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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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39. 行軍の裏側

 数か月前....

 

 ゲリスの領主ベルモンド家の一番槍、ジェクトは、執務室の窓からどんよりとした曇り空を見上げ、深く溜息をついた。


 一か月前、港で氷狼を焼き尽くすほどの火柱を上げた混血の男、ユウト。そして彼を連れて逃亡したファミル族の少女、マーヤ。二人の行方は、依然として杳として知れなかった。


--- (ジェクト視点) ---

「……あれだけの騒ぎを起こしておきながら、地面に吸い込まれるように消えおって。」


 俺は机の上に広げられた地図を指でなぞる。ゲリスからバークワクトへと続く街道沿いの宿場町、そこから集まってくる報告書は、ある地点を境に劇的な変化を見せていた。「キンミ族の男とファミル族の女を見た」という目撃証言が、街道の中ほどでパタリと途絶えていたのだ。


 俺は自ら馬を飛ばし、その証言が途切れた宿場町へと向かった。そこで、各宿の台帳や門番の記録を洗い直し、一つの事実に辿り着いた。


「黒髪のキンミ族はいなくなったが、代わりに『青髪のホルミ族』の男が、ファミル族の女を連れて現れている……」


 あの若造、髪を染めおったか。 キンミ族であることに誇りを持たぬ、薄汚い混血ならではの発想だ。しかし、その浅知恵のおかげで、連中の逃走ルートは明確になった。二人は間違いなくバークワクトへと向かっている。


 俺は即座に国境警備隊へ早馬を飛ばした。

 

「ホルミ族の男とファミル族の女の二人組だ。絶対に国外へ出すな。ジョグリブ王国側へ逃げ込まれれば、こちらの捜査権は及ばなくなる。何としても国境で食い止めろ!」


 当時、東の国境付近では隣国ジョグリブとの小競り合いが頻発しており、警備隊は大幅に増員されていた。鼠一匹通さぬ網を張った。すぐに見つかる、そう確信していた。


 しかし、一週間経っても、二週間経っても、国境からの吉報は届かなかった。


「……あり得ん。あの若造どもに、熟練の警備兵の目を盗む術などあるはずが……」


 俺は地図を睨みつけ、もう一つの、考えたくもない可能性に思い至った。 バークワクトから西。広大な農村地帯の先にある、峻烈な山脈。


「まさか、西に逃げたのか……?」


 バークワクトから西の宿場町や農村に密偵を放つと、すぐに情報が上がってきた。二人の男女が、各地で「霧山」のことについて聞いて回っていたというのだ。


「馬鹿な。あの山は、生きて帰れる場所ではないぞ。」


 だが、調べれば調べるほど、二人が西を目指した痕跡は色濃くなっていった。連中も山の険しさは承知していたらしく、村々で案内人を熱心に探していたという。しかし、折しも収穫期の真っ只中。日々の糧を得るのに必死な農民たちが、命の保証もない霧山への案内など引き受けるはずもなかった。


 ただ、一人だけ。連中を案内した男がいた。


 俺は村外れの粗末な小屋で、ジャジという名の若い男を問い詰めた。彼は俺の威圧感に怯えながらも、ポツリポツリと真実を話し始めた。


「……ああ。確かに数週間前、青い髪の男とピンク色の髪の娘を、山の中腹まで案内したじゃ。……おらは、椎茸採りがあったから、そこでお別れしただども……」


「連中はどこへ向かおうとしていた?」


「……知らねぇ。だども、二人はおらと別れた後、迷わず山の頂上の方へ向かって歩いていったべさ。……気ぃ付けるんだぞ、って言ったんだけどよ……」


 ジャジの証言で確信に変わった。 二人が霧山で死んだ可能性も低くはない。だが、もし生きているとするならば、その行き先は一つしかない。


 霧山の向こう側。絶大な剣術を誇り、いかなる王国にも服従を誓わぬ武装集団の拠点。 ベルモンド家の領地内にありながら、支配を拒み続ける不遜なる地。


「……『霧の里』か。」


 俺はゲリスへと戻り、ベルモンド様に事の次第を報告した。

 

「二人は『霧の里』へ逃げ込んだものと思われます。あそこは自然の要害に守られた天然の砦。生半可な手勢では、入り口で返り討ちに遭うでしょう。」


 ベルモンド様は苦渋に満ちた表情で沈黙された。 里の連中は厄介だ。かつてのマリタンの誓い以来、この大陸では大きな戦争は起きていない。だが、あの里だけは独自の規律を守り、領主の命令さえも平然と聞き流す。力でねじ伏せようにも、彼らの剣術は一騎当千。下手に手を出せば、こちらが火傷を負う。


 そんな折だった。国王陛下からの使者が、巨大な龍に跨ってゲリスへと降り立った。彼らは龍使者と呼ばれる国王直属の伝令部隊だ。


「陛下は、混血の男が操る多彩な魔術に、並々ならぬ関心をお持ちである。何としても生け捕りにし、王都へと連行せよ。」


 龍使者がもたらした王命は、あまりにも一方的で、傲慢なものだった。 生け捕りだと? あの里の剣士たちを相手に、生け捕りなどという手ぬるい真似ができると思っているのか。しかも王都まで運べという....


 ベルモンド様は深々と頭を下げ、使者に答えた。

 

「陛下のお心、重々承知いたしました。しかし、あの里を制圧するには、今の我が軍では兵が足りませぬ。何卒、援軍の要請をお願いしたく存じます。」


 使者は「よかろう。」と短く応じ、再び龍の背に乗って空へと消えていった。


 それから数週間の間に、状況は急速に動き始めた。 霧の里に二人の男女が滞在しているという、確かな証拠が密偵からもたらされた。

 

 そして、王都からは援軍が到着した。


「私が、陛下より遣わされたヘルシャーです。以後、お見知りおきを。」


 現れたのは、豪奢なローブを纏った一人の女性魔術師だった。その胸元には、冒険者組合で言うところの「梅」の位を示す、鈍く光る銅の紋章が刻まれていた。 梅の位。それは、一人の魔術師で一般兵一千人にも匹敵すると謳われる、最高峰の戦力だ。彼女が来たということは、陛下は本気なのだ。


 だが、依然として歩兵の数は不足していた。

 

「東の国境がジョグリブとの緊張で張り詰めている今、正規軍をこれ以上引き抜くことはできん。……ならば、民を使うしかない。」


 ベルモンド様の決断は早かった。 翌日、各地の高札場に、新たな布告が掲げられた。


『霧の里、重大犯罪者を組織的に隠匿。彼らは王国の平和を乱す反対勢力であり、全土の脅威である。正義の名の下に、これらを討伐せよ!』


 この広報戦略は劇的な効果を上げた。 これまで「得体の知れない遠くの場所」でしかなかった霧の里が、凶悪な犯罪者を守る「悪の拠点」へと書き換えられたのだ。

 

 俺が各地にばら撒いたキンミ族の混血男への恐怖心も、民衆の怒りに火をつけた。


 翌日から、各地から志願兵がゲリスへと殺到した。訓練場は、にわか仕立ての武器を手にした若者たちで溢れかえった。


 ベルモンド様は、訓練場の様子を眺めながら俺に仰った。

 

「ジェクトよ、お前の働きは見事だ。以前から犯罪者の情報を広く周知させていたことで、民の目が『里』という共通の敵に向いた。これで大義名分は整ったな。」


 そして、運命の行軍が始まった。


 霧の里から流れ出るメディス川の下流、広い河原に、一万五千という膨大な数の兵が集結した。 天幕がひしめき、焚き火の煙が空を覆う。

 

 数だけを見れば、圧倒的な大軍勢だ。 だが、俺はその光景を冷ややかな目で見つめていた。集まった兵のほとんどは、戦に出たこともない素人、農民の次男坊や、職を失ったキンミ族だ。


 対する里には、物心ついた頃から剣だけを磨いてきた精鋭たちが揃っている。 まともにぶつかれば、一万五千の命は瞬く間に刈り取られるだろう。


「……頼みは、ヘルシャー様だけか。」


 俺は天幕の中で、ヘルシャー様に問いかけた。

 

「ヘルシャー様。あなたの魔法は、最大でどこまで届きますか?」


「だいたいここから川向こうまで届くわ。でも、もっと高いところから放てば、射程はさらに伸びるでしょうね。」


 彼女は爪を弄びながら、退屈そうに答えた。 なるほど、高さか。 我々は下流から上流へと、山を登りながら攻めなければならない。高度の利は確実に向こうにある。これは厳しい戦いになる。


 偵察隊の報告によれば、里の入り口となる山の狭間に、強固な石積みの砦が築かれているという。決戦の場は、その砦になる。


 俺は地図を広げ、全隊長を集めて作戦を告げた。

 

「正面から全軍を突撃させるように見せかける。これは囮だ。その隙に、砦の脇から険しい山を越え、里の内側へ侵入する。……策としては古臭いが、この素人集団を動かすにはこれが限界だ。」


 俺は兵を三つに分けた。 中央の正面から攻める「囮部隊」。 東の険しい斜面を登る「東部隊」。 そして、西の森を抜ける「西部隊」。 正規軍から辛うじて引き抜いてきた三人の上位兵にそれぞれの指揮を任せ、俺は全体の指揮を執ることにした。ヘルシャー様には、戦況に応じて自由に動いてもらう。


 そして、出陣の朝。 俺は全軍を前に、お立ち台の上へと上がった。 数千、数万の視線が俺に注がれる。中には、恐怖で震えている若い兵もいた。


 俺はこんな大勢の前で演説をするのは得意じゃないが、戦いにおいて士気がどれほど大事かを知っていた。


 俺は大きく息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。


「野郎ども、よく聞け! あの山の向こうには、忌まわしき重大犯罪者と、それを匿い続ける不届きな反逆者たちがいる! 彼らはベルモンド様の慈悲を拒み、我らの平和を根底から覆そうとする賊だ! 我々の力を見せつけ、奴らを一人残らず屈服させようではないか!」


「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」


 地鳴りのような勝鬨が上がった。 壇上から見下ろす兵たちの顔。皆、高揚と狂気に目を血走らせている。 俺は、この中の何人が明日、生きてこの川を見ることができるだろうかと考えた。


 ……いや、考えるな。 俺は彼らに「死ね」と命じる指揮官だ。やるせない気持ちなど、戦場には不要だ。 俺の目的はただ一つ。あの混血の若造を捕らえ、ベルモンド家と王国の威光を示すこと。そのためなら、一万五千の命さえも、単なる数として扱う。それが、戦争というものだ。


 俺は壇上を降り、天幕へと戻った。 中では、右腕のベクターが静かに待機していた。


「ベクター。霧の里へ、この書簡を使者とともに送れ。」


 俺は用意していた封書を差し出した。

 

「明日の日の出までに、犯罪者の引き渡しと降伏の返事がなければ、交渉決裂と見なす。その瞬間に、攻撃を開始する。」


「……承知いたしました。」


 ベクターは重々しく頷き、書簡を手に天幕を出ていった。


 一人になった俺は、鎧の留め金を確認し、腰の剣を静かに抜いた。 研ぎ澄まされた刀身に、自分の冷徹な目が映る。


「……ユウト。運命の時は、もうすぐだ。」


 俺は、万が一の事態に備えた裏の策の準備を始めた。

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