51. 三人での旅
--- (マーヤ視点) ---
私は、ユウト、シュラさんとともに霧深い山を歩いていた。
この旅の最初の難関が、この霧山だ。
シュラさんは霧山の経験が多いので彼の助言を聞きつつ、歩を進めていく。
私とユウトには準備期間があったわけだけど、もちろん何もしていないわけではなく、山特有の急な悪天候に対処するため、厚着の羽織と菅笠を人数分作ったり、また雨漏りしなくて地面から湿気が湧き上がってこないように、ユウトは木の上に家を作る訓練をしてきた。
厚着の羽織と菅笠をシュラさんに渡し、雨が降り始めた時に、さっきいた所みたいに木の上に家を作ることを説明した。
私たちのあまりの用意周到さにシュラさんは驚いていた。でも私たちはこの山で一度足元をすくわれたから慎重になるのは無理もない。もう二度とあんな辛い目には遭いたくないよ。
しばらく歩いていると、木の根にここら辺では珍しい薬草が落ちていた。その草は茎が根元から切られていた。動物が食べようとして引っこ抜いたのか、踏んで切れてしまったのか、でもこんな珍しい薬草は取るしかない。
草を取ろうとしゃがむと、奥にその薬草の群生地があった。さっきまでは木の葉で隠れていて見えなかったのだろう。
私はこんな機会はないと思い、その群生地へ走り、無我夢中で草を取り始めた。
たくさんの薬草を袋に詰め終えた時、二人がすでに先に行ってしまっていることに気づいた。
まずい....はぐれちゃった!
どうしよう。大声で呼ぶか?でも届くか分からないし、それで里の人に見つかったら....
でも私一人じゃこの山は越えられない。何としてでも二人と合流しなきゃならない。なら背に腹は代えられない。
大声で二人を呼ぼうと息を吸い込んだとき、
「大丈夫かい?マーヤちゃん。」
と突然、後ろから声を掛けられた。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、」
息を吸い込んだところに声を掛けられたことで強めの咳が出た。
「な、何ですか?」
少し涙目になりながら振り返ると、声の主は、なんとパキルさんだった。
「え?パキルさん何でここにいるんですか?」
「少し君に用事があってね。これを見てほしい。」
彼はそう言い、私宛と書かれた封書を手渡した。渡された封書を開けると、里の協力者として、定期的に情報を提供してほしいという陣十郎様からの直々の依頼だった。
陣十郎様からの直々の命令なので少し身構えたが、内容的にはそんなに大変なことではなさそうだ。ただ一点引っかかる。
「陣十郎様からの直々のご依頼ですから、断る理由はないと思いますけど、提供する「情報」というのは、どういうものがいいんですか?」
「何でもいいんだよ。マーヤちゃんがその土地に行って何を感じたのかを教えてほしい。」
感じたこと?そんなことでいいの?
「そんな感じでいいんですか?それが何の役に立つか分からないんですけど....」
「俺たちはな。どうしても場所に囚われてしまうんだ。君がバークワクトにいた頃もバークワクトのことしか知らなかっただろ?外に出てからいろいろ気づいたことも多いはずだ。」
「まぁ、そうですね。」
確かに、ゲリスに着いたとき、農村地帯を歩いたとき、里に入った時など、新しい土地へ行く度に新たな発見があった。それを陣十郎様は知りたいのか。
「その「気づき」を書いて残してほしいんだ。何年後でもいいから、近くに来た時に里に寄って、その書き留めた物を陣十郎様に渡してほしい。だが、あの方もそう長くはないだろうから、早めに会いに行ってあげてくれ。」
「はい。分かりました。」
重大なことを任された気がする。あんなに強くてユウトを圧倒した陣十郎様が老い先短いって考えたくはない。でも彼も永遠に生きているわけじゃない。折角陣十郎様からお話を貰ったのだ。いい土産話を持っていかないと。
「では、契約成立の印として、ここに君の名前を書いてくれるかな。」
そう言われ、私は証書の片隅に自分の名前を書く。
「これで契約成立だ。よろしくね。
ああそれと、これはその証として陣十郎様から預かったものだ。受け取ってくれ。」
そう言って、パキルさんが取り出したのは、簪だった。白一色のその簪は無骨ながらも清廉さを感じた。陣十郎様らしい一品だった。
「ありがたく頂きます。」
私はそれを受け取り、愛用していた花柄でコロコロした玉の付いた簪を抜き、その簪を差した。
「うん、じゃあ、ユウトくんのところに戻ろうか。」
「そうですね。でも...どこにいるのか分からなくて。」
「それなら私が連れて行こう。山の中の人探しも得意なんでね。」
そう言ってパキルさんはスタスタと歩き始めた。本当にこの人は何者なんだろう。陣十郎様の証書を持っていたから、里の関係者なんだけど、でも前はバークワクトの貧民街にいたし.....
相変わらず、彼からは怪しい雰囲気がプンプン漂っているけど、あんまり詮索しないほうがいいかな。彼はいつでも私たちを助けてくれたし、今の提案も私に不利益はなさそうだし。
迷わず歩き続けるパキルさんについていくと、視界を覆う木の葉の隙間からシュラさんの青い髪が見えた。
「これ以上の案内は必要ないかな。私はここで失礼するよ。じゃあ、マーヤちゃん達者でね。」
「え、ユウトには会わないんですか?」
「うん、会わない方がいい。」
「何でですか?」
私はそう聞いたが、パキルさんは答えず、踵を返して歩き出してしまう。
「あ、それとさっきの話も二人には言わない方がいい。」
独り言のようにパキルさんはそう言った。
何で?という疑問は当然湧いたけど、それを聞く暇もなく、彼は立ち去ってしまった。
理由を自分なりに考えてみると、シュラさんは処刑されるかもしれないのに陣十郎様との繋がりを残しておきたいとは思わないだろう。
ユウトには何で言っちゃダメなんだろう。実は、陣十郎様に負けて彼を恨んでるとか?いやいや、そのあとの二人の稽古を近くで見てたけどユウトにそんな気配は微塵も感じなかった。じゃあ、何でだろう。分からない。
私は気持ちを切り替えて、わずかに見える青い髪を追いかけた。少し考えて分かりそうにないなら、長く考えても分からないだろう。今はそれよりも二人と合流する方が大事だ。
「マーヤちゃん!どこに行っていたんだ?心配したんだぞ?」
シュラさんは私を見つけた瞬間、そう言ってくれた。
「すみません。珍しい薬草があって、採集していたらはぐれてしまいました。」
「はぁ~、気を付けるんだぞ。今回はたまたま大丈夫だったけど、山ではぐれたら基本は合流できないと思っておいた方がいい。」
とシュラさんは説教をした。
「はい。分かりました。」
一応、彼はこの三人の中で一番年上だ。年長者として説教してくれたのだろう。
すると、ユウトは私の髪を見て
「あれ?かんざし、変えた?」
と簪を変えたことに気づいてくれた。
「うん。陣十郎様に貰ったんです。」
私はこれ見よがしに簪をそっと触る。
「え?そうか?何か変わったか?」
シュラさんは無遠慮にそう言った。花の模様と玉の付いた簪から、白一色の清廉な簪に劇的に変わったのに、何でわかんないんだろう。彼は私に興味ないのかもしれない。
「へぇ~すごくいい。似合ってるよ。」
とユウトは言ってくれた。
「....ありがとうございます。」
私は少し照れくさくて、俯きながら礼を言った。
これまで、服を変えても髪の毛を切っても何も言ってくれなかったのに、何で簪だけ気づいたの?ユウトは私の簪しか見てないのかな?
「簪のことはいいですから、先に進みましょう。日没までに行けるところまで行った方がいいでしょうし。」
私の一声で私たちは歩き出した。
そうしてまた三人で山を登っていく。




