55. 少女救出作戦
「んん~、ここ、どこ?」
私が目覚めたのは暗い建物の中、あの蔵の中だろうか。体は柱に縛り付けられ、動けない。
「あ、あの~」
どこかから声が聞こえる。声の方を見ると、ファティマちゃんが私と同じように捕まっていた。
「ごめん。ファティマのせいで....」
ファティマちゃんは申し訳なさそうに言った。
「大丈夫。ファティマちゃんのせいじゃない。私の注意力が足りなかっただけ。」
「.....でも.....」
ファティマちゃんは、本当に申し訳ない顔をしている。
でも悪いのは私なのだ。やったことのない尾行をして、注意力不足で敵に見つかって、こうやって捕まって....
私が助けに行ったはずのに助けられる側になってしまった。ユウトとシュラに負担をかけてしまう。
「あなたの名前、なんていうの?」
ファティマちゃんは恐る恐る言った。
「ああ、そうだ。名乗ってなかったね。私はマーヤ。こんな形で再会になっちゃってごめんね。」
「うん。だいじょうぶ。」
ファティマちゃんの小さな声が暗闇に消えてゆく。
空気が重い。何か話さないと...
そうだ。今ならファティマちゃんのことを聞けるかも
「えっと、ファティマちゃんはあの男たちが誰なのか知ってる?」
「....わかんない。でも、『この子は高いぞ』って言ってた。」
そういえば、私が誘拐される時も、何か言っていたような....『商品を傷つけるな』とか。
となると、やはり、あの男たちは人身売買をしてるのか。
このまま、売られてしまうかもしれない。
暗く湿った蔵の中に、重苦しい沈黙と微かなすすり泣きが響いていた。 体中を縛る縄は食い込み、柱に固定された背中には冷たい感触が伝わってくる。
私は、自分の不甲斐なさに唇を噛み締めていた。ファティマを助けようとして、逆に足手まといになり、捕らえられてしまったのだ。
「……ほんとに、ごめんね、ファティマちゃん。私がもっとしっかりしていれば....」
私は消え入りそうな声で語りかけた。
「ううん……。マーヤ、優しい。……ありがとう。」
ファティマの声は震えていたが、その瞳には私を責める色はなかった。
私は、お腹を殴られた鈍い痛みを治癒魔術で和らげながら、状況を整理しようと努めた。 男たちは自分たちを「商品」と呼んでいた。このままではどこか遠くへ売られてしまう。ファミル族である自分も、珍しいドーラ族であるファティマも、闇の市場では高値がつくのだろう。
ユウト……シュラさん……早く気づいて.....
二人の顔が脳裏をよぎる。しかし、自分が残した合図は何もない。やはり私のあの時宿に戻っていれば、もう何度目かわからない後悔が胸を支配する。
その頃、宿の一室で、ユウトは落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていた。
---(ユウト視点)---
「……遅すぎる。いくらなんでも、マーヤたちが戻ってこないのはおかしいよ。」
窓の外はすでに夕闇が降り始めている。偵察に行ったきり、数時間が経過していた。
「……ああ、俺も嫌な予感がする。」
シュラさんが厳しい表情で立ち上がった。彼は腰の刀の感触を確かめ、鋭い眼光を向ける。
「マーヤが自分勝手な真似をしたのかもしれん。あの性格だ、ファティマを見つけてそのまま深追いした可能性がある。」
「そうですね。探しに行きましょう!シュラさん! 俺も行きます!」
「……。仕方ないな。だが、お前は絶対に目立つなよ。俺の後ろについてこい。」
二人は宿を抜け出し、マーヤたちが向かったであろう商店街の奥へと足を向けた。シュラさんは情報屋に男の情報を求めたところ、男が拠点としている地点を教えてくれた。 その情報を基に二人は、ほの暗い路地裏を駆け抜ける。
路地裏の角を曲がった瞬間、十数人の武装した男たちが彼らを取り囲んだのだ。
「……おっと、どこへ行くんだい? 懸賞金付きの混血の若造。」
闇の中から一人の男が現れた。
「……貴様、俺を売ったのか。」
シュラさんが低く唸る。どうやら彼はシュラさんが今日会いに行った情報屋らしい。
情報屋は下卑た笑みを浮かべ、手に持ったお猪口を弄んだ。
「商売は信用が第一だが、王国からの懸賞金とベルモンド家からの報酬には勝てねぇよ。お前らがこの町に潜伏しているという情報は、すでに『元王国軍』の連中にも伝えてある。」
情報屋の背後から、かつての討伐軍の生き残りと思われる兵士たちが現れた。彼らは里での敗北の屈辱を晴らそうと、殺気立っている。
「ユウト、俺が道を作る! お前は魔法で援護しろ! ただし、派手な魔法は使うな。憲兵が集まってくる!」
「わ、わかりました!」
シュラさんが電光石火の早業で刀を抜いた。
彼の水鏡流の剣術は、狭い路地裏で真価を発揮する。襲いかかってくる兵士の剣を最小限の動きで受け流し、その隙を突いて急所を打つ。 しかし、相手は数が多い。さらに情報屋が雇ったらしき魔術師が、後方から風の魔法で牽制してくる。
「くそっ、これじゃ近づけない!」
シュラさんが風の刃を刀で防ぎながら叫ぶ。 俺は右手を突き出した。手のひらに魔力を凝縮させる。
派手じゃなく、かつ一撃で無力化する魔法……。指先に集中しろ!!
「……土よ、隆起しろ! 『アースバインド』!」
俺が地面に手を触れると、兵士たちの足元の地面が生き物のように盛り上がり、彼らの両足を膝まで飲み込んだ。
「なっ、なんだこれは!? 動けん!」
兵士たちは身動きが取れなくなっている。
「今だ、シュラさん!」
シュラさんは動けなくなった兵士たちの間を縫うように走り、後方の魔術師の懐に飛び込んだ。
「……終わりだ!」
峰打ちの一撃が魔術師の首筋を捉え、男は白目を剥いて倒れた。 情報屋は顔を引きつらせ、慌てて逃げ出そうとしたが、俺の放った小さな水の弾丸がその足を払い、転倒させた。
「……待て、殺さないでくれ! 知っていることを全部話す!」
シュラは情報屋の喉元に刀を突きつけ、氷のように冷たい声で問うた。
「マーヤはどこだ。さらったのは貴様の仲間か?」
「ひ、東の端にある……古い米蔵だ。人身売買を専門にしている連中が、今日中に商品を運び出す準備をしている……!」
---(マーヤ視点)---
その米蔵の中では、まさに絶望の刻が迫っていた。
「よし、そろそろ時間だ。ファミル族とドーラ族を馬車に積み込め。夜のうちにこの町を出るぞ。」
リーダー格の男が指示を出す。私とファティマは、乱暴に柱から解かれ、再び口を塞がれた。
神様、お願い……!
心の中で祈ったその時。
――ドォォォォォン!!
米蔵の重厚な扉が、凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ。
「……待たせたな、マーヤ。」
土煙の中から現れたのは、抜刀したシュラさんと、両手に魔法の光を宿したユウトだった。
「ユウト! シュラさん!」
マーヤの瞳に涙が溢れる。
「賊ども、よくも俺の仲間に手を出してくれたな。」
シュラさんの声は、静かな怒りに満ちていた。彼は里を裏切り、孤独を知ったことで、今の仲間に対する想いをより強くしていた。
「ヒョロっちいガキと、青二才が一人で何ができる!」
蔵にいた十人ほどの男たちが一斉に襲いかかる。
「シュラさん、下がって!」
ユウトが一歩前に出る。彼は陣十郎との戦いで学んだ、小規模魔法の「盾」としての使い方を実践した。
「『ウィンドシールド』!」
ユウトの周囲に猛烈な風の壁が発生し、男たちの突進を弾き飛ばす。同時に、シュラさんがその風を切り裂いて突入した。
「はぁっ!」
シュラの刀は、魔法に翻弄される男たちの武器を次々と叩き落としていく。それはまさに、里で磨き上げられた一騎当千の剣技だった。 ユウトはさらに指先を動かし、蔵の天井に向けて小さな火球を放った。
「明るくするよ! 『フラッシュ・ボム』!」
一瞬、蔵の中が真昼のように明るくなり、男たちの視界を奪う。
その隙に、シュラさんが縦横無尽に動き回り、全ての敵を無力化した。
「……怪我はないか、マーヤ、ファティマ。」
シュラさんが縄を斬り、二人の拘束を解いた。私は震える手でファティマを抱き寄せ、ユウトの元へと駆け寄った。
「ユウト、ごめんなさい……。私のせいで、みんなを危険な目に……」
私が泣きながら謝ると、ユウトは困ったように笑い、彼女の頭を優しく撫でた。
「いいんだよ。マーヤが無事でよかった。それにさ、俺たちは仲間だろ? 助け合うのは当たり前だよ」
ファティマも、ユウトとシュラさんの姿を見て、初めて安堵の声を漏らした。
「……たすけてくれて、ありがとう。」
その小さな感謝の言葉に、シュラさんは照れくさそうに鼻を鳴らし、ユウトは満面の笑みで応えた。
「さて、ここに長居は無用だ。夜が明ける前に、この町を出るぞ。」
シュラさんの先導で、三人の旅人に一人の少女が加わった一行は、静まり返ったフォーリオの町を後にした。
夜空には、里で見たのと同じ美しい月が輝いている。 私は隣を歩くユウトの温もりを感じながら、自分たちが選んだこの旅の重みと、仲間を信じることの大切さを改めて噛み締めていた。




