52. 町の内部調査
里を出て数日、やっと山を越えて町が見えてきた。
シュラさんによると、あの町はフォーリオといい、王国軍が里を攻めるときに駐留していた場所だという。
私たちはその話を聞いて戦慄した。もしまだ王国軍が残っていたら、我々は無防備で彼らの標的であるユウトを晒していることになる。
シュラさんは、「もう王国軍はいないはずだ。」と言っているが、本当にいないかは分からない。それに町の憲兵に見つかっただけでも厄介なのだ。
ユウトの髪色を変えられればまだましだったが、道中でそのような植物が見つからなかったから出来なかった。
とりあえず今日のところは町には近づかずに森の端で野宿することにした。そこで三人になって初の作戦会議が始まった。
「では、第十回作戦会議を始めます。拍手。」
私がそう言うと、パラパラと拍手が起きた。
「もう十回も作戦会議をやってたのか?」
シュラさんは驚いた口調で言った。
「こうやってみんなの意見を聞くのは大事なんですよ。仲間も増えましたしね。」
「それで今日の議題は何?」
ユウトが話を進めようと口を開けた。
「はい。私たちは数日をかけて霧山を越えました。疲労が溜まり町に入ってゆっくり休みたい所ですが、あそこに見える町フォーリオは王国軍が駐留していたそうです。うかつに近づけません。そのため、『危険を承知で町に入る』か『町を迂回する』か決める必要があります。」
私は状況を整理し、その後の選択肢を提示した。
「少しいいか?」
シュラさんが手を挙げた。
「シュラさん、どうぞ。」
「俺はあの町にいたジェクトと連絡を取り合っていたのだが、戦の後はパタリと連絡が来なくなってしまった。だから俺もあの町がどうなってるかは分からない。町の内情が分からない中で、その町に入るべきかを議論するのは早計ではないか?」
「それはそうですね。」
「そこでだ。俺が一人であの町に潜入して内情を探るのはどうだ?俺はあの町のやつらとある程度面識がある。そんなに怪しまれないと思うんだが。」
「そうですね.....それはいい提案ですが.....」
「どうしたんだ。マーヤ。心配事でもあるのか?」
「えっと....うーん.....いいや。言っちゃいます。正直言って、私はシュラさんをまだ信用しきれていない所があります。」
「ちょっと!シュラさんに失礼だよ。マーヤ!」
その言葉にユウトはそう怒った。
「いいんだ。マーヤ続けてくれ。」
シュラさんはユウトを制して、私を催促する。
「えっと....。ただ偵察が必要だという意見は私も賛成です。それで提案なのですが、私もついていっていいですか?」
「ああ、いいぞ。」
シュラさんは、快く受け入れてくれた。
「ありがとうございます。では、今から行きましょうか。ユウトは何か意見ある?」
「俺もそれがいいと思うよ。てことは、また俺は留守番?」
「ごめんね。すぐに帰ってきますから。」
「大丈夫だよ。一人は慣れてるから。それと、もし敵襲があったら空に火球を放つ。で合ってるよね?」
これは、非常時の救援要請として決めたものだ。三人になったし、ずっと一緒に入れるわけじゃない。こんな風にユウトが一人になった時に追手が来て、私たちが知らないうちに攫われていたみたいなことにならないようにするためだ。
「はい。なるべく大きく遠くからでも見えるようにしてください。」
「わかった。じゃあ二人とも気を付けてね。」
「ではいってきます。」
そうして私とシュラさんは町に向けて歩き出した。
町に着くと、そこは普通の町と何ら変わらなかった。活気のある商店街、農作物を運ぶホルミ族の農民、路地裏で乞食をしているキンミ族。ゲリスほど大きな町ではないけど、それなりに大きな宿場町というような印象だった。
でもこの町にはまだ王国軍が残ってるかもしれない。気を付けなきゃ。
「マーヤ。これから情報屋のところへ行く。設定を忘れるなよ。」
「はい。」
私は森の中で死にそうになっている所をシュラさんに助けられ、彼の従者になったという設定だ。さらに、私はジョグリブ王国出身でホルミ語が分からないという設定も付け加えられた。情報屋は話を第三者に聞かれるのを嫌うらしい。
聞こえるものを分からないふりをするの、難しくない?でも、まぁ反応しないようにすればいいのかな。
シュラさんは町の中をすいすいと歩いていく。何度か来たことがあると言っていたが、それは嘘ではないようだ。
すると彼は一つの小さな屋台に入った。
「大将、味の染みた大根をまた頼む。」
とシュラさんは、その屋台の大将に言う。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
大将はそう言って奥に引っ込んだ。大将らしくない固い言葉遣いだ。
「準備が整いました。こちらへ。」
すぐに大将は出てきて壁に触れると壁が動いてその奥に通路が見えた。なにこれ。よく見ると地面に溝がある。壁だと思っていたものは襖だったらしい。
シュラさんは躊躇なくそこへ入っていく。私もそれについていった。
通路を進むと奥に部屋があり中には一人の男が待っていた。この人が情報屋か。
シュラはその男の前にドカッと座った。私は端の方で目を伏せ立つ。
「シュラか、今日はどうした?」
「ああ、大したことじゃない。この町に駐留してた軍の奴らがどうなったか気になってな。」
「お前、まさか手ぶらじゃないよな?」
「ああもちろん。」
シュラさんは何かを男に手渡した。よく見えなかったけど、恐らく金を渡したのだろう。
「ちょっと待て、後ろにいる女は何者だ。」
男が私を見て言った。急に名指しされ心臓がバクバクする。
「ああ、道端で拾ったんだ。心配するな。ジョグリブ王国出身でホルミ語はほぼわからない。」
「そうか。」
そう言うと、私の元に歩み寄ってきた。心臓の鼓動がさらに速くなる。
「"君の名前は何というんだい?"」
と、ジョグリブ語で話しかけてきた。
私は頭をフル回転して、バークワクトで聞いたジョグリブ語を思い出す。
「"私は、マリーです。シュラ様に助けられたから、ついてきたの。"」
自信がなくてモゴモゴ喋っちゃったけど大丈夫かな?
「うん。本当らしいな。」
男はそう言ってシュラさんの元へ戻って、言った。よかった。何とかバレなかったようだ。
「俺を信じてないのか?」
「そりゃあ情報屋は人を疑う仕事だ。変な奴に情報が回ったら厄介だからな。」
男はあきれた様子でそう言った。
「で、知りたいのは、『王国軍がどうなったか』だったか。
王国軍は、山の向こうの奴らと戦い無残に敗れちまった。素人集団だったとはいえ、『王国軍』の名を冠して負けるなんて恥ずかしいぜ。
『霧の里討伐隊』はこの町に着いた瞬間に解体。指揮官はゲリスに戻り、兵士だった奴らも故郷に帰っただろうな。まだ帰れてない奴らもいるが、すぐに帰るだろうぜ。あとこの町では、里との戦の話は禁句だから、絶対に言うじゃないぞ。」
「お、おう。そんなことになってたんだな。」
「まあ、王国軍はそんな感じだな。」
「じゃあ、もう町には王国軍はいないのか?」
「ああ、「元王国軍」はいるがな。まあ奴らはもう兵士にはなりたくないだろうよ。」
「わかったありがとう。」
「それだけか?」
「ああ。そうだ。」
「はぁ。こんな安い話じゃ金にならないんだよ。」
「まあまあ、また来てやるから。」
「今度は、高い話を買ってけよ?」
「ああ分かった。じゃあ、また来るな。」
シュラはそう言って、部屋を出ようとする。私はその動作に気づきついていく。本当は話の流れでシュラさんが帰りそうなのは分かってたけど、動くのが早すぎたら怪しまれるので、シュラさんが動いてから動き出した。
二人で通路を通り、屋台を後にする。
屋台からかなり歩いたところでシュラさんは言った。
「もういいぞ。」
これはもう喋っていいという合図なのかな?
「はぁ~、めっちゃドキドキしました。」
「割といい演技だったぞ。」
「ありがとうございます。」
「次は高札場を見に行くか。」
高札場に着くと、案の定、ユウトの指名手配書が貼ってあった。だがかなり小さくなっている。それよりも王国軍が里に大敗したことが大きな紙で貼られていた。
「意外と大丈夫そうですね。」
「だが、油断はしない方がいいな。次は宿屋を探そう。」
「はい。」
シュラさんはさっと歩き出した。この人は行動が早くて助かるな。
少し歩くだけで周りが宿屋だらけになった。
「なるべく森に近くて忍び込めやすい宿を選ぼうか。」
「それって、ユウトに忍び込ませる気ですか?」
「それ以外に方法はあるのか?」
「...でも.....」
「何も思いつかないなら、今回はこれで行くぞ。」
「....はい...分かりました....」
シュラさんに強く言われ、返す言葉がなかった。
気分が落ち込み俯いて歩いていたら、前から走ってきた少女に気づかなかった。
ドンッ!
私は少女とぶつかってしまった。
「!大丈夫!ごめんね。」
ぶつかった少女は、赤髪のドーラ族だった。ドーラ族はこの辺では珍しい。私はセイチョウ様しかドーラ族を知らない。
彼女は目に涙を浮かべて震えていた。
「ごめんね。痛かったよね。」
私は急いで彼女に怪我が無いか確認し、治癒魔術をかけた。
黙って私の魔法を受けていた彼女は、私の耳元で弱々しく言った。
「....た....す...け...て.....」




