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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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31. ユウトの決意

 二日前、ユウトは全身を覆う無数のあざと鈍痛に耐えながら、サリアンの医局を訪れていた。 彼の体は、道場での「稽古」という名の一方的な暴力によって、悲惨な状態だった。ホルミ族やジャックル族の門下生たちは、キンミ族の見た目をした「混血」の彼を公然と蔑み、手加減なしに木刀を叩きつけていたのだ。


「酷い……。あの子たち、少しは手加減って言葉を知らないのかしら。」


 サリアンは憤りを含んだ溜息をつきながら、ユウトの背中のあざに治癒魔法をかけていた。


 かつては「マーヤの人生をめちゃくちゃにした男」としてユウトを敵視していた彼女だったが、毎日ボロボロになって治療にやってくる彼の姿を見るうちに、その心境には変化が生まれていた。


 里の誰とも話さず、偏見と差別の嵐の中で孤独に耐えるユウトは、サリアンの目にはあまりにも哀れな存在に映っていたのだ。


「サリアンさん、ありがとうございます。……こんなどうしようもない俺のために。」


 ユウトの声は低く、自信を失った者の特有の暗さがあった。


「そんな卑屈にならないでよ。怪我人を治すのが私の仕事なんだから。」


 サリアンは彼を慰めるように言った。彼女はこの里で唯一、ユウトの味方になろうと決めていた。


 そこへ、廊下から騒がしい足音が聞こえてきた。


「おーい、ユウト! 迎えに来たぞ!」


 入ってきたのは、ユウトの世話役……もとい監視役を任されているシュラだった。 彼の声を聞いた瞬間、ユウトの肩がビクッと跳ね、首をすくめた。その怯え方は、この数日間で彼がどれほど苛烈な扱いを受けてきたかを物語っていた。


「ちょっとシュラ! ユウトくんに酷いことしてないでしょうね?」


 サリアンが鋭く釘を刺すが、シュラは鼻で笑って応えた。


「してないって。物覚えが悪いから、ちょっと熱心に指導してやっただけだ。行くぞ、ユウト。」


 シュラに促され、ユウトはとぼとぼと医局を後にした。


 道場へ戻る道すがら、シュラはガツガツと大股で歩き、ユウトはその背中を必死に追いかけていた。


「……あの、シュラさん...」


 ユウトが消え入るような声で話しかけた。


「なんだ。」


「……何故、俺は魔法を使ってはいけないのでしょうか。」


 その問いに、シュラは立ち止まり、面倒くさそうに振り返った。


「はぁ? 陣十郎様から聞かなかったのか。……お前が魔法を使えば、俺たちの秩序が乱れるからだ。それに、剣術よりも魔法が強いというのはこの世界の常識だ。皆、お前の持つその異質な力を恐れているんだよ。」


「……シュラさんも、俺を恐れているんですか?」


「今のお前は恐れていない。魔法なしのお前なんて、ただのキンミ族と変わらないからな。」


 シュラは尊大に言い放った。


「魔法が使えたら……どうですか? シュラさんは俺に勝てますか?」


「それは……」


 シュラは言葉に詰まった。


「やりませんか。俺と、魔法ありの勝負を。」


 ユウトの瞳に、この数日間消えていた奇妙な光が宿った。 シュラはその挑発に乗った。父親であるシュハクにバレないよう、道場から離れた人跡未踏の空き地が戦いの場に選ばれた。


 結果は、惨憺たるものだった。 シュラはホルミ族として多少の水魔法を扱えたが、彼の本質はあくまで剣士だった。対してユウトは、四属性の魔法を自在に操る。 風で攻撃をかわし、水で足止めをし、火で牽制する。シュラはユウトの影を踏むことすらできず、圧倒的な力でねじ伏せられた。


 この勝利が、ユウトの中で眠っていた何かを目覚めさせた。


「……勝てる。魔法さえあれば、俺は誰にも負けないんだ。」


 それからのユウトは変貌した。 道場の門下生たちに対し、次々と「魔法あり」の決闘を仕掛けていったのだ。 最初は「生きのいい新人が、魔法の練習相手を求めている」程度に受け止めていた門下生たちも、次第にその異常さに気づき始めた。


 ユウトは魔法を、単なる技術ではなく、自分を虐げてきた者たちを屈服させる暴力として振るい始めたのだ。


 彼が放つ魔法は、あまりにも強大で、洗練されていた。 相手が超級剣士であろうと、ユウトの多属性攻撃の前には赤子同然だった。 道場内には、ユウトに対する侮蔑に代わって、拭いきれない恐怖が蔓延していった。


 息子の変な動きと、道場内の不穏な空気を感じ取ったシュハクがシュラを問い詰めたが、シュラは自分の敗北という醜態を隠すため、「ユウトが一方的に力を求めて暴走している」と嘘の報告をした。


 そして昨日、決定的な事件が起きた。 ユウトが、水鏡流の道場にも数人しかいない特級剣士を、魔法でありとあらゆる方向から叩きのめし、再起不能に近い重傷を負わせたのだ。 激昂した門下生たちが、多人数でユウトを始末しようと詰め寄ったが、シュハクが間一髪で仲裁に入り、その場を収めた。


 その夜、事態を重く見た陣十郎様から、説明のためにユウトを連れてくるよう命令が下った。


 翌朝、つまり今日の朝早くのことだ。 陣十郎様の館、その重厚な謁見の間。 上座に鎮座する陣十郎様を前に、シュハクとシュラ、そしてユウトの三人が跪いていた。


 ことの仔細を説明するシュハクの話に陣十郎様は厳しい顔で聞く。


 シュハクが話し終えると、陣十郎様は口を開いた。


「ユウト。なぜ、そのような真似をした。」


 陣十郎様の低く太い声が、広間に響き渡った。


 ユウトはゆっくりと顔を上げた。そこには、数日前までの怯えた少年の面影はなかった。


「……魔法を使えば、俺を馬鹿にしていた奴らに勝てると思ったんです。やってみたら、本当に勝てました。」


 ユウトの表情は、驚くほど澄んでいた。その無垢なまでの傲慢さが、逆に場を凍りつかせた。


 陣十郎は「これはまずいことになった。」と思った。ユウトに自身の持つ魔法の力の強さを気づかせてしまったのだ。


「今、俺は誰にも負ける気がしません。」


 ユウトの言葉に、シュハクとシュラの背中に冷や汗が流れる。陣十郎様は表情一つ変えず、じっとユウトを見つめていた。


「……ほう?」


「だから、陣十郎様。今なら、あなたにも勝てるような気がします。」


 シュハクとシュラが驚愕のあまり声を失っていた。しかし陣十郎様は動じていなかった。


「ほう。つまり、わしに決闘を申し込むということかね?」


 陣十郎様が低く太い声で言う。


「はい。その通りでございます。俺と決闘してください。魔法ありの、真剣勝負を。」


 ユウトは陣十郎の威圧に負けずそう言った。


 静寂が謁見の間を支配した。 やがて、その沈黙を破ったのは、陣十郎様の豪快な笑い声だった。


「ふはははは! いいぞ! 面白い! やろうじゃないか!」


 陣十郎様は立ち上がり、愉快そうに肩を揺らした。


「だが、観覧がこれだけというのはいかにも寂しい。里の全派閥、全ての門下生を集めて盛大に行おうじゃないか! これぞ神後流の祭典よ!」


 陣十郎様はシュハクに向き直り、鋭い眼光を向けた。


「シュハク、全道場への手配を頼む。決戦の日は二日後。場所は屋外闘技場だ。……ユウト、楽しみにしているぞ。」


 陣十郎様はユウトの肩を一度だけ強く叩くと、そのまま高笑いを残して部屋を去っていった。


 ユウトは、背後で狼狽するシュハクたちの声も耳に入らぬ様子で、ただ一人、決意を固めていた。

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