46. 終わらない夜
陣十郎様の天幕に、二人のホルミ族の男が入ってきた。
シュハクとシュラだ。
二人は緊張した面持ちで陣十郎様が話始めるのを待っていた。
--- (陣十郎視点) ---
ワシは二人の顔を見比べる。
シュハクは額に汗をかき、事の重大さを分かっているが、シュラはなぜ呼ばれたのか分からないという顔をしている。
この二人を呼んだのは言うまでもない。里の重大問題を解決するためだ。
ワシら里の側はあの戦いに圧勝したが、それでも不可解なことがある。
それは、なぜ後方の安全な場所にいたマーヤが拉致され人質となってしまったかという点だ。
臨時医局の警備がほとんどなされていなかったことが理由として真っ先に挙げられるが、そもそもこんな後方に敵が忍び込めることがおかしいのだ。
敵が陣を張った北側から、マーヤのいた医局までの道のりは3通りしかない。砦を正面から突っ切るか、西か東の山から周るかである。
砦はオウゼンやユウトが敵を寄せ付けなかったし、西の山も一人も取りこぼしていないとセイチョウは報告していた。東のシュハクも同様の報告をあげている。
しかし敵はこちらの陣地内に現れた。しかも誰にも見つからずマーヤを攫うことに成功している。里の地形を熟知している者か、里のことを熟知している人から話を聞いたか。
どちらにせよ。この里に内通者がいることは間違いない。
先ほど、シュハクの門下生の一人からきな臭い話を聞いた。
水鏡流の中の一連隊を指揮していたシュラが一人で部隊から離れたという。報告してくれた門下生は敵の殲滅に精一杯でシュラが何をしていたか分からなかったが、戦いが終わった時、彼は無傷で帰ってきた。しかも服に返り血が全くついておらず異様な綺麗さだったという。
今回の相手は素人ばかりだったので、無傷の剣士も多いがそのほとんどは超級以上の腕の立つ剣士で、シュラと同じ上級で無傷だったのは、争いがなかった岩砕流の門下生だけだった。
しかも返り血もないということは、つまり戦っていないということだ。仲間が決死の覚悟で戦っている中、シュラは何をしていたのだろうか。
それを聞くために今、彼を呼んだのである。
ワシは重たい口を開いた。
「シュラよ。シュハクから聞いたと思うが、お前が戦いの最中、部隊から離れて森に消えていくのを見た者がいる。そのことについてお前から申し訳はあるか?」
「...!はい...。私は確かに森の中に行きました。そこで私は用を足しておりました。」
「ほう?用を足すにしては長くないか?お前は戦いが終わるまで姿が見えなかったと聞いたぞ。」
「....」
シュラは黙った。やましいことがありそうな顔だ。ワシは追い打ちをかける。
「それに戦場で用を足す者があるかね?」
「....は、はい...緊張していたもので....」
苦しい言い訳だ。それで乗り切れると思っているのか。
「いつから、そんな滑らかに嘘をつくようになったのだ。」
「.....」
「もう一度聞く。お前は森の中で何をしていた?」
「えっと....あ、そうだ。私はサリアンに頼まれて薬草を摘みに行っていたのです。」
ほう。これは最もらしい言い訳だな。サリアンは薬師だし彼女は治療で忙しいから薬草の採集を誰かに任せていてもおかしくはない。しかし....
「お前は薬草と普通の草の見分けがつくのか?」
「えっと...それは...サリアンに...特徴を聞いたので....」
「聞いただけで分かるのか?山には様々な種類の草が鬱蒼と生えている。その中で望みの物だけを摘み取れるのか?素人のお前が?」
「....えっと....それは....」
「ふん。ならサリアンを呼んで聞いてみるか。」
「それは、おやめください!」
「なぜだ。彼女がお前に頼んだのだろう?」
「それは...そうですけど....」
俺は脇に控えてあった召使いを通じサリアンを天幕に呼んだ。
「サリアン。お前はシュラに薬草を集めてくるよう命令したか?」
「え?いや?命令してませんけど...」
サリアンは何を聞いているのか分からないといった顔で答えた。ワシには彼女が嘘をついているようには見えない。
「だそうだ。どうだシュラ。」
するとシュラは激怒した様子で立上り、
「なぜだ!?サリアン!お前は俺の理解者だろ!?」
と叫んだ。
「えっと...それはさっきの話となんの関係があるの?」
サリアンは困惑した様子だ。
「俺の理解者なら!俺と口裏を合わせるだろ!?」
「口裏を合わせるっていっても、何も知らないんだけど...」
「お前は!命令したって言えばいいんだよ!!」
「え...陣十郎様に嘘をつくのは、ちょっと....」
「なんでだよ!?」
シュラは腰の刀に手をやり引き抜こうとした。シュハクはそれに気づきシュラの身動きを止める。
「シュラ!何をやっている!」
「し、しかし......お父様なら信じてくれますよね。」
シュハクはシュラから目を逸らした。彼は息子を信じれなくなっている。
「あ、あの....陣十郎様。シュラは何をしたんですか?」
サリアンは恐る恐るといった感じで質問した。
「ふん。シュラ。自分の口で言ってみろ。嘘ではなく、真実をな。」
「くっ....」
シュラは屈辱の表情を浮かべていたが、やがて力が抜け諦めの表情になった。
「わかりました.....言います。
......俺は、王国軍と内通していました。」
「えっ!?」
シュラのその言葉に驚いたのはサリアンだけだった。ワシとシュハクはこの前にシュラが内通者の可能性があることを話していた。
「いつからだ。」
ワシは自白したシュラに聞く。
「水鏡流の連絡係を解任された後でございます。地位と約束された未来を失い、心が折れかけていましたが、サリアンの助言により、自分が出来ることを探していた折、彼に出会ったのです。」
「彼とは誰だ?」
「ベルモンド家の一番槍、ジェクトさんです。彼は私の話を親身に聞いてくれて共感してくれました。そして『君にしかできないことがある』と仕事を回してくれました。」
「それが里の情報を流すことだったのか。」
「はい。里のみんなには悪いことをしたと思っています。本当に申し訳ありません。」
急に背筋を伸ばし、謝るシュラ。
「そんな平謝りで許せるわけないでしょ!?」
それに対して、怒ったのはサリアンだった。
「要するに、あんたが敵に情報を流したことで、王国と戦になって、マーヤちゃんが攫われたんでしょ!?それなのに、そんな軽い謝罪で許せるわけないじゃない!!」
「ごめん。サリアン。」
「それに!私は、そんなつもりで言ったんじゃない!」
サリアンは怒りが収まらない。
その気持ちはわかる。シュハクを裏切り、ワシを裏切り、里全体を裏切ったうえで、里を危険にさらした。そんな奴をあんな平謝りで許してはならない。
「シュラ。お前は許されざることをした。その罪に相応の罰を下す。覚悟はできているな?」
「....はい...」
シュラはそう言ったが、まだ迷いはあるようだ。
しかしワシは厳しくいかねばならない。この罰を緩くしてしまったら、またこのようなことが起きてしまう。
「鰐淵陣十郎は、この里を築き守ってこられた先達の意を引き継ぎ、罪人シュラに処罰を言い渡す。」
この口上は里の長に代々受け継がれているものだ。ここで決定した処罰は覆すことは出来ない。
そのことは里の誰でも知っている。ここにいるシュハクもサリアンもシュラも分かっている。
だからなのであろう。シュラは唇をぎゅっと噛みしめ、緊迫した表情でワシの声を聴いていた。
そしてワシは、彼に刑罰を言い渡した。
「罪人シュラは、火あぶりの刑に処する。」




