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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第四章 霧の里編

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25. 受け入れ態勢

 私は意を決して、陣十郎様の鋭い眼光を真っ向から受け止めた。ここで隠し事をしても、この老剣士の目をごまかすことはできないと確信していたからだ。


「……本当の名前を、お伝えします。私はマーヤ。そして、彼はユウトといいます。マリー、ユーベルというのは、追手から逃れるためにつけた偽名です。」


 私の言葉に、背後にいた案内の女性が小さく息を呑むのがわかった。シュラは「やっぱり偽名だったか」と吐き捨てるように呟いたが、陣十郎様はただ静かに、私の言葉の続きを待っていた。


 私はこれまでのすべてを話した。バークワクトでのユウトとの出会い、ゲリスの薬屋での修行、氷狼の襲撃と、そこでユウトが複数の魔法を使ってしまったこと。そして、それによって「混血」の汚名を着せられ、国から重大犯罪者として追われる身になったこと。

話し終えた後、広間には重苦しい沈黙が流れた。


 陣十郎様はしばらくの間、目を閉じて考えにふけっていたが、やがてゆっくりと目を開けた。


「わしらは、まだお前たちを全面的に信用したわけではない。この男……ユウトと言ったか。その魔法の力がどれほどのものかも、その話が真実かどうかも、すぐには判断できぬ」


「先生、やはり憲兵に――」


 シュラが口を挟もうとしたが、陣十郎様はそれを手で制した。


「しかし、それを抜きで考えれば、お前たちはただの行き倒れの遭難者だ。神後流の門を叩いた者を、理由もなく追い出すことはわしの流儀に反する。……ユウト、お前に一つ、約束してもらうことがある。」


 ユウトは緊張した面持ちで背筋を伸ばし、「はい」と短く答えた。


「わしらの許可なく、この里で魔法を使ってはならぬ。もし隠れて魔法を使っているところを誰かが見つけたら、その場でお前をあの霧山に放り出し、二度と敷居を跨がせぬ。いいな?」


 陣十郎様の言葉は、冗談など一切通じない峻烈な響きを持っていた。ユウトはごくりと唾を飲み込み、神妙に頷いた。


「はい。……分かりました。約束します。」


「隣のお前もだ、マーヤ。この男が馬鹿な真似をせぬよう、よく見ておくのだぞ。」


 陣十郎様の視線が私に向けられ、私は震える声を押し殺して「……はい! 分かりました」と答えた。


「よし。シュラ、この二人を道場へ案内しろ。」


「……承知しました。」


 シュラは不服そうではあったが、陣十郎様の命には逆らえないようだった。私たちは広間を辞し、シュラの後に続いて屋敷の外へと出た。


 屋敷の一歩外に出ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。霧に包まれた隠れ里だと思っていた場所には、活気ある町並みが広がっていたのだ。通りには瓦屋根の商店が整然と立ち並び、多くの人々が行き交っている。あの険しい霧山の向こう側に、これほど大規模な集落が存在するとは夢にも思わなかった。


 しかし、シュラは賑わう商店街には目もくれず、その反対側……人通りが少なくなり、空気がピリリと張り詰めた一角へと足を進めた。


 辺りにはカンッ、カンッという、木と木が激しくぶつかり合う音が響き渡っている。


 シュラは無言のまま、迷いのない足取りで進んでいく。彼は時折、鋭い視線を私たちに投げかけてくるが、決して話しかけてこようとはしない。私たちを警戒しているのか、それとも陣十郎様に押し付けられた案内役に嫌気が差しているのか、その横顔からは感情が読み取れなかった。


 やがて、道の突き当りにひときわ巨大で立派な建物が見えてきた。陣十郎様の屋敷にも引けを取らない、重厚な造りの道場だ。


 玄関をくぐる際、シュラは立ち止まって「失礼します」と短く頭を下げた。私たちもそれに倣って中に入る。


 外の静寂とは対照的に、道場の中は熱気に満ちていた。広い板間の上で、大勢の門下生たちが木刀を振り回し、稽古に励んでいる。シュラの姿に気づいた数人が「シュラ、おかえり」と声をかけたが、彼はそれを無視して奥へと突き進んだ。見慣れぬ私たちの姿に、門下生たちの視線が訝しげに突き刺さる。


 道場の一番奥、一段高くなった場所に一人の初老の男性が座っていた。筋骨逞しく、厳格な雰囲気を纏ったその人物は、シュラの顔を見るなり表情を和らげた。


「お父様。ただいま戻りました。」


「おお、シュラか。よく戻った。……後ろの者たちは、あの日山で助けた者たちか。」


 この方が、私たちを救ってくれたシュハク様だった。私は一歩前に出て、深く頭を下げた。


「あなたが、私たちを助けてくださったのですね。その節は本当にありがとうございました。おかげで命を拾いました。」


「いや、無事で何よりだ。それで、どうしてあんな山の中にいたのだ?」


 シュハク様の問いに私が答えようとした瞬間、シュラが横から口を出した。彼はシュハク様の耳元で、先ほど陣十郎様の屋敷で話した内容を囁いた。


 シュハク様の表情が、みるみるうちに厳しく変わっていくのがわかった。


「……そうか。事情はわかった。陣十郎先生がお認めになったのであれば、わしから言うことはない。」


 シュハク様はユウトを鋭い目で見据えた。


「ユウトと言ったな。お前はこの道場で、わしが直々に見てやる。そのひょろっとした体を、少しは鍛え直さねばならんからな。」


「え、えぇっ!? 俺が稽古を……?」


 ユウトが情けない声を上げたが、シュハク様の目は笑っていなかった。


「そして、マーヤ。お前は医療班に回ってもらう。この里には怪我人が絶えんからな。シュラ、彼女をサリアンのところへ連れて行け。」


「はい、お父様。」


 私はユウトと別れ、再びシュラに連れられて道場を出た。


「なぜお父様や陣十郎先生が、貴様らのような怪しい連中を迎え入れたのかはわからんが……俺はまだ、お前たちを信じたわけじゃないからな。」


 歩きながらシュラが吐き捨てるように言った。私は彼の背中を見つめながら、「はい」とだけ答えた。


 案内されたのは、道場のすぐ隣に建つ小さな建物だった。


「サリアンさーん、いるかー?」


 シュラが声をかけると、奥から「はーい」という明るい女性の声が返ってきた。


 現れたのは、淡いピンク色の髪を揺らす、快活そうなファミル族の女性だった。


「どうしたの、シュラ? またどこか痛めたの?」


「いや、今日は客……いや、新しい仲間を連れてきた。彼女はマーヤ。お父様が山で助けた子だ。今日からサリアンさんの手伝いをすることになったから、よろしく頼む。」


 私は丁寧に頭を下げた。


「マーヤと申します。これからお世話になります。よろしくお願いします。」


 サリアンさんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに人懐っこい笑顔を見せた。


「へぇー、新しい仲間! よろしくね、マーヤちゃん!」


 シュラはサリアンさんを少し離れた場所に呼び寄せ、何やら耳打ちを始めた。私の素性について警告しているのだろう。サリアンさんは「ふむふむ」と頷いていたが、やがてシュラを軽く小突いた。


「....そう....でもこの子は普通の子何だよね?」


「一見するとそうだけど、何か隠してるかも。」


「あんたは人を疑いすぎだよ。こんなに可愛らしい子が、そんな悪いことをするわけないじゃん。」


「みんなが人を信じすぎなんだよ! とにかく、気をつけてくれよ。」


 シュラはぶつぶつと文句を言いながら、道場の方へと帰っていった。


「さ、マーヤちゃん、中に入って。そんなに固くならなくていいよ。敬語もなし! 私たち、歳が近そうだしね。」


 サリアンさんに促され、私は医局の中へと足を踏み入れた。


「えっと……はい。……じゃなくて、うん。よろしくお願いします。」


「うん、まあ、今はそれでいい。私はサリアン、19歳だよ。マーヤちゃんは?」


「私は15歳です。」


「わあ、本当に近いね! 15歳でこんなところまで逃げてくるなんて、大変だったでしょ?」


 サリアンさんの屈託のない言葉に、私は少し心が楽になる。


「すごいですね。19歳で自分の医院を持つなんて。」


「いや〜、うち、別にすごく優秀ってわけじゃなくて、むしろ逃げてきたんだよ。」


「逃げてきた...の?誰から?」


 サリアンさんも誰かに追われているのかと思って深刻そうに聞く私に、サリアンさんは軽く笑った。


「 まあ、そんなに大層な理由じゃないんだけどね。前の師匠がすっごく厳しくてさ。嫌になって逃げ出しちゃったの。たまたまこの里にファミル族がいなかったから、こうして医局を任されてるってわけ。」


 サリアンさんは笑って話していたが、その言葉にはどこか共感できるものがあった。私は彼女に、ユウトのことや、私たちがここへ辿り着くまでの経緯をかいつまんで話した。


 話を聞き終えたサリアンさんは、突然、顔を真っ赤にして立ち上がった。


「ちょっと、そのユウトとかいう男、どこにいるの!? 今すぐ行って、あんたの人生をめちゃくちゃにしたお礼に、一発ぶん殴ってやるんだから!」


「ま、待って、サリアンさん! 落ち着いて!」


 私は慌てて彼女の裾を引っ張り、制止した。


「なんで止めるのよ! そいつのせいで、マーヤちゃんは指名手配犯にまでなったんでしょ!?」


「……それは、そうかもしれません。でも、ユウトも私を巻き込むつもりはなかったんです。」


「奴にマーヤを巻き込む気が合ったのかどうかは関係ないよ!実際にマーヤは巻き込まれたんでしょ!?」


「いや、一緒に逃げようって決めたのは私自身ですから。……私は、この選択を後悔していません。」


 私の真剣な言葉に、サリアンさんは勢いを失い、ゆっくりと椅子に座り直した。


「……そうなんだ。マーヤちゃんがそう言うなら、私が怒っても仕方ないね。ごめんね、いきなり大きな声出して。」


「いえ……。私のために怒ってくれて、嬉しかったです。」


 私たちは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。


 それからサリアンさんは、医局での仕事を丁寧に教えてくれた。基本的には稽古で怪我をした門下生の手当だが、時には風邪の治療や、厳しい稽古を嫌がって仮病を使う子の見極めも必要だという。


「怪我の手当てとか、けがの治療はしたことあるよね?……あ、そうだ。重い症状の子には、この棚にある薬を出すようにしてるんだけど。」


 サリアンさんが指差した薬棚を見た瞬間、私は自分の目を疑った。


 その棚の形状、引き出しに貼られた几帳面な文字のラベル、そして薬草の分類方法……。


「……これ、まさか。」


「サリアンの師匠って薬師だったんですか?」


「え?うん。そうだけど...」


「サリアンってどこ出身でしたっけ?」


「ゲリスだよ。」


「じ...じゃあ、師匠の名前って「ガーベラ」だったりしますか?」


「え?なんで知ってるの...」


 私は衝撃のあまり、その場にへたり込みそうになった。


「私も……私もガーベラさんの弟子なんです!」


「ええっ!? 嘘でしょ!?」


 サリアンさんは目を丸くして驚き、私たちはしばらくの間、信じられない偶然に叫び声を上げてしまった。サリアンさんは、ガーベラさんがゲリスに戻るよりもずっと前に、彼女の下を飛び出してきた兄弟子……いや、姉弟子だったのだ。


 共通の師匠の話題で、私たちの距離は一気に縮まった。ガーベラさんの厳しさや、時折見せる不器用な優しさについて語り合ううちに、日はすっかり傾いていた。


「あ、もうこんな時間! そろそろ稽古が終わる頃だよ、マーヤ! これからが正念場だからね!」


 サリアンさんの予言通り、それからどっと人が押し寄せてきた。 やってくるのは、私よりも小さな子供たちばかりだった。みんな腕や足、顔にまであざを作り、泥だらけの姿をしていた。


「お姉ちゃん、ここ痛いよー」


「よしよし、大丈夫だよ。今すぐ治してあげるからね。」


 私は母から教わった治癒魔法を使い、一人ひとりの傷を癒していった。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 子供たちの無邪気な笑顔に触れるたび、逃亡生活でこわばっていた私の心が、少しずつ解きほぐされていくのを感じた。久しぶりに感じる、人を治す喜び。医者を目指していた頃の、純粋な気持ちが蘇ってくるようだった。


 その波が終わった時にサリアンに気になることを聞いてみた。


「なんで子供が多いんですか?道場では大人も結構いたけど...」


「大人は上手いからね。怪我になるような攻撃は受け流せるんだよ。でも子供はそれがまだ上手くない。だからあざだらけになっちゃうんだよね。」


「ちょっとかわいそうですね。」


「そうだよね。でもここではけがの痛みを知った分強くなれるって言うから、あの子たちもきっと強くなるよ。」


 後片付けが一段落したとき、サリアンさんがふと思い出したように私を見た。


「そういえばマーヤ、今夜どこで寝るか聞いてる?」


「え? ……そういえば、何も聞いていません。」


「わあ、シュラのやつ、また肝心なことを忘れてる...ちょっと聞いてこよ!」


 サリアンさんに連れられ道場に戻ると、ちょうど稽古を終えたシュラがいた。


「おい、シュラ! マーヤの寝所はどうなってるのよ!」


「あ……。悪い、言うの忘れてた。陣十郎先生から、マーヤはサリアンの部屋に一緒に泊めるようにって仰せつかってるんだった。」


「もう、そんな大事なこと、どうして忘れるのよ!」


 サリアンさんの愚痴を背に受けながら、シュラはバツが悪そうに頭を掻いていた。二人、仲いいなぁ。


 その夜、私はサリアンさんが暮らす医局の二階にお邪魔した。 二つの布団を並べ、私たちは夜更けまで語り合った。窓の外からは、霧の里の静かな虫の音だけが聞こえてくる。

つい数日前までは、雪山で凍え死ぬ寸前だった。それが今では、こうして温かい布団の中で、新しい友人と笑い合っている。


 この平穏が、いつまで続くのかはわからない。ユウトの魔法のことも、私たちの手配書のことも、いつこの里に災いをもたらすかわからないという不安は、常に心の片隅にある。

けれど、今はただ、この場所で自分にできることを精一杯やろうと思う。


 新しい生活、新しい役割。 私は心地よい疲れの中で、吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。

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