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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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27. 証人尋問

 館に着くと、シュラは迷いのない足取りで先ほどの広間へと二人を導いた。


「お待たせいたしました。マーヤを連れてまいりました。」


 シュラが声をかけながら襖を開ける。その後ろにマーヤ、さらに後ろからサリアンという順で部屋に入った。


「おや、よく知った顔のファミル族もいるようだが?」


 師範の一人がサリアンを見て、嘲笑うような声を上げた。サリアンはそれを毅然とした態度で受け流す。


「私はただ、話の行く末を見届けに来ただけです。審議の邪魔をするつもりはありませんから、お構いなく。」


 サリアンが部屋の隅に控えると、中央には不安げな表情のマーヤだけが取り残された。 師範たちの鋭い視線が、一斉に彼女に注がれる。


 沈黙の中、シュハクがゆっくりと立ち上がった。


「では、私から質問させていただきます。……あなたが何を答えても、私は一切口出しをしません。どうか、正直に答えてもらいたい。」


 シュハクの声は、これまでの紛糾していた場を鎮めるような、穏やかで優しいものだった。


「マーヤさん。……あなたは過去に、理不尽だと思う状況に直面したことはありますか? そして、そのときはどのように対処しましたか?」


 その問いに、セイチョウが即座にヤジを飛ばした。


「おいシュハク! その質問に一体何の意味があるんだ!」


 シュハクはセイチョウを一瞥もせず、「気にせずに答えてください」とマーヤを促した。


 マーヤは困惑しながらも、自らの記憶を必死に手繰り寄せた。 今の自分たちが置かれている状況、そしてこれまでの旅。 彼女は震える声を整え、真っ直ぐにシュハクを見つめ返した。


「……はい。理不尽だと思うことはありました。」


 マーヤの言葉に、部屋中の空気が張り詰める。


「それは……ユウトが複数の魔法を使えると分かり、街を逃げなきゃいけなくなった時です。衝撃を受けましたし、ユウトと離れることも考えました。でも付いていくことに決めました。この道を決めた後はこの選択を後悔しないように頑張ってきたつもりです。」


 マーヤが言い終えた時、広間にはしじまが戻っていた。


 並み居る師範たちの顔には、「それがどうした」という冷淡な表情が浮かんでいる。この里の強者たちにとって、憲兵からの逃走劇など、取るに足らない世俗の揉め事に過ぎないのかもしれない。


 しかし、質問を投げかけたシュハクだけは違った。彼はマーヤの震える肩を包み込むような、慈悲深い微笑みを口元に湛えていた。


「なるほど、覚悟の一端は分かりました。……では、次の質問です。」


 シュハクは一呼吸置くと、射貫くような、しかし穏やかな瞳でマーヤを見つめた。


「もし、我々のやり方が間違っていると感じた時は、あなたはどうしますか?」


 その突飛な問いに、マーヤは一瞬言葉を失った。この隠れ里に救われたばかりの身で、その恩人のやり方を否定するなど、想像もしていなかったからだ。 マーヤは困惑しながら、背後に控えるサリアンや、苦虫を噛み潰したような顔のシュラの姿を盗み見た。


「えっと……それは、誰かには言うと思います。サリアンさんとか、シュラさんとか……」


 マーヤは精一杯の誠実さを込めて答えたが、その言葉が広間の空気を和らげることはなかった。むしろ、師範たちの眉間の皺はより深くなったように見えた。彼らの目には、マーヤの答えが若さゆえの甘え、あるいは無責任な理想論に映っているようだった。


「もういい! シュハク、貴様の意味の分からぬ尋問で何が分かると言うのだ!」


 ついに耐えかねたように、セイチョウが激しく畳を叩いて立ち上がった。彼の纏う殺気が、物理的な圧力となってマーヤの全身にのしかかる。 セイチョウは一段高い場所からマーヤを見下ろし、獲物を狙う鷹のような鋭い視線を向けた。


「次はワシが質問する。小娘、貴様はあの混血の男と共に、この里からも逃げるつもりではないだろうな?」


「い、いえ、まさかそんなこと……!」


 マーヤは必死に否定したが、セイチョウは鼻で笑った。


「口では何とでも言える。我々はお前を信用していないのだ。国を挙げて追われる犯罪者を連れ歩くファミル族など、怪しさの塊でしかないからな。」


 容赦のない言葉がマーヤの胸を突き刺す。 確かにその通りだ、とマーヤは自嘲気味に思った。事情はどうあれ、自分たちは法を犯した逃亡者なのだ。見ず知らずの自分を信じろという方が、無理な話なのかもしれない。


「それで……君はどうやって我々の信用を得るつもりかね?」


 セイチョウの問いに、マーヤは喉の渇きを感じながらも、自らの存在意義を言葉にした。


「えっと、私はファミル族ですので、皆様が怪我をなされた時や、病気になられた時は、誠心誠意、治療にあたりたいと思います。それが私にできる、精一杯の恩返しです。」


 それは医者を目指す者としての、偽らざる決意だった。しかし、セイチョウの反応は冷ややかなものだった。彼はいやらしい笑みを浮かべ、唇を歪めた。


「ふん、そんなことは当たり前だろう。残念ながら、この広い里にファミル族は貴様と、そこにいるサリアンの二人しかおらんのだ。信用問題以前に、貴様は働かなければならん立場にある。」


「……っ」


「いいか、貴様に選択肢などない。生きたければ、死に物狂いで傷を治せ。それがこの里での貴様の『役割』だ。」


 セイチョウの傲慢な物言いに、マーヤが唇を噛み締めて俯いたその時、背後から鋭い声が響いた。


「それはおかしいです、セイチョウ様!」


 声を上げたのは、今まで静観していたサリアンだった。彼女は顔を赤くし、憤怒の表情でセイチョウを睨みつけていた。


「おや、サリアン。口出しはしないと言っていたはずだが?」


 セイチョウの嘲笑混じりの問いに、サリアンは毅然とした態度で立ち上がった。


「彼女に酷い言葉を浴びせないなら、黙って見守るつもりでした。ですが、今の発言は看過できません! 私たちは本気で、命を救うために治療をしています。それなのに、仕事なんだからただ働けばいい? それでは、彼女はただの奴隷ではないですか!」


 サリアンの叫びは広間に響き渡ったが、セイチョウの心に届くことはなかった。彼は冷酷な瞳でサリアンを見据え、言い放った。


「そうだ。この里において、価値を示せぬ者の立場など、そのようなものだ。」


「なっ……!」


「……ならば、私たちは一切治療をいたしません! それでもいいのですね!?」


 サリアンの極論に、セイチョウはますます不気味な笑みを深めた。


「良いとも。だがな、サリアン。ワシがただ、貴様らの喉元に刀を突きつけるだけで、貴様らは泣きながら治療を始めるのだろう? 強者の理とは、そういうものだ。」


「……っ!!」


 サリアンは言葉を失い、悔しさに肩を震わせた。暴力という絶対的な力を背景にしたセイチョウの言葉に、反論の余地は見出せなかった。


「もうやめましょう、セイチョウ殿。議題から離れた話を続けるのは、時間の無駄です。」


 シュハクが静かに割って入った。彼の声には、セイチョウの横暴をたしなめるような、重い響きが含まれていた。


「今回の議題は、このファミル族の娘が信用に足る人間かどうかでしょう? 彼女が、己の技術をもって里に貢献することを提案したのです。それを嘲笑うのは、いささか器が小さいというもの...」


「何だと、シュハク!」


「この里では、どのような種族であっても平等であるという教えがあったはず。その誇り高き精神をお忘れになられたのですか?」


 シュハクの指摘に、セイチョウは忌々しそうに顔を歪めたが、すぐに表情を取り繕った。


「忘れておるわけがなかろう。ワシはただ、治療という『義務』を果たすだけでは、我々の真の信頼を得ることはできないと言ったのだ。命を預ける仲間として認めるには、それ相応の証が必要だろう。」


「では、どのような形で信頼を得るのが望ましいと、セイチョウ殿は考えられているのですか?」


 シュハクの問いに、セイチョウは待っていましたと言わんばかりに顎を撫でた。


「そうだな……。では、彼女を正式な門下生として加えるというのはどうだろうか。」


「門下生……マーヤさんを、ですか?」


 シュハクが驚きの声を上げる中、セイチョウは熱を帯びた口調で続けた。


「そうだ。門下生と共に厳しい稽古に励み、同じ汗を流す。同じ苦しみを分かち合ってこそ、言葉ではない真の信頼が生まれるのだ。里の者たちも、剣を振るう彼女の姿を見れば、自ずと認めるようになるだろう」


 その提案に、周囲の門下生や師範たちから「それはいい!」「賛成だ!」と賛同の声が上がった。彼らにとって、剣を交えることこそが最高のコミュニケーションなのだ。


「ちょっと待ってください! ファミル族の女の子に、剣術を教える必要なんてないじゃありませんか!」


 サリアンが必死に異議を唱えたが、セイチョウは動じなかった。


「しかし、サリアンよ。戦の場を想像してみるがいい。もし目の前で怪我人が出た時、貴様はどうする?」


「……安全な場所に連れて行きます。」


「誰がだ?」


「私か、周りの人に手伝ってもらって……」


「その移動の最中に、敵から攻撃されるかもしれないぞ。その時も周りに頼るのか? 周囲の者たちも、己の命を守るのに手一杯な時がある。自衛の術を持たぬ医者は、戦場ではただの足手まといだ。」


 セイチョウの言葉は、冷酷なまでに合理的だった。


「そういう時のために、ファミル族が剣術を習うのは悪くないと思うがね? 幸い、わが里には、おなごの門下生も多い。力の強さでは男に劣るが、柔軟さや俊敏さでは勝る部分もある。……マーヤ、貴様も、自分の身を自分で守りたいとは思わんか?」


 セイチョウの視線がマーヤを捉える。マーヤは、ゲリスの港で憲兵に囲まれたユウトの姿を思い出した。あの時、自分に力があれば。ユウトを守る盾に、あるいは彼を救い出す剣になれていれば。


「……」


 サリアンは言い返せず、黙り込んだ。セイチョウはその様子を見て、満足げに頷いた。

「では、この案で決まりだな! 異論のある者は?」


 セイチョウが広間を見渡すと、シュハクがゆっくりと手を挙げた。


「シュハク殿、まだ何か?」


「あなたの案を否定するつもりはありません。ただ、一つ確認しておきたいことがありまして。……彼女は、誰の道場に所属することになるのですか?」


 その問いに、セイチョウは自信満々に胸を張った。


「決まっている。ワシの『斬刃流』の道場だ。」


「いや、私の『水鏡流』の道場の方がよろしいかと。彼女を助けたのは私ですし、性格的にも――」


「しかし、シュハク殿。貴殿の道場には、あの混血の男がいるだろう?」


 セイチョウがシュハクの言葉を遮った。


「二人は強い絆で結ばれている。ならば、有事の際の共謀を防ぐために、物理的に引き離すべきだ……。それは、先ほど貴殿自身が主張していたことではないか?」


 己の論理を逆手に取られ、シュハクは言葉に詰まった。


「二人は一緒にいるべきではない。ならば、必然的に彼女の行き先はワシの所になる。……異論はないな?」


 セイチョウの強引な幕引きにより、マーヤの配属先は決定した。


「……これにて、審議を終了する。」


 奥で沈黙を守っていた陣十郎が、重々しく告げた。その一言で、張り詰めていた緊張が解け、広間にはざわめきが戻った。 師範たちはそれぞれ門下生を引き連れ、退室の準備を始めている。


 マーヤは、足の震えを抑えながらサリアンの元へ歩み寄った。


「サリアンさん……一日だけでしたが、お世話になりました。」


 マーヤが深く頭を下げると、サリアンは泣きそうな顔で彼女の肩を掴んだ。


「そんなに頭を下げないで!……それよりも、マーヤちゃんが心配。斬刃流の稽古は本当に厳しいって聞くし、何より、セイチョウ様のいい噂をあんまり聞かないから……。辛くなったら、いつでも医局に逃げてきていいからね。」


「ありがとうございます。……頑張ってみます。」


 サリアンとの会話が、マーヤの唯一の救いだった。しかし、そんな温かな時間を断ち切るように、背後から影が伸びた。


「マーヤちゃん、と言ったかな? これからよろしく頼むよ。」


 振り返ると、そこにはセイチョウが立っていた。 先ほどまでの刺すような殺気は消え、顔には不自然なほど明るい笑みが浮かんでいる。だが、その瞳の奥にある冷ややかな光は、少しも変わっていなかった。


「よろしくお願いします、セイチョウ様。」


 マーヤは精一杯の声を絞り出して挨拶を返したが、その心は予感に震えていた。


 ……大変なことになってしまったかもしれない。


 会議の時とは明らかに違う、その作り物のような優しさが、逆にマーヤの警戒心を煽る。彼女はサリアンと最後の一瞥を交わすと、セイチョウとその門下生たちの後に続いた。


 日付が変わったころ、セイチョウ一行は斬刃流の総本山に到着した。

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