魔泉道が、遠くでかすかに笑った気がした。


嘲りか、歓迎か。

分からない。


ただ、崩壊していく白塔の中で、戦いの意味だけははっきりした。


ここから先は、生きて出るための戦いではない。

魔泉道を止めるための戦いだ。


そしてその決断の代償が、どれほど大きいものになるかを、まだ誰も知らなかった。

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