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3回目 父と娘 迎撃編

 アルドヘルム=グランベルノ、私のお父様はひとしきり、己が統べる一団を見渡した後、狩りの前の獅子のように歯を見せて笑った。

 赤金色のたてがみのような髪が風になびく。


 両手を天高く掲げ、2羽の魔法鳥と城壁の上に並ぶ大勢の騎士たちを従えた姿は獅子公爵という名に恥じず、威風堂々として、まさにこの戦場の支配者だった。


『ふははははーっ! 俺の前に立ちはだかる輩は全て潰す』


 そんな声が聞こえてきそうだ。

 何なの? この妙な威圧感は。


 おーい……一応この場で一番偉いのはエリオリス王太子殿下なんですけどぉ……。

 本当はそう突っ込みを入れたい所だったが、悦に入ったお父様のご機嫌を損ねると、駄々をこねて面倒臭そうなので、心の中で呟くに留めた。

 不甲斐ない婚約者でごめんねっ! エリオリス!


 2匹の魔法鳥はすぐに突撃するかに見えた。

 しかし、お父様は目の前の獲物、イビルホークを睨みつけ嚙みつく機会を伺っている。


 次第に近づいてくるイビルホーク。

 それでも、お父様も2羽の魔法鳥たちも動かない。

 何かを待っている? いや、戦いに適した間合いを取っているようだ。


「動かないのが不思議か?」

「ええ」


 お父様の性格上、派手に突っ込み大暴れ! を予想していた。


「この魔法は連絡鳥の術式を応用しているが、大幅に変更した点も多い」


 それは分かる。連絡鳥はこんなに大きくないし、殲滅命令とか衝撃波攻撃とか火炎放射攻撃とかそんな物騒なものは、魔法陣に組み込まれてなんかいない。


「その中でも最たる違いは、連絡鳥は放った後こちらからの指示を出せないが、この魔法鳥たちは指示を出せるということ」

「そういえば魔法陣の、発動時間を書き込む位置に『命令者の再度指示があるまで』とありましたわね」

「聡いな。そうだ、この魔法鳥には指示を受け取る受容器官を設けた」


 私はお父様が展開した魔法陣を、頭の記録庫から引っ張り出してきて脳内で眺めた。

 確かに、肉眼で見たときは見落としていたけれど、改めて確認してみると魔法鳥たちを生成した緑と赤の魔法陣両方に見慣れない式がある。

 これがお父様の言っている『指示を受け取る受容器官の設置』とやらに違いない。


「ただ、指示を下すにしても魔法鳥と距離があると、なかなか時間が掛かってな」

「だから距離を測っている、と」

「そうだ…………そろそろ頃合いか」


 言うとお父様は掲げていた手を振り下ろした。

 2匹の鳥がイビルホーク目掛けて飛んでいく。

 羽ばたいて発生した熱風に、髪とドレスがさらわれた。熱い。


「さて、最初の指示は」


 お父様が振り下ろした手を返し、流れるような動作で次の魔法陣を描き出す。

 もちろん二つ。

 風を表す緑の光が空を舞う。

 魔法陣が完成すると息つく間もなく発動させる。

 今度は2羽の翡翠色の風を纏った鳥が現れた。イビルホークへ向かった巨大な魔法鳥の原型となった連絡鳥だ。


 お父様は2羽を左右両手の甲に止まらせ、2羽の鳥たちに言い聞かせるように呟いた。


「持てる最大の火力でもって敵を屠れ」


 その声は低く軽快で、愉悦が混ざっていた。

 発せられた言葉が緑の文字となって小さな鳥たちの周囲を取り巻き、やがて体の一部となる。

 最後の文字まで2羽の鳥たちに巻きつくのを確認すると、獅子は再び手を振った。


 鳥たちがそれを合図に飛び立つ。

 緑の尾を引いて、魔法鳥の元へと一直線に。

 やがて2匹の小さな鳥たちは、それぞれ近づいた大きな鳥たちの体内へとするりと入り消えていった。

 同時に大きな鳥たちが甲高い叫びを上げ、イビルホークに襲いかかる。

 曇天の空を舞台に鳥たちの追いかけっこが始まった。


 始めは魔法鳥たちが優勢に見えた。

 風の魔法鳥が衝撃波を放ち、火の魔法鳥が炎のブレスを吐く。

 イビルホークはその攻撃を紙一重でかわす。


 反撃させる間もなく、風の魔法鳥は敵を撹乱するような素早い動きで背後を取り、鋭く尖ったクチバシで相手の背を突こうとする。

 火の魔法鳥はブレスの後、敵が怯んだところに追い打ちをかけるような体当たりだ。

 しかしどちらも、すんでの所で当たらない。

 そればかりか時間が経てば経つほど、イビルホークたちは魔法鳥の戦い方に慣れたようで、反撃するようになってきた。


「やはり戦いが単調になるかぁ」


 鳥たちの空中戦を眺めながらお父様がぼそりと呟いた。


「連携させて仕留めたいところだが、どうしたものか」


 うーん、とその場で長考している。


 次の手を考えてないの?!

 のんびりとして見えるんだけど、大丈夫なのかしら。


 と、その時だ。

 イビルホークの1羽が城の方角へと突っ込み、それを追っていた火の魔法鳥が口を大きく開けた。


「えっ! まさかブレス?」


 あろうことか火の魔法鳥は私たちがいるのにも構わず、炎のブレスを吐こうとしていた。

 このままだとイビルホークが騎士たちがいる城壁に突っ込んだ挙句、味方のはずの魔法鳥が吐いたブレスで私も含め皆、丸焦げになってしまう!



「お父様! 魔法鳥たちに味方には攻撃しないよう制限を設けるとか味方を守るとか、魔法陣に付与しなかったのですか?!」

「あ? あー……そういえば忘れていたな」


 そんなぁ!

 さてはこのオヤジ、攻めることしか考えてなかったな。

 いったいどうすればっ!


「そう慌てるな。なんとかなるだろ」

「なんとかって言っても!」


 言っている間にもイビルホークは近づき、火の魔法鳥がブレスを吐いた。


 だめだ! 当たる!


 そう思い、私が身を固くした瞬間、城壁の中央で茶色の光が、右の方で青い光が瞬いた。


 直後、ドォンと体に響く重低音と共に、イビルホークの飛行を邪魔するように地面が隆起しつらら状の土の柱が生え、城を囲むように水の幕が張られた。


 イビルホークは土の柱に驚き旋回する。ダメージは与えられてない。

 炎のブレスは水の幕に当たり一瞬にして搔き消え、水蒸気がもうもうと周囲に立ち込めた。


 私は咄嗟に光った方向を見た。

 その先には肩で息をするグランベルノ騎士団長ダリル=トルージアと、いつもある眉間のしわをさらに深くした渋い顔のデズモンド=アルヴィジア辺境伯の姿があった。

 二人同時に深い深いため息をついている。


 二つの、空からの攻撃を防いだのはこの二人のようである。

 見事な連携プレー! ナイスです!


「な? 大丈夫だっただろ?」


 事も無げに言うお父様は、したり顔。

 自分が何もしなくても二人が動いてくれると分かっていたのかしら。

 もしかしたら二人もお父様の荒い作戦に、こうなることを予測していたのかもしれない。

 急な事態に対するには、あまりに鮮やかな手腕だった。


 ダリル=トルージアは肩書きの通りグランベルノ家で働いている。当然お父様が魔族討伐に行く際はその手足となる。

 アルヴィジア辺境伯も魔族討伐には参加していて、多分お父様と一緒に戦った事も何回もあるのだろう。


 必然、お父様の性格や行動は把握済みで今のようなことも二人にとってはよくあることなのかもしれない。

 そこまで考えて何故か、いたたまれない気持ちになった。


 いつも父がご迷惑おかけしてます!

 いつもすみません!

 と、菓子折り持って頭下げに行きたい気分。

 大丈夫? ため息吐きすぎて幸せ逃げてってない? 苦労しすぎてうちの騎士団員のハゲ率、他のところと比べて上がってない?


 あー、そわそわする。


「あいつらなら何とかすると思っていた」

「凄い自信ですね」

「当然だ。あいつらの仕事は俺の命令に従い動き、俺の出来ないことをすること。そして俺の仕事はあいつらの上に立ち命令し、あいつらの出来ないことをすることだ」


 なんか綺麗にまとめやがった!


「何度も戦い、命を預けてるんだ。あいつらの実力くらい把握している。あいつらもな」


 戦いってそういうもの?


 火のブレスと水の幕がぶつかって出来た水蒸気の霧が晴れた。

 魔鳥と魔法鳥の空中大決戦は続いている。

 相変わらず追いかけたり追いかけられたり。


 衝撃波やブレスが交錯し、イビルホークたちも緑の魔法陣を展開、かまいたちで応戦している。

 どちらもなかなか決定打を打てていない。


「うーむ。魔法鳥の与えた魔力が切れるか、イビルホークの体力が尽きるか。持久戦に持ち込むのも良いが、次が来るからなぁ」

「次っ?!」

「まさかこれで終わるほど敵も甘くないだろう」

「ちょっと、お父様……私たちは一体誰と戦っているのですか?」

「だからそれは殿下に聞けと」

「今近くに殿下がいないからお父様に聞いているのです!」

「ああ、まぁ、後でな。お前たちはそれでなくても少し話をしたほうが良い」


 話すのもここで終わりだ、とでも言うかのようにお父様がうんざりした表情で息を吐き、私から目を反らした。


「それよりも鳥をどうするかだ………………そろそろ飽きた」

「飽きたって…………」


 始めたのはお父様だろうに、無責任この上ない。


「何か良い案はあるか? 今、提案すると俺の中の評価が通常時の3倍急上昇だ。破格だぞ」


 そんなショッピングみたいに、今ならお買い得なポイント3倍! な感じで言わないで欲しい。


 けれど、この状況を打破しなければならないのは確かよね。


 さっきお父様が言っていた連携という言葉を私は思い出す。

 連携かぁ、風と火で連携ねぇ……。


 敵も味方も2羽ずつ。

 互いにちょこまかと動き回っている。

 衝撃波にしろブレスにしろ対象に対して、単純な一方向にしか攻撃できない。

 ならば広範囲に攻撃するとか、逃げ場を与えないよう追い込むとか、すれば良いのよね。


 私は城壁の外、鳥たちが追いかけっこをしている地形を見渡した。

 何か使えそうなものはないか探す。

 城壁の外は西にシュミル河、東の遠方には森だ。

 城の正面、北に広がるのは草原で冬のこの時期は草も枯れ、藁色の大地が広がっている。


「お父様、最近この地域に雨は降りましたか?」

「いや。雪は数日前に降ったな」


 雪が降ったとは言うものの、見る限り残雪は城の日陰になっている部分のみで、ほとんどの大地は乾いているようだった。

 これならいけるかもしれない。


「何か思いついたか?」

「え? ええ、と……上手くいくかどうかは分かりませんが」


 あ、やめて、お父様! 猫がじゃれつく時、するような目でこっち見ないで!

 上手くいく確証なんてないんだから!


 実際、魔法がほとんど使えない私は、魔法を使って敵を倒すなんてしたことがない。

 まぁ、それ以前に令嬢なので戦う必要なんてないのだけれど。

 もし私が悪役令嬢ではなくヒロイン転生していたら、ストーリーを進めるうえで攻略対象キャラをはべらせて戦闘していたかもしれないのだけれど、残念なことに私、悪役令嬢なのよね。

 しかも悪役の使命からも逃げていたから、ヒロインをいじめるために無理矢理、魔法を使うこともなかったし。


 それでも日常生活で魔法を使いたいな、と思ったことは何度かあった。

 ユスティナや他の家族が、ことも無げに魔法を使って冷めた紅茶を温めたり、手慰みに水差しの水で虹を作ったりするのを見ては、ちょっとだけ羨ましくなったりもした。


 自分にも出来ないか。

 練習だってもちろんした。

 幸い、一度見たものは絶対に忘れない能力のおかげで魔法陣を描くことは得意だった。人生を3回もやり直したおかげで他の人が描いた魔法陣を見ることは人より多く、瞬時に解析することもできた。


 しかし魔力がないおかげで思いついても机上の空論、こんな魔法が使えたらなぁ、と妄想して終わり。


 なので、敵を倒す方法を思いついても、自信がない。

 ましてや他人の作りだした魔法に指示を与えて……なんて、どんな齟齬そごが生じるか分からない。


「自信がないか」

「ええ」

「成功も失敗もやってみなければ分からんだろう。失敗が怖いか?」

「そう、ですね」


 自分の力不足に足がすくんでいるのは事実だ。

 私は素直に認めた。


「ではその失敗への恐怖は俺が全て預かる。お前の失敗は全て俺が補おう」


 獅子が笑う。


「俺もそうしている」


 眼下の騎士たちを眺めながら獅子は目を細めた。

 お父様の荒い作戦とそれをフォローしたダリルとアルヴィジア伯。

 お父様の自信は仲間への信頼があるからだとはっきり分かる。


「お前の後ろには俺が。俺の後ろには百数人の騎士がいる。何か問題があるか?」

「……いえ」

「確かにお前には魔力がない。ならば違う力で補え。人もまた力だ」

「しかし、それはお父様の力です」

「そうだな、俺の力だ。その俺がお前を認め、助けるのだ。問題などどこにもないだろう」


 不安を全てねじ伏せるような強引な言葉。


「何も考えるな。やりたいことをやれ」


 ドンっと力強く背中を叩かれる。

 私は反動で前のめりになり、ヒールの高い不安定な靴は割れた石のかけらにつまずいた。

 身体がよろめく。でも、転んだりなんかしない。

 バランスを取り、しっかりと石畳を踏みしめる。

 何か覇気のようなものを貰った気がした。

 背筋を伸ばし、お父様を睨みつける。


「痛いです。娘なんですから、丁重に扱ってくださいませ」

「戦場に出たならば女も男もない。丁重にもてなすのは戦う者のみ」

「では同じ戦場に立つ者として、その力、お借りしますわ」

「フッ……その意気だ」


 私は荒々しい風に翻弄されていた髪を整え、緩んでいた白いリボンを固く結わえ直した。


 ここは堂々と、悪役令嬢らしく、いえ獅子公爵の娘らしく、仁王立ちで敵に向かうのが良いのかしら。


 私の心情に呼応するかのように鳥が一声、天高く鳴いた。

2016年5月6日

大変申し訳ありませんが体調不良によりしばらく小説家になろうでの活動をお休みさせていただきます。



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