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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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35. 事件の影響

— (シュラ視点) —

 大会が終わり、空が茜色に染まり始めた頃、俺は父であるシュハクから短く告げられた。


「陣十郎先生がお呼びだ。共に参るぞ。」


 その言葉に、俺の背筋に冷たいものが走った。決闘の結果は、里の長である陣十郎様の圧倒的な勝利に終わった。ユウトの増長を挫き、剣の威光を示したはずだ。それなのに、なぜ今、自分が呼び出されなければならないのか。


 二人は陣十郎様の屋敷へと向かい、いつもの重厚な襖をくぐった。謁見の間には、既に陣十郎が奥の一段高い席に腰を下ろしていた。広々とした室内には静寂が満ちており、一本だけ焚かれた香の煙が、ゆっくりと空中に輪を描いている。


 陣十郎様を挟むようにして、俺とお父様が畳の上に膝を突いた。部屋にはこの三人しかいない。あまりの静けさに、自分の心臓の音が外まで聞こえているのではないかと錯覚するほどだった。


「シュラ。どうしてここに呼ばれたか、自分なりに心当たりはあるか。」


 陣十郎様の低く、地を這うような声が響いた。威圧感。それだけで呼吸が苦しくなるような圧力が俺を襲う。


「いえ……正直に申し上げまして、分かりかねます。」


 俺が絞り出すように答えると、隣に座るお父様から、深く重い溜息が漏れた。それが俺の不安をさらに煽る。


「お前はユウトの監視役として、常に奴に付き添っていた。そうだな?」


「はい。間違いありません。」


「では、何故ユウトの異変に気づけなかったのだ。」


 陣十郎様の鋭い眼光が、俺の額を射抜く。


「奴はわが水鏡流の門下生に次々と決闘を仕掛け、ついには魔法を乱用して暴れるに至った。しかし、お前が父であるシュハクに報告したのは、シュハクから問いただされた時だったはずだ。違うか?」


 額から冷や汗が流れ、畳の上に一滴、小さな染みを作った。陣十郎様の声は一段と冷たさを増していく。


「もう一度問う。何故、気づかなかった?……それとも、気づいていてわざと見過ごしていたのか?」


「そ、それは……」


 俺は頭を高速で回転させた。どう言えば、この窮地を脱することができるか。責任を回避し、自分を正当化するための言葉を必死に手繰り寄せる。


「えっと……水鏡流の仲間たちや、熟練の上段者の方々であれば、ユウトなどすぐに打ち負かしてくれるものと信じておりました。それゆえ、わざわざお耳を汚すまでもないと判断し、報告が遅れてしまいました。」


 苦し紛れの言い訳だった。言葉を紡ぐほどに、自分の声が情けなく上ずっていくのが分かった。


「理由になっていないぞ、シュラ。」


 陣十郎様の言葉が、鋭い一撃となって胸に突き刺さった。


「例え、誰かがユウトを打ち負かしていたとしても、彼が魔法を使ったという事実そのものが問題なのだ。里の秩序を乱し、剣術の聖域に異端の力を持ち込ませた。そして実際には、誰もユウトに勝てず、このわしが直接対応せざるを得なくなった。……今回の不手際、お前にも重大な責任があると考えている。」


「……はい。深く反省しております。」


 俺は深く頭を下げた。だが、陣十郎様の追及はまだ終わっていなかった。


「ほう。では聞くが、お前は今回の件で、己のどこに落ち度があったと考えておるのだ」


「はい。偏に私の報告漏れでございます。ユウトの監視という大役を仰せつかりながら、その職務を軽んじ、徹底できておりませんでした。」


 俺が反省の言葉を並べ立てるが、陣十郎様はそれを鼻で笑った。


「……それだけか」


「……それだけ、と申しますと?」


「お前は、まだ重大な情報を隠している。……違うか?」


 その一言で、俺の心臓が跳ね上がった。全身の毛穴が開き、冷たい汗が噴き出す。


「さ、さぁ……? 私には、何のことか分かりかねますが……」


 動揺を隠そうとすればするほど、挙動が不自然になる。陣十郎様はそんな俺の醜態を、憐れむような目で見つめていた。


「水鏡流のある門下生から、確かな証言があったぞ。……お前がユウトと戦っているところを見たとな。それも、奴が周囲に決闘を申し込み始める、前日の話だ。」


 陣十郎様の言葉に、隣のお父様がハッと息を呑むのが分かった。父さえも知らない事実。俺は絶望の淵に立たされた。もはや、隠し通すことは不可能だった。


「……本当か、シュラ。」


 お父様の掠れた声が、俺の背中を突いた。


 俺は畳を強く握りしめ、観念したようにすべてを吐き出した。


「……はい。間違いありません。私は、ユウトと決闘を致しました。……おそらく、奴が魔法を使って挑んだ最初の相手は、私です。」


「なぜ、決闘を受けた?」


 陣十郎様の問いに、俺は屈辱を噛みしめながら答えた。


「ユウトに煽られたのです。『俺はシュラに勝てる』と……。この地に来たばかりの若造にそこまで言われて、剣士として黙っているわけにはいきませんでした。カッとなってしまい、気づけば剣を抜いておりました。」


「決闘を受けたこと自体を責めるつもりはない。剣士として侮られることは、死に等しいからな。」


 陣十郎様はそこまでは認めたが、その後の言葉は苛烈を極めた。


「だが、なぜその事実をわしにも、父であるシュハクにも隠した?負けたからか?」


 俺は顔を上げることができなかった。


「……はい。完膚なきまでに叩きのめされました。魔法を操る奴の前に、私の剣術は何の役にも立ちませんでした。……そのような無様な姿をさらすのが恐ろしく、ためらってしまいました。」


 沈黙が流れた。お父様は、ダメな息子を持って申し訳ないという顔で、ただじっと床を見つめていた。


「はぁ……。やはり、そんな理由か。」


 陣十郎様の声には、怒りよりもむしろ深い失望が混じっていた。


「シュラ。お前には、以前から大事な情報を己の都合で取捨選択し、隠匿する癖がある。その度に、父であるシュハクにどれほどの泥を塗り、迷惑をかけてきたか分かっているのか。」


「それは……」


 反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。自分が里の正義のために良かれと思ってやってきた情報操作。それが、陣十郎の目にはただの保身と不誠実に映っていたのだ。


「シュハクの息子ということで、これまで多少は甘く見ておったが、それが間違いだったのかもしれん。」


 陣十郎様はぼそりと、独り言のように呟いた。その言葉は、俺のこれまでの努力やすべてを否定するような冷酷な響きを持っていた。


 俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。何かを言い返さなければならない。自分の正当性を、未来を守るために。しかし、喉が激しく収縮し、酸素が脳まで届かない。自分が招いた最悪の結果。それを、本能的な恐怖と共に理解してしまった。


「シュハク。新しい連絡係を決めよ。早急にな。」


 陣十郎様の宣告に、お父様が重々しく答えた。


「……かしこまりました。直ちに手配いたします。」


 その瞬間、俺の時計は止まった。連絡係という、次期師範候補としての登竜門とも言える役職を剥奪されたのだ。それは里の中枢から、そして将来の約束された地位から、真っ逆さまに突き落とされたことを意味していた。


 陣十郎様の屋敷を出て、道場へと戻る道を、俺は放心状態で歩いていた。


「シュラ。今回の件を深く反省し、これからは誠実に生きるのだぞ。」


 背後から聞こえてくる父の言葉も、今の俺の心には一滴の雫ほどの影響も与えなかった。耳の奥で、自分の未来が崩れ去る音が、ガラガラと鳴り続けていた。


 道場に辿り着くと、お父様は何かを言い聞かせようとしたが、俺はそれを遮った。


「……一人にさせてください。」


 父の制止も聞かず、俺は道場の裏手へと走り出した。


 辿り着いたのは、道場の奥まった場所にある池のほとりだった。ここはほとんど誰も来ない、俺が幼い頃から気に入っていた場所だ。静かな水面が、夕闇を映してどろりと濁っている。


「くそっ! くそっ!!」


 俺は池の横に立つ太い幹を、拳が壊れるほどの勢いで殴りつけた。


「何でだ! 何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ!」


 怒りと、それ以上に強い屈辱が胸の内を焼いた。 俺には、輝かしい未来が約束されていたはずだった。


 水鏡流の次期師範として里を背負い、誰もが羨む地位を手に入れるはずだったのだ。剣術の実力はまだ上級だが、努力すればすぐに超級へと上がれる自信もあった。父を支え、政治的な駆け引きを学ぶことで、長としての資質も磨いてきたつもりだった。


「それなのに……! あんなキンミ族の、わけの分からない奴ごときに!」


 すべてはユウトが現れてから狂い始めたのだ。奴が来なければ、俺は今も賞賛の中にいたはずだ。


 この煮え繰り返るような不満を、誰かにぶつけずにはいられなかった。自分を肯定してくれる誰かに、この理不尽さを訴えたかった。


 俺は乱れた息を整えることもせず、そのまま道場の隣にある建物……サリアンの医局へと向かった。


「サリアン! いるか!」


 扉を乱暴に開け放ち、中へと踏み込む。奥から、薬草の香りと共にサリアンが怪訝そうな顔で現れた。


「ちょっとシュラ、何なのよその格好。また怪我でもしたの?」


 俺はサリアンの前にどっかりと座り込み、今しがた起きた出来事を、怒りに震える声でまくし立てた。陣十郎様からの叱責、情報の隠匿を指摘されたこと、そして連絡係を解任されたこと。


「……信じられるか!? あんな若造一人のために、俺の今までの功績を全部台無しにするなんて! 陣十郎様もお父様も、どうかしてるんだ!」


 俺の一方的な不満を、サリアンは腕を組んで黙って聞いていた。だが、俺が期待していた同情の言葉は、ついぞ返ってこなかった。


「……あのさ、シュラ。それはあんたが自業自得でしょ。」


 サリアンの冷ややかな声が、火照った俺の頭に冷水を浴びせかけた。


「むしろ、今まであんたの好き勝手を許してくれたシュハク様や、陣十郎先生に感謝しなさいよ。普通の組織なら、もっと前に放り出されてるわよ。」


「なっ……! お前までそんなことを言うのか! 俺がどれだけ里のために尽くしてきたか、分かってるだろ!」


 俺が激昂して立ち上がったが、サリアンは動じなかった。


「あんたが『里のため』って言ってることの半分は、結局『自分のため』だったんじゃないの? 情報をごまかして、ユウトくんに負けたことも隠して……。そんなの、長を任される人間がすることじゃないわ。」


「くそっ……! 何も分かってない癖に!」


 俺は医局を飛び出そうとしたが、サリアンの次の言葉に、ピタリと足が止まった。


「……でもさ、まだ水鏡流の師範への道が、完全に閉ざされたわけじゃないでしょ?」


 サリアンは少しだけ声を和らげ、背を向けた俺に語りかけた。


「役職を解かれたってことは、また一からやり直せるってことじゃない。これからは変な小細工なんてしないで、シュラにしかできないことで、陣十郎先生やシュハク様に認めてもらうしかないんじゃない?」


 俺は扉に手をかけたまま、しばらく動けなかった。 サリアンの言葉は、今の自分にはあまりにも正論すぎて、腹立たしい。だが、その言葉の奥にある、微かな可能性。それが、どん底にいた俺の心に小さな火を灯した。


「……ふん。勝手なことを言いやがって」


 俺は毒づきながらも、扉を静かに閉めた。


 まだ、終わっていない。 連絡係を外された程度で、俺の人生が終わってたまるか。 ユウトという異端者に負けたままで、俺の誇りが許すはずがない。


 闇夜の中、俺は自分の拳を見つめた。木を殴った時の痛みが、現実の厳しさを教えてくれる。 いずれ必ず、実力で、そして誰にも文句を言わせず、あの謁見の間に返り咲いてみせる。


 俺は夜空に輝く星と自分の薄汚い拳を見比べながら、そう強く決意した。

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