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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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26. 師範会議

 一方、そのころユウトは、全身を襲う激痛に顔をしかめながら、道場の門下生たちが寝泊まりする宿舎の布団に横たわっていた。


 十人一間という狭い部屋には、激しい稽古を終えた男たちのむせ返るような汗の臭いと、湿った熱気が充満している。 窓から差し込むわずかな月光が、板間に転がる門下生たちの影を不気味に長く伸ばしていた。


「……っ、痛てて……」


 少し寝返りを打とうとするだけで、全身のあざが悲鳴を上げる。 今日の稽古は、もはや指導というよりは一方的な「叩き」に近かった。木刀が肉を打つ乾いた音が、今も耳の奥でリフレインしている。 他の門下生たちは、稽古のあとに治癒魔法を使える者の手当てを受け、今は穏やかな寝息を立てていた。しかし、ユウトだけは放置されていた。


 納得がいかず、先ほどシュハクに「なぜ俺だけ治してくれないのか」と食い下がったときの答えが脳裏をよぎる。


『医局にはマーヤがいるだろう。俺は、今のお前たち二人を会わせるのは良くないと考えたのだ。明日の朝、サリアンをこちらに呼びつけて治療させる。それまで我慢しろ。』


 突き放すような冷たい声だった。


 ふざけるな……。こんな痛みの中で寝れるわけがないだろ。


 ユウトは心の中で毒づいた。


 これが、この世界で無能と蔑まれるキンミ族への差別というものなのか。 港で働いていたとき、他のキンミ族がホルミ族にいびられている光景を何度も目にした。あのときは傍観者でしかなかったが、いざ自分が当事者になってみると、その理不尽さが鋭い刃のように胸に突き刺さる。


 暗闇の中で、ユウトは奥歯を噛み締め、いつ果てるとも知れない激痛と孤独に耐えながら、重い眠気が意識を奪ってくれるのをじっと待つしかなかった。


ーーー

 同じ時刻、里の中心部に建つ陣十郎の屋敷では、周囲の静寂とは対照的に、ピリピリとした緊張感が漂っていた。 広大な和室の奥、一段高くなった席に陣十郎が鎮座している。その前には、里の剣術を支える師範格たちが顔を揃えていた。


 四人の男たちが向かい合って座り、周りに何人もの男が座っており、中央にシュラが立って、今日の議題を切り出した。


「今回の議題は、既にご存じの方も多いかと思いますが、今日、目を覚ました二人の遭難者についてです。」


 シュラの言葉が終わるか終わらないかのうちに、座の一人から鼻で笑うような声が上がった。


「そのような些細なことで、我ら師範格をわざわざ呼び出したのかね、陣十郎先生。」


 声を上げたのは、深紅の重厚な着物に身を包んだ初老の男性だった。白い帯をきつく締め、その眼光は鋭く、座っているだけで周囲に血の匂いを感じさせる。


「セイチョウ殿。話は最後まで聞くのが礼儀だと思いますが。」


 セイチョウの向かい側に座る青い着物の男、シュハクが静かに口を開いた。 セイチョウは面白くなさそうに顔を歪めた。


「ほう、シュハク殿は、息子さんのご活躍の邪魔をされたくないようですな。これは失敬した。」


 セイチョウの嫌味な物言いに、部屋の空気がよどんでいく。 性格が正反対の二人の不仲は、この里では有名な話だった。


 先手必勝を掲げ、会話の主導権を強引に奪おうとするセイチョウに対し、シュハクは常にカウンターを狙うように、機を見て言葉を挟む。その性質はそれぞれの戦い方にも現れていた。先手必勝を得意とする斬刃(ざんじん)流の師範セイチョウに対して、カウンターを得意とする水鏡(すいきょう)流の師範シュハク。真逆の派閥が対立することは良くあることだ。


 シュラは咳払いを一つして、話を本題へと戻した。


「こほん。……実は、遭難した男の方が陣十郎様に謁見した際、極めて興味深い……いえ、異常なことを口にしていたのです。」


「ほう、興味深いこととは?」


 セイチョウが身を乗り出す。シュラは一呼吸置き、重々しく告げた。


「彼は……自分は複数の魔法を使える者だ、と言ったのです。」


 その瞬間、部屋の中に衝撃が走った。


「なに!?」「それは本当か!?」 「 大変なことだぞ!」


 師範たちが口々に騒ぎ立てる中、セイチョウがシュハクに鋭い視線を向けた。


「おや? シュハク殿はあまり驚いていないようだが、最初から知っておったのかね?」


「ええ。私は彼を道場へ連れていく際、直接話を聞きました。」


 シュハクが淡々と認めると、場はさらに紛糾した。


「それじゃあ、本当に混血だというのか!?」「そんな危険な輩、今すぐ里を追い出すべきだ!」


 ヤジが飛び交い、収集がつかなくなりかける。シュラが慌てて手を広げた。


「落ち着いてください、皆様! 陣十郎様は、彼が許可なしに魔法を使うことを固く禁じたうえで、里への滞在を許されたのです!」


 しかし、その言葉は火に油を注ぐ結果となった。


「陣十郎様! あなたがお人好しなのは存じておりますが、これでは脇が甘すぎますぞ!」


 声を上げたのは、ジャックル族の師範、オウゼンだった。彼は厳格な規律を重んじる男で、その声には強い非難の色が混じっていた。


「『弱き者を助ける』という神後流の精神は、我らも誇りに思っております。しかし、今回は話が別です。複数の魔法を操るほどの力を持つ者が、果たして『弱者』と言えるのでしょうか!? 彼は里にとっての脅威ではありませんか!」


 オウゼンが陣十郎に向かって叫ぶ。その追及に対し、シュハクが静かに割り込んだ。


「オウゼン殿、言い過ぎです。彼らはあの霧山で死に直面していました。その時点で、彼らは紛れもない弱者であったはずだ」


「シュハク殿、貴殿は彼らを助けた張本人だと聞くが、そのときは奴が混血だと見抜けなかったのか?」


 オウゼンの問いに、シュハクは首を振った。


「いいえ、分かりませんでした。見た目はどこにでもいるキンミ族と変わりませんでしたから。」


 その言葉に場は騒然とした。


「キンミ族と同じ見た目?」「どうやって見分けろと言うのだ!」


 というヤジがあちこちから飛び交う。


「ふん。道場にはキンミ族が何人もいる。その中から混血の一人を見分け、常に監視し続けることなど可能なのかね?」


 オウゼンの冷ややかな問いに、シュハクは力強く頷いた。


「彼の顔は覚えています。私が責任を持って監視いたしましょう。」


「忙しい貴殿が、一人の若造に付きっきりになれるはずもなかろう。」


 オウゼンがさらに食い下がろうとした瞬間、一段高い場所から陣十郎の低い声が響いた。


「……ちょっと待て。」


 その一言で、騒がしかった室内は瞬時に静まり返った。 陣十郎は鋭い眼光をシュハクに向け、静かに問うた。


「シュハク。わしはあの男に同行していたファミル族の少女に、監視を命じたはずだ。……今、彼女は何をしておる?」


 その問いに、シュハクは淀みなく答えた。


「はい。彼女は現在、サリアンの医局で働かせております。」


「……奴とは別にか?」


 陣十郎の声が一段と低くなる。


「はい、別々にしております。」


 この返答に、部屋の空気は一変した。 陣十郎の眉間に深い皺が刻まれ、その視線が射抜くような鋭さを増す。


「シュラ。お前、わしの言葉をどう伝えた?」


 陣十郎の目線が、部屋の端で直立していたシュラに移った。 シュラは一瞬、顔を引きつらせたが、次の瞬間には畳に額を擦り付けていた。


「……申し訳ありません! 私の伝え忘れでございます!」


 その場に、重苦しい溜息が漏れ出した。


「うちの息子が、多大なご迷惑を……」


 シュハクもまた深く頭を下げたが、陣十郎は呆れたように手を振った。


「お前が謝る必要はない。シュラの脇の甘さは今に始まったことではないからな。」


 陣十郎はシュラを睨みつけながらも、再びシュハクに向き直った。


「それよりも重要なのは、シュハク、お前がなぜ二人を分ける判断をしたかだ。その理由を聞かせてもらおう。」


「はい……。二人は強い絆で結ばれた仲間であると聞いております。ならば、有事の際の共闘を防ぐために、物理的に引き離して監視するのが上策と考えました。」


「ふむ……。しかし、ファミル族に攻撃手段などあるのか?」


 オウゼンの疑問に、シュハクは厳しい表情で答えた。


「攻撃そのものはできずとも、我々の攻撃を即座に治癒で無効化されるようでは、たとえ熟練の剣士といえども苦戦を強いられます。二人を揃わせておくのは危険です。」


 その説明には一理あった。しかし、シュハクはさらに続けた。


「けれども、私に彼を監視する時間が無いことも分かっております。監視力が弱まれば、彼は自由に行動できてしまう。そうなればどうなるかは皆さんお分かりだと思います。我々の負担をなるべく負わずに彼を監視する方法として陣十郎様の案はいいと思います。」 


「しかし、その少女自身を本当に信用できるのか? 監視を装いながら、裏で共謀して逃亡の手引きをするのではないか?」


「その懸念は確かにあります。」


 シュハクのその言葉で、再び室内がざわつき始めた。


「だが、魔法を使えば霧山に捨てられると分かっていて、そんな愚かな真似をするだろうか?」


「それは希望的観測に過ぎん!」「そうだ、キンミ族の味方をするような女だぞ!」


 あちこちからヤジが飛び、声は次第に大きくなっていく。 大声を出しても収拾がつかないほどの喧騒となったとき、陣十郎がサッと立ち上がった。


 その圧倒的な威圧感に、全員の視線が吸い寄せられる。 ざわめきは波が引くように収まり、部屋には再び静寂が戻った。


 完全に静まり返ったのを見計らって、陣十郎はゆっくりと腰を下ろした。


「……ここであれこれ推測を並べ立てても、無駄というものだ。本人を呼んで聞くのが一番早いだろう。」


 陣十郎の言葉は、絶対の命令だった。


「シュラ。今すぐ少女を呼んでこい。」


「……はっ! 承知いたしました!」


 シュハクの命も受け、シュラは急いで館を飛び出した。


 闇夜の中、シュラは医局に向けて走っていた。


 ……俺は、陣十郎先生の案には反対だ。


 走りながら、シュラは自らの胸の内に燻る思いを噛み締めていた。


 ファミル族の少女マーヤが、果たして本当に信用に足る人物なのか、彼には確信が持てなかった。 だからこそ、彼女を危険な混血であるユウトから引き離し、それぞれ個別に監視するという父親の案が正しいと信じていた。


 そのため、陣十郎の言葉をわざと父には伝えなかったのだ。 父上なら俺と同じ判断をする……。そう思ったからこそ、あえて情報を伏せた。


 シュラは、情報の伝達役としては致命的な欠陥を抱えていた。 自分の意見を強く持ちすぎるあまり、都合の悪い情報を隠したり、改変したりすることを、正しいことだと思い込んでいたのだ。 組織において、そのような不透明な情報操作がどれほど致命的な崩壊を招くか、今のシュラには想像も及んでいなかった。 ただ自分は、里の安全のために「いいこと」をしているのだと信じて疑わなかった。


 医局に到着すると、既に全ての明かりは消えていた。 マーヤたちが既に眠りについていることは明白だったが、陣十郎が待っている以上、猶予はなかった。


 ドンドン! と、シュラは荒々しく扉を叩いた。


「……返事がないな。」


 もう一度、今度はさらに大声で呼びかけながら扉を激しく叩く。 しばらくして、ようやくガチャリと鍵が開く音がし、寝ぼけ眼のサリアンが顔を出した。


「ふぁ~~……。ちょっとシュラ、こんな夜中に何の用よ?」


「陣十郎様が、あのファミル族の少女と話したいとおっしゃっている。マーヤを呼んできてくれ。」


 サリアンの目が一瞬で鋭くなった。


「……まさか、彼女にひどいことするんじゃないでしょうね?」


「安心しろ。ただ話を聞くだけだ」


「……うーん。やっぱり心配。私も付いていってもいい?」


 シュラは少し迷ったが、時間を浪費するわけにもいかない。


「構わないが、あまり口出しはするなよ。」


「わかってるってば。」


 サリアンはそう言い残すと、奥へと消えていった。


 ほどなくして、サリアンは眠そうに目をこするマーヤを連れて戻ってきた。


「……え、あの、陣十郎様が……?」


 突然の呼び出しに戸惑うマーヤに、シュラは短く告げた。


「寝起きのところ申し訳ないが、急いでもらうぞ。陣十郎先生をお待たせするわけにはいかない。」


 三人は夜の闇を裂くように、再び陣十郎の屋敷へと走った。 マーヤの心臓は、寒さとは別の理由で激しく波打っていた。

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