53. ドーラ族の少女
「え?」
最初は聞き間違いかと思った。
でも、彼女の溢れるほど溜まった涙と私に強く訴えかける瞳が,、聞き間違いではないことを物語っていた。
「ああ、こんなところにいたのか。急にはぐれて危ないじゃないか。」
すると、彼女が走ってきた方向からホルミ族の男性が近づいてきた。彼はこの子の何なんだ?
「ファティマ。おいで。」
彼は優しい声で、私に抱きついている少女に話しかけた。でも彼女の体はガタガタと震えていた。さっき彼女が勇気を掘り絞って出した声を思い出す。
彼女はこの男についていきたくないんだ。なら私が助けなきゃ。
「あの~すみません。彼女は私とぶつかってしまって、怪我をしているかもしれないので、あちらの日陰で治療させてもらっても良いでしょうか?」
と私は言った。
嘘だった。さっき彼女に怪我はないか確認し、軽い擦り傷だったため、その場で治してしまった。でも私はなんとか口実をつくり、この子をこの男から離した方がいいと思った。
「ああ、申し訳ないですが、診てもらってもよろしいですか?」
男は丁寧な口調で私にそう言った。
私はシュラさんに目配せしながら、彼女を抱っこして、建物の裏側の日陰に連れて行く。あの男からは直接見えない位置だ。
彼女を壁に座らせて、目線の位置まで腰を下ろす。
「ごめんね。急に連れてきちゃって。足は痛くない?」
極限まで優しい声になるように心がけて話しかけた。
「......うん。」
どうやら、ホルミ語は分かるみたいだ。よかった。ドーラ族はドーラ語を話すって聞いてたけど、もしそうだったら意思疎通が難しくなってた。
「名前、ファティマちゃんって言うんだよね?」
「....うん。」
「あの男の人は?お父さん?」
「......ちがう。」
彼女は俯きながらも細い声ながらも、はっきりとそう言った。
あの男が彼女のお父さんではないことは感づいていた。ドーラ族の子の親がホルミ族なわけがない。混血と勘違いされているユウトがこんなに追われているように、みんな異種族の交わりに厳しいのだ。
「じゃあ....あの人はだれ?」
「.........」
そう聞くとファティマちゃんは黙ってしまった。唇が震えている。おそらくあの男から口止めされているのだろう。
あの男は何がしたいんだ。こんな、か弱い女の子に、恐怖と絶望に埋め尽くされた顔をさせて....
「ねぇ、ファティマちゃん。私と一緒に冒険しない?」
私は彼女を旅に誘った。冒険といっても、私たちの旅はそんな楽なもんじゃないけど、でも、こんな顔をしている少女を目の前にしたら、助けてあげたいって思っちゃうのはしょうがないじゃん。
その言葉を聞いたファティマちゃんは、ずっと下を向けていた顔が上がり、私の目をじっと見た。彼女の瞳は漆黒の色で染められていた。でも私は確かに、その中に、本当に小さいけれども、光が見えた。
「お~い、ファティマ~大丈夫か~」
すると、あの男が建物を回り込み、こちらへ歩いてきた。その声を聞いたファティマちゃんはビクっと体を震わせた。
「ああ、ファミル族の方、わざわざありがとうございます。ファティマの怪我はどうですか?」
男はまるで彼女の父親であるかのように、気さくに話しかけてくる。父親のフリをするなと怒鳴りそうになったが、必死に我慢した。
この男がファティマちゃんに何をしたのか分からないけど、悪いことをしているのは確実だ。ここでもし、浅い知識で彼を糾弾してしまったら、彼は私に不信感を抱き、二度と町中にファティマちゃんを連れ出すことがなくなるかもしれない。
彼女を助け出すためにもここは普通に接しなければ...
「大丈夫ですよ。少し擦り傷がありましたが、ちゃんと治しましたので。」
「ありがとうございます。ほら、ファティマ、いくよ。」
男は急かすようにファティマちゃんを呼ぶ。彼女は震えながらも彼のもとへ俯きながら駆け寄った。
「あの!」
私は彼女が連れ去られると思い、反射的に止めてしまった。
「なんですか?」
男は低い声で言い、私を見る。
「....えっと、その....私たち、お腹が空きまして....あなた方に、おすすめの店を教えてもらえないかな~と思ったんですけど....」
私はファティマちゃんと少しでも長い時間いられるような口実をなんとか絞り出す。
「すみません。私らも忙しいので、後にしてもらえませんか?」
と軽々断られてしまった。
「では失礼します。」
そう言って、男はファティマちゃんを連れて歩いて行ってしまう。
「....あ、あ、」
まずい...このままだと、彼女が!
追いかけようとした私の腕をシュラさんが引っ張る。
「ダメだ。」
そうしているうちに、二人は町の人波のなかに消えてしまった。
「何でダメなんですか!?シュラさんも聞きましたよね!?彼女は『たすけて』って言ったんですよ?何で助けないんですか!?」
「今はダメだ。」
シュラさんはそう言い、私の肩をポンと叩いた。
「マーヤの気持ちはわかる。でも二人の関係が分からない以上、下手に動けない。もし今動いてしまったら、あの男に警戒され、町の外まで連れていかれるかもしれない。そうなったら追うのは難しい。」
シュラさんはそう言った。
理屈ではわかる。わかるけど.....。
目から涙があふれ出てきた。悔しかった。ただただ悔しかった。すぐ目の前に助けを求める手があったのに、私はそれに手を差し伸べられなかった。ああ、どうしてこんなに私は無力なんだろう。
静かに泣く私の隣にシュラさんはずっといてくれた。
「マーヤ、宿を探そう。ユウトが待ってる。」
私が鼻をすすり始めた時、シュラさんは優しくそう言った。
「そ、そうですね。」
私は、心を入れ替えて宿探しに奔走した。
いや心を入れ替えたっていうのは嘘かもしれない。心のどこかでファティマちゃんのことを思っていたけど、それを忘れるように忙しく動いた。彼女のことを忘れたいってわけじゃなくて、なんていうか、彼女を助けるためには自分がまず万全の状態にならないといけないと思った。
日没の少し前に宿を見つけた。比較的森に近くて、路地裏から忍び込む経路もしっかり確保できる宿屋だった。
「よし、ユウトを連れてこよう。」
私たちは森へ戻り、木の上で寝ていたユウトを起こして、森を出る。町に入る前に宿の場所を確認し、忍び込む経路も慎重に確認した。この宿は一部屋以外埋まっていると分かっているため、私たちが宿を取れば必然的に路地裏に近い部屋になる。
私とシュラさんは、町から少し離れたところでユウトと別れ、悠々と町に入る。宿まで行き、部屋を取った。部屋に入って早々、私は障子を二回開け閉めする。これはユウトに私たちがこの部屋を取ったと示す合図だ。
すると、路地裏から人影が、するするとこちらに猿の様に登ってきて一瞬で窓の前まで来た。
「速いね。ユウト。」
「まあね。イメトレは何万回もしてたから。」
「イメトレ?」
「心の中で練習してたってこと。」
「何万回もしてたんですか!?」
「比喩だよ。比喩。」
なんかこうしてユウトと話すのもめっちゃ久々な気がする。ついさっき会ったのに。
「おい、うるさいぞ。あんまり大声を出すと気づかれるだろ。」
シュラさんが荷物をまとめながら怒った。
「すみません。」
私も荷物を整理し、布団を敷く。
各々が寝る準備を終わらせて、そろそろ寝ようというときにシュラさんが口を開いた。
「ユウトに話しておくべきことがある。」
そうしてシュラさんはファティマちゃんのことを話した。
「そ、そんなことがあったんですね....」
ユウトは神妙な顔をしていた。私たちにかける言葉が見つからないといった顔だ。
「なら、俺たちで彼女を助けましょう!」
私たちを元気づけるように、彼は明るい声で言った。
「おい、大きな声を出すなって言っただろ。」
シュラさんに怒られた。
「ただ、助けたいのは俺も同じだ。明日、俺はまた情報屋のところに行って、あの男のことを聞いてくる。」
「え、でもどうやってあの男のことを聞くんですか?」
「実はな、マーヤがファティマを連れて行ったときに、話の流れで、彼の名前を聞いたんだ。偽名かもしれないけどな。」
「え!?すごいですね。シュラさん!」
私が手放しにシュラさんを褒めると、彼は『いや~そうかな~』と明らかに嬉しそうな顔をしていた。意外と可愛い部分あるんだな。この人。
「じゃあ、俺たちはどうすれば.....」
ユウトがそう質問する。
「マーヤちゃんは町を回ってくれ、あんまりないと思うが、ファティマちゃんがいる可能性はなくはない。ユウトは、見つかったら面倒だから、この部屋で待っててくれ。」
「またお留守番ですか~」
明らかにユウトは肩を落とした。
「でも、森で留守番よりはいいじゃないか?」
シュラさんはそう言って彼を諭す。
「まあ、敵陣に突っ込むみたいなことになったら、ユウトの力が必要になるかもしれないから、それまで待っててくれ。」
ユウトの機嫌を取るようにシュラさんは言う。
「はい、わかりました!」
ユウトはピシッと敬礼をした。
「じゃあ、今日はもう寝ましょうか。明日のために体力を温存しましょう。」
私はそう音頭を取って、話を終わらせた。
蝋燭を消して、布団に潜る。
少しすると、両側から寝息が聞こえてきた。二人とも寝たのだろう。
でも私は寝れなかった。
『....た....す...け...て.....』
ファティマちゃんの弱々しい声が頭から離れなかった。
大丈夫だよ。ファティマちゃん。私たちが助けるから。




