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成り上がり商人の次男はのんびり暮らしたい  作者: キウイボーイ
第1章 始まりの工房編

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第9話 広がる商圏

 領都での市場調査も、三日目を迎えた。


 朝、宿屋の食堂で簡単な食事を済ませたレオンは、自室へ戻ると机の上に広げていた紙を一枚ずつ確認した。


 市場で見た商品の価格。


 店ごとの品揃え。


 品質。


 客の入り。


 商業ギルドで教わった制度。


 先輩商人たちから得た情報。


 そして、仕入れ先の候補として印を付けた店の名前。


 領都へ着いた初日は、宿を確保するだけで終わった。


 二日目は、市場全体を歩き、人と物の流れを見た。


 だが、いつまでも観察だけを続けているわけにはいかない。


 卸商として商売を始めるなら、実際に商品を仕入れなければならない。


「今日からは、見るだけじゃない」


 レオンは仕入れ先候補の一覧へ目を落とした。


 市場外れの鍛冶屋。


 針や糸、釘、縄などを扱う雑貨商。


 木材や加工済みの木柄を扱う木材商。


 ほかにも気になる店はあったが、最初から多くの相手と取引するつもりはない。


 まずは、フィルネ村で需要が確認できている商品に絞る。


 少量を仕入れる。


 実際に村人へ販売する。


 品質や価格への反応を見る。


 問題がなければ、次の仕入れ量を増やす。


 一度の取引で大きく儲ける必要はない。


 商売は、続けられなければ意味がない。


「条件を聞いて、相手を見る」


 値段が安いだけでは駄目だ。


 継続して取引できるか。


 約束した日までに商品を用意できるか。


 少量の注文にも対応してもらえるか。


 品質に問題があった場合、話し合える相手か。


 今日確認すべきことを頭の中で整理し、レオンは紙を鞄へしまった。


 向かったのは、市場の外れにある小さな鍛冶屋だった。


 昨日と同じく、派手な呼び込みはない。


 古びた看板。


 煤で黒くなった壁。


 入口の横には、鍬や鎌、斧が数本ずつ並んでいた。


 大きな鍛冶屋と比べれば、品数は少ない。


 だが、一つ一つの道具には丁寧な仕事が施されている。


「また来たのか」


 店の奥から、低い声が聞こえた。


 鍛冶屋の店主、バルドが作業場から姿を現す。


 昨日と同じ革の前掛けを身につけ、太い腕には煤が付いていた。


「また来ると言いましたから」


「買う物は決まったのか?」


「その前に、取引の条件を聞きたいんです」


 バルドの眉がわずかに動く。


「取引?」


「フィルネ村で、農具や修理用の部品を販売する予定です。継続して仕入れられる相手を探しています」


「うちは問屋じゃない」


「分かっています。大量に同じ物を作る店ではないことも」


「なら、別の店へ行け」


 素っ気ない返事だった。


 しかし、レオンはすぐには引かなかった。


「同じ形の農具を大量に欲しいわけではありません」


「何が欲しい」


「村人が長く使える農具です」


 バルドは黙った。


 レオンは店先に並ぶ鍬へ視線を向ける。


「フィルネ村では、新しい農具を簡単には買えません。壊れたら修理屋へ持ち込み、それでも直らなければ、行商人が来るまで待つか、遠くの町へ買いに行くことになります」


「だから、安物じゃ困ると?」


「はい。買い替えるための時間も費用もかかりますから」


 農具そのものの価格だけを比べれば、大きな店の量産品の方が安い。


 だが、すぐに柄が緩む。


 刃が欠ける。


 金具が外れる。


 そうなれば、修理代や仕事が止まる時間まで負担することになる。


 初めに少し高くても、長く使える道具の方が、結果として安い場合がある。


「最初は少量しか買えません」


「何本だ」


「鍬と鎌を、それぞれ一、二本から考えています」


 バルドは明らかに期待外れという顔をした。


「それだけか」


「最初は、です」


「少なすぎる」


「だからこそ、無理に値段を下げてほしいとは言いません」


 レオンは正面からバルドを見る。


「今は少量ですが、長く付き合える関係を築きたいんです」


「長く?」


「村人からの評判がよければ、次は数を増やします。道具そのものだけでなく、修理に使う金具や刃の部分も仕入れたい」


「修理は誰がする」


「フィルネ村のカイという修理屋です」


「腕は?」


「荷馬車から農具、家具まで直します。かなり腕のいい職人です」


 バルドは店先の農具へ目を向けた。


「俺が作った道具を、そいつが直すのか」


「修理できる間は、長く使ってもらいます」


「新品を売った方が、お前は儲かるだろ」


「一度だけなら、そうかもしれません」


 レオンは首を横へ振った。


「でも、直せる物まで買い替えさせれば、村人から信用されなくなります」


「商人らしくないな」


「長く商売を続けるなら、これが一番商人らしいと思っています」


 バルドはしばらく何も言わなかった。


 店の奥では、炉の中で炭が燃える音がしている。


「値段を下げろとは言わんのか」


「数をまとめて買えるようになったら、そのときは相談します」


「今は?」


「適正な価格を教えてください」


「言い値で買う気か」


「商品の品質と条件に納得できれば」


 無理に値切れば、最初の仕入れ価格は下がるかもしれない。


 だが、作り手の利益を削りすぎれば、どこかにしわ寄せが来る。


 材料の質が落ちる。


 仕事を急ぐようになる。


 取引そのものを断られる可能性もある。


 仕入れ先と買い手は、どちらか一方だけが得をする関係では長続きしない。


「一本ずつなら、この値段だ」


 バルドは鍬と鎌の価格を告げた。


 昨日確認した店頭価格と同じだった。


「二本ずつなら?」


「少しは下げる」


「五本ずつなら?」


「材料をまとめて用意できる分、もう少し下げられる。ただし、すぐには作れん」


「注文から、どのくらいかかりますか?」


「今の仕事がある。五本なら十日は欲しい」


「形はすべて同じですか?」


「同じ物が欲しければ作る。使う奴に合わせるなら、手の大きさと身長がいる」


「注文品にも対応できるんですね」


「そのための鍛冶屋だ」


 レオンは条件を書き留めていく。


 少量での価格。


 まとめた場合の値引き。


 納期。


 注文品への対応。


 さらに、修理用の金具や刃だけを仕入れられるか尋ねた。


「完成品じゃなく、部品だけ欲しいのか」


「カイが直せる物なら、その方が村人の負担も小さくなります」


「形が合わなければ使えんぞ」


「見本を持ってくれば作れますか?」


「物による」


「それで十分です」


 何でもできると安請け合いする職人より、物を見なければ分からないと答える方が信用できる。


「支払いは?」


 バルドが尋ねる。


「最初は受け取り時に全額支払います」


「掛けにしろとは言わないのか」


「実績も信用もない相手に、後払いを頼むつもりはありません」


 レオンには兄から受け取った金貨がある。


 最初の仕入れ代を支払うだけの余裕はある。


 信用を築く前から有利な条件を求めれば、相手へ負担を押しつけることになる。


「最初は、僕が先に信用を示します」


「妙に話が分かるな」


「前にも商売をしていたようなものなので」


「ようなもの?」


「家が商家なんです」


 前世のことは話せない。


 王都の商家で育ったという説明なら、不自然ではない。


 バルドは深く追及しなかった。


「今日は買うのか」


「まだ決めません」


 レオンは正直に答えた。


「ほかの店の条件も確認します。その上で、最初に仕入れる物を決めます」


「ここまで聞いて買わないこともあるのか」


「あります」


「正直だな」


「曖昧に期待させる方が失礼ですから」


 バルドは鼻から息を吐いた。


 怒ってはいない。


 むしろ、わずかに面白がっているようにも見えた。


「好きにしろ」


「明日、もう一度来ます」


「買う物が決まったらな」


「はい」


 レオンは頭を下げ、鍛冶屋を後にした。


 次に向かったのは、市場中央の近くに店を構える雑貨商だった。


 釘。


 金具。


 針。


 糸。


 縄。


 油。


 ランタン。


 村で必要とされる日用品を幅広く扱っている。


 昨日、店主へいくつか質問をした際、購入しないと分かっても態度を変えなかった。


 商品の違いも丁寧に説明してくれた。


 長く取引できる相手か確認する価値はある。


「昨日の若いのじゃないか」


 店主はレオンの顔を覚えていた。


「今日は買い物かい?」


「仕入れの相談です」


「仕入れ?」


「フィルネ村で、修理工房と一緒に商品を販売する予定です」


 店主は少し驚いた後、興味深そうに身を乗り出した。


「修理工房で雑貨を売るのか?」


「修理に必要な部品と、村で不足している日用品を中心に扱います」


「うちの商品を?」


「条件が合えば」


「言うねえ」


 店主は笑った。


 バルドとは違い、会話を好む性格らしい。


「何が欲しい?」


「最初は、釘、簡単な金具、丈夫な縄、ランタンを考えています。針や糸も候補です」


「ずいぶん幅が広いな」


「一つずつは少量です」


「どれくらいだ?」


 レオンは、フィルネ村で聞いた需要をもとに、おおよその数量を示した。


 釘は長さごとに少量。


 扉や家具に使う簡単な金具。


 猟師や木こりが使う丈夫なロープ。


 農作業や夜の移動に使えるランタン。


 針と糸についても、家庭で使いやすい品質の物を選ぶ。


「そんな量だと、大きな値引きはできないぞ」


「構いません」


「値切らないのか?」


「売れ方が分からないうちから、大量に仕入れる方が危険です」


「安く買っておけば、後で売れるだろ」


「それまで金が商品に変わったままになります」


 売れ残った在庫は、利益ではない。


 帳面の上で価値があっても、売れなければ現金として使えない。


 錆びる物もある。


 傷む物もある。


 保管場所も必要になる。


「最初は少量で試します。売れた物は、次から増やします」


「堅実だねえ」


「失敗する余裕が大きくありませんから」


 店主は笑いながら、種類ごとの価格を説明した。


 一本、あるいは一個ずつ買う場合。


 十個、二十個とまとめた場合。


 箱単位で買う場合。


 数量が増えるほど一つあたりの価格は下がるが、すべての商品で同じ割合ではない。


 釘はまとめやすいため、数量による値引きが大きい。


 一方、ランタンは大きく、壊れやすいため、少量と大量でそれほど差がなかった。


「注文してから受け取るまで、どのくらいですか?」


「店にある物なら、すぐ渡せる。数が多いなら三日から十日だな」


「商品によって違う?」


「釘や針は早い。ランタンは職人から入る数が決まってる」


「同じ物を継続して仕入れられますか?」


「銘柄にこだわらなきゃな」


「品質は揃えたいです」


「なら、同じ工房の品を指定することになる。値段は少し上がるぞ」


 品質が毎回変われば、村人へ同じ商品として説明できない。


 前回は丈夫だった。


 今回はすぐ壊れた。


 そうなれば、店への信用が落ちる。


「多少高くても、品質が安定している方を選びます」


「村で売るなら、安い方が喜ばれるんじゃないか?」


「安くても、すぐ壊れれば喜ばれません」


 フィルネ村の人々は、ただ安い物を求めているわけではない。


 王都や領都へ簡単に買い替えへ来られないからこそ、長く使える物を必要としている。


「面白い商売を考えるねえ」


 店主は感心したように言った。


「修理屋と組んでるなら、壊れた物の情報も集まるのか」


「はい。何が壊れやすいかも分かります」


「なら、売れた物だけじゃなく、壊れた物も教えてくれ」


「品質改善に使うんですか?」


「仕入れ先を変える目安になる」


 レオンはうなずいた。


 売れたという情報だけでは足りない。


 実際に使ってどうだったか。


 壊れやすい部分はどこか。


 修理できるか。


 そうした情報まで仕入れ先へ返せば、次の商品選びに役立つ。


「今は少量ですが、長く付き合える関係を築きたいんです」


 レオンが言うと、店主は腕を組んだ。


「気に入ったよ」


「値引きしてくれますか?」


「そこは別だ」


 即答だった。


 レオンは思わず笑う。


「ただし、同じ品を何度か買うなら、少しは考える」


「ありがとうございます」


「それと、最初は現金で頼む」


「もちろんです」


「三度、四度と取引して問題がなければ、注文時に半分、受け取り時に残りでもいい」


 相手から条件の緩和を提案された。


 まだ信用されたわけではない。


 だが、継続取引を前提とした話ができたことは大きい。


 レオンは店主の名前を、改めて記録した。


 次に訪れたのは、木材を扱う商人の店だった。


 店というより、広い資材置き場に近い。


 太い梁。


 長い板。


 加工前の丸太。


 家具や農具へ使える細い木材。


 さまざまな大きさの木材が、種類ごとに積まれている。


 工房で必要になる修理用の部材。


 農具の柄。


 荷車を補修する板。


 カイが製作を行うなら、安定して木材を仕入れられる相手も必要になる。


「フィルネ村まで運ぶのか?」


 木材商は、レオンの話を聞くと難しい顔をした。


「長い材は、運賃の方が高くなるぞ」


「最初は、農具用の木柄と短い補修材を考えています」


「それなら荷馬車の隙間へ積める」


「長い板は、注文がまとまったときだけにします」


「賢明だな」


 木材は、価格だけでなく運搬が問題になる。


 軽くても長ければ場所を取る。


 重ければ、馬車に積めるほかの商品が減る。


 領都で安く仕入れても、運搬費を加えれば高くなりすぎる可能性がある。


「木柄は、長さごとに揃えられますか?」


「鍬用、鎌用、斧用で分けてある」


「太さの違いは?」


「何種類かある。細かく指定するなら、注文になる」


「少量から注文できますか?」


「一本や二本じゃ割高だ。五本以上なら考える」


「納期は?」


「在庫があればすぐだ。注文なら七日ほど」


 レオンは、カイの工房で使われる木材の量を思い出した。


 すぐに大量の木柄が必要になるわけではない。


 だが、同じ種類の柄をいくつか置いておけば、農具修理のたびに一本ずつ削り出す時間を減らせる。


 カイが最初から作るより、途中まで加工された木柄を仕入れ、持ち主に合わせて調整する方が効率的な場合もある。


「端材は売っていますか?」


「端材?」


「家具や荷車の補修に使える大きさの物です」


「普通は薪にするか、まとめて職人へ売る」


「大きさを分けて仕入れることは?」


「面倒だな」


 木材商は即座に答えた。


 だが、レオンは食い下がらずに条件を変える。


「こちらで選ぶならどうですか?」


「お前が?」


「置き場の端から、必要な物を選びます。作業の邪魔はしません」


「量は?」


「最初は荷車に積める分だけです」


 木材商は少し考えた。


 端材は高値で売れる商品ではない。


 大きさを揃え、客ごとに分ける手間をかければ、利益が小さくなる。


 だが、買い手が自分で選び、まとめて持っていくなら話は変わる。


「重さで売るならいい」


「木の種類は分けられますか?」


「置き場は別だ。見れば分かる」


「では、必要になったときに改めてお願いします」


「今は買わないのか?」


「最初の仕入れ量を決めてからです」


「慎重な奴だな」


「商売を始めたばかりですから」


 レオンは木材商にも、継続して取引したいという意思を伝えた。


 無理に安くしてもらうのではない。


 相手にとって手間が少ない方法を考える。


 端材を自分で選ぶ。


 注文をまとめる。


 納期に余裕を持たせる。


 価格交渉とは、ただ「安くしてほしい」と頼むことではない。


 相手が安くできる条件を一緒に探すことだ。


 午前から午後にかけて、レオンは目を付けていた店を順番に回った。


 どの店でも、確認することは同じだった。


 少量から取引できるか。


 量が増えれば価格はどう変わるか。


 注文から受け取りまで何日かかるか。


 品質は安定しているか。


 不良品や不足があった場合、どう対応するか。


 どの相手にも、同じ言葉を伝えた。


「今は少量ですが、長く付き合える関係を築きたいんです」


 中には、少量の客など相手にできないと断る店主もいた。


 それも仕方がない。


 大口の商人を相手にしている店なら、レオンの注文へ時間を使う利点は少ない。


 無理に頼み込むことはしなかった。


 一方、これから取引が増える可能性を見て、話を聞いてくれる店もあった。


 最初から信用してもらうことはできない。


 だが、約束を守り、代金を期日どおりに払い、継続して注文を出せば、少しずつ関係は変わる。


 商売は、最初の交渉だけで決まるものではない。


 その後の積み重ねが重要だった。


 夕方、レオンは宿屋へ戻った。


 足は疲れていたが、昨日とは違う充実感がある。


 昨日は情報を集めただけだった。


 今日は、自分の商売について相手へ説明し、具体的な条件を聞いた。


 まだ正式な注文はしていない。


 それでも、卸商として確かな一歩を踏み出した気がした。


 自室へ入ると、机の上へ紙を広げる。


 鍛冶屋。


 雑貨商。


 木材商。


 それぞれの価格と条件を並べて比較する。


 鍛冶屋バルドの農具は、値段が高い。


 だが、品質は最もよい。


 注文品にも対応できる。


 修理部品だけの相談も可能。


 大量注文には向かないが、長く使える農具を求める村人には合う。


 雑貨商は、扱う商品が多い。


 釘や金具はまとめるほど価格が下がる。


 ロープとランタンは品質ごとの差が大きい。


 同じ仕入れ先の品を指定すれば、品質を安定させられる。


 木材商は、長物の運搬が問題。


 木柄や短い補修材なら、ほかの商品と一緒に運べる。


 端材は、自分で選べば安く仕入れられる可能性がある。


 レオンは、フィルネ村で聞いた村人たちの声を思い出した。


 釘一本が手に入らない。


 扉の金具が壊れた。


 農具の柄を交換したい。


 丈夫な縄が必要。


 新しい鎌や鍬が欲しい。


 夜に使える灯りが足りない。


 カイが修理するための部品がない。


 最初に扱う商品の候補を、紙へ書き出していく。


 釘。


 金具。


 木柄。


 鎌。


 鍬。


 ロープ。


 ランタン。


 修理用の部材。


 すべてを大量に買うことはできない。


 金貨五枚という資金は、十四歳の少年が持つ金としては十分に大きい。


 だが、商売の元手として考えれば、無限ではない。


 宿代。


 領都までの移動費。


 フィルネ村へ商品を運ぶ費用。


 商人登録や許可に必要な金。


 今後、店や倉庫を借りるなら、その費用もかかる。


 仕入れだけにすべてを使うわけにはいかない。


「利益が大きい物じゃない」


 レオンは候補の横へ、優先順位を付けていく。


「本当に困っている物からだ」


 高く売れそうな品を仕入れる。


 利益率の大きい物を選ぶ。


 それも商売では重要だ。


 だが、最初の商売で最も必要なのは、利益の大きさではない。


 フィルネ村の人々に、レオンから買えば困りごとが解決すると知ってもらうことだ。


 釘一本。


 金具一つ。


 農具の木柄一本。


 金額は小さい。


 それでも、それがなければ仕事や生活が止まる人がいる。


 必要な物を届ける。


 その積み重ねが信用になる。


 信用ができれば、次の注文につながる。


 レオンは最初の商品として、需要が明確で保管しやすい物を優先した。


 釘。


 小型の金具。


 修理用の部材。


 丈夫なロープ。


 農具の木柄。


 鎌や鍬は、数を絞る。


 バルドの品を一つずつ仕入れ、村人の反応を見る。


 ランタンは価格が高く、壊れやすい。


 需要はあるが、最初は少量に留める。


「こんなところか」


 仕入れ候補がまとまりかけた頃、宿屋の一階から夕食を知らせる声が聞こえた。


 レオンは紙を重ね、食堂へ降りた。


 夕食の席でも、頭の中では商品の数量と運搬方法を考えていた。


 だが、食堂の隅に座っていた昼間の雑貨商が、レオンの姿へ気づいて手を上げた。


「また会ったな」


「こちらへ泊まっているんですか?」


「いや、客と食事をする約束があってな。まだ来ないから時間を潰してる」


 雑貨商は向かいの椅子を指した。


「座れよ。まだ聞きたいことがある顔をしてる」


「顔に出ていましたか?」


「若い商人は分かりやすい」


 レオンは夕食を持って、向かいへ座った。


「最初に仕入れる物は決まりそうか?」


「釘、金具、木柄、ロープ、修理用の部材を中心に考えています。農具とランタンは少量だけ」


「堅いな」


「売れ残っても困りますから」


「それでいい。最初から一山当てようとする奴ほど、倉庫を商品で埋める」


 雑貨商は酒の入った杯を傾けた。


「ただ、フィルネ村だけじゃ数は出ないぞ」


「人口は百人余りですからね」


「日用品なら繰り返し売れるが、農具は毎月買う物じゃない」


「分かっています」


「周りの村へ行く気は?」


 レオンは顔を上げた。


「周りの村?」


「知らないのか?」


「フィルネ村へ来たばかりなので、詳しくは」


 雑貨商は少し驚いた後、宿屋の主人へ紙を借りた。


 机の上へ広げ、簡単な地図を描き始める。


「ここが領都だ」


 中央に大きな丸を書く。


「街道を東へ進んで、森を抜けた先がフィルネ村」


 少し離れた場所へ、小さな丸を記す。


「その北東に、まだできてから年数の浅い開拓村がある」


「開拓村?」


「ああ。人口はフィルネより少ない。畑を広げてる途中だ」


 雑貨商は、フィルネ村から北東へ線を伸ばし、別の丸を書いた。


「道は整っているんですか?」


「途中まではな。雨が降ると酷い場所がある」


「どんな物が必要とされていますか?」


「開拓の最中だ。農具、斧、縄、釘。家を建てるための金具や生活用品も足りてないだろう」


 フィルネ村と似た需要。


 むしろ、新しく村を作っている途中なら、道具や建築用の部材はさらに必要になる。


「もう一つ、南に村がある」


 雑貨商は、フィルネ村の南側へ新しい丸を描いた。


「フィルネと同じくらいの規模だ。ただ、あそこは畑より果樹が多い」


「果樹ですか?」


「リンゴ、梨、桃。ベリー類も作ってる」


 レオンの筆が止まる。


「果物を領都へ?」


「収穫期にはな。村の連中が荷車を出して、まとめて売りに来る」


「それ以外の季節は?」


「ほとんど来ない」


「なぜです?」


「運ぶ物が少ないからだ。領都まで来るだけでも一仕事だぞ」


 雑貨商は杯を机へ置いた。


「良い果物なんだが、運ぶ手が足りなくてな」


 その言葉に、レオンの中で何かが引っかかった。


「収穫期に全部運べるんですか?」


「無理な年もある。特に桃とベリーは傷みやすい。荷車が足りなきゃ、村の近くで安く売るか、食べきれずに駄目にする」


「行商人は買いに行かないんですか?」


「行く奴もいる。だが収穫期だけだ。果物は傷みやすいし、売れ残りが怖い」


「領都では売れる?」


「質が良ければな。収穫の始めは高く売れる。皆が持ち込み始めると値が下がる」


 収穫量。


 運搬する人手。


 売る時期。


 保存期間。


 どれも重要だ。


 果物は、工具や日用品とは違う。


 長く保管できない。


 傷みやすい。


 運び方が悪ければ、領都へ着く前に商品価値が落ちる。


 それでも、運べずに村で余らせているのであれば、商売の可能性はある。


「その村では、領都の商品を買う機会は?」


「収穫期に来たときに、まとめて買って帰ることが多い」


「それ以外は?」


「行商人待ちだろうな」


 果物を領都へ運ぶ。


 帰りの荷車へ、村で必要な商品を積む。


 往路と復路の両方で荷物を運べれば、輸送の無駄を減らせる。


 まだ情報が少なすぎる。


 村の正確な人口も、果物の収穫量も、道の状態も分からない。


 だが、考える価値はある。


「地図を写してもいいですか?」


「こんな雑な物でよければな」


「村の名前は?」


 雑貨商は二つの村の名前を教えた。


 レオンは地図とともに紙へ書き留める。


 開拓村。


 果樹栽培の盛んな村。


 フィルネ村から想像していたより近い。


 領都から見れば、三つの村は同じ方向に位置している。


「お前、本当にフィルネ村だけで商売するつもりだったのか?」


「最初は」


「商人なら、道の先も見た方がいい」


 雑貨商は笑った。


「一つの村で売れない物も、隣の村なら売れる。逆に、向こうで余ってる物が、こっちじゃ高く売れることもある」


「物を動かすことで、価値が変わる」


「そういうことだ」


 前世の商社マン時代、何度も経験したことだった。


 ある場所では余っている。


 別の場所では不足している。


 同じ商品でも、場所と時期が変われば価値が変わる。


 必要とする人のもとへ運ぶことで、初めて商品になる。


 雑貨商の客が現れたため、レオンは礼を言って席を立った。


「貴重な情報を、ありがとうございます」


「次に会ったら、フィルネ村で何が売れたか教えろよ」


「もちろんです」


「果物の村へ行ったら、そっちの話もな」


「まだ行くとは決めていません」


「顔が行くって言ってるぞ」


 雑貨商は笑った。


 レオンも苦笑し、自室へ戻った。


 机の上へ、借りた地図を写した紙を広げる。


 中央にリケーザ領の領都。


 東にフィルネ村。


 その北東に開拓村。


 南に果樹栽培の盛んな村。


 これまで、レオンの意識はフィルネ村だけへ向いていた。


 人口百人余りの小さな村。


 そこで必要とされる物を領都から運び、販売する。


 それだけでも商売にはなる。


 だが、市場の規模には限界がある。


 釘や糸は繰り返し売れる。


 それでも、農具やランタンを毎日買う者はいない。


 村人の数が変わらなければ、商品の販売量にも上限がある。


 無理に売ろうとすれば、必要のない物まで勧めることになる。


 それでは、レオンが目指す商売とは違う。


 だが、周辺の村まで含めれば状況は変わる。


 開拓村では、農具や斧、縄、釘、建築用の金具が必要になる。


 果樹の村では、収穫や運搬に使う籠、刃物、縄、荷車の部品が求められるかもしれない。


 領都には、村では手に入らない商品が集まっている。


 一方、村々には領都で求められる物がある。


 フィルネ村の農作物。


 開拓村で作られるようになる作物や木材。


 果樹の村のリンゴ、梨、桃、ベリー。


 それぞれの場所で、必要な物と余っている物が違う。


「物がない場所には届ける」


 レオンは地図へ線を引いた。


 領都から、フィルネ村へ。


 フィルネ村から、開拓村へ。


 さらに、果樹の村へ。


「余っている場所からは預かる」


 果樹の村から領都へ、線を戻す。


 収穫した果物を預かり、領都で販売する。


 帰りに日用品や道具を積んで戻る。


 行きも帰りも荷物を運ぶ。


 そうすれば、片道を空の荷車で走る無駄を減らせる。


 もちろん、実際に行うには問題が多い。


 馬車をどう用意するのか。


 自分で運ぶのか、誰かに頼むのか。


 果物の品質をどう保つのか。


 売れ残った場合、誰が損を負うのか。


 村人から買い取るのか、販売を代行するのか。


 道の状態はどうか。


 魔物への対策も必要になる。


 今すぐ始められる話ではない。


 それでも、可能性は見えた。


 一つの村だけを相手に、商品を売る。


 それでは、ただの小売商に近い。


 だが、複数の村と領都を結び、場所ごとの不足と余剰を動かす。


 それは、レオンが前世で行っていた卸の仕事そのものだった。


 自分で物を作る必要はない。


 必要な場所へ運ぶ。


 作る人と、求める人をつなぐ。


 情報を集め、いつ、どこで、何が必要になるのかを把握する。


 そして、物が流れる仕組みを作る。


「世界が変わっても、同じだな」


 レオンは小さく笑った。


 前世では、国を越えて商品を運んだ。


 今の自分には、そこまでの力はない。


 馬車一台も持っていない。


 仕入れ先も、ようやく候補を見つけたばかりだ。


 それでも、最初は小さくていい。


 まずは、領都とフィルネ村をつなぐ。


 村人が必要としている商品を届ける。


 次に、近くの村を知る。


 必要とされるなら、そこへも運ぶ。


 余っている物があれば預かり、必要とする場所へ届ける。


 商売を無理に大きくするのではない。


 つなぐ場所を、少しずつ増やしていく。


 結果として、それが商売の広がりになる。


 レオンは地図の中心にあるフィルネ村を指でなぞった。


「まずはフィルネ村」


 自分を受け入れ始めてくれた村。


 カイと出会った村。


 最初の商売を始めようとしている場所。


 そこをおろそかにするつもりはない。


「でも、目指すのは一つの村じゃない」


 線で結ばれた村々を見る。


 人がいる。


 暮らしがある。


 作っている物がある。


 足りない物がある。


 それらをつなぐことができれば、どの場所にも利益が生まれる。


 領都の商人は商品を売れる。


 村人は必要な物を近くで買える。


 職人は材料を手に入れられる。


 農家は作った物を村の外へ売れる。


 そしてレオンは、その間をつなぐことで利益を得る。


 誰か一人の損によって成り立つ商売ではない。


 流れを作ることで、関わる人がそれぞれ得をする。


 レオンが理想とする商売だった。


「人と村をつなぐ商人になる」


 言葉にすると、胸の奥が少し熱くなった。


 王都を出たとき、レオンが求めていたのは静かな暮らしだった。


 前世のように、大勢の人間と大きな金を動かし、休む暇もなく働くつもりはなかった。


 その気持ちは変わっていない。


 だが、自分の得意なことまで捨てる必要はない。


 無理のない範囲で働く。


 自分一人で抱え込まない。


 人の力を借り、仕組みを作る。


 商売によって人と人をつなぎ、その結果として自分も暮らしていく。


 それなら、前世とは違う生き方ができる。


 レオンは仕入れ候補の紙を、もう一度見直した。


 釘。


 金具。


 木柄。


 鎌。


 鍬。


 ロープ。


 ランタン。


 修理用の部材。


 最初に買う商品は、ほぼ決まった。


 あとは数量と仕入れ先を最終的に選ぶ。


 明日、鍛冶屋バルドを再訪する。


 雑貨商とも具体的な注文をまとめる。


 木材商から、木柄と端材をどこまで仕入れるか決める。


 運搬方法と費用も確認しなければならない。


 商業ギルドの手続きも進める必要がある。


 やるべきことは多い。


 それでも、前世のような息苦しさは感じなかった。


 誰かに押しつけられた仕事ではない。


 自分で選んだ道だった。


 レオンは地図を丁寧に折り畳み、仕入れ候補の紙と一緒に鞄へしまった。


 明日から、初めての仕入れに向けた最終交渉が始まる。


 卸商レオンとしての最初の商品が、もうすぐフィルネ村へ向けて動き出す。


 そしてその小さな荷物は、やがて領都といくつもの村を結ぶ、大きな流れの始まりとなる。


 今のレオンは、まだその未来を知らない。


 ただ、人と村をつなぐ一本目の線を、自らの手で地図へ引いたばかりだった。


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