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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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34. 処罰

— (マーヤ視点) —

 私はその試合を、斬刃流の観客席からただ呆然と見つめていた。


 視界の先では、砂舞台に横たわるユウトが、巻き上がる土埃の中で小さく丸まっている。


 周囲の門下生たちが半狂乱になって陣十郎様の名前を叫ぶ中、私は突き動かされるように席を立ち、舞台へと駆け下りた。


「ユウト! しっかりして、ユウト!」


 倒れ込んだ彼の元に膝をつくと、砂にまみれたユウトの顔は苦痛に歪んでいた。陣十郎様の木刀がまともにめり込んだ腹部。私はすぐさま、手をかざし治癒魔術を施した。淡い緑の光が私の掌から溢れ出し、ユウトの腹部を包み込んでいく。


「ああ……ありがとう。マーヤ……」


 ユウトは力なく、掠れた声で礼を言った。激しい戦いの後だというのに、彼の目はどこか憑き物が落ちたように澄んでいる。


 そこへ、悠然とした足取りで陣十郎様が近づいてきた。その巨大な影が私たちを覆う。


「ユウト。立て。」


 陣十郎様の声は低く、しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。私は反射的に顔を上げ、宗家様を睨みつけた。


「待ってください、陣十郎様! ユウトは満身創痍なんです! みぞおちをあんな木刀で打たれて……それなのに、すぐに立たせるなんてあんまりです!」


 怒りに任せて声を荒らげる私を、ユウトが片手で制した。


「……大丈夫だよ、マーヤ。」


 彼は痛みに耐えながら、私の肩を借りることなく、自らの力でゆっくりと立ち上がった。その足取りは覚束ないが、陣十郎様を真っ向から見据える瞳には、敗北を受け入れた者としての潔さが宿っていた。


 陣十郎様は少しだけ優しい声で言った。


「ユウト。お前のこれからをどうするかについて、今から話し合う。……お前も話し合いに参加しろ。いいな?」


 ユウトは小さく「はい……」と答え、力なく頷いた。


 ユウトのこれから。その言葉が、冷たい氷のように私の胸に落ちた。里の長に決闘を申し込み、あまつさえ魔法を乱用して暴れた事実は消えない。掟の厳しいこの里のことだ、どれほど厳しい処罰が下されるか想像もつかなかった。もし……もし、処刑なんてことになったら。


「……私も行きます。」


 気づけば、私の口から言葉が漏れていた。


「陣十郎様、その話し合いに、私も参加させていただけないでしょうか。」


 私は彼の鋭い眼光を真っ向から受け止めて言った。今の私には剣の力も、彼を守るための権力もない。けれど、ユウトの重大な局面に、ただ遠くから見ているだけなんて嫌だった。

陣十郎様は、私の決意を値踏みするようにしばし沈黙したが、やがて短く答えた。


「わかった。君も参加するといい。」


 それから、陣十郎様は興奮冷めやらぬ観客席へと静かに歩み寄った。何千人もの門下生たちが、長の言葉を待って一斉に口を閉ざす。観客席が完全に静まり返るまで、彼は威風堂々と立ち続けた。


「私は今から、ユウトの処遇について話し合う。話し合いの結果はこの場で発表する。門下生諸君は、ここで待機せよ。」


 陣十郎様の厳かな宣言に、観客席からは了解の叫びが口々に上がった。彼は再び私たちの元へ戻ってくると、「では行こうか。」と促した。


 案内されたのは、闘技場からほど近い広場の脇にある、一軒の小さな小屋だった。


 扉を開けると、そこは物置のようになっており、雑多な道具が積み上げられ、光の差し込む窓からは埃が舞っているのが見えた。


「陣十郎様、俺が魔法でここを綺麗にしましょうか?」


 ユウトが気まずそうに提案したが、陣十郎様は「大丈夫だ。必要ない。」と首を振った。彼は部屋の奥にある、古びた布団の上にどっかと腰を下ろした。


「では、始めるか。」


 陣十郎様がぼそりと呟くように言った。その一言で、狭い小屋の中の空気が一気に張り詰めた。


「まず最初に、このことを言っておきたい。……ユウト、ワシはお前を処刑するつもりはない。」


 その言葉を聞いた瞬間、私は心底ほっとして胸をなでおろした。隣に立つユウトの肩からも、ふっと力が抜けるのが分かった。安堵の表情を浮かべる彼を見て、私の目頭が熱くなる。


「しかし。」


 陣十郎様は釘を刺すように言葉を継いだ。


「何の処罰もなし、というわけにはいかん。それでは里の者に示しがつかんからな。」


 処罰。その単語が再び重く響く。どれほど過酷な労働や幽閉が待っているのだろうか。私は緊張で拳を握りしめた。


「お前の魔法のせいで、里の建物の壁や床に穴が開いたという被害が多数報告されている。そして、この屋外競技場も無残な有様だ。……ユウト、お前には、これらをすべて修理することを命じる。……もちろん、魔法を使うことは一切禁じる。お前自身の肉体の力だけで、元通りに修復させろ。」


 陣十郎様の沙汰は、私の予想を遥かに超えて寛大なものだった。


「はい! 謹んでお受けします!」


 ユウトは決意に満ちた声で応えた。厳しい肉体労働ではあるだろうが、魔法を頼らずに自分の手で過ちを拭う機会を与えられたことに、彼は救いを感じているようだった。


「さらに、ユウト。お前には一つ、約束してもらうことがある。」


 陣十郎様の声が一段と低くなり、小屋の空気がピリピリと震えた。ユウトもその変化を察知し、神妙な面持ちで居住まいを正した。


「今後、いかなる理由があろうとも、里の者に魔法で危害を加えることを禁止する。……一方的な攻撃はもちろん、正当な決闘の場であっても、お前が魔法を使うことは二度と許さぬ。もしこの約束を破った場合、今回のような慈悲はない。……次はないと思え。」


 陣十郎様の語気には、里を守る長としての峻烈な意志がこもっていた。ユウトは喉を鳴らして「はい……分かりました。約束します。」と深く頭を下げた。


 話し合いはこれで終わりかと思った。しかし、陣十郎様はそこで話を打ち切ることはなかった。


「……さて。ここからの話が、重要だ。……ユウト、ワシはお前の持つ魔法という力に、ある種の可能性を感じている。」


「可能性……ですか?」


 ユウトが不思議そうに問い返した。


「お前の魔法は、技術的には粗削りで未熟極まりない。だが、その根底にある火力は凄まじいものだ。……正しく鍛え、磨き上げれば、歴史に名を残す偉人たちとも肩を並べる高みへ、お前なら辿り着けるかもしれん。」


 陣十郎様の称賛に、ユウトの顔がぱっと明るくなった。


「本当ですか!?」


「ああ。……そこでだ。お前が望むなら、このワシが直々に魔法の使い方を教えてやってもいい。……もっとも、条件があるがな。」


「条件……」


 ユウトが息を呑む。陣十郎様は真っ直ぐに彼を見据えて言い放った。


「もし、この里が外部から攻撃を受けるような不測の事態が起きた際、お前は率先して先頭に立ち、その力を持って戦え。……お前が里を守るための盾となり、剣となること。それが条件だ」


「つまり……俺を里の非常時の戦力として扱う、ということですね。」


 ユウトの問いに、陣十郎様は「そうだ。」と短く返事をした。


「そして、マーヤ。……君にも、その稽古に同行してもらいたい。時間は、一日の仕事が終わった夕食後だ。」


 突然名指しをされ、私は驚いて顔を上げた。


「なぜ、私が……?」


「ユウトが稽古で怪我をした際、お前がいればすぐに治せるだろう? 効率がいい。」


 陣十郎様の言葉に、私は深く納得した。ユウトが無茶な稽古で体を壊さないよう見守ることができるなら、私にとって願ってもない申し出だ。


「わかりました。私も同行させていただきます。」


「よし。……最後に一つ。今話したこと、すなわちユウトが里の戦力となること、そしてワシが稽古をつけることは、他の者には一切漏らしてはならぬ。……いいか、誰にもだ。」


 なぜ隠さなければならないのか、その真意は測りかねたが、陣十郎様の表情は、それを聞けるような雰囲気ではなかった。私たちはただ「分かりました」と了承するしかなかった。


「話し合いは終わりだ。戻ろう」


 陣十郎様は勢いよく立ち上がり、小屋を出た。私たちもその後に続く。


 広場に戻ると、そこには固唾を呑んで待っていた門下生たちがいた。陣十郎様は観客席の一同に向かって、堂々たる声で宣告した。


「ユウトには、里の者に二度と魔法を使わぬことを約束させた。また、罰として、奴が破壊した建物の修理を命じた。……里の者を傷つけた罪は、この労働によって清算されるものとする。これ以上の復讐や私刑は、神後流の名に懸けて一切禁ずる!」


 観客席の一部からは「処罰が甘すぎる」といった不満の声も上がったが、陣十郎様は毅然とした態度でそれらを撥ね退けた。彼の決定を拒否できる者は、この里には一人もいなかった。


 解散が命じられ、門下生たちがそれぞれの道場へと帰っていく。


 私はセイチョウ様の元へ戻った。そこで、明日から夕食後に陣十郎様の下へ通うことになったため、毎晩の体のほぐしができなくなることを告げなければならなかった。


「陣十郎様の下へ行って、何をするというのだ。」


 セイチョウ様は不審げに、あの不気味な笑みを浮かべて聞いてきた。


 私は、陣十郎様があらかじめ用意してくれた言い訳を、努めて冷静に口にした。


「今回のユウトの件は、連帯責任ということで私にも非があると陣十郎様は判断されました。その禊として、今後は夕食後に陣十郎様の屋敷へ通い、召使いとして働くよう命じられたのです。」


 私の説明を聞くと、セイチョウ様は「ふん、陣十郎先生らしい厳格さだ。……いいだろう、認めよう。」と納得してくれた。


 私は内心で胸を撫でおろし、セイチョウ様やコルンさんたち門下生とともに、斬刃流の道場へと帰っていった。


 一方で、陣十郎様の屋敷では、神妙な面持ちのシュハク様と、複雑な表情を浮かべるシュラが陣十郎様に呼びつけられていた。これから別の話し合いが行われようとしていた。

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