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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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30. 噂

 それから数日が経ち、私はようやくこの斬刃流での厳しい生活に慣れてきた。


「マーヤさん、剣の振り方が良くなってきましたよ! その調子です!」


 ソクリュウ先生の声が道場に響く。私は木刀を構え直し、額に滲む汗を拭った。


「ありがとうございます、先生!」


 私は呼吸を整えながら、再び正面の仮想敵に向けて木刀を振り下ろした。ブンッ、という鋭い風切り音が鳴る。初日のあの、幼稚園児並みと笑われた時とは比べ物にならないほど、腕には確かな力が宿り始めていた。


 ソクリュウ先生は教えるのが本当に上手だ。私のわずかな成長も見逃さずに褒めてくれる一方で、腰が浮いているとか、脇が甘いといった修正すべき点は、具体的で分かりやすい言葉にして伝えてくれる。


 その丁寧な指導のおかげで、当初は地獄だと思っていた稽古も、今では少しずつ自分の身体を制御していく喜びへと変わりつつあった。


 先生は道場の子供たちからも絶大な信頼を寄せられているが、実際にその指導を受けてみれば納得できる。強者の驕りを見せず、常に教え子の目線に立ってくれる。そんな先生を、私も心から尊敬し始めていた。


 昼ご飯の時間になり、私はいつものように初級者部屋の子供たちと一緒に食堂へと向かった。 最近の私は、以前に増してよく食べるようになった。一日の運動量が劇的に増えたせいか、身体が常に栄養を欲しているのだ。


 その変化に、以前私の残り物を当然のように貰っていた子供たちは、あからさまにしかめっ面をしていた。


「あーあ、マーヤお姉ちゃん、今日もお魚全部食べちゃうの? 前は半分くれたのに……」


「マーヤお姉ちゃんからご飯もらえなくなった~。お腹すいちゃうよ~」


 一人の子が私の皿を恨めしそうに眺めながらこぼす。私は苦笑いしながら、山盛りのご飯を頬張った。


「いつも一人分ちゃんと食べてるでしょ。我慢しなさい。お姉ちゃんも、これくらい食べないと午後の稽古で倒れちゃうんだから」


「え~、お姉ちゃんケチ~」


 子供たちのブーイングを笑って受け流しながらも、内心では少しだけ焦りもあった。これだけ食べていて、果たして太っていないだろうか。いや、稽古の量からして脂肪は燃焼されているはずだが、腕や足が筋肉で太くなっている感覚はある。


 医者を目指していた頃のしなやかな手ではなくなっちゃうかな……。でも、太らないためにも、そしてこの過酷な環境で生き残るためにも、稽古を頑張るしかないよね。


 私は自分の二の腕をこっそり触り、その硬さに驚きつつも、午後の稽古に向けて気合を入れ直した。


 午後の稽古も無事に終わり、道場の出口でコルンさんが迎えに来てくれた。


「お疲れ様です。……あれ、マーヤさん、なんだか体力が付いてきました?」


 コルンさんは、私の足取りが以前よりずっと軽いことに気づいたようだ。


「え、そうですか?」


「ええ。少し前まで、俺が迎えに来ると今にも死にそうな顔をして床に座り込んでいたじゃないですか。今はちゃんと自分の足で立っていますし、呼吸も乱れていない。」


 コルンさんの指摘に、私は自分の成長を実感して嬉しくなった。この数日間、ただ必死に食らいついていただけだと思っていたけれど、確実に私の身体はこの里の厳しさに適応し始めていたのだ。


 廊下を歩きながら宿舎へ戻る途中、コルンさんが周囲を気にしながら声を潜めて話しかけてきた。


「マーヤさん、知っていますか? ……例の噂のこと」


「噂? 何ですか、改まって...」


 私が首を傾げると、コルンさんはさらにトーンを落とした。


「マーヤさんと一緒にこの里に来た、あの混血の男……ユウトさんのことです」


「ユウトが!? 何かあったんですか?」


 心臓が跳ね上がる。ユウトは水鏡流の道場に預けられているはずだ。何か問題を起こして、山に捨てられたりしていないだろうか。


「彼が水鏡流の道場で魔法ありの決闘を申し込んで、特級の剣士に勝ったっていう話です。」


「な、何ですかそれ!? 特級って、超級のソクリュウ先生よりも上の級ですよね!? そもそもユウトは、許可なしに魔法を使っちゃいけないんじゃなかったんですか?」


 特級の剣士といえば、この斬刃流にも数えるほどしかいない手練れだ。いくらユウトが複数の魔法を使えるといっても、そんな相手に勝てるはずがない。何より、魔法の使用は禁じられていたはずだ。


「そうなんですけど、我々が許可をすれば使える、という例外があるんです。彼は最初から『魔法を使うぞ』と宣言したうえで決闘を申し込み、相手がそれを受けた。つまり、相手が魔法の使用を許可したという形になるんです。」


「なにそれ……。屁理屈じゃないですか。」


 私は呆れて溜息を漏らした。それはあまりにも強引なやり方だ。でも、確かに「許可なしに使うな」という命令には背いていないことになる。ユウトがそんなずるいことするかな?


「それって本当なんですか?」


「俺も人から聞いた話なので、本当かどうかは分からないですけど...」


 私はその噂の真偽が気になって、その晩、いつものようにセイチョウ様の部屋に呼ばれた際に聞いてみることにした。


 薄暗い部屋の中で、私はセイチョウ様の背中の筋肉を揉みほぐしながら、さりげなく切り出した。


「……という噂を耳にしたのですが、セイチョウ様は何かご存知ですか?」


「ああ、あの話か。ワシも聞いたな。例の混血の若造が反旗を翻した、とな」


「そ、そんな……。反旗を翻すだなんて……。じゃあ、本当にユウトがやったんですか? あんなこと……」


 私の手が一瞬止まる。セイチョウ様はうつ伏せのまま、鼻で笑った。


「事実のようだな。特級剣士を一人、再起不能に近いところまで魔法で叩きのめしたそうだ。まあ、シュハクのやつがなんとかその場は収めたと聞いたがな。」


「.......そ、そうなんですね。シュハク様には頭が上がりません。」


「マーヤちゃん、俺には?」


「もちろん、セイチョウ様にも頭が上がりません。」


 そう言うとセイチョウ様は満足そうに微笑んだ。


「まあ、理由など知れたものだ。最強の称号を得たかったのだろう。この里にはそういう生きのいい若者が多いからな。特に混血などという肩身の狭い身分なら、力で分からせるのが一番手っ取り早いと思ったのかもしれん。」


 セイチョウ様の分析は、いかにもこの里の住人らしいものだった。けれど、私はどうしても腑に落ちなかった。ユウトはそんな、名声を求めて他人を傷つけるような人ではないはずだ。


「私は……ユウトがそんなことをするとは思えないんですよね。最強を目指すなんて、彼らしくない。」


「ほう、そうなのか? 混血で多彩な魔術を扱うと聞いていたから、ワシはてっきり好戦的な性質の持ち主だと思っていたが」


「いえ。彼は必要に迫られた時以外は魔法を使おうとしませんでした。むしろ、自分の力に怯えていたくらいで……」


 私の反論に、セイチョウ様は少し意外そうな声を上げた。


「そうなんだな。まあ、この里に来て変わったのかもしれん。この里には好戦的な奴が多いし、何せ奴は『監視』の対象だ。マーヤちゃんよりもずっと厳しい監視の中に置かれているだろうからな。理不尽な差別に晒され続け、溜まっていたものが爆発してしまったのかもしれんぞ。」


 セイチョウ様の言葉は、その夜、私の頭の中から離れなかった。


 宿舎の自分の部屋に戻り、布団に横になっても、ユウトのことで頭がいっぱいだった。 溜まっていたものが爆発……。もしセイチョウ様の言う通りだとしたら、ユウトはどれほど苦しい思いをしていたのだろう。


 よく考えれば、私の置かれている環境は恵まれている方だ。ファミル族というだけで受け入れられやすく、サリアンさんのように心許せる友人もできた。道場の人々も私を仲間として扱い、コルンさんも偏見なく接してくれる。だからか、自分が「監視されている」という意識はほとんど薄れていた。


 それに、私はたまに怪我をした子供たちの手当てをしたり、こうしてセイチョウ様の疲れを癒したりしている。微々たるものかもしれないけれど、この道場の役に立っている、ここに居場所があるという感覚がある。


 でも、ユウトはどうだろう。 彼は「混血」という、この世界で最も忌み嫌われる属性だと思われている。この里がどんな種族も平等だと謳っていても、マミルの契りを破った存在までその対象に含めているかは怪しい。きっと、私に向けられる視線とは全く違う、冷酷で不気味な視線が彼に注がれていたはずだ。


 しかも、魔法を封じられた今のユウトには、何も残されていない。 魔法を得てからのユウトは、どこか楽しそうだった。私を助けたり、魔物を倒したり...。やっと自分が人に自慢できるものができたと思っていたのかも。


 それを封じられ、さらに周囲から危険分子として蔑まれる。そんな環境に追いやられたら、腐ってしまうのも、爆発してしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。


 ユウト……あなた、本当はどうしたかったの?


 暗闇の中で天井を見つめながら、私は彼のことを考えていた。魔法を振るう彼の姿は、誰かを傷つけるためのものではなく、誰かを守りたかった証だったはず。それが歪められてしまったのだとしたら……。


 私は祈るような気持ちで目を閉じ、眠りについた。


— — —

 翌朝。窓の外から差し込む明るい日差しに目を覚ました。 身支度を整え、今日一日の稽古を乗り切るための覚悟を決めていたその時、廊下から激しく扉を叩く音が響いた。


「マーヤさん! マーヤさん、起きていますか!」


 コルンさんの、これまでに聞いたことがないほど切迫した声だった。私は慌てて襖を開ける。


「コルンさん、どうしたんですか? そんなに慌てて。」


 コルンさんは肩を上下させ、呼吸を乱しながら叫ぶように告げた。


 それは耳を疑う内容だった。同時に悪い予感が的中してしまったことを理解せざるを得なかった。


「大変です! 水鏡流の道場のユウトさんが……ユウトさんが、宗家陣十郎様に決闘を申し込みました!!」

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