082 役立たずの魔物退治見学
今回ちょっとグロ注意です。
サク、サク、と一定の調子で草を踏み締める音。上下に揺れる身体。
「ギャアァアア!!」
「ギ、ギィ、……!!」
そして――――魔物の断末魔。
かくして、私の抱っこ生活が始まった。
野放しにすると何をするのか分からないから、という実に納得のいかない理由で抱え上げられてから、勿論何度も降ろして欲しいと彼に頼んだ。私は言う事を聞かない幼児ではない。外見こそ変わっていないがもう成人した大人なのだ。しかし、キリュウは私がその願いを口にする度、妙に迫力のある無言の圧力を以てして黙殺していった。余程信用されていないらしい。
まぁそんなこんなで現在、私は相変わらず子供のように片腕で抱っこされたまま森の中を進んでいる。
「ピギィ!!」
また断末魔。
豚のゾンビのような魔物が前方に立ち塞がるが、黒い光が一閃し、あっという間に亡きモノとなったのだ。妙に黒い色をした血と思われる液体が飛び散り、首がゴトリと地面へ落ちる。遅れて頭部を失った胴体が横倒しになった。まだ切り口からドロドロと液体が流れている様を見届けた後、ソレからそっと視線を反らす。動物型の魔物を倒すにはそれしか方法が無いので仕方がないとはいえ……やはり、グロい。
キリュウは動物型の魔物を倒すとき、無駄な傷は付けずサクっと首を落とすだけだ。臓器が飛び出す様を見たくない私には大変ありがたい事であった。
もしこれが人間だったら私はこんな冷静に眺められないだろう。自分と同じ姿形だと耐えられないものがあるが何故か動物や異形のものだと耐えられない事もない。不思議なものである。いや、まぁ……グロい事には変わらないのだが。
私は腕の中にいるハムちゃん達を抱きしめた。こんな光景、この子たちに見せられない。私は自分とキリュウの身体を壁にし、彼女たちの視界を遮る。しかし断末魔までは無理だった。つんざくような叫びの中、先程から腕の中でプルプルと震えている。
さぞかし怯えているのだろうと私は悲痛な面持ちになった。手のひらサイズのこの小さな身体は、きっと少し力を入れるだけで簡単に怪我をしてしまうだろう。外見がこんなにもか弱いのだ。精神的ダメージも大きいに違いない。
腕の中をそっと窺うと、私の視線の先には予想通り恐怖に震える姿――――ではなく、呑気に両手で顔をくしくしと綺麗にしている姿があった。なんと。
怯えるどころか寧ろリラックスしている彼女たちに動揺は一切見られない。……成程、仮にも常に生死が身近にある野生。外見こそ繊細に見えるこのちまっこい動物達はそれに反し、実に強かであったということか。それはそれで可愛いな。
「ギャ!!」
「グルォオオ!!」
私が一人納得している内にも断末魔は続く。
流石に緊急の実習が組まれるだけあって次から次へと魔物が出てくる。エンカウント率がヤバい。というか、こんな中私は武器も持たず安全地帯から飛び出したのか。今更ながらそれがいかに無謀な行動だったかを知る。そりゃ怒りもするだろう。キリュウ、すまんかった。
そのキリュウはというと、さくさく歩きながらさくさく魔物を倒している。
切れ味抜群の闇色ダガーを次々と生み出し、さながらダーツのように軽い調子で投げては楽々と敵を葬っているのだ。無尽蔵に得物を出しているように見えるが、よく見てみるとそうではなく、仕留めたら消して再度出し直しているようであった。実際には多くて4、5本であろう。いや、それでも凄いのだが。
真っ直ぐ前を見据える彼は一切余所見をしない。横はまだ分からないこともないが何故振り返ることもなく後ろにいる敵の位置が分かるのだろうか。ホントに彼に付いている目は二つだけなのか怪しいものである。
キリュウの後頭部に視線を遣った後、そのまま何となく後ろを振り返れば屍がゴロゴロ転がっている光景が映った。
決して見ていて気分の良いものではない。仕方がないとはいえ、思わず猟奇的という言葉が浮かんでしまう。
キリュウの進む道が魔物の血で黒く染め上げられていく……なんという地獄絵図であろうか。
放置しておけば疫病が蔓延しそうな光景だが、その心配はない。魔物という存在は元々怨念の塊のようなもの。上級の魔物の殆どは理性を持つことで怨念を浄化し、それに伴って肉体を確立しているのだが、下級の魔物の身体は怨念ばかりでその亡骸は暫くすると跡形もなく消える。キリュウが倒しているのは無差別に襲いかかってくる下級の魔物だけだ。今はおぞましい光景となってしまっているが、そのうち元通りのどかな森へと戻るだろう。
◆ ◆ ◆
「グギャアアア!!」
最初こそ落ち着かなかったが、時間が経つにつれてこの嫌なBGM流石にも慣れてきた。そうなると他の事を考える余裕が出来てくる。
暇だ。とてつもなく暇だ。
私を構ってくれていたハムちゃんたちは現在夢の中である。可愛らしい寝姿を見ていても楽しいのだが、あまりジッと眺めていては眠りを妨げてしまうだろう。
暇疲れと真夏の暑さにジリジリと体力を削がれる。暇疲れ……なんと贅沢な疲れだろうか。現在私という荷物を抱えながら討伐作業をこなしてくれているキリュウに申し訳ない。
私はチラリとキリュウを見た。何もしていない私はこんなにだれているのにキリュウには疲れが見られない。サイボーグか。
比べるのもアホらしい、と私は意味もなくキリュウにダラリと凭れ掛かった。そしてとある事に気が付き、目を見開く。
――――冷たい。
キリュウの体温が低い……そういや悪魔という生き物は暑さや寒さに強かった。
今はひんやりと冷たいが、いつぞやの保健室では逆に湯たんぽのごとく柔らかい暖かさを備えていた。恐らく彼らの体温は外からの影響を受けず、一定の温度を保っているのだろう。なんて便利。
くっついているとひんやり気持ちが良い。アイスノン万歳。私は抱っこちゃんと化し、ハムちゃんたちを潰さないように気を付けながらベッタリ凭れ掛かってみた。……あぁ、ひんやり冷える。黒学の制服は黒尽くめなので心なしか距離をとっていたのだが清涼はこんなにも近くにあったのか。もっと早く知りたかった。
私は更なる清涼を求め、ぐりぐりと肩口に頬を擦り寄せる。火照った頬が徐々に冷やされていった。なんという極楽。
勿論私は汗をかいていて汗臭いことこの上ないだろうが今更なので気にしない。何せ彼は汗だくの頭でも容赦なく撫でてくる。
「あー……ひやっこいー……」
「……」
溜息を吐きだしたキリュウが私の頭を撫でてくる。
いつもは表面を優しく撫でてくるだけなのだが、今回は髪に深く指を差し込んできた。きっと頭も冷やしてくれているのだろう。魔物が出現するためずっととはいかないが、手の空く度に撫でてもらい、私はこの暑い中実に快適な時を過ごした。
因みに肌寒い夜は湯たんぽとなってくれたのでぬくぬくであった。
さらっと流した夜の話は後程キリュウ視点で(´・ω・`)