45. 相手を想うということ
「俺。ユウトは、一人で里を出ていくことにします。」
その声は柔らかい天幕の布に吸い込まれた。
陣十郎様はいつもの怖い顔のままだ。でも何も口に出せないでいるあたり、俺の言葉に衝撃を受けているのだろう。
「えっと......それは何故だ?」
陣十郎様がやっと絞り出した言葉はそれだった。
「俺がこの里にいるのが危険だと思ったからです。今回は戦いに勝ちましたが、また王国軍が攻めて来るでしょう。その時は追い返せるか分かりません。」
「そうだな。王国軍は我らに惨敗してしまったから、次はもっと戦力を集めてくるだろうな。さらに今回のような素人集団ではなく精鋭部隊かもしれぬ。」
「ですよね。しかし彼らの戦争の口実は、指名手配犯の俺がこの里にいるからです。俺が里を出て行ってしまえば彼らに戦いを仕掛ける口実がなくなります。」
「そうだがな。この里を出てしまえば、王国から追われることになるぞ。」
陣十郎様は鋭い目で見つめてくる。俺はその目を一切逸らさない。
「分かっています。その覚悟はできています。いくら王国が俺を捕まえようとしても、俺は全て返り討ちにします。俺の力で。」
「お前。そんなことをしていたら、お前自身が本当の悪魔になってしまうぞ。」
本当の悪魔、か。それでもいいような気がする...
「良い名前じゃないですか。俺の力にぴったりだ。」
「お前。本当にそう思っているのか。お前の中身は悪魔とは正反対だろう?」
陣十郎様は少し言葉尻を和らげた。
「正反対とは何ですか。俺は一撃で数百人を殺す魔法を放てるんですよ。」
「お前の力とお前の性格は全く無関係のことなはずだ。ワシはお前が優しい心の持ち主だということを知っておる。決闘した剣士らが負った傷はどれも浅く、すぐに回復できたからな。」
陣十郎様は俺の心を見透かすように言ってきた。さらに彼は追撃する。
「お前は人を殺すのを怖がっている。違うか?」
痛いところを突いてきた。俺はこれまで人を殺すのをためらってきた。魔物は殺してきたけど、人を殺すことはできなかった。
でも今日初めて人を殺した。遠くだったから顔とかよくわからなかったけど、嫌な感覚は残っている。魔法が消えた時に散らばった死体....あのむせかえるような臭い....
あんなもの味わいたくないと思った。だけど里に出たらもっと人を殺さなきゃいけなくなるだろう。
もし殺すべき相手が目の前にいたとして、俺はそいつを殺せるのか?
俺の瞳に迷いが生じた。陣十郎様はそれを見逃さなかった。
「お前が人を殺すことに迷いがあるなら、一人で出ていくのはやめた方がいい。その迷いが生死を分ける。」
陣十郎様は厳しい口調で言った。
「そこまで里から出ていきたいなら、せめて誰かを連れて行った方がいい。」
陣十郎様は顔を緩めてそう言った。
「マーヤにはこのことを言ったのか?」
「言ってません。」
「何故だ?彼女は君のために頑張ってくれると思うが...」
「はい。彼女はこれまで俺のためにいっぱい頑張ってくれてました。でもこれ以上彼女に頼るのは、申し訳ないと思ったのです。」
「ほう?」
「彼女には恩があります。だから、彼女に幸せになってほしいのです。この里は安全です。王国も簡単に手出しはできません。その環境で暮らしながら彼女の誤解を解くことが出来れば、彼女が故郷に帰れる日が来るかもしれません。」
「それが、お前の言う『彼女の幸せ』か?何を幸せと思うかは彼女に聞かないと分からないではないか。何故一人で決めようとする。そしてなぜ彼女に相談しない?」
陣十郎様は質問攻めしてくる。
「それは...その...反対されると思ったので....」
「ふん。反対されるから何も言わないで出ていくのか?それは不義理ではないか?もし彼女がお前についていきたかったとしたらどうするんだ?」
「それは...その....」
正論すぎて何も言い返せない。
「お前はかっこつけたいのかもしれないが、全くかっこよくないぞ。彼女の気持ちを考えもせず、自分の考えを押し付けていることに気づいた方がいい。」
陣十郎様の言葉は深く心に突き刺さる。俺の痛いところを的確に突いてくる。
そんな言葉の刃は俺は心にズタズタ刺さる。
「あの...俺は...どうしたらいいですか?」
俺の出した声はとんでもなく情けない声だった。
「はぁ。それもワシに聞くのか...少し自分で考えてみたらどうだ?」
必死で考えたことを今さっき否定されたんですけど??
俺の不貞腐れた態度に陣十郎様は呆れかえってしまった。
「はぁ。じゃあ教えてやろう。マーヤと話す。それだけだ。」
「それだけでいいんですか?」
「そうだ。相手の意見をちゃんと聞くんだ。お前の考えを押し付けるんじゃないぞ。」
「はい。分かりました。」
「分かったなら早く行け。ワシもそんなに暇じゃないんだ。」
陣十郎様は急に突き放すような態度を取った。でも俺はその真意に気づいた。俺が出ていきやすい空気を作ってくれているのだ。
「はい!行ってまいります!」
俺はそう言い、全速力で天幕を飛び出した。
「マーヤ!」
俺はさっきのテーブルに駆け戻ってきた。
「どうしたの、そんなに慌てて。ていうか『これからの話』って言ってどっか行ったと思ったら、陣十郎様の天幕に入っていくし....陣十郎様と何を話してたの?」
「その話なんだけど....俺は、一人でこの里を出て行こうと思ってるんだ。」
「えぇっ!?」
マーヤは目を見開き固まってしまった。陣十郎様と話した後だと、こんなにリアクションしてくれるの何か嬉しい。
「それを...陣十郎様に話したの?」
「うん。」
「陣十郎様はなんて?」
「えっと...マーヤの意見を聞いた方がいいって。」
「私の意見?」
「うん。俺はマーヤにこれ以上負担かけたくないんだ。マーヤには安全な里にいてほしい。」
「.....」
マーヤは唇を噛み締め眉間に皺を寄せた。そういえばお母さんのカーラさんも考え込んでるときはこんな顔してたな。
「.....あの...さ、う~ん。ユウトって、私のこと何も分かってないよね?」
「え...」
「ユウトが、私に負担かけさせたくないとか、安全なところにいてほしいと思ってくれるのは嬉しいんだけど、もし私が、危険なところが嫌とかユウトが負担だと思ってるんなら、ユウトに付いて行かないよ。」
「そりゃ、怖い目に遭うのは嫌だし、私が色々決めすぎてない?って思うこともあるけど、でもね。楽な道に逃げたいと思ったことはないよ。」
マーヤはそう言い切った。その瞳は俺の目をしっかりと捉えていた。
かっこいいな。逃げたいって思ったことないって、こんなにはっきり言えるなんて。俺はしょっちゅう思っているのに。
「もし私が里に置いて行かれたとしたら、ユウトのことが心配で寝れないかも。」
「そんなに心配する?俺も子供じゃないんだし。」
「ほら、だってユウトって知らない人と話すの苦手じゃん。それで旅なんてどうやってするの?」
グサッ
正論パンチが飛んできた。確かにこれまで人との交流はマーヤに任せてたから、それを一人でやるとなると.....
ダメだ全然上手くいく想像が出来ない....
「私はユウトが上手く旅が出来るか心配なの。だからさ。私もついていく。負担なんて思わないで。」
「こんな役立たずな俺でいいの?」
「役立たずじゃないよ。ユウトが魔法で魔物を倒してくれるおかげで何度も命を救われてるんだから。」
そうか。それでいいのか。
マーヤは攻撃魔法を使えないから魔物を倒すのが俺の役割だと思ってたけど、それが彼女の役に立つってことなのか。
そう考えると、攻撃魔法が俺の役割で、治癒魔法とか雑用全般がマーヤの役割って棲み分けてたんだ。さすがにマーヤの負担が重すぎるから手伝わなきゃと思うけど。
「それでもマーヤがやってたことを手伝わせてください。マーヤの仕事量が多すぎるよ。」
「ふふっ♪それじゃあお願いしますね。」
「はい。これからもよろしく。」
「うん。よろしく。」
こうして俺はマーヤと和解した。
別に喧嘩してたわけじゃないけど、お互いがお互いに気を使って本心を打ち明けられてなかったみたいな感じだったぽい。
そのあと二人でこれからのことを話し合った。
どうやらマーヤはもう少し里に残りたいらしい。もっと剣術の訓練をして戦いの面でも俺の役に立ちたいらしい。俺としてはマーヤに安全なところにいてもらいたいけど、旅途中で絶対に安全なところってないからな。
俺は俺で家庭力とコミュ力を磨くことにした。家事とかは魔法を上手く使えば効率が上がりそうだし、コミュ力を鍛えるのはそんな簡単じゃないけど、マーヤに任せすぎないようにするって決めたんだから、しっかりしなきゃ。
そういう話し合いを終わった後で、ようやくマーヤと今回の勝利に乾杯できた。
思っていることを吐き出したからか、心がすっと軽い。
ふと空を見上げると、月が俺を優しく照らしてくれていた。
ユウトが天幕から駆け出した時、陣十郎はその若者の背中を優しく見つめていた。
「全く。若いやつの子守も大変だ。」
そう言う陣十郎だったが、その顔はどこか嬉しそうだった。
しかしその笑顔はすぐに消える。天幕の向こうから別の男の声がしたのだ。
「陣十郎様。只今まいりました。」
腐るほど聞いた若者の声に対し、陣十郎は謁見を許可する。
「はぁ。ワシはこんな日に勝利の美酒も味わえないのか。」
陣十郎は誰にも聞こえない声量で珍しく愚痴をこぼした。




