29.静寂の足跡
黒大理石の床には深紅の絨毯が真っすぐ伸び、その左右には高窓が等間隔に並んでいる。窓の外にはグラティオルの薄闇が広がり、魔力の霧がゆるやかに揺れていた。天井から下がる燭台には紫がかった魔灯が灯り、淡い光が石壁と柱の陰影を浮かび上がらせている。
ミレーユの脳裏には、つい先ほど見たばかりの光景が、まだ鮮やかに残っていた。
(……あのような表情をなさるとは、反則ですね)
ミレーユはわずかに目を細める。口元はほとんど動かない。だが胸の奥には、ひそやかな温かさが灯っているのを自覚していた。
言葉など必要なかった。その一瞬の表情だけで、ミレーユには十分すぎるほど伝わってくるものがあった。
――あの子は、今日という日を、確かに喜んでいる。
その事実だけで、徹夜続きミレーユの疲労など、いくらでも帳消しにできる。もちろん口には出さない。
――ふと、足を止めた。
違和感が、遅れて意識の表面に浮かび上がったのである。
静かすぎる、ということに。
ここは城の中心だ。普段でさえ、兵士たちが定期的に行き交い、文官が書類を抱え、使用人がワゴンを押して通り抜ける。祝宴前ともなれば、その往来はさらに増える。それが常であるはずだった。
しかし今、ミレーユの耳に届くのは、自身の足音だけであった。
魔灯の揺らめきが微かな音を立てる。石壁のどこかで、水滴が一つ落ちた気配がした。遠雷のような低い響きが、どこかの塔の方からかすかに伝わってくる。
それだけだ。
人がいる気配が、どこにもない。
(……おかしい)
ミレーユは呼吸を浅くした。無意識に周囲の情報を拾おうと研ぎ澄まされる。廊下の先、曲がり角の向こう。扉の向こう側。上下の階層にまで意識を伸ばす。
何も、感じられない。
人の体温。感情の熱。ざわめき。そういったものが、まるで最初から存在していなかったかのように希薄である。代わりに、空気の底の方に冷たいものが溜まっている感覚だけがあった。
冬の冷気とは違う。氷のような魔力とも違う。
もっと、深く、古く、乾いた冷たさだ。地下墓所の奥、誰も訪れなくなった墓標の前に立った時に感じるような、湿った重さを含んだ静寂――“死”の匂いである。
ミレーユの指先が、ほんのわずかに動いた。メイド服の袖の内側、短刀の柄に触れる。
この静けさは、偶然ではない。
誰かが、意図的に作り出している。
そう結論づけた瞬間、中央回廊のさらに奥――城の中枢へ続く方角から、音がした。
コツ、コツ、と。
高い天井に反響する、明瞭な足音である。絨毯に吸われるはずの靴音が、なぜか石そのものを叩いているかのように硬い響きを帯びている。静まり返った回廊に、その音だけが異様に大きく、鮮やかに刻まれる。
ミレーユは即座に身構えた。背筋を伸ばし、重心をわずかに落とす。正面からの攻撃にも、側面からの奇襲にも対応できる立ち位置を選ぶ。呼吸を整え、心拍を一定に保つ。
足音は、一定のリズムで近づいてくる。早くもなく遅くもない。急ぐでもなく、慎重でもない。ただそこに“ある”というだけの、奇妙な歩調だった。
やがて、回廊の曲がり角の向こうから、その“主”が姿を現した。
黒衣の女だった。
黒。とにかく黒である。長い黒髪は重たそうに波打ち、光を吸い込むように鈍く輝いている。肌は、病的なほどに白い。紅潮の気配が一切なく、血の巡りという概念が失われてしまったかのような白さだ。
瞳は、夜の底をそのまま溶かし込んだような黒。光を反射せず、感情の色も浮かべない。ただそこに“穴”が空いているだけのような印象を与える。
口元には、黒い口紅が乗せられていた。形の良い唇が、穏やかな弧を描いている。笑っている。だがその笑みには、喜びや楽しさといった感情は見えない。ただ形として“微笑み”が貼り付けられているだけのような、不気味な美しさがあった。
身に纏うのは、ダークゴシック調の黒いドレスである。肩口はゆるやかに露出し、しかし下品さはなく、大人の女の線を強調する程度にとどまっている。長い袖は先端へ向かって広がり、歩くたびにゆらりと揺れて、黒い布の影を床に落とした。首には細い黒のチョーカーが巻かれている。
――その女の周囲だけ、空気の色が違っていた。
冷気が漂っているのではない。温度が下がったわけでもない。ただ、“生きたものの温度”だけが抜け落ちている。見えない霧が彼女を中心に渦を巻き、その中には数えきれないほどの“死”が折り重なっているように感じられた。
ミレーユは、その顔に見覚えがあった。
(……リリセア・グリム)
名前が、感情より早く浮かぶ。意識のどこかで、その名と共にいくつもの情報が連鎖していく。
魔王軍・六魔柱。第三席。通り名“幽葬”。六年前の戦争後、姿を消した死霊術師。
その存在が、何事もなかったかのような顔で中央回廊に立っていた。
女は、静かに足を止めると、にこりと微笑みを深めた。
「……あぁ、やっぱりぃ。ここ、でしたかぁ」
間延びした声が、ひどく場違いなほど柔らかく響く。
「変わってないですねぇ、この廊下。前も、こんな感じでぇ……でも、今日はぁ、ちょっと静かすぎますねぇ」
口調も、昔と変わらない。ミレーユは、六年前に聞いた声のままだと理解する。穏やかで、おっとりとしていて、死者の数を数える時でさえこの調子だった女だ。
だが、もう一点だけ、六年前と決定的に違うものがある。
――その女は、今、完全に“敵”であるということだ。
ミレーユは、わずかに顎を引いた。
「……六魔柱第三席、“幽葬”リリセア・グリム」
リリセアは、嬉しそうに目を細めた。
「あらぁ。ちゃんと、覚えていてくれたんですねぇ。うれしい、おひさしぶりですねぇミレーユさん」
この先へこの女を通すわけにはいかない。
中央回廊。城のほぼ中心。ここを抜ければ、リリス様の私室へと続く道でもある。
ミレーユの右手が、音もなく動いた。
袖口から取り出した短刀が、空気を裂いた。
それは、リリセアがゆるりと口を開きかけた瞬間のことだった。
「あぁ、今日はぁ――」
言葉の途中で、世界から音が消える。
ミレーユの身体は、既に視界の端から消えていた。竜人としての筋肉と骨格が生み出す爆発的な加速。絨毯を蹴った足が大理石を軋ませる。黒いメイド服の裾が、影のように流れた。
正面から突っ込むのではない。半歩外れた軌道。ぎりぎりまで距離を詰め、一気に間合いの内側へ滑り込む。そのまま、肩口を狙って短刀を振るう。
狙いは、右腕の根元。
骨と筋の構造を把握した上での、最短距離の斬撃である。
刃は抵抗をほとんど感じなかった。皮膚を裂き、肉を断ち、骨を両断する。竜人の怪力と鍛え抜いた技術が合わさった結果、人体など紙の束のようなものである。
一拍遅れて、黒い飛沫が空中に散った。
右腕が、肘から先ではなく、肩から丸ごと宙を舞う。黒い袖の中から白い肌がのぞき、その末端から赤黒い血が滴り落ちる。それらがゆっくりと回転しながら、大理石の床に叩きつけられた。
ミレーユは、すでに再び距離を取っていた。追撃できないほどの距離ではない。無闇に詰めない判断を選んだ結果である。
リリセアは、自らの右肩を見下ろしていた。
肩口からは、常人であれば悲鳴を上げて崩れ落ちるほどの出血がある。だが彼女の表情は、痛みという概念を知らぬ者のものだった。驚愕も、怒りも、恐怖もない。
ただ、首をかしげる。
「あら……落ちちゃいましたぁ。きれいに切れるものなんですねぇ」
その声には、感心に近い響きがあった。
ミレーユの胸中には、冷たい感覚が満ちていく。
(痛みの反応がない)
死霊術師だからという程度の話ではない。腕を切断されて、ここまで無反応でいられる者を、彼女は知らない。竜人であろうと、オーガであろうと、痛覚は存在する。鈍感であるか、鋭敏であるかの差があるだけだ。
目の前の女には、その段階からして“欠落”している。
リリセアは、床に転がった自らの腕へと視線を滑らせた。
大理石の黒に散った赤が、じわりと広がり始めていた。普通であれば、そのまま染み込み、やがてただの汚れとなるはずのそれが――逆方向に動いた。
血が、集まり始める。
ミレーユは、反射的に足を引いた。床を流れていた血液が、まるで見えない皿の上に集められるように一点へと収束し、粘度を増して塊になっていく。
その塊から、細い棘が何本も伸びた。
棘は、ただ伸びるだけではない。先端が鋭く尖り、刃の縁を持つような形へと変質していく。液体だったものが、鉄以上の硬さを持つ“武器”へと変わっていくさまを、ミレーユは目の前で見せつけられていた。
赤い刃。
Crimson Arsenal――リリセアの血液操作魔法。その名を、ミレーユは知識としては知っていた。だが、実際に目にするのは初めてである。
床から突き出した血の刃のひとつが、ミレーユの腹部を目掛けて跳ね上がった。
短刀が走る。一本を弾き飛ばす。だが、それが囮であることに気づいた時には、すでに別の一本が足元から突き出ていた。
逃げ場がない。
腹部に、焼けるような衝撃が走った。
「――っ」
声にならない息が漏れる。腹の奥から、何か硬いものが突き破る感覚。筋肉が裂け、内臓が押し分けられ、背中の皮膚を突き破って外へ抜けていく。
それはミレーユ自身の血と混じり合い、大理石の床に粘ついた赤を撒き散らした。
膝が折れかける。視界の端が白く滲む。だが彼女は、そこで倒れはしなかった。両足を踏ん張り、腹筋に力を込め、突き刺さったままの血の槍に手をかける。
竜人としての肉体は、常人よりも頑強だ。致命的な位置を辛うじて外していることを、彼女は痛みの質で判断していた。肺は潰れていない。脊髄も断たれていない。まだ、動ける。
床から突き出した血の槍は、その役目を終えたかのように再び液体に戻り、するりと彼女の体内から抜け落ちた。抜ける瞬間の方が、むしろ刺さる時より鋭い痛みを伴う。ミレーユは歯を食いしばり、声を押し殺した。
背中から温かいものが流れ落ちていく。メイド服の生地が、じわりと肌に張り付いた。
リリセアは、その一部始終を眺めながら、小さく首を傾げていた。
「あらぁ……外しちゃいましたねぇ。心臓、狙ったつもりだったんですけどぉ。刺すの、苦手なんですよねぇ」
ひどく呑気な口調だった。自分の腕が落ちていることにも、目の前の敵がまだ立っていることにも、特段の感慨を抱いていないような声音である。
ミレーユは息を整えながら、彼女の右肩に目を向けた。
そこでは、すでに“再生”が始まっていた。
肩口の断面から、黒い肉塊がぬるりと盛り上がってくる。最初は形のない塊だったそれに、次第に輪郭が備わっていく。筋が通り、骨の線が浮かび、皮膚がその上から覆いかぶさる。指が一本ずつ伸び、爪が生え、血色のない肌の色が整えられていく。片口から切り離されたドレスも何事もなかったかのように腕と共に再生されていく。
その一連の過程が、五秒と経たぬうちに完了した。
新しく生まれた右腕を、リリセアはくるくると回して見せる。
「ちゃんと動きますねぇ。よかった、よかったぁ」
床に転がっていた“古い右腕”は、その頃には指先から砂のように崩れ始めていた。肉が塵となり、骨が砕け、袖ごと細かな粉となって大理石の上に散る。やがて風もないのに吹き払われたように、跡形もなく消えた。
完全不死。超再生。痛覚の欠如。
知識として知っていた情報が、現実の光景として目の前に積み重なっていく。
(これは……時間稼ぎにすらならない)
ミレーユは、冷静にそう結論づけた。
自分の一撃は、確かに腕を落とした。だが、数秒で戻る。相手にとっては、服の裾を汚された程度の損失でしかない。痛みはない。恐怖もない。疲労という概念が通じるかどうかも怪しい。
一方で、自身の腹部からは血が流れ続けている。立っているだけで体力が削られていくのが分かる。しぶとく動けるだけで、普通であればとっくに床に倒れ伏している傷だ。
このままここで戦い続ければ、自分の死は確定している。相手は死なない。何度斬っても、何度刺しても、そのたびに再生し、血を武器に変えて襲いかかってくるだけだ。
――ここで倒れても、主を守ることはできない。
それが、ミレーユにとって何より許容しがたい未来であった。
腹部を押さえる手に、力がこもる。指の隙間から血が滲み出る。だが、まだ足は動く。視界も、完全には霞んでいない。
彼女は、構えをわずかに解いた。
それは、降伏の仕草ではない。撤退のための準備である。
ミレーユの視線が、一瞬だけ背後の廊下へと流れた。その意図を読み取ったかのように、リリセアが穏やかに首を傾げる。
「……逃げちゃうんですかぁ?」
責める響きも、咎める色もない。ただ、事実を確認するだけの問いかけである。
ミレーユは、答えなかった。
答える価値がない質問だった。
次の瞬間、彼女の身体は再び弾かれたように動いた。今度の疾走は、攻撃のためではない。撤退のための最短距離を走るためのものだ。
腹部の痛みが、走るたびに内側から突き上げてくる。だがミレーユは一度も顔を歪めなかった。歪めれば、その瞬間に脚力が鈍ることを知っているからである。
リリセアの黒い瞳が、その背中を静かに見送っていた。
「あらあら、追いかけないと、いけませんねぇ」
その声音には、やはり焦りも苛立ちもなかった。
腹部の傷が、脈打つたびに熱を持って広がっていく。メイド服の内側で、血がぬるりと肌を伝う感覚があった。呼吸のたび、胸の奥が軋む。
後方。
規則正しい足音。
コツ、コツ、と。
追ってきている。急ぐ様子はない。だが確実に距離は詰まっている。
振り返らずとも分かる。
逃げ場を塞いだ側の足取りだ。
(……時間がない)
誕生日会場方面へ続く回廊へと、ミレーユは身体を滑り込ませた。そこにはセレヴィア様がいる。
最優先は報告。
あの女が城内に侵入していると、今この瞬間に伝えねばならない。
その時だった。
高窓のひとつが、外側から弾け飛ぶ。
紫の魔灯の光が乱反射し、細かな破片が空中に舞う。破片の向こうから、鋭い音が走った。
――ヒュン、と。
弦の振動音。
次の瞬間、背後で鈍い衝撃音が響いた。
リリセアの足音が、途切れる。
ミレーユは反射的に振り返った。
黒衣の女の額に、一本の矢が深々と突き刺さっている。
矢羽は白銀。矢尻からは淡い蒼光が走り、魔術が展開していた。
透明な結晶が、瞬時に広がり、リリセアの頭部を中心に巨大な氷塊を形成していた。長い黒髪も、虚無めいた瞳も、黒い口紅の貼り付いた唇も、そのすべてが分厚い氷に閉じ込められている。氷は高窓から差し込むわずかな光を鈍く反射し、紫がかった魔灯の明かりを歪めていた。
氷に閉ざされたリリセアの姿は、奇妙な静謐ささえ帯びている。
ミレーユの視線が、矢の放たれた方へ向く。
砕けた窓枠の外、回廊上部の梁に、小柄な影がしゃがみ込んでいた。茶色の猫耳が飛び出してくるところだった。ミルクティー色のミディアムヘア、クラシカルなメイド服のスカートが揺れていた。
キャロルだった。
両腕には、彼女の体格には不釣り合いなほど大きな弓が抱えられている。木目の滑らかな弓には、氷の紋が刻まれていた。まだ薄く白い霧のような冷気が、その弦の周囲にまとわりついている。
「ミレーユ先輩っ!」
弓を捨て、梁から飛び降りる。しかし足を滑らせ、わずかにバランスを崩す。
「にゃっ――!」
だが転ばない。寸前で体勢を立て直し、一直線に駆け寄る。
ミレーユの返答を待たず、キャロルは彼女の身体を抱え上げた。ミレーユの脇へ腕を差し入れてきた。華奢な身体には似合わぬ力強さで、彼女の体重を半ば強引に支え上げる。
細い腕からは想像できない力だった。
「……キャロル」
「い、今は逃げにゃいと!」
ミレーユを抱え上げて全力で走るキャロルの声は震えていた。
誕生日会場へ続く回廊を、血の匂いを引きずりながら駆け抜ける。
凍結したリリセアの身体に、微細な亀裂が入った。
氷が内側から押し広げられる。頭部から生えた赤い棘が氷を砕き、粉雪が舞う。
凍結は時間稼ぎに過ぎない。
砕け散る氷の破片の向こうで、黒い瞳が再び開く。
「あらぁ……びっくりしましたぁ」
額の矢を自ら引き抜き、無造作に捨てる。
傷口は瞬時に塞がり、コツコツと一定の速度で歩き出す。表情も変わらず張り付いたかのような笑顔でこちらを見つめている。
ある程度の距離は稼げたが、相手の気分次第で一気に距離を詰めることも可能だろう。荷物を抱えてではなくてキャロル一人であれば追いつかれずにセレヴィア様の所に行けるかもしれない。
「いいですか、キャロル」
ミレーユは、彼女の耳元に口を近づけ囁いた。
「私を置いて行きなさい」
「なっ……!」
「セレヴィア様に報せが届かないことだけは、決して許されません。どれほど傷つこうとも、どれほど消耗しようとも――必ず、情報を届ける必要があるのです」
言葉を区切るたび、腹部の傷が疼いた。声にわずかな掠れが混じる。それでも、ミレーユの口調は乱れなかった。
「――っ!」
「泣いても、振り返ってもいけません。あなたは、そのまま最短経路でリリス様の私室に向かい、セレヴィア様に、敵の侵入を知らせなさい」
「置いて……いけるわけ、ないじゃないですか!」
キャロルの声が、珍しく荒く震えた。尻尾がわずかに逆立つ。
「ミレーユ先輩、いつもドジでおちょっこちょいな私を見捨てないでくれているじゃないですか。たまに、怖かったりするけどミレーユ先輩のこと大好きなんです。 ――だから、だから今は、私の番ですニャ!」
ミレーユは、ほんのわずかに目を伏せた。
胸の奥に、別種の痛みが広がる。これは致命傷ではない。むしろ、生きているからこそ感じる類のものだ。
「……勝手な子ですね、あなたは」
「ミレーユ先輩がそう育てたんですニャ!」
「記憶にありません」
短いやり取りの間にも、廊下の景色は変わっていく。狭い側廊を抜け、徐々に装飾の増えた通路へと出る。壁には古い絵画が並び床の石も磨かれて光沢を増していた。
「……あいつ、なんなんですかニャ……!」
ミレーユを抱えて走っているキャロルにも獣人といえど疲れが見え始めていた。
ミレーユは腹部を押さえたまま、低く息を整えた。
「……元、六魔柱です」
「ろくま……!?」
「第三席。“幽葬”リリセア・グリム」
キャロルの尻尾が硬直する。
「死霊術師。不死身の肉体を持ち再生に制約はありません」
「……うそ、ですよね……」
「事実です」
短く、淡々と。
だが言葉の裏には、重い現実があった。
「六年前の戦争の後、失踪。消息不明でした」
「……なんで、今……」
「分かりません。ですが最近襲撃は彼女の仕業であると考えられています」
キャロルの呼吸が乱れる。
「六魔柱が……裏切り……?」
「確証はありません。しかし城内の兵が消えている」
さきほどの静寂。
「もう、彼女によって消されているかもしれません」
「……そんな……」
祝宴の灯りが、前方に見え始めた。
キャロルの腕が、わずかに震える。
「……ミレーユ先輩」
「何ですか」
「……絶対、守りますから」
ミレーユは、ほんのわずかに目を細めた。
「……頼りにしています」
それは、心からの言葉だった。
背後で、再び足音が響く。
静寂の足音は、祝福の夜へと確実に近づいている。




