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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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41. 里の防衛能力

 俺が砦の最上段にある城壁へと辿り着くと、そこには冷ややかな朝の空気が満ちていた。

 

 東の空が白み始め、夜の闇がゆっくりと薄い群青色へと溶けていく。城壁の端には、蕉風流の師範オウゼンさんが立ち、険しい表情で遥か川下の方を凝視していた。


「オウゼンさん、今どうなっていますか?」


 俺が隣に並んで声をかけると、彼は視線を外さずに答えた。

 

「陣十郎様がおっしゃった通り、すぐには攻めてきませんね。夜明け前にあの軍隊が姿を見せたと思ったら、あそこでピタリと止まり、そこから一歩も動かないのです。」


 オウゼンさんが指差す先、魔法が届くか届かないかの微妙な距離に、松明の火が海のように広がっていた。そこにはゲリスで嫌というほど見たベルモンド家の紋章、そして見たことのない王国の紋章を象った巨大な旗が、朝風に煽られて不気味にはためいている。

 

 背後では、弓部隊と魔法部隊の面々が、いつでも引き金を引けるような極限の緊張感をもって待機していた。


「偵察隊の報告では軍勢は一万五千を超えると聞いていましたが、ここから見る限り、せいぜい五千人ほどといったところでしょうか。」


 オウゼンさんの言葉に、俺も目を細める。確かに、視界に入る範囲ではそれほどの数には見えない。

 

「残りの一万はどこに……。やっぱり、この部隊は囮で、左右の山から攻めてくる部隊があるんでしょうか。」


「おそらく。しかしそちらはセイチョウ様とシュハク様の部隊が万全の体制で待ち構えています。我々は、目の前の敵を里へ一歩も踏み込ませないことだけに集中しましょう。」


 オウゼンさんの凛とした声に、周囲の門下生たちの士気が目に見えて上がるのが分かった。

 

 その時、沈黙を守っていた敵の軍勢から、一人の男が前に躍り出た。彼は手に持った杖を掲げると、風の魔法に声を乗せて、戦場全体に響き渡るような大声で叫んだ。


「ただいまをもって、日の出を迎えたこととする! 我がベルモンド家および王国の要求を黙殺した貴様らは、もはや明白なる逆賊である! 封書の内容通り、これより討伐を開始する!」


 男が宣言を終えると同時に、背後の五千の軍勢から、地を揺るがすような勝鬨が上がった。

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 いよいよ始まる。俺は掌にじわりと汗が滲むのを感じ、拳を強く握りしめた。

 

 敵の軍勢は、まるで見せつけるかのような整然とした隊列を組み、ゆっくりとこちらへ向かって進軍を開始した。それは軍事パレードのように優雅で、しかし確実な死を運んでくる巨大な鉄の塊のようだった。

 

 だが、砦を守る味方は誰も動かない。


「なぜ攻撃しないんですか!? 奴ら、もうすぐそこまで!」


 俺が焦れて問うと、オウゼンさんは苦い顔で首を振った。

 

「遠すぎるのです。我々の矢も、魔法部隊の攻撃も、あそこまでは届きません。」


 ……そうか。この世界の魔法の射程には限界がある。風の魔法でブーストしても、あそこまでは届かないのか。

 

 だが、俺ならどうだ?

 

「俺の魔法なら、届くかもしれません。攻撃します!」


 俺がそう宣言すると、周囲から「おおっ!」という驚きと期待の混ざった声が上がった。

 

 俺は右手を前に突き出し、意識を集中させる。イメージするのは、最前線の一歩手前。

 

「風よ、火を運べ!」


 右手に膨大な魔力を凝縮させ、風の勢いに乗せて特大の火球を放った。火球は尾を引きながら朝の空を切り裂き、敵軍の最前列のわずか数メートル手前に着弾した。

 

 ドォォォォォォン!

 

 凄まじい爆発音と共に、炎が帯状に燃え広がる。最前線にいた兵士たちは、予期せぬ遠距離攻撃に肝を潰し、悲鳴を上げながら一歩後ずさった。


「敵の進軍、止まりました!」


「素晴らしい飛距離だ、ユウトさん!」


 周囲が沸き立つが、俺の手は止めない。これで終わりじゃない。

 

「もっと派手に行くぞ……巻き上げろ!」


 俺は燃え盛る炎に向かって、さらなる風の魔法を叩き込んだ。炎は風に煽られて巨大な渦となり、十数個の火災旋風へと姿を変えた。生き物のようにのたうつ炎の竜巻が、逃げ惑う敵軍の列へと襲いかかる。

 

「ぎゃあああああああ!」 「助けてくれ、熱い、熱い!」


 燃え上がる火柱によって敵の姿が見えなくなる。数十秒後、竜巻が収まったあとに残されていたのは、真っ黒に焼け焦げた数十人の死体と、恐怖に震え上がる兵士たちの姿だった。

 

「う……、げ……」


 鼻を突く、肉が焼けるような嫌な臭い。俺の胃の腑が激しくせり上がった。 ……これを、俺がやったのか? アニメや漫画の世界じゃない。俺が、この手で、人を……。


 しかし、俺の感傷をかき消すように、城壁の上では大歓声が巻き起こった。

 

「素晴らしいです、ユウトさん! 敵が完全に浮き足立っていますよ!」


 オウゼンさんの称賛の声。だが、その直後だった。


 ガンッ!! 鼓膜を突き破るような衝撃音と共に、巨大な氷の刃が俺のすぐ横の城壁に突き刺さった。石造りの壁が粉々に砕け、破片が頬を掠める。

 

「魔法……!? 今の、どこからだ!」


 続いて、今度は空を埋め尽くすほどの小さな氷の刃が、雨のように降り注いできた。

 

「危ない! 防御しろ!」


 俺は叫びながら、瞬時に土の屋根を築き上げた。

 

 ガガガガガッ!

 

 と激しい音がして、氷の刃が土壁に突き刺さる。中には貫通してくるものもあり、俺たちは身を縮めて耐えるしかなかった。


「どっから撃ってるんだよ、くそっ!」


 俺は屋根の隙間から目を凝らした。川下の本隊ではない。視線を巡らせると、右側の山の中腹に、不自然な光の揺らめきが見えた。

 

「あそこだ! 山の中腹に魔術師が潜んでる!」


「隠れて撃つなんて、いい度胸してんじゃねぇか……お返しだ!」


 俺は狙いを一点に定め、魔力を練り上げた。今度は火ではなく、土だ。


「喰らえっ!」


 先端をドリル状に尖らせた土の礫を、数千個、一斉に山の中腹へと浴びせた。

 

「行けぇぇぇぇ!」


 土の雨が森林を薙ぎ払い、潜伏ポイントを完膚なきまでに叩き潰す。氷の攻撃はピタリと止まった。相手を倒せたかは分からないが、少なくとも狙撃の邪魔はできたはずだ。


 すると、俺の攻撃を合図にしたかのように、それまで立ち往生していた敵の大軍が、なりふり構わず突撃を開始した。

 

「突っ込め! 数で押し潰せ!」


 死に物狂いで走ってくる敵兵に対し、俺は氷、土、炎の雨を次々と降らせた。しかし、五千という物量は凄まじい。俺一人では捌ききれない数に、敵がどんどん砦へ迫ってくる。


「魔法部隊、放て!」


 オウゼンさんの号令が響いた。 風の魔法使いとペアを組んだ里の魔術師たちが、一斉に魔法を放つ。俺のような超火力はないが、息の合った連係攻撃が敵の足を確実に止めていく。


「弓部隊、用意……撃てっ!」


 続いて放たれたのは、数千本の矢の雨だった。砦の高さという絶対的な優位から放たれる矢は、重力に従って加速し、盾を構えていない敵兵を次々と地面に縫い止めていく。


 突撃してきた敵軍は、砦の防衛ラインを突破できず、死体の山を築くだけに終わった。

 

「退け! 一旦引くんだ!」


 無理だと悟った敵兵たちが、俺の魔法が届かない場所まで蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていく。

 

 再び、戦場に沈黙の睨み合いが戻った。敵軍の数は、最初の半分近くまで減っていた。対して、こちらの死者はゼロ。負傷者もほとんどいないという、圧倒的な勝利だった。


「……ふぅ。一回戦終了、かな。」


 俺は肩で息をしながら、手すりに寄りかかった。


 一方で西の山の中では斬刃流の剣士たちが回り込む兵士らと戦っていた。


--- (コルン視点) ---

 俺はやぶの中に身を潜め、心臓の鼓動を抑えていた。

 

 初めての、本物の戦。握った刀の柄が、手汗で滑りそうになる。

 

「大丈夫だ、コルン。セイチョウ様が仰った通りに動けば、負けることはない。」


 前方にいる頼もしい先輩剣士の背中を見て、自分に言い聞かせる。


 不意に、大勢が落ち葉を踏みしめて走ってくる音が聞こえてきた。

 

「来た……!」


 前方の茂みから、激しい金属音と悲鳴が上がる。それは先輩たちが敵と接触した合図だった。悲鳴は敵のものだ。味方の声ではない。俺は少しだけ安堵した。


 カサッ、とすぐ近くの枝が鳴った。 俺の方へ近づいてくる足音。

 

 今度は俺の番だ。

 

 やぶを掻き分けて現れたのは、ホルミ族の若い男性兵士だった。彼は不慣れな山道に足を取られ、必死に周囲を警戒している。 俺は極限まで息を殺し、彼が間合いに入った瞬間、獲物を狙う肉食獣のように飛び出した。


「はぁっ!」


 相手は驚愕に目を見開き、逃げようとして背を向けた。 俺は迷わず、その背中を袈裟斬りに斬り捨てた。

 

「ぐ、あああああ……っ!」

 

 男は大量の血を噴き出し、うめき声を上げながら地面に転がった。数秒後、その身体から力が抜け、動かなくなった。


 俺は……人を殺した。 震える手で、返り血のついた刀を見つめる。

 

 ……いや、これは里を守るための聖戦なんだ。俺は剣士だ。こんなことで立ち止まってはいけない。

 

 俺は必死に感情を押し殺し、再びやぶの中へと息を潜めた。俺にできるのは、ただ目の前の敵を排除することだけだ。


--- (セイチョウ視点) ---

「ふむ、わが門下生たちは、よくやっているな。」


 ワシは戦場の少し後方から、戦況を見守っていた。

 

 こちら側へ回り込もうとした敵兵の中に、一人として俺たちの包囲網を突破した者はいない。 門下生たちの剣術が卓越しているのか、あるいは相手の兵士たちがそれほどまでに脆弱なのか。いずれにせよ、戦況は驚くほど順調に進んでいた。負傷者の報告も入っているが、重傷者はほとんどいないという。これならマーヤたち治療班への負担も少なくて済むだろう。


「……だが、あまりにも上手くいきすぎているな。」


 ワシは顎を撫でながら、拭いきれない違和感を感じていた。

 

 陣十郎先生の策が完璧なのは分かっている。だが、相手の指揮官は、これほど単純な愚策を繰り返すような無能なのか? 正面の囮部隊、そして左右の山からの迂回部隊。あまりにも教科書通りだ。

 

「もし、これらすべてがさらに大きな『囮』だとしたら……?」


 しかし、これ以上の攻撃ルートは存在しないはずだ。

 

 砦は蕉風流とユウトが封じている。山道は我々とシュハクの部隊が完全に掌握している。

 

「空からでも来ない限り、里への侵入は不可能だ。……あるいは、俺たちの目が届かない場所に、最初から敵が紛れ込んでいたのか?」

 

 ワシはこの作戦に自信を持ちながらも、静かに忍び寄る不気味な予感に、刀の柄をきつく握り直した。


--- (マーヤ視点) ---

 臨時医局の天幕には、次々と負傷者が運び込まれていた。

 

「はい、青い袋の薬を飲んで! 傷口は私が魔法で塞ぎますから!」


 運び込まれてくるのは、主に西と東の山で戦っている斬刃流や水鏡流の人たちだった。

 

 幸いなことに、彼らに悲壮な空気はなかった。むしろ、興奮気味に「俺は三人斬ったぞ!」とか「王国の兵士なんて赤子同然だ」といった自慢話が飛び交っているほどだった。

 

「マーヤちゃん、ありがとうな! おかげでまた戦場に戻れるぜ!」


「無理しないでくださいね!」


 軽傷の門下生たちを送り出し、私は額の汗を拭った。来る人は多いけれど、みんな私の治癒魔法ですぐに快復して戻っていく。死者も出ていない。これなら、このまま勝てるかもしれない。


 そんな時だった。一人の門下生が慌てて天幕に駆け込んできた。

 

「サリアンさん、マーヤちゃん! 西の沢で、斬刃流の先輩が大怪我をしました! 足を深くやられて、ここまで歩けません! すぐに来てください!」


「なんですって!? 分かったわ、私が行く!」


 サリアンさんが救急鞄を掴んで立ち上がった。

 

「マーヤちゃんは、ここを守っていて。ランマ様の言いつけ通り、誰か一人は必ずここに残っていないとダメだからね。」


「分かりました! 気をつけてください、サリアンさん!」


 サリアンさんは門下生に連れられ、飛ぶような速さで天幕を出ていった。

 

 一人残された天幕の中。 外からは遠くの勝鬨や魔法の爆発音が聞こえてくるが、この場所だけは不気味なほどに静まり返っていた。まるで、世界に私一人だけが取り残されたかのような、嫌な沈黙。

 

 ランマ様のあの「医局を作ったなら、一人はいて」という言葉が、不意に耳の奥で再生された。あの時の彼の真顔が、今はなぜか警告のように思えて、私の背中に冷たい汗が流れた。


 ガラガラ……。 天幕の入り口の布が揺れた。

 

「お~い、だれかいるか~?」


 誰か戻ってきたの? 私は安堵して外へ飛び出した。

 

「はい! いますよ、どうされました……」


 言葉が、途中で凍りついた。 目の前に立っていたのは、見慣れた道着の仲間たちではなかった。 見たこともない冷徹な意匠の鎧を纏い、顔の半分を覆う不気味な面をつけた二人組の男たち。彼らの腰には、血のついた鋭い真剣が差されていた。


「っ……!? あなたたちは……」


 一人の男が、電光石火の早業で刀を抜き、その切っ先を私の喉元に突きつけた。

 

「おい。マーヤを出せ。」


 低く、感情の欠落した声。あまりの恐怖に、私は声が出なかった。

 

「え、え……、あ……」


「早くしろ!!」


 男が怒鳴り、刀の重みが喉に食い込む。私は震える唇を必死に動かした。

 

「……えっと、マーヤは……私です……」


 男たちは面の下で、嫌な笑みを浮かべた。

 

「こりゃあ、ちょうどいい手間が省けた。お嬢ちゃん、おとなしくついてこい。逃げようとしたり、変な魔法を使おうとしたら……どうなるか、分かってるよな?」


 男の一人が私の腕を乱暴に掴み、背負い袋のように担ぎ上げた。

 

「嫌! 助けて! ユウト! サリアンさん!」


 私が叫ぼうとした瞬間、口を硬い布で塞がれた。 視界が上下に揺れる。彼らは里の警備を完全に嘲笑うかのような迷いのない動きで、林の奥へと消えていった。


 戦場の狂騒の裏側で、私は何者かの手によって、人知れず拉致された。

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