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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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42. 人質

 私は両手を後ろで縛られ、両足も縄で固く括られていた。さらに口を布で猿ぐつわにされ、体全体を厚手の毛布でぐるぐる巻きにされた状態で、誰かの肩に担がれて運ばれていた。

 

 視界は毛布に遮られて真っ暗だったが、運んでいる者の足取りは驚くほど速く、そして安定していた。時折、足元でカサカサと乾いた葉が擦れる音が聞こえてくる。おそらく里の警備の隙を突き、森の中を最短距離で走り抜けているのだろう。


 普通なら、この状況に陥ればパニックになってもおかしくない。けれど、私の心は不思議なほど凪いでいた。

 

 どうしてだろう……怖いっていうより、なんだか冷静に状況を分析してる自分がいる。

 

 これも、あの厳しい斬刃流での稽古の成果なのだろうか。あるいは、ユウトと一緒に何度も死線を潜り抜けてきた経験が、私を少しだけ図太くさせたのかもしれない。


 しばらく揺られていると、不意に足音が止まった。担いでいた男が私を地面に下ろし、乱暴に毛布を剥ぎ取る。 眩しさに目を細めると、そこは大きな天幕の中だった。奥に置かれた立派な椅子に、見覚えのある男が腰掛けていた。


「久しぶりだね、マーヤちゃん。……いや、今はマリー君だったかな?」


 そこにいたのは、ゲリスの領主ベルモンド家の一番槍、ジェクトだった。彼は以前会った時と同じように、不気味で、それでいてどこか芝居がかった嫌な笑みを浮かべていた。

 

「喋らせてやれ。」


 ジェクトの命令で、部下が私の口を塞いでいた布を解く。私は深く息を吸い込み、正面の男を真っ向から見据えた。


「……なぜ、私を誘拐したんですか。」


 努めて低い声で、感情を押し殺して問いかけた。下手に動揺を見せれば、この男の思う壺だと思ったからだ。

 

「おや、冷たいねぇ。再会を喜んでくれてもいいだろうに。」


 ジェクトは肩をすくめて見せた。

 

「用件は単純だよ。交渉材料にするためだ。」


「交渉材料……ですか。」


「そう。まあ簡単に言えば人質だね。君はこれから、ユウト君と交換されるんだよ。」


 その言葉に、私の胸の奥で怒りが燃え上がる。

 

「ユウトと? なぜあなたたちは、そこまで彼にこだわるんですか。彼はただの……」


「こだわっているのは君の方だと思うけどね、マーヤちゃん。」


 ジェクトは私の言葉を遮り、身を乗り出してきた。

 

「何故君は彼の味方をするんだい?忌むべき混血なのはまだしも、強大な魔法の力を持っているんだよ?かなり危険な人物じゃないか。」


「ユウトは危険な人物なんかじゃありません! 彼は……不器用だけど、誰よりも優しい人です!」


 思わず叫んでいた。そんな私を、ジェクトは憐れむような目で見つめた。

 

「君の主観的な評価はどうでもいいんだよ。問題は、絶大な力が不安定な個人に独占されているという事実だ。彼の機嫌次第で、平穏な街が一つ消し飛ぶかもしれない。現に、彼はこの里の長とも戦うことになったわけだろう?」


「……っ!? なぜ、そのことを……」


 驚愕で言葉を失った。ユウトと陣十郎様の決闘は、この閉ざされた里の中の、それも限られた人間しか知らないはずの出来事だ。

 

「我々の情報網を侮ってはいけないよ。君をこうやって易々と攫うことができたのも、その情報のおかげだしね」


 ジェクトはそう言って、再び不敵な笑みを浮かべた。私はその言葉の意味を理解し、背筋に氷を突きつけられたような感覚を覚えた。

 

 里の中に……内通者がいる。陣十郎様の決闘や、私の配置まで知っている誰かが……


 絶望的な推測が頭をよぎる中、天幕に一人の兵士が入ってきた。彼はジェクトの耳元で手短に何かを囁く。ジェクトの表情が、一瞬で実務的なものへと変わった。

 

「……少し君と話しすぎたようだ。時間が惜しい。じゃあマーヤちゃん、人質としての役割を頼んだぞ。間違っても逃げたり暴れたりしないように。死体になってから交換されるのは、君だって本意ではないだろう?」


 その目は、もはや人間を見るものではなかった。ただの便利な道具を検品するような、冷徹な色に覆われていた。

 

 私は再び口を縛られ、言葉を奪われた。二人の男に両脇を抱えられ、引きずられるようにして天幕の外へと連れ出される。


 外は、王国討伐軍の本陣だった。見渡す限りの鉄の甲冑、立ち並ぶ槍の林。屈強な男たちが、焚き火を囲んで殺気立っている。ジェクトを先頭に、私は見せしめのように軍の中を通された。

 

「見ろよ、あの裏切り者の小娘を。」 「キンミ族に肩入れするなんて、ファミル族の面汚しだ。」 「領主様の手柄の種だな。せいぜい役に立てよ。」


 周囲から浴びせられるのは、称賛の声ではなく、汚物でも見るかのような侮蔑の眼差しだった。味方が一人もいない、完全なる敵地。私は暗い顔で俯き、聞こえてくる罵声を必死で聞き流すしかなかった。


 どれほど歩いた頃だろうか。不意に喧騒が遠のき、視界が開けた。 そこは広大な草原だった。顔を上げると、遥か前方に高くそびえ立つ石造りの砦が見える。

 

 あそこが、北の砦……ユウトがいる場所


 私たちの足音に気づいたのか、砦の上で動きがあった。


--- (ユウト視点) ---

 一回戦の勝利を収め、砦の城壁で息を整えていた俺の視界に、敵陣から近づいてくる数人の影が入った。

 

「また突撃か……? いや、様子が違うぞ。」


 俺は右手に魔力を込め、いつでも魔法を放てるよう構えた。しかし、その影が近づくにつれ、俺の指先から力が抜けていった。


 歩いてくる数人の男たちに囲まれるようにして、小柄な人影がいた。 そのピンク色の髪。見覚えのある、あの赤の道着。

 

「……マーヤ!」


 俺の声は裏返っていた。心臓が爆発しそうな勢いで打ち鳴らされる。

 

「オウゼンさん! 攻撃しないでください! マーヤが……マーヤが人質に取られています!」


 俺の絶叫に、オウゼンさんが即座に反応した。

 

「全員、攻撃中止! 弓を下げろ! 魔法を使うな!」


 城壁の兵士たちに緊張が走る。


 敵軍の最前列で男たちが足を止めた。脇に控えていた一人の男が、手に持った杖を掲げる。

 

「聞け、霧の里の反逆者ども!」


 風の魔法で増幅された声が、戦場全体に響き渡った。

 

「我々は貴様らの陣営の治癒師、マーヤを人質に取った。彼女の命が惜しくば、直ちに『混血のユウト』を差し出せ! 彼女とユウトの交換を要求する!」


「ふざけるなっ……!」


 怒りで頭が真っ白になった。視界の端が赤く染まる。 俺は城壁から飛び降り、そのまま敵陣へと突っ込みそうになった。マーヤを攫った奴らを、今すぐこの手で粉々に砕いてやりたい。 だが、その体は背後から強引に引き止められた。


「落ち着いてください、ユウトさん!」


 オウゼンさんが俺を羽交い締めにしていた。

 

「放せ! マーヤを助けに行かなきゃいけないんだ! あの野郎ども、殺してやる!」


「今突っ込めば、彼女が真っ先に殺されます! それが分からないのですか!」


 オウゼンさんの一喝に、俺はハッと息を呑んだ。 改めて草原に立つマーヤの姿を見た。

 

 彼女は縛られ、喋ることさえできない状態だった。けれど、その目は死んでいなかった。 悲壮感なんて微塵もない、強く、真っ直ぐな瞳。 (ユウト、落ち着いて) 彼女がそう言っているような気がして、俺はゆっくりと肩の力を抜いた。


「……何か、方法があるはずです。一度中で話し合いましょう。」


 オウゼンさんの言葉に、俺は無言で頷いた。 オウゼンさんは門下生の一人に、陣十郎様へ至急報告するよう命じた後、俺を促して砦の二階にある会議室へと向かった。


 俺は窓の外の敵を威嚇するように睨みつけながら、風の魔法を使って返答を返した。

 

「……少しの間、協議する。そこで待っていてくれ。」


 会議室の扉の閉まる音がやけに大きく聞こえた。

 

「……これは大変なことになりましたね。戦況はこちらが圧倒的に押していただけに、非常に残念です。」


 オウゼンさんが沈痛な面持ちで椅子に座る。

 

「セイチョウ様やシュハク様の部隊からも、敵の迂回部隊を順調に各個撃破しているという報告が入っていました。……まさか、こんな絡め手を使ってくるとは」


「なんで……なんでマーヤが人質に取られたんですか!?」


 俺は堪えきれずに怒鳴り声を上げた。

 

「彼女は後ろの、一番安全な場所にいたはずでしょ! 治療所の警備はどうなってたんだ!」


「……申し訳ありません。それについては、私にも分かりかねます。」


 オウゼンさんは力なく首を振った。

 

「警備の網を掻い潜って侵入したのか、あるいは……」


「あるいは、なんだよ!」


「……いえ、今は原因を追及しても意味がありません。問題は、この要求にどう応えるかです。」


 オウゼンさんは一呼吸置くと、氷のように冷徹な瞳で俺を見た。

 

「私個人の意見を申し上げます。……この交渉、受けるべきではないでしょう。」


「は……? なんだって……?」


 耳を疑った。今、この人は何と言った?

 

「マーヤさんは確かに貴重なファミル族であり、里にとっても得難い貢献をしてくれました。しかし、それ以上にユウトさん、あなたの存在価値は断然高い。」


 オウゼンさんは淡々と論理を積み上げていく。

 

「あなたが敵の手に渡れば、里の防衛力は激減し、逆に王国軍はあなたの強大な魔法を手に入れることになる。一人の治癒師と、戦況を左右する魔術師。天秤にかけるまでもありません。今回の交渉は、こちらに一切の利がないのです。」


「お前っ……!!」


 気づけば、俺はオウゼンの胸ぐらを掴み上げていた。

 

「マーヤを見殺しにするっていうのか! 彼女がどれだけ頑張ってきたか、お前だって見てただろ!」


「……ええ。ですが、これは戦争なのです。仕方のない犠牲というものは存在します。」


 ドゴォッ!


 俺の右拳が、オウゼンの頬を捉えていた。 彼は抵抗することなくその一撃を受け、床に転がった。俺の拳にじんじんとした鈍い痛みが走る。


「『仕方のない犠牲』なんて言葉で、片付けるな……。俺は、彼女を助けるためにここに来たんだ。彼女がいない世界なんて、守る価値もねぇんだよ!」


 床に倒れたまま、オウゼンさんは口元の端を拭い、小さく笑った。

 

「……熱いですね、ユウトさん。ですが、その怒りもまた、交渉のエネルギーになります。」


「何が言いたいんだよ。」


「……私は、最悪を想定して発言したまでです。」


 オウゼンはゆっくりと立ち上がり、乱れた着物を整えた。

 

「各戦線において、我らが神後流は圧勝しています。敵軍の損害は甚大で、もはや彼らには後がありません。この『圧倒的な勝利』という事実こそが、最大の交渉材料になります。」


 オウゼンは地図を広げ、指で一点を示した。

 

「マーヤさんを無傷で取り戻す道は、まだあります。そのためには、こちらが有利な条件を突きつけ、相手を揺さぶる必要があります」


 そこから、俺とオウゼンの作戦会議が始まった。 といっても、俺には難しい交渉術なんて分からない。オウゼンから、どの手札をどのタイミングで切るべきか、相手の心理をどう突くべきか、徹底的にレクチャーを受けた。

 

「いいですか、ユウトさん。あなたは『交換に応じる気がある』と見せかけつつ、決して主導権を渡してはなりません。相手が焦り、妥協せざるを得ない状況を作るのです。」


 そして、オウゼンは困ったように眉を下げた。

 

「……一つ問題があります。先ほどの激しい戦いで、里の風の魔法使いたちがのきなみ魔力切れを起こしてしまいました。広い戦場に声を届ける風の魔法を使えるのは、今、ユウトさん、あなたしかいないのです。」


「……つまり、俺が交渉の矢面に立てってことですね。」


「はい。あなたの声で、彼女の運命が決まります。」


 俺は拳を強く握りしめた。右手の痛みは、まだ消えていない。 けれど、その痛みが俺に教えてくれる。俺が今、何をすべきなのか。


「……やってやるよ。俺の力で、マーヤを取り戻す。」


 俺は会議室を飛び出し、再び城壁の上へと駆け上がった。

 

 朝日が草原を照らし、影が長く伸びている。 城壁の端に立ち、喉の奥に魔力を凝縮させ、俺は王国軍の、そしてあの不気味な笑みを浮かべているであろうジェクトに向かって、咆哮のような声を放った。


「交渉の席を用意しろ! 俺が相手になってやる!」


 俺の声は、霧深い山々にこだました。

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