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うちの村に異世界から無能がやってきました  作者: 投降の旗印
第三章 逃走編

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20. 故郷

 十数日におよぶ逃避行の末、私たちはついに懐かしい風が吹く街、バークワクトの門をくぐった。


 見慣れた家並み、三和土の感触。どれもが数ヶ月前まで私の日常だった景色だ。けれど、今の私にとっては、それらすべてが遠い夢の跡のように感じられた。


 門を通り過ぎる際、自警団の兵士たちが鋭い視線を投げかけてきた気がして、思わず身をすくめる。隣を歩く青い髪の青年ユウトは、私の不安を察したのか、そっと隣に寄り添ってくれた。


「大丈夫だよ、マーヤ。今の俺はどこから見てもホルミ族なんだから」


 ユウトが小声で囁く。確かに、彼の髪は鮮やかな青色で、水魔法を使えるということも相まって、キンミ族の指名手配犯とは思われないだろう。しかし、私自身は変わっていない。町の人に気づかれれば、即座に「重大犯罪者」として通報される恐怖が胸を締め付けていた。


 町を歩いていると道行く人が「おお、マーヤちゃん久しぶりだね!」と声を掛けてくれる。それに私は笑顔で対応するけど、心は全く落ち着かない。この人たちはまだ私が「重大犯罪者」になったことを知らない。でも、いつか、気づいてしまうかもしれない。そうした焦りが常に心の内にあった。


 私たちは感慨に浸る余裕もなく、商店街の隅にある中央冒険者組合の出張所へと向かった。そこは、大きな街にある豪華な施設とは違い、小さな商店が軒を連ねる一角にひっそりと佇む、目立たない建物だった。


 中に入ると、埃っぽい空気の中に古びた羊皮紙の匂いが漂っていた。受付にはホルミ族の若い女性が座り、退屈そうに書類を整理している。


「おはようございます。依頼を受けに来られたのですか?」


 彼女は笑顔をユウトに向けた。ホルミ族の男性が連れているファミル族の少女、という構図は、この町では珍しくも怪しくもないはずだ。


「あの...冒険者登録をお願いしたいんですけど……」


 私が一歩前に出てそう言うと、受付のお姉さんは少し意外そうな顔をした。ファミル族が冒険者になるのは、この世界では稀なことだ。彼女は「かしこまりました」と告げると、裏から登録用の書類を持って戻ってきた。


「お名前と、あなた方一行のお名前を伺いますね。」


 私は緊張で震える指を隠しながら、あらかじめ決めておいた偽名を口にした。


「私はマリー、彼はユーベルです。私達の名前は……『暁の旅路』でお願いします」


 即興でつけた名前に、ユウトが隣で「へぇ、かっこいいね」と小さく笑った。


 手続きが終わると、私たちは一番下の階級である「雑」の証、小さな木の首飾りを渡された。この世界では、階級は上から極・松・竹・梅・並・雑に分かれており、新人は皆、この粗末な木の首飾りから始まるのだ。


 「並」の冒険者は石、「梅」は銅、「竹」は銀、「松」は金、「極」は魔鉱石の首飾りをそれぞれつけている。この首飾りで階級を判別する。通常時はつけてもつけなくてもいいが、依頼の遂行時は首飾りをつけることが義務付けられている。ただほとんどの冒険者は通常時でも首飾りを付けている。


 出張所を出て、私たちは近くの広場にある椅子に腰を下ろした。第4回目となる作戦会議の始まりだ。


「さて、これからどうしよう。無事冒険者になれたけど....」


 ユウトが首飾りの木片を弄りながら言った。


「そうですね。バークワクトは交通の要衝です。ここから先は西の農村地帯へ行くか、東のジョグリブ王国を目指すかの二択になります。」


 私は地面に枝で簡単な地図を描いた。


「西は山に囲まれています。そのため、それより先に行くには険しい山越えが待っています。体力の少ないユウト……ユーベルさんには、かなりキツい道になるでしょう。逆に東へ行くなら、国境の検問所を通らなければなりません。そこでは身元調査が厳しく行われます。今の私たちの偽装が通用するかどうか……」


「うーん……どっちも地獄だね。」


 ユウトは天を仰いだ。真剣に悩んでいるのかと思いきや、彼の視線は広場の鳩を追いかけている。


「ユウト! ちょっとは真面目に考えてくださいよ! 私たちの命がかかっているんですよ?」


「分かってるって。でもさ、まずは軍資金が必要だろ? 宿代も尽きかけてるし、まずはこの町で依頼をこなそうよ。ほら、あそこの依頼板にあったやつ」


 ユウトが指差したのは、出張所の壁に貼られていた「迷子の猫探し」の依頼だった。


「……確かに。今は一銭でも惜しい時期ですからね。分かりました、まずはこれを片付けましょう。」


 魔物退治とか、迷宮探索とかそういう依頼の方が報奨金が多いけど、危険度も高い。しかも階級によって受けられる依頼は決まっており、魔物退治は「竹」以上、迷宮探索は「松」以上の階級じゃないと受けられない。だから「雑」の階級で受けられるのは、迷子の猫探しのような安全だけど報奨金も安い依頼しかない。


 もう一度出張所に入り、「迷子の猫探し」の依頼を受付に持っていき、依頼を受けた。


 私たちは依頼板に書かれた依頼主の家を訪ねることにした。商店街の裏手、古い長屋が並ぶ一角だ。扉を叩くと、一人の女性が顔を出した。


「はじめまして、依頼を受けましたマリーです……」


 挨拶をしようとした私の言葉が、喉の奥で凍りついた。


「あら……もしかして、マーヤちゃん?」


 最悪だ。依頼主は、母カーラの親友であるジュリアさんだった。私は動揺を必死に隠す。


「あ、ジュリアさん! お久しぶりです!」


「あら?マーヤちゃんはガーベラさんの所にお世話になっているって聞いたんだけど...どうしたのかしら?」


 やばい...どうにかしないと、頭を高速回転して嘘を捻出する。


「えっと、これは修行の一環で……師匠から冒険者としての社会経験を積むように言われて。このユーベルさんは、私を護衛するために同行してくれている方なんです。」


「まあ! ガーベラさんのところで頑張っているのね。お母さんも喜ぶわ」


 ジュリアさんは疑うことなく笑った。知り合いに嘘をつくというのは心が痛い。


 私は内心、冷や汗をかきながら、迷子の猫について聞き出す。その猫は三毛猫で尻尾が短いらしい。三毛猫は3日ほど前にいなくなり町のあちこちを探し回ったが見つからなかったという。


 話のついでに、高札にある「重大犯罪者」についても探りを入れてみる。


「そういえば、町の入り口に怖い手配書がありましたけど……」


「ああ、あれね。何の罪を犯したのかも分からないから不気味よね。でも、ファミル族とキンミ族の二人組なんて、この辺りにいればすぐに分かるわよね。見かけたら気をつけなさいよ。」


 ユウトの髪を染めておいて本当に良かった。私は心の底から安堵しながら、三毛猫の捜索を開始した。


 町の人に三毛猫の聞き込みを続けるうち、猫は街外れの貧民街……キンミ族が多く住む区域へ向かったらしいことが判明した。ユウトと前にも行ったことがあるが、そう何度も行きたくない場所だ。


 そこへ足を踏み入れると、以前よりも空気がピリピリと張り詰めているのが分かった。道行く人に猫のことを聞いてみても、ことごとく無視された。中には逆に怒ってくる人もいた。なんで?怖いよ~


「おい、あんたら。ここで何してるんだ?」


 不意に声をかけられ、私たちは振り返った。そこに立っていたのは、嫌らしいニヤニヤ顔を浮かべた坊主頭の男、パキルだった。


「パキルさん。お久しぶりです。実は猫を探しているんですけど、誰も相手をしてくれなくて……」


「ああ、今はみんな疑心暗鬼なんだよ。重大犯罪者って知ってるかい?その中にキンミ族がいたから、ここにいる人達は間違って自分が連れていかれるんじゃないかとびくびくしてるんだよ。よし、俺が力を貸してやろう」


 パキルはこの界隈で顔が広いらしく、彼が声をかけるとキンミ族の人々は驚くほど素直に情報をくれた。ほどなくして、路地裏の木箱の裏で震えている三毛猫を見つけることができた,。


 無事に猫をジュリアさんに届け、出張所でなけなしの報酬金を受け取ったとき、日はすでに傾き始めていた。


「……ユウト。これから、ある所に行きます。この町に来たら、絶対に行かなきゃいけない所です。」


 私は覚悟を決めて言った。


「お母さんのところ……だよね。」


 ユウトが真剣な表情で頷く。


 歩き慣れた橋を渡り、見慣れた道を進んでいく。夕日が二人の影を長く延ばす。もうお母さんの医院は閉まっている時間だ。住み慣れた家にはすぐ着いてしまった。この扉を開ければ、もう嘘はつけない。私は深呼吸をして、重い扉を押し開けた。


「お母さん……ただいま戻りました」


 部屋の奥から聞こえてきた母の驚きに満ちた声が、私の帰郷を告げていた。

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